真田太平記(1) ★★★★★

池波正太郎さん

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

を読了しました。

 

評価は、星5つです。


◇内容:

天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍によって戦国随一の精強さを誇った武田軍団が滅ぼされ、宿将真田昌幸は上・信二州に孤立、試練の時を迎えたところからこの長い物語は始まる。武勇と知謀に長けた昌幸は、天下の帰趨を探るべく手飼いの真田忍びたちを四方に飛ばせ、新しい時代の主・織田信長にいったんは臣従するのだが、その夏、またも驚天動地の事態が待ちうけていた。

 

本書は、

むかーしむかし、

一度だけ読みかけたことがあるのですが、

たしか途中で頓挫してしまって、

内容はもはやおぼえておりません。

 

全12巻ですから、

わりと大作です。

 

池波正太郎さんの著書をちゃんと読むのも、

おそらくこれが初めて。

 

12巻すべて完読したら、

そのときはまた、

まとめてレビューしたいと思いますが、

逆にまた頓挫してしまったら、

この単巻レビューは泡と消えるでしょう…(汗)。

 

でも、

最初の感想としては、

おもしろかった!!

──これに尽きます。

 

なんで以前、

途中でやめてしまったのか?

と不思議なくらい、

読みだしたら止まりません。

(たぶん幼すぎた…?)

 

いわゆる「忍者モノ」で、

戦国~江戸時代にかけて、

上・信州をおさめた真田一族のお話。

 

第一巻は、

武田家滅亡(1582年3月)~本能寺の変(同年6月)まで。

 

武田家に臣従していた真田家が、

武田家滅亡ののち、

一族の存続をかけて東奔西走するさまが描かれています。

 

ときの当主は、

三代目・真田昌幸

 

彼は父・真田幸隆と、

かつての主君である武田信玄の影響を受け、

「忍びの者」による間諜網を駆使することで、

真田家の危機を乗り越えようとする。

 

そこで登場するのが、

「お江」という「女忍び」や、

「壺谷又五郎」という伊那忍びたち。

 

彼らの諜報活動で、

どの権力者に、

どのように接していけばよいかを模索する昌幸。

 

南は北条氏政

西は徳川家康織田信長

 

様々なツテを頼り、

忍びの者を使って、

身の置き所を定めていくわけですが、

その試行錯誤がなかなか面白い!

 

歴史小説は好きですが、

「忍者モノ」は正直はじめてで、

彼らの活躍にドキドキしちゃいました。

 

真田幸村とか真田十勇士とか、

名前だけは聞いたことがあるけれど、

一体何者?!

っていう部分がこれからきっと明らかになっていくんだろうなと思うと、

余計にワクワク。

 

登場人物が多くて大変ですが、

信長が天下をとるまでのところや、

武田家の興亡、

信長と盟友・重臣たちの関係なんかもよくわかって面白かったです。

 

第二巻に続く→

 

以下は、

私的な備忘録です。

 

※ネタバレ含みますので、ご注意ください。

 

【登場人物】

・向井佐平次:
向井猪兵衛の息子。武田家側の一兵卒として、立木四郎左衛門の長柄組に仕えていたが、高遠城陥落によって主君らを失う。壺谷又五郎の命を受けたお江らに救われ、一命を取りとめる。別所の湯で湯治中に、真田源二郎信繁(のちの真田幸村)の目にとどまり、源二郎に仕えるようになる。

 

・向井猪兵衛:
向井佐平次の父。小山田備中守の長柄足軽として奉公。高遠城が落ちる三年前に病没。

 

・小山田備中守昌辰:
武田勝頼の重臣。高遠城で当主の仁科五郎にかわって総指揮をとり、戦死。息子に小山田壱岐守がおり、真田昌幸の長女・村松どのが嫁いでいる。

 

・立木四郎左衛門:
小山田家の長柄大将で、向井佐平次の直属の上司。高遠城で戦死。

 

・お江(おこう):
高遠城陥落の際に、向井佐平次を救い出した女性。真田家に仕える女忍び。甲賀忍びから武田家の伊那忍びに転籍した馬杉市蔵を父にもつ。壺谷又五郎の命で、向井佐平次の命を救うが、その後、父の仇をうちに、仇敵(猫田与助)を追って京都までたどり着く。そこで猫田らの忍びの宿を突き詰め、爆弾を投じるが、同時にまた、本能寺の変に遭遇。

 

・馬杉市蔵:
お江の父で、甲賀の豪族・山中大和守俊房のもとで甲賀忍び(=山中忍び)として仕えていたが、武田忍びの育成のために信玄がこれを雇い入れ、伊那へ赴く。その後、信長に傾く山中大和守の命で、武田から引き揚げるよう命じられたが、市蔵はこれを拒んで裏切ったため、殺される。

 

・猫田与助:
甲賀の山中忍びの一人。山中忍びから武田忍びに翻った馬杉市蔵を殺し、その氏族をも狙う忍びの者の一人。京都・室町でお江に跡をつけられ、忍びの宿に爆弾を投げ込まれる。

 

・新田庄左衛門:
甲賀の山中忍びの一人。猫田与助とともに、京都で忍びの宿に在留し、京の情勢をスパイ。

 

・壺谷又五郎
真田家の草の者(忍び)。もとは武田家の忍び(伊那の忍び)だったが、真田昌幸がもらいうけ、真田家に直属するように。お江の母とは縁戚があり、遠縁にあたる。

 

・堪五/姉山甚八/奥村弥五兵衛/小助:
いずれも武田忍びの者たち。いずれも又五郎の部下。堪五は、お江と佐平次が身を潜めていた権現山の忍びの小屋で負傷して息絶える。甚八は、又五郎とともに浜松の家康のもとにいる真田信尹(真田昌幸の弟)に、昌幸からの密書を届けに。その後、京都でお江と合流し、織田・徳川勢の動きを探る。弥五兵衛は、お江と佐平次の行方を探るために、甲斐に入り、お江より佐平次の身を託される。小助は、弥五兵衛より佐平次の身を預かり、別所の湯で湯治させる。

 

武田勝頼
武田信玄の四男。信玄亡き後の武田家の当主。織田信長の養女・由理姫を妻にしていたが、病死(息子に信勝がいる)。その後は、北条氏政実妹を妻として再婚。最後は織田信長に敗れ、天目山で信勝・北条夫人とともに自害(37歳)。

 

・松姫:
武田信玄の娘で、勝頼の妹。信玄存命時に、一度は織田信忠(信長の息子)と婚約するも、信玄亡き後、武田家と織田家が反目するようになってからは婚約破棄。その後、尼僧となり、勝頼に同伴したが、最後は逃げ切って<信松尼(しんしょうに)>と号し、生き永らえる。

 

・仁科五郎盛信:
武田信玄の五男、武田勝頼の異母弟。高遠城の城主。もともとは、信玄の弟(信廉)が城主だったが、信玄亡き後、叔父を嫌っていた勝頼によって、城主に据えられる。高遠城で織田信忠の軍に敗れ、討死。

 

・木曾義昌:
信濃の木曾谷を領有していた木曾氏の当主。木曾義仲以来、武田家の麾下にあったが、この義昌が織田信長に内応。武田勝頼の四女を妻にめとっていたため、勝頼の義弟になっていたが、反旗を翻したために、人質としてとられていた母や子を勝頼によって殺されている。武田家滅亡後の論功行賞で、信長から高く評価。


小山田信茂
武田勝頼の重臣。岩殿城(大月)の城主。新府城を後にする勝頼を岩殿城に招くも、急遽謀叛を起こし、勝頼を捕えようとする。のちにこれを知った信長の怒りを買い、殺される。

 

織田信忠
信長の長子。武田家征伐の際の、織田軍の総大将。高遠城→諏訪城→古府中(甲府)→新府城(韮崎)と、次々に武田家の拠点を攻略。生前に信長より家督を譲られるも、本能寺の変で自害(享年26歳)。父・信長と同様、首は見つかっていない。

 

・真田安房守昌幸:
真田幸隆の三男。兄は信綱・正輝。二人の兄を長篠の合戦(織田信長vs武田勝頼)で亡くし、真田家の当主に。沼津城・砥石城のほか、岩櫃城を居城とし、上州(群馬)を治める。祖父の代より、武田家に仕え、幼いころは人質として信玄のもとで奉公(幼名は源五郎、別名を武藤喜兵衛)。信玄亡き後は、勝頼に仕え、追いつめられた勝頼に岩櫃城への身寄せ・退去を勧めるも、(勝頼の重臣たちから織田・徳川に内通している嫌疑をかけられ)断られる。武田家滅亡後は、真田家の存亡をかけて、北条家(古くから交誼のある北条氏邦を頼って)・徳川家(弟の信尹を介して)・織田家(矢沢頼康を大使にして)との同盟に乗り出す。意には反するものの、信長に取り入るため、上州に下ってきた滝川一益に忠誠を尽くすべく、沼田城を開けわたす。父・幸隆のあとを継ぎ、真田家の間諜網の整備に注力。沼田城を攻略した際に、武田家が有する伊那の忍びを勝頼に請うてもらいうける。

 

真田幸隆
昌幸の父。武田信玄に仕え、信玄の意向で岩櫃城を攻め落とし、斎藤憲広(のりひろ)にかわって城主となる。斎藤憲広が上杉謙信を頼り、再び岩櫃城をとり戻したのち、度重なる連戦を重ね、争奪戦を繰り返した。信玄に敬服していたが、信玄の突然の病死にショックを受け、1週間食を断つ。信玄のあとを追うように、その翌年、病死(62歳)。信玄の影響を受け、真田家の間諜網を整備・拡張。

 

北条氏政
小田原を拠点として関東を席巻する北条家の当主。曽祖父に早雲、祖父は氏綱、父は氏康。北条家のなかでは最も才覚に欠ける人物。かつては、上杉謙信の関東進出を阻止すべく、実妹を勝頼の妻に入れて武田家と同盟していたが、信玄・謙信亡き後、徳川家康と同盟し、織田・徳川陣営につく。武田家征伐の際は、信長からの打診があったにもかかわらず、ギリギリまで出兵せず、大きな功績を残していない。長男は北条氏直、弟に北条氏邦真田昌幸とは古くから交誼あり)。

 

滝川一益
織田信長麾下の猛将で鉄砲の名手。武田家征伐において、織田信忠のもとで戦果をあげ、武田家滅亡後に、信長より上州一国と信州の一部(小県・佐久)を与えられる。小県は一部が真田家と重複するため、真田昌幸が麾下に入る。真田昌幸より沼田城を譲り受け、甥の滝川儀太夫益重を城代に置くが、岩櫃や砥石・真田などの旧領地については、そのまま真田昌幸に統治をまかせる。

 

・土屋惣蔵:
武田勝頼の最期(天目山)の家来。追跡してくる織田軍(滝川一益ら)と最後まで格闘し、討死。

 

・小畑亀之助:
土屋惣蔵同様、勝頼が最期を迎えるために、惣蔵とともに織田軍(滝川一益ら)と格闘。最後は勝頼らと自害。

 

・樋口下総守鑑久:
武田勝頼の侍臣で、勝頼とともに天目山で殉死。真田昌幸の妻(山手殿)の
妹(久野)を妻に迎えているため、真田昌幸義弟にあたる。

 

・樋口角兵衛政輝:
樋口下総守鑑久と久野(真田昌幸の妻の妹)の一子。幼い頃から強力無双。実は、真田昌幸と久野の子?

 

・矢沢但馬守頼康:
真田昌幸の従弟で、岩櫃城の城代。若名は、三十郎。信長の傘下に入るべく、(源三郎の提案で)真田昌幸から馬一匹を贈呈する役を承る。

 

・矢沢薩摩守頼綱:
矢沢頼康の父。真田幸隆の実弟で、昌幸の叔父。沼津城の城代。昌幸が次男・源二郎を溺愛するばかり、強引に手元に引き取り、8歳から12歳まで養育。のちに源三郎も12歳から引き取る。

 

・真田源三郎信幸:
真田昌幸の長男。母・山手殿に似てスマートな顔立ち、寡黙で落ち着きある性格。

 

・真田源二郎信繁:
真田昌幸の次男。のちの真田幸村。父・昌幸に似て老け顔、豪快で気さくな性格。別所の湯で向井佐平次を看止め、自身の側近にする。生来、勘が鋭く、幼年のころから予言めいたことをもらしていた。

 

・山手殿/久野
真田昌幸の正室とその妹。ともに京都の天皇の側近・今出川晴季(いまでがわ はるすえ)を父とし、その妾腹からうまれた姉妹。姉は美女、久野はぽっちゃり系。山手殿は、嫉妬深く、気位が高いため、昌幸との夫婦仲は悪化。

 

・真田隠岐守信尹(のぶただ):
真田昌幸のすぐ下の弟。信玄存命時に、甲斐の名家・加津野氏をつぎ、加津野市右衛門(かづの いちうえもん)を名乗るも、武田家滅亡後は、真田姓に戻り、ひそかに徳川家康と通じる。武田家亡き後、真田家の身の振り方にあたって、昌幸を説得し、家康を通じて信長の傘下に入らしむよう仲介する。

 

・徳川三郎信康:
家康がもっとも信頼し、将来を嘱望していた長男。元妻・築山殿との間に産まれた子。信長の娘・徳姫を妻にめとるも、その徳姫が信長に対し、築山殿と武田勝頼が通じ、夫・信康を引き入れて謀叛を企んでいると密告したため、家康に責任をとらせ、信康を自害させる(築山殿は離縁ののち、殺害)。

 

・築山殿:
家康の妻で、信康の生母。今川家の生まれ。気位が高く、こころ乱れがちの女で、信康を生んでからは家康との夫婦仲も冷め、別居。長男(信康)の嫁で、信長の娘でもある徳姫により、武田家と通じていることを密告され、家康によって離縁・殺害される。

 

酒井忠次
家康の重臣。信長に呼ばれ、築山殿・信康と武田家の謀叛について証言したが、その背景に、信康と反目していたという噂も。

 

・沼田万鬼斎:
上州・沼田城をおさめていた沼田氏の十二代当主。正室の子(沼田弥七郎朝憲)を謀殺し、妾腹(ゆのみ)の子(平八郎景義)を世継ぎに立てるも、旧臣や正室の実家の反撃にあい、沼田を追われる。

 

・沼田平八郎景義:
沼田万鬼斎と愛妾ゆのみの子。両親の死後、織田信長傘下で上州は金山の城主・由良国繁のもとに身を寄せ、信長の意向を受けて、由良とともに武田家より沼田城奪回を図る。かねてより豪勇の名を轟かせており、前哨戦でも真田昌幸に勝利。昌幸と壺谷又五郎の作戦で、祖父・金子新左衛門と旧臣・山名弥惣に利用され、沼田城にてあえなく謀殺。これで完全に沼田家の血筋が途絶える。

 

・金子新左衛門:
沼田万鬼斎の愛妾ゆみのの実父で、平八郎の祖父。ゆみのと一緒に万鬼斎をそそのかし、沼田家を滅亡に追い込む。沼田家滅亡後は、巧妙に立ち回り、真田昌幸の沼田城入城後にも、取り入って臣従。沼田平八郎・由良国繁による沼田城奪回の際に、真田昌幸に利用され、孫・平八郎らが謀殺される。

 

上杉謙信
越後の武将で、かつての武田家のライバル。信玄亡き後、武田勝頼の代になって、織田・徳川が台頭してくると、勝頼の意向で武田と同盟を結ぶも、49歳で急死。謙信亡き後は、景勝・景虎の二人の養子が相続争いをはじめ、景虎は自殺、景勝が家督を継ぐも、すでに昔日の威勢を失う。

 

穴山梅雪斎:
武田信玄の姉婿で、勝頼の伯父。早くから武田の命運に見切りをつけ、進言を聞き入れない勝頼にも愛想をつかし、主家と主人を裏切って家康のもとに身を寄せ、家康の甲州攻めの案内人を務める。信長には嫌われていたが、家康の取り計らいで信長と引見を果たすが、その直後、家康と京都に向かう途中、本能寺の変に巻き込まれ、百姓らによる落ち武者狩りに遭遇して死去。

 

・お徳:
真田家の鉄砲足軽・岡内喜六の妻。沼田平八郎との戦で夫を亡くし、その後、真田昌幸の「隠し女」となる。石女(うまずめ)で骨格が太く、ぽっちゃり女。

 

・明智日向守光秀:
美濃国斎藤道三の傘下にあったが、内紛で美濃を去り、越前の朝倉義景のもとに身を寄せる。ここで将軍家・足利義昭と縁あって、これを信長に引き合わせたことで、信長に起用されるように。学者肌で頭脳明晰だったため、信長のもとで重宝されるも、のちに冷遇を受け、信長の命で中国出兵に向けて兵備を整えるも、急遽、本能寺で信長に反旗を翻す。

 


【印象に残ったこと】

・武田家vs織田家の命運が決まったのは、長篠の合戦。信長はここで鉄砲を三千挺も駆使し、武田勝頼は大敗を喫した。


・信玄が居城としていた古府中(甲府)には、「御くつろげ所」という居間があって、その隣に「看経の間」(仏間)、さらにその奥に信玄専用の厠があった。その厠は十二畳もの広さをもつ便所で、朝晩二回必ず彼はここにこもり、思案を巡らせた。この厠には畳も敷いてあり、おそらく脇息・机・筆記用具などがあったはず。その厠の床下には忍びの者がいて、信玄はここで隠密の指令などを発していた。

 

・間諜活動は、かつてはその土地(あるいは周辺)のみで、家来たちがおこなっていたが、群雄が割拠する戦国時代になると、どこが大勢をとっていくのか・どこについていくのがよいのかを見極めることが必要になり、正規の軍隊とは別に、別の専門的な間諜網が重要視されるようになり、活動場所も諸国に広く拡大されていった。

 

武田勝頼は、偉大な父・信玄の威風をそのまま自分のものにしようと野心に燃えすぎて、無理な戦争を続けてしまった。民衆を省みず、忍びの者もさほど重要視しなかったため、せっかく信玄が培ってきた民衆からの信頼や忍びの者たちからの信頼すら失い、最後は重臣らにそっぽをむかれ、自害を遂げざるを得なかった。

 

・「関東の盟主」を名乗る北条氏政は、北条家の四代に渡る当主のなかで、一番ダメ当主。優柔不断で君主としての才覚に欠け、織田信長vs武田勝頼の戦いでは、信長側につくも、最後まで出兵を拒み、信長に嫌われていた。

 

明智光秀は、信長より才覚を買われていたが、中国・四国攻めにあたって、司令官のポストからはずされる。これが、光秀のプライドを大きく傷つけた一因に。

 

・忍びの者のなかには、忍術・武術といった闘争の技術に長じていなくても、頭脳的な探索にたずさわる者もいた。彼らは町民・僧侶・漁師などになりきって、長年敵中に潜入し、種々の情報をキャッチ・送信していた。

 

・忍びの術は、甲賀・伊賀が二大聖地とされているが、その他に数々の流派がある。そのうち、武田信玄が築いたのが伊那忍び」

 

豊臣秀吉の才能は、図々しいまでの頭脳・あけっぴろげな性格・目の色ひとつで人を見極める洞察力が挙げられる。彼はこれらを駆使して、立ち回りがうまかった。

 

・向井佐平次の息子・佐助は「草の者」として活躍。猿飛佐助のモデルとなった人物。

 

・『真田太平記』はもともと三年くらいの連載を予定していたが、いざ週刊朝日で連載が始まると、おわるまでに8年以上続いた。

 

物語は豊臣秀吉徳川家康という二大勢力のあいだにあって、信州の小さな領国を守る真田家の命運を基調にして雄大に繰り広げられていく。敵と味方に分かれることになった源三郎信幸(後の信之)と源二郎信繁(後の幸村)の兄弟は大阪冬の陣のあと再会するが、幸村は夏の陣で戦死、信之は徳川秀忠によって上田から松代へ移っていく。

 

・池波さんは、「時代小説」について次のように書いている。

 

<昔も今も、人間のあり方というものが、それほど違っていないことに気がつくと同時に、一つだけ大変に違っていることも出てくる。それは「死」に対する考え方である。昔の人々は「死」を考えぬときがなかった。いつでも「死」を考えている。それほど、世の中はすさまじい圧力をもって、(中略)あらゆる人間たちの頭上を押さえつけていたのである。現代でもしかり。人間ほど確実に「死」へ向かって進んでいるものはない。しかし、現代は「死」をおそれ「生」を讃美する時代である。そして「死」があればこそ「生」があるのだということを忘れてしまっている時代なのである。戦国の世の人たちは天下統一の平和をめざし、絶えず「生」と「死」の両方を見つめて生きている。そこにテーマが生まれてくる。=『新年の二つの別れ』・朝日新聞社刊>

 

これは、黒岩さんの古代小説も同じ。『斑鳩宮始末記』の解説で、同じようなことが書かれていた気がする。

 

ただ、”人間ほど確実に「死」へ向かって進んでいるものはない”というのは、ちょっと語弊があると思う。生きとし生けるものはみな、死に向かって確実に進んでいる。重要なのは、それを自覚しているか・認知できているかどうか。そういう意味では、人間がおそらく唯一できているのだろうけれど、実は動物だって本能的に死を察知できているかもしれないよね。

 

・また、解説には次のような表現もあった。

 

この『真田太平記』には、さまざまな生と死が描かれ、そこには権謀、怨念、忍従、忠誠、功名、愛憎など、人間が持つ性と業、欲望と本能の裏表があますところなく表白されている。

 

これは本書に限らず、時代小説の面白いところはここにあるといってもいい。言い換えると、時代小説なのに、この「人間臭さ」が描かれていない・偏りがあって足りないものは、読んでいてつまらないと思う。

 

・池波さんといえば、時代小説だけでなく、紀行文やグルメエッセイでも有名だが、解説者(重金敦之=常磐大学教授)によると、彼のこうした「人生のゆとりが、作品の深みと奥行きを生み出している」んだとか。

 

これって、「人生のゆとり」によるものなのか?「ゆとり」がなくても、人間観察力があれば、登場人物やシチュエーションに生命力・リアリティをもたらすことは可能だと思うけど…。ちょっと上手くかこつけすぎと思った。

 

 

■まとめ:

池波正太郎の長編歴史小説。いわゆる「忍者モノ」で、戦国~江戸時代にかけて、上・信州をおさめた真田一族の話。

・第一巻は、武田家滅亡(1582年3月)~本能寺の変(同年6月)まで。武田家に臣従していた真田家が、武田家滅亡ののち、一族の存続をかけて東奔西走するさまが描かれている。

・様々なツテ・諜報網(忍びの者)を使って、身の置き所を定めていく試行錯誤が面白く、読みだしたら止まらない。登場人物が多くて大変だが、信長が天下をとるまでの経緯や、武田家の興亡、信長と盟友・重臣たちの関係なんかもよくわかって面白かった。


■カテゴリー:

時代小説

 

■評価:

★★★★★

 

▽ペーパー本は、こちら

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

 

 

 ▽Kindle本は、こちら

真田太平記(一)天魔の夏

真田太平記(一)天魔の夏

 

 

 

 

烙印 ★★★☆☆

天野節子さん

烙印 (幻冬舎文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星3つです。

(限りなく4に近いですが)

 

先に、

氷の華 (幻冬舎文庫)

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

を読んでいるのですが、

 

この2作に較べると、

ちょっと物足りなかったかなと思います。

 

※過去のブックレビューはこちら

氷の華 ★★★★☆ - pole_poleのブログ

彷徨い人 ★★★★☆ - pole_poleのブログ

 

それでもやっぱり、

天野さんのミステリーは面白い!

 

天野さんの小説は、

・先が気になって仕方ない

・ついページをめくりたくなる

といったグリップ力が非常に強いのですが、

 

今回もまた、

そんな”天野節”が効いていました。

 

 

▽内容:

東京の公園で男の死体が発見された。捜査に当たった戸田刑事は、その数日前に被害者の地元で白骨体が発掘されていたことを知る。発見場所も、殺害時期も異なる二つの遺体。事件の関連性を疑う戸田は、遺留品から一人の男に辿り着く。勘と足だけを頼りに真実に迫るベテラン刑事と頭脳明晰な若き犯人。二人の緊迫の攻防戦を描いた傑作ミステリ。

 

本書の解説には、

「時空を超えて絡まる”人間”ミステリー」

とあるのですが、

 

そのタイトルどおり、

本作品は、

・江戸時代と今

・兵庫と東京

──というふうに、

時と場(空)がシンクロしながら進んでいくミステリー小説になっています。

 

物語は、

1609年、

千葉の房総沖(御宿)で起きた「サン・フランシスコ号漂着事故」から始まります。

 

この事故は、

実際に日本で起きた外国船の座礁事故であり、

フィリピンからメキシコに向かっていたスペインの大型商船が、

台風で流され、

千葉の岩和田(いわわだ)海岸に座礁。

 

300人以上の乗組員が、

村民によって救助され、

翌年、

日本の使節団によってメキシコに帰還したという史実があるようで、

 

村民の一人であるミヅキが、

他の村民らと一緒に南蛮人の救助に奔走するところから、

この物語は幕を開けるのです。

 

一方、

時は2010年9月3日、

兵庫県養父市で、

成人男性の白骨化死体が発見されます。

 

すでにこの白骨体は、

死後25年~35年を経過しており、

身元の特定も難しい状態。

 

しかし、

後部の頭蓋骨に、

何者かに殴られたような陥没があることから、

他殺の線が強まります。

 

それから2カ月後の11月8日に、

今度は東京都豊島区の千早町にある公園で、

60代男性の縊死死体が見つかる。

 

こちらは自殺かと思いきや、

直前に散髪して整髪料をつけていること、

遺体から睡眠薬が検出されたことが決定打となって、

他殺と断定。

 

そして、

それぞれ別の場所で起きた個別の事件でありながら、

この東西の二つの遺体が、

物語が進むにつれ、

その関連性を顕してくるわけです。

 

同じく、

かつての座礁事件もまた、

ここに絡んでくるという。

 

解説で、

河村道子さんは、

本書について次のような表現をしています。

 

時代を行きつ、戻りつ、宿命と対峙する男を描いた本作『烙印』

 

”なぜここが?この時代が?”というのが、読者が本書で出会う、最初のミステリー 

 

登場人物をかえて、

それぞれの視点から交互に物語を描いていく手法もありますが、

こちらは、

時と場をかえて交互に手繰っていくパターン。

 

本作は、

天野さんの作品のなかでは、

第三作目にあたりますが、

デビュー作の『氷の華』が前者の手法による描き方だったのに対し、

本作『烙印』は後者に該当するというわけです。

 

どちらもそれぞれの成り行きを見せながら、

最後はきっちりつながり、

うまく収束させるという。

 

以前にも書きましたが、

このあたりの進行のさせ方やまとめ方は、

この作家は本当にうまいと思う。

 

展開が決してチンプンカンプンではないし、

かといってグダグダしすぎてもいない。

 

どんどんジグソーパズルが出来上がってきて、

最後は、

なんと!このピース来たか?!で終わる。

 

そこに驚きもあれば、

ちょっとがっかりすることもあるんですが、

いずれにしても、

パズルが出来上がっていく工程が面白くて、

ついつい先を読みたくなるというのが、

彼女の作品の醍醐味だと思います。

 

とはいえ、

一作目の『氷の華』や四作目の『彷徨い人』に較べると、

”先が気になる感”は少し弱かったかなと思います。

 

最初から犯人はほぼ決まっていて、

どちらかというと、

その動機や犯行の経緯を明らかにしていくのがメインだったので、

そうなるとちょっとグダグダしちゃって当然なんですが、

いつものようには、

なかなかページが進まなかったのが今回の作品でした。

(とはいえ、進みやすいんですけどね)

 

あと、

上記にも関係しますが、

細かいところでいうと、

 

・犯行時間のアリバイが入り組んでいて、誰の車を使って・どの駐車場に泊めたのか?の経緯が複雑だった。ここが事件解明の肝であることはわかるんだけど、逆にグチャグチャしすぎて、正直、もうどうでもいい…と思った。

 

・久保田(←東京の公園で遺体として見つかったオッサン)を殺した犯行動機が、イマイチよくわからなかった。きっかけは、共に殺害した養父市の白骨化死体で、それが見つかってしまったからなんだろうけれど、本来の動機は、自分の正体を見破られて強請られたことと、母を寝取られたこと。ここまではわかる。でも、ココこそ、ずっとこの物語で追いかけてきたことなんだから、たとえ、(おそらくは、言いがかりとして使われた?)きっかけの部分であっても、詳細を明らかにしてほしかった。

 

・犯行の協力者に女性がいることは最初からわかっていたが、この女性がコイツだったかーというオチには少し不満だった。それまでに、別の女性をにおわすようなシーンもあったし、何より、彼女自身、証言を偽っていたわけで、それが最後の最後になって突然覆されるとは…。まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込みがこっちにはあるから、その「まさか」が引っくりかえることなんて予想もしていないわけで、それだけに、なんだよー偽証だったのかよー!しかもここ(結末)でそれが判明するのはズルいと思った。

 

──といったところが不満で、

このあたりがマイナスポイントでした。

 

これは、

天野さんの作品の良いところでもあり、

悪いところでもあると思うのですが、

そこはハッキリしてよ!という部分が結構曖昧に描かれていて

 

たとえば、

今回の犯行動機(どんな言葉で久保田に強請られたのか?)もそうだし、

彷徨い人』においても、

真相の総括が粗かった点(共犯者がどこまで明確に犯行に協力していたのか?)も、

自分は不完全燃焼のマイナスポイントととらえています。

 

作者としては、書いたつもりだろうし、
そんなの読み取れよ!ってハナシだと思いますが、

 

曖昧さがあまり好きではない私からすると、
それがちょっと尻切れトンボみたいで残念でした。

 

彷徨い人 ★★★★☆ - pole_poleのブログ より)

 

今回もまさにこれで↑、

あえて濁して、

読者に読み取らせるというスタイルなのかもしれませんが、

 

自分としては、やっぱり、

どうやって(どういう言葉で)久保田に強請られたのか?

が気になるわけです。

 

だって、

ずっとその経緯を追ってきたのですから。

 

もちろん、

本当の動機は、

・犯人が自分の正体を見破られたこと

・その昔、母親を寝取られたのを見てしまったこと

──の2点のわけで(←ここはクリア)、

 

おそらくきっかけは、

昔、(久保田と犯人の二人が)殺した男の白骨化死体が見つかってしまったこと

であり、

 

自分に捜査の手が伸びてるからうまく処理したい、

最悪、自分がつかまってもお前の名前は言わないようにしたい、

でもその前に、

いま金に困っていて家族を養えないから、

とりあえず金を融通してくれ

──みたいなことを(言いがかりとして)

久保田は犯人に強請りをかけたんだろうなと

なんとなーく想像はできるのですが、

 

これはあくまでも想像であって、

はっきりしたところはわからないわけです。

 

なぜなら、

書いてないから。

 

作者としては、

そこは核心ではないから(←ただのキッカケに過ぎないから)、

そんなのはいちいちクリアにしておく必要はない、

むしろ想像の範囲でご自由にどうぞ!と

(厚意で)私たちを遊ばせてくれているのかもしれませんが、

 

犯行動機や具体的な犯行の流れにスペースを割いてきたのだから、

もう自分のなかでは、

このキッカケすら、

十分、核心に入ってしまっているのです。

 

だから、

曖昧にせず、

ハッキリ書いて欲しかったかな、と。

 

──しかし、

こうやってブックレビューをつけてみると、

自分って白黒つけないとイヤなヤツなんだな、

っていうことが痛いほどよくわかります。笑

 

わかりづらいのが嫌いで、

複雑なのがイラつく。

 

物事はシンプルに、

白黒ハッキリしていないとダメ。

 

だから、

行間とか余韻があまり好きじゃない。

 

日本の大河ドラマがダメで、

韓国の歴史ドラマは好きなのは、

きっと、

前者が行間を読ませるところが多いのに対し、

後者が単純でわかりやすいからだと思います。

 

人によっては、

行間を読ませるからこそ、

頭を使うからこそ、

だからこそおもしろいんだ!

っていうタイプも多いと思いますが、

自分はそれがダメ。

 

トリックもわかりやすいほうがいい。

 

でも、

わかりやすすぎると、

先が読めてしまってつまらないから、

多少、入り組んでいたほうがいいんだけど、

最終的にはそれがちゃんとクリアになっていないと、

どうにもこうにも腑に落ちなかったりする。

 

──そう思うと、

短気でつまんねーな自分!

って思わざるを得ませんが。

 

ま、仕方ないですね。

これが自分なので。

 

きっとこれからも、

こういう作品でないと、

自分は文句を垂れるんだろうな。

 

ということで、

ちょっとレビューから逸れてしまいましたが、

以下は登場人物メモです。

 

※※ネタバレも含まれているので注意※※

 

・戸田刑事(戸田克己):

事件解決にあたる本庁の警部。

妻・頼子のほか、

娘が二人いる(美由紀・奈津紀)。

 

・河合刑事(河合信二):

目白警察署の若手デカ。

久保田殺害事件の所轄担当で、

戸田と一緒に捜査にあたる。

 

・近藤刑事(近藤雅彦):

養父署に勤務する刑事。

白骨化死体の捜査にあたる。

 

小島武則:

警視庁本庁に勤める若い鑑識官。

戸田の依頼で、久保田殺害の捜査にあたる。

千葉出身。

養父市の白骨化死体と江戸時代のスペイン船遭難事故、

そして東京の縊死事件の関連性を、

鑑識の立場から科学的に解明。

 

・久保田和夫:

養父市出身で東京・豊島の公園で縊死死体で見つかる。

睡眠薬を飲まされ絞殺。

昔から怠け者で女性関係も派手。

不動産業を営んでいたがうまくいかず、

ギャンブルに明け暮れ、借金を抱えていた。

 

・久保田郁子:

久保田和夫の妻。

農業に勤しみ、夫にかわって一家の家計を支えていた。

 

・鈴木太郎:

本名は掃部昌樹(に扮していた)。

スタジオA&Aに所属する新鋭カメラマン。

その後、正体は秋津直哉であったことが判明。

 

・牧田志保:

草原プロダクションに所属するファッションモデル。

雑誌『麗麗』に載っていた人物。

 

・堀由布子:

インテリア関係のスタイリスト。

中野在住。

のちに鈴木太郎の恋人であることが判明、

鈴木が久保田殺害事件に関わっていることがわかっていたため、

ニセの証言やアリバイ工作に協力。

 

・清水慶介/溝口幸平:

鈴木とともに、スタジオA&Aを経営するカメラマン。

清水は鈴木とともに個展を開催。

いずれも30代後半。

 

・井上悟:

A&Aに勤めるカメラマン助手。

鈴木太郎に付き添い、また彼を慕っている好青年。

 

宮川典子

A&Aに勤める女性事務員。

 

・横山牧夫/菊枝/誠一:

白骨化死体が見つかったところの土地の持ち主。

牧夫は一家の当主だが、脳梗塞に倒れ、入院。

菊枝は牧夫の嫁で誠一の母。

弟の久保田和夫が東京の公園で遺体となって見つかる。

誠一は横山夫妻の息子で、百貨店勤務。

 

・佐々木洋介:

横山家が昔建てたアパート(たちばな荘)に住んでいた住人。

戸田たちに、吉田を紹介。

 

・吉田照子:

佐々木と同じく、たちばな荘のかつての住人。

一時期たちばな荘に住んでいたという秋津夫妻のことを知っており、

また、その夫妻に産まれた子が金髪碧眼だったことを証言した人。

 

・野村正枝:

白骨化死体が見つかった畑の近くに住む老婦人。

その昔、横山家が建てたアパート(たちばな荘)が

付近にあったことを証言した人。

 

・秋津省吾・佳代子:

たちばな荘に住んでいた圏外から来た夫婦。

夫・省吾は30年前に行方不明に。

のちに白骨化死体は秋津省吾と判明。

妻・佳代子は5年後にうつ病から胃癌になって病死。

妻の祖先はオランダ人。

夫妻の間に産まれた子供(直哉)の外見が欧米系だったことから、

夫婦仲が悪化、夫が暴力を振るい始める。

 

・秋津直哉:

秋津省吾と佳代子のあいだに産まれた子。

生まれながらにして金髪碧眼で隔世遺伝だったが、

その出生が疑われていた。

両親を亡くしたあとは、施設(たんぽぽの家)に引き取られ、

高卒までそこで過ごす。

その後、大阪に出るも、消息は不明。

のちに、秋津直哉=鈴木太郎であることが発覚。

 

・掃部昌樹:

秋津直哉と同じ施設で育った友人。

中学のときに養子縁組が整い、掃部家に引き取られる。

当初、鈴木太郎の本名とされていたが、

阪神淡路大震災で死亡。

秋津直哉がこれを利用して掃部になりすます。

 

・有馬静雄:

久保田和夫の高校時代の友人。

朝来(あさご)市でコンビニを経営。

かつて、久保田と秋津佳代子に関係があったことを証言。

 

・西尾登紀子・木村佐知子:

両親を亡くした秋津直哉が引き取られていた施設(たんぽぽの家)の学院長。

木村は前学院長で、直哉が慕っていた当時の先生。

 

・ミヅキ:

岩和田村の村民。

村ではよそ者で、赤ん坊のときに祖父母と岩和田村に移住。

海女の手伝いをしていた。

ニックと結ばれ、丈太を産む。

その後、岩和田村の村民(平助)と結婚、一男(孝太)をもうける。

祖父は久兵衛、祖母はサヨ。

 

・ニック:

座礁したフランシスコ号の船員。

ミヅキに助けられ、

岩和田村に滞在中、彼女と結ばれる。

 

・丈太:

ミヅキとニックの子供。

生まれながらにして金髪碧眼だったため、長崎へ留学。

オランダ人と結婚し、長崎で海産物商(久兵衛)を営む。

 

・ナナ:

岩和田村の海女。

太助の嫁。

 

・太助:

岩和田村の漁師。

ナナの夫で、平助の兄(ミヅキの義兄)。

 

・篠塚貞夫/大木速雄:

篠塚は、戸田と知己のある監察医

大木は、篠塚が戸田に紹介した遺伝学者で、

東南大学遺伝医療学部の教授。

戸田に隔世遺伝について指南。

 

・高野みどり:

鳥取砂丘のホテル(ダイヤモンドホテル)のレストランに勤める従業員。

鈴木太郎のファンで、

たまたま葬儀で同じホテルに泊まっていた久保田に、

鈴木のことを聞かれ、

個人情報のかわりに『麗麗』を教える。

 

他にも何人か出てくるんですが、

こうしてみると、

氷の華』や『彷徨い人』のときと違って、

登場人物が非常に多い!

 

これらの作品と違って、

本作が複雑でちょっとグダグダしているように感じたのは、

この登場人物の多さも一因としてあるのかもしれません。

 

もちろん、

主な登場人物は限られています。

 

『氷の華』でも活躍した戸田刑事

後作の『彷徨い人』でも暗躍する小島鑑識官

そして犯人である鈴木太郎

 

主要メンバーはこの3人なんですが、

とにかく取り巻く人物が多い!

 

そして、

先のマイナスポイントでも触れましたが(以下再掲)、

 

・犯行の協力者に女性がいることは最初からわかっていたが、この女性がコイツだったかーというオチには少し不満だった。それまでに、別の女性をにおわすようなシーンもあったし、何より、彼女自身、証言を偽っていたわけで、それが最後の最後になって突然覆されるとは…。まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込みがこっちにはあるから、その「まさか」が引っくりかえることなんて予想もしていないわけで、それだけに、なんだよー偽証だったのかよー!しかもここ(結末)でそれが判明するのはズルいと思った。

 

結局、

この「協力者」とは、

堀由布子のことで、

「別の女性をにおわす」という「別の女性」とは、

牧田志保や宮川典子を指すわけですが、

 

要は、

牧田志保(モデル)や宮川典子(事務員)を

協力者のようににおわせておいて、

実は堀由布子(スタイリスト)が

犯人(鈴木太郎)の恋人であり、

犯行の協力者でもあったということです。

 

戸田たちがA&Aを訪れたとき、

 

心なしか、鈴木を見る牧田志保の目が熱を帯びているように見える

 

と(我々に)印象づけたシーンや、

 

その後、

堀由布子の祖父母の実家に電話をかけて、

彼女のアリバイがとれたときの、

 

戸田の頭の中で、牧田志保と宮川典子の顔が点滅した

 

という記述。

 

これらがまさに、

”(犯行の)協力者が、堀由布子であるはずはない”

というイメージを私たちに植え付けました。

 

そして、

最後までかく乱させる。

 

堀由布子は何度か戸田から職質を受けていて、

鈴木太郎や自身のアリバイを証言しているのですが、

最後の最後に、

彼女の証言に偽りがあったことが判明します。

 

(かく乱されていたせいで)

この結末こそ、

どんでん返しのポイントになるのですが、

自分にとっては、

そんなこと(偽証)あっていいのか?!

──というちょっとした怒り?にもつながりました。

 

その理由は、

ひとつには先述のとおり、

「まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込み」があったからなんですが、

 

もうひとつは、

(堀由布子にアリバイがあるとすると)

残りは牧田志保か宮川典子しかいない!

──みたいな書き方をしておいて、

結局、そのあとは、

なぜか牧田志保か堀由布子かという流れになっていること。

 

つまり、

宮川典子については何にも突っ込まれていない。

 

もちろん、

読者だって、

なんとなくの雰囲気で、

コイツ(=宮川典子)じゃねーな…

っていうことはわかっているんですが、

 

それにしたって、

ちょっとここはあまりにスルーしすぎなんじゃないか?

と思う次第なのです。

 

まさかの偽証なんてちょっと荒業だよな、

まぁこっちの勝手な思い込みだから仕方ないけど、

それでも最後の最後に偽証ってわかるところがズルいよな、

しかも、

それまでは牧田か宮川かってかく乱させながら、

宮川についてのアリバイは全然突っ込んでいないし!

──みたいな。

 

この、

犯行の「協力者」といい、

久保田を眠らせて公園の木に吊るすまでの

時間や車・駐車場云々のところといい、

鈴木がアリバイづくりに利用した

ホテルの監視カメラといい、

 

全体的に、

今回はわりと右往左往し、

かく乱させられた気がします。

 

いや、

実際の捜査なんてほんと、

右往左往してばっか、

かく乱されまくりなんでしょうけれど、

 

せっかちな自分にはそれがじれったくて、

最後にこういうことだったんなら、

下手にかく乱させてほしくなかった的な、

そんな後味を感じずにいられなかった次第です。

 

あーわがまま!笑

 

最後に、

鈴木太郎の正体が、

実は秋津直哉で、

掃部昌樹の戸籍をつかって別人になりすましていた、

というところは、

この物語の核心のひとつかなと思うのですが、

 

そのことには、

なんとなくそうだろうなーと途中から気づくんですが、

私は松本清張の『砂の器』と重なりました。

 

あの話もたしか、

犯人である和賀英良(本浦秀夫)が、

空襲で亡くなった人物の戸籍を乗っ取り、

ずっと自身の身分を偽って生きてきて、

 

ようやく成功を手に入れよう!というときになって、

彼の正体を知る人物(三木謙一)が現れ、

和賀は三木を蒲田操車場で殺してしまう。

 

和賀の場合は音楽家、

鈴木の場合はカメラマン、

砂の器』で殺された三木は善人でしたが、

『烙印』で殺された久保田は悪人。

 

そういう違いはあるものの、

さあついに成功をつかむぞ!というときに

正体を暴かれそうになったことがきっかけで、

和賀も鈴木も人を殺してしまうのです。

 

二人に共通しているのは、

暗い過去。

 

和賀はハンセン病で村を追われた父と、

その父と決別した過去をもち、

鈴木は隔世遺伝で出生を疑われ、

父親を殺した過去をもつ。

 

さらに共通するのは、

そんな彼らを慕う女性がいたということ。

 

和賀には成瀬理恵子、

鈴木には堀由布子、

──というふうに。

 

彼女たちは、

彼らが何か犯行をおかしたことを知っていて、

成瀬理恵子は返り血を浴びた衣服を切り刻んで処理し(←有名な紙吹雪のシーン)、

堀由布子は犯行に使われた車のキーを肌身離さず持っていたと偽ります。

 

天野さんが『氷の華』でデビューしたとき、

”女性版・松本清張

と騒がれたそうですが、

自分が実際に『氷の華』を読んだときは、

どこが松本清張なのかあまりよくわかりませんでした。

 

でも、

この作品を読んだとき、

まさに清張じゃん!

と実感しました。

 

砂の器』を一度でも読んだことがある方は、

是非、読んでみてください。

 

よく似てます。

 


■まとめ:

・天野節子さんの3作目にあたるミステリー小説。時と場を交錯させて、それぞれの場所・時代から交互に物語を進めていき、最後にすべてがつながるという展開は、相変わらずアッパレ。話としては、松本清張の『砂の器』によく似ている。


・ただ、他の作品(『氷の華』や『彷徨い人』)と較べると、”先が気になって仕方ない感”は薄く、そこまでぐいぐいと引き込まれなかった。それでも読みやすく、相変わらず面白いほうには違いないが。

 

・登場人物が多く、あらかじめ犯人はわかっていて、犯人の犯行動機や具体的な経緯、協力者の解明のほうに焦点があてられていたので、ちょっとグダグダ感があった。全体的に、右往左往し、かく乱されてしまう部分が多かった。


■カテゴリー:

ミステリ-

 

■評価:

★★★☆☆

 


▽ペーパー本は、こちら

烙印 (幻冬舎文庫)

烙印 (幻冬舎文庫)

 

 

 ▽Kindle本は、こちら

烙印

烙印

 

 

 

斑鳩宮始末記 ★★★☆☆

黒岩重吾さん

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

を読了しました。

 

評価は、星3つです。

 

久しぶりに黒岩重吾さんの作品を読みました。

 

黒岩さんの作品は、

これで4作目(かな?)です。

 

聖徳太子 日と影の王子 ★★★★☆

斑鳩王の慟哭 ★★★★☆

落日の王子 ★★★★☆

 

──というふうに、

ここまでわりと高得点が続いていたのですが、

本作は少し読み応えに欠ける面がありました。

 

それもそのはず、

こちらは短編集になっているからです。

 

上記はいずれも長編になっていて、

とくに『聖徳太子~』なんて、

全4巻からなる結構ながーいお話です。

 

『落日の王子』のほうも、

こちらは蘇我馬子の孫にあたる、

蘇我入鹿の盛衰を描いたもので、

上下巻に分かれています。

 

それだけに、

山あり谷ありのドラマチックな要素がふんだんに詰められており、

観客としては非常に見応えがある。

 

一方、本作のほうは、

1997年~1999年にかけて、

雑誌向けに書かれた作品をとりまとめたもので、

黒岩さんの古代小説のなかでは、

だいたい中盤くらいに刊行されたものになるでしょうかね。

(時期的には、『斑鳩王の慟哭』と同じくらい)

 

各短編には、

著者自身によって、

必要最低限の解説が施されているので、

前知識のない方が読んでも、

わりとさくっと読めると思いますが、

 

先に黒岩さんの他の長編などで、

古代史を少しかじっておくと、

より話が入ってきやすいとは思います。

 

ただ、そうなると、

既述のとおり、

どうしても長編のほうと比較してしまうため、

やけにあっさりしてるなーとか、

起伏に富んだ人間ドラマとしてはどうかなー的な、

読み応え感には欠けてしまうわけです。

 

歴史小説(時代小説)って、

少なくともひとりの人間の歴史を語るわけだから、

やっぱり長編のほうが適しているのかなー

──なんていうふうに感じました。

 

 

▽内容:

調首子麻呂は百済からの渡来系調氏の子孫。文武に優れ、十八歳で廏戸皇太子(聖徳太子)の舎人になった。完成間近の奈良・斑鳩宮に遷った廏戸皇太子に、都を騒がす輩や謀叛人を取り締まるよう命じられた子麻呂は、秦造河勝や魚足らとともに早速仕事に取りかかるが、その矢先、何者かが子麻呂の命を狙う。

 

上記のとおり、

本作は短編といえども、

主人公が固定されていて、

それが「調首 子麻呂」(つぎのおびと ねまろ)という人物になります。

 

言いにくいねー読みにくいねー。

 

自分なんかは、

何作かすでに黒岩さんの作品を読んでいるので、

ああまたコイツかぁ的な印象はあるんですが、

 

最初のほうはずっと、

「調子麻呂」(ちょうしまろ)と読んでいました。

勝手に、ね。

 

「調」が「つぎ(の)」で、

「首」が「おびと」で、

「子麻呂」が「ねまろ」。

 

「ちょうしまろ」だと、

「首(おびと)」どこいったんだよ?!

って感じですけども、

人がわかればそれでいいわけで、

大して名前は気にしていませんが。

 

とはいえ、

この時代の人の名前ってのは、

みんな読みづらい。。

 

たとえば、

厩戸皇子(=聖徳太子)の側近で、

渡来系の氏族である、

「秦造 河勝(はたのみやつこ かわかつ)」なんていうのも、

スーパー読みづらいし、

 

厩戸皇子の側室である、

「菩岐岐美郎女(ほききみのいらつめ)」なんてのも、

一度ルビを振ってくれるだけでは、

絶対にそのあと読むことができません。

 

なので、

内容はさておき、

ロシア文学と同じくらい、

自分にとっては登場人物がおぼえにくい。

 

ならばいっそ、

正確な名前なんてもうどうでもいいかな、と。

 

登場人物名で挫折する小説って結構ありますが、

それだけで挫折するのってちょっと勿体ない。

だったら適当にニックネームでもつけて、

自分のアタマに入ってきやすい呼称にしちゃって、

話に入っていったほうが効率的だと思いました。

 

時代小説は、

人物名だけじゃなくて、

地名やら道具名やら、

独特な名称がたくさん登場してきますので、

結構それで苦手になってしまう人もいると思うんですが、

 

別に学校の授業じゃあるまいし、

読み手側で勝手に省略するなり名前を変えるなりして、

適当に扱う対応ができるようになれば、

結構おもしろいドラマが待っているかと思います。

 

つい余談が長くなりましたが、

本作は、

そんな読みづらい「子麻呂(ねまろ)」が主人公の、

警察小説みたいな感じです。

 

江戸時代の「捕物帖(とりものちょう)」の、

飛鳥時代バージョン的な、ね。

 

この調首子麻呂(つぎのおびと ねまろ)という人物は、

もともと厩戸皇子の舎人(親衛隊長)で、

そのへんは『聖徳太子―日と影の王子』などを読むとよくわかるんですが、

 

厩戸皇子斑鳩宮を建てて執政にあたるようになると、

身辺警護のほかに、

日々の犯罪捜査にも携わるようになったようです。

(あくまでこの小説を読む限りですが)

 

そんな調首子麻呂を取り巻く

おもな登場人物は以下のとおり。

 

・秦造河勝(はたのみやつこ かわかつ):

渡来系氏族で厩戸皇子に重用された側近。

調首子麻呂の直属の上司で、刑犯罪を裁く奉行的役割を担う。

ニュートラルな考えの持ち主で正義感も強く、

厩戸皇子を心から敬い、彼に忠誠を誓う。

 

厩戸皇子(うまやどのおうじ):

聖徳太子のこと。河勝や子麻呂の主君。

父親は用明天皇

推古天皇は用明の妹で、厩戸皇子の叔母にあたる。

仏教に心酔し、人間平等主義の考えが強く、

当時にしては、まわりから異端視されるほどの、

リベラルなマインドの持ち主で、

推古天皇の摂政となってからは次々と政治改革に着手。

 

・難波吉士魚足(なにわのきし うおたり):

子麻呂の部下で補佐役。

子麻呂と一緒に、犯罪事件の捜査にあたる。

難波吉士もまた、渡来系支族。

のちに冠位をさずかり、秦部に改姓。

 

・縫郎女(ぬいのいつらめ):

子麻呂の正室。

渡来系の書(ふみ)氏の出。

息子(百舌)と娘(イト)を遺し、病死。

 

あとは、

各ストーリーでそれぞれいろんな人物が出てきますが、

全体的には、

子麻呂とその部下・魚足が、

斑鳩宮周辺で起こる様々な事件を解決していくというもの。

 

捜査の壁にぶち当たったときは、

上司の秦造河勝(はたのみやつこ かわかつ)にアドバイスを求めたり、

あるいは中間報告がてらヒントをもらったりして、

事件の解明にあたっていくわけです。

 

また、

子麻呂が捜査にのぞむ心構えや人を裁くときの態度として、

厩戸皇子の助言や訓示がちょこちょこ出てくるのですが、

そこにはやはり、

厩戸皇子の人格者としての考え方が盛り込まれています。

 

以下は、

各ストーリーのあらすじと感想です。

 

※※ネタバレ注意※※

 

子麻呂道(ねまろどう)

子麻呂の自宅から、斑鳩宮まで続く道を、

「子麻呂道」(ねまろどう)という。

 

ある日、子麻呂が通勤途中に、

この子麻呂道で何者かに襲われる。

 

当時、子麻呂は、

農家に押し入り15歳の娘を犯して殺し、

一家三人を斬殺した事件を捜査していた。

 

捜査線上に浮かびあがったのは、

中級官吏である難波吉士高雄(なにわのきし たかお)。

 

彼は、

奴婢に対してSM的なハードプレイを強要している疑いが出ていた。

 

直接、子麻呂が取り調べをおこなったところ、

農家の斬殺事件に高雄は関与していなかったものの、

奴婢への暴行の事実が明らかになる。

 

ここから、

子麻呂を襲った張本人は高雄であることも判明。

 

事の次第が子麻呂によって明るみにでて、

斑鳩宮へ報告されることを恐れた高雄は、

殺し屋を雇って子麻呂殺害をくわだてた。

 

それが裏目にでてしまい、

結局、高雄は、

奴婢SMプレイの暴行罪で打ち首となる。

 

──という話なんですが、

えっ、こんな時代にSM?!

びびってしまい、

 

(古代にもSMはあったのかもしれないけれど)

時代に合っている気がしなくて、

嘘くさすぎる…というのが正直な感想でした。

 

あと、

結局、農家斬殺事件は未解決じゃん!

というところがしっくりいきませんでした。

 

川岸の遺体

ある日、

鋭い刃物で首を斬られた男の死体が川岸で見つかります。

 

川岸近くの小屋に住む男(フト)や、

村長の角先(ツノサキ)に聞いても、

なかなか真相が浮かび上がってこない。

 

子麻呂が河勝に、

事件の発端や捜査の経過を報告すると、

男の死体は河勝の弟に仕えていた武人であることが判明。

 

ただこの男、

河勝の弟の娘(河勝の姪)に手を出してしまい、

秦家を出禁になる。

 

クビになった男は、

流浪人となって村で盗みやレイプを繰り返していた。

 

捜査を続けるうちに、

フトには義理の娘が何人かいたが、

この娘(トネ)が、

川岸のフトの小屋の近くで、

自分の姉(ササ)がレイプされたことに怒り、

鎌でとびかかって男を斬殺したことが判明。

 

また、

男には他にも余罪が多々あったが、

保身のために、

村長(ツノサキ)が村での暴行事件を村民に口止めしていたことも明らかになる。

 

村長はその後、

島流しの刑に、

娘(トネ)は身分を剥奪され奴婢となる。

 

──チャンチャン。

 

これも、

ミステリーではあるんですが、

なんだよ、またレイプかよ!

という印象。

 

レイプ多すぎる。。。

 

子麻呂(ねまろ)の恋

一夫多妻制が許されていたこの時代、

子麻呂は妻をひとりしか娶らず、

律儀な男のようにもみえるのですが、

そんな子麻呂も恋をします。

 

相手は、

物部の残党の娘で、奴婢となったアヤメ。

 

アヤメは、

当時、子麻呂が捜査・調停にあたっていた、

とある集落どうしの水争いで、

奴婢として交渉材料にされていました。

 

村長は、

ヨソオ vs オヌヒ。

 

最初は、

ヨソオのもとで夜の奴隷として囲われていたアヤメですが、

逃げ出して隣の集落のオヌヒのもとへ。

 

年寄のオヌヒだったら大丈夫かと思いきや、

これが執拗なまでのエロジジイだった。

 

水争い自体は、

オヌヒ側に言い分を子麻呂が認め、

彼らの村落が勝訴したが、

ヨソオ側は判決をのむかわりにアヤメを返せと主張。

 

どっちにもいたくないアヤメは、

子麻呂からわずかな食糧をもらい、

村から武器を盗んで逃亡。

 

それからしばらくして、

二人の村長の斬殺死体が見つかる。

 

犯人としてアヤメの名があがったが、

結局、アヤメは見つからず、

捜査は打ち切りとなる。

 

これには、

公人の立場にありながら、

アヤメに肩入れした子麻呂も罪を逃れることができたが、

 

その後、

アヤメが彼らを斬殺したのにはもう1つ理由があって、

それは蘇我・物部の戦のときに、

彼らがアヤメの父親を裏切って死なせたことがわかった。

 

アヤメの目に宿る憎悪が

二人の男に弄ばれたことからくるものだと信じていた子麻呂だったが、

 

それでも、

自分だけには抱かれてもいいと言っていた

彼女の一言はいつまでも信じたい。

 

──そんな子麻呂のひと夏の(?)恋でした。

 

うーん、せつないですね~!

 

…って

そんなことあるわけねーだろ。(爆)

 

いや、ここまでくると、

もうこの本は、

ちょっとしたエロ小説なんじゃないかと思えてなりません。

 

実際、

子麻呂とアヤメのスカトロプレイ的なシーンも出てきますし、

なんじゃこれは?的な感想です。

 

黒岩さんも好き者だなぁ。

 

まぁこれが、

(その時代の)野性の恋だと言われたら、

そうなんですねーとしか言いようがないんですね。

 

 

『信』の疑惑

ある晩、

魚足がタッションしていたところ、

つまづいて転んだら、

そこには男の死体が。

 

そして、

死体のそばには、

「信」の文字が記された木簡が見つかる。

 

斑鳩宮で記録係として勤務していた、

西漢直鳥(かわちのあやのあたいのとり)だった。

 

鳥は喉と腹部を刺されていたが、

死体の股間の、

竿の部分に真珠の玉を2つ嵌め込んでいた。

 

子麻呂たちが調べていくと、

仕事にはシビアな鳥ではあったが、

プライベートは好色でかなりの好き者、

真珠の玉は、

1つは女性を悦ばせるため、

もう1つは自らのイチモツの不老長寿を願って

はめこんだものだということがわかりました。

 

より捜査をすすめるべく、

子麻呂はかつて舎人仲間で、

いまは鳥と同じく記録係をしている田辺史鷹(たなべの ふひと たか)にも

話を聞くことに。

 

ところが、

鷹の家から帰る途中、

子麻呂は何者かに命を狙われます。

 

負傷しながらも一命をとりとめた子麻呂ですが、

相手は自分と同じくらい腕のたつ武人。

思い当たるのは昔の舎人仲間くらいしかいません。

 

負傷にめげず、

子麻呂はしぶとく鳥殺害事件の捜査を続け、

鳥の正室のもとを訪れます。

 

そこで正室から、

鳥が、

同僚(民直内人)の新妻に懸想していたことを聞き出します。

 

そして、

民直内人を直撃。

 

すると、

民が罪を認め、

鳥を妻に呼び出させて殺したことを自白。

(民はそのあと自害)

 

事件はこれで解決かというところで、

自分を襲った相手に心当たりがある子麻呂は、

かつての舎人仲間でいまは船着場で記録係をしている

書首学(ふみのおびと がく)のもとを訪れます。

 

そして、学に、

なぜ自分を襲ったのかと問いただします。

 

学は、

同じ舎人として厩戸皇子に仕えておきながら、

子麻呂だけが優遇されて今のポジションを得ており、

自分や鷹は文人にされて冷遇されていることを愚痴ります。

 

要するに、

子麻呂に嫉妬し、

ちょうど子麻呂が鳥の殺害事件の捜査の一環で、

鷹のもとを訪れることを知った学は、

鷹と一緒に子麻呂殺害を企てたというわけです。

 

当時、

ちょうど厩戸皇子が冠位十二階の制定に着手していたときで、

いくら公正明大な冠位制と言われていても、

どうせ子麻呂みたいなコネのある人間が優遇されるんだろ

という諦めもあり、

事件を起こしたというもの。

 

──ここには「冠位十二階」という、

当時の社会改革をあらわすキーワードが登場し、

 

子麻呂の殺傷事件も、鳥の殺害事件も、

時代を反映した事件の1つとして描かれています。

 

鳥の死体のそばには、

「信」の字が記された木簡が添えられていたわけですが、

これは、

冠位十二階のもととなった、

中国の儒教における五常思想(仁・義・礼・智・信)のなかの

1項目を指しています。

 

「信」とは、

「信頼」とか「信用」とかいうように、

相手を信じること・だまさないことが、

人として正しく重要な姿であり、

人間関係の基本である、

──みたいな感じですかね。

 

鳥は、

その「信」に反したことを犯していた。

 

農民から賄賂がわりに娘を差し出させたり、

同僚の新妻に手を出したり。

 

だから、

同僚・民直内人(たみのあたい うちびと)は、

鳥を殺し、

ダイイング・メッセージとして「信」の書を添えた。

 

これが、

この物語の全容かと思います。

 

自分のイチモツをデコレーションするとか、

賄賂として女を差し出させるとか、

げー、またそっちの話かよ?!

正直、辟易した部分もありましたが、

 

話としては、

これが一番面白かったかなー。

 

冠位十二階という時代をあらわすキーワードと

話がリンクしていたのがよかったし、

それがまた、

ちょっとした謎かけになっていた点もうまかった。

 

でも、

鷹と学が子麻呂に嫉妬し、

こっちもまた冠位制と関係してくる部分は、

正直、必要なかったかなと思います。

 

しつこくて、

無理やり感があります。

 

天罰

厩戸皇子の船を管理し、

外交方面でも活躍する、

高官の難波吉士海亀(なにわのきし うみがめ)には三人の妻がいたが、

そのうちの一人・小糸が殺された。

 

その惨殺死体が川で見つかり、

子麻呂と魚足は捜査に乗り出す。

 

はじめは、

海亀や正室・忍郎女(おしのいつらめ)の関与も疑ったが、

それらしい証拠はなく、

海亀においては、

愛妻を亡くし、

本当に嘆いている模様だった。

 

小糸に仕えていた待女のハナにも聞いてみたが、

思わしい収穫もない。

 

困った子麻呂は、

河勝を訪ねると、

そこには厩戸皇子も。

 

厩戸皇子が子麻呂に、

小糸の郷里に行くようにアドバイスする。

 

郷里には、

娘を亡くしたショックで憔悴しきった実父の

民首火弓(たみのおびと ひゆみ)と、

小糸の待女として随伴したサチが戻ってきていた。

 

ただ、

サチは何かに憑りつかれたかのように精神を病み、

いまは山にこもっているとのこと。

 

山を訪れた子麻呂は、

そこでサチに襲われそうになる。

 

ここから、

小糸を惨殺したのはサチであることが判明。

サチも犯行を自白する。

 

山からおりてきた子麻呂が、

再度、火弓に事情を問いただすと、

小糸に随伴して斑鳩宮に上京したサチは、

海亀の息子(繁郎)と恋仲に。

 

(身分的に)不相応の関係に、

怒った海亀と正妻(忍郎女)は、

火弓にいってサチを郷里に戻させる。

(サチは火弓の養女でもあった)

 

小糸が正妻の嫉妬の末に、

別宅に居を移されてから、

再びサチが待女として呼び戻されたが、

そのとき、

繁郎の婚姻が決まったこと、

繁郎との関係を海亀らに密告したのが小糸であったこと、

小糸もまた繁郎と深い関係にあったこと

…などを知る。

 

その後、サチは、

(精神を病み)巫女として郷里に戻ってきたが、

小糸への深い恨みを抱いていた。

 

途中でひろった犬を飼いならし、

小糸の寝巻をかがせるなどして、

暗闇でも小糸の別宅に迫ることができるよう仕向け、

復讐のため惨殺にいたる。

 

自分が(お金のために)小糸を嫁がせたり、

サチを待女に出さなければ、

このようなことにはならなかったと、

責任を感じた火弓は自害。

 

小糸は火炙りの刑(と見せかけ島流し)となる。

 

──以上で事件は一件落着となりますが、

今度はレイプものじゃなくてよかった…

というのが正直な感想です。

 

結局、犯人は「サチ」ということでしたが、

そもそもの張本人は、

自らの欲と権力にまかせ、

二人の(そしてその父の)人生をかき乱した「難波吉士海亀」だぜ

…的な示唆が、

最後の一節に含まれていました。

 

皇太子は、難波吉士海亀については何も口にしなかった。犯罪を犯していない。ひょっとすると冠位に関係してくるのではないか、と子麻呂は思った。ただそれは事件の真相を知った後に沸いた海亀に対する生理的な嫌悪感のせいかもしれなかった。

 

海亀は、

本件に関しては全くの無罪であるものの、

 

ときはちょうど、

冠位十二階の人事改編をおこなうところだったで、

厩戸皇子(=皇太子)としては、

安易に事前に詳細を述べるようなことはしなかった。

 

でも、

海亀について全く何も言わないというのは、

逆に、彼の自分勝手な態度を、

人事考課のマイナス点として与しようとしていたのではないか。

 

──と、

子麻呂は勝手に想像したようですが、

 

それというのも、

結局、この事件の発端は、

すべて海亀の欲望と権力の濫用にあるからじゃねーの?

と(子麻呂が)考えたからです。

 

事件の全貌を知る子麻呂だからこそ、

そういうふうに思う、

という面を付け加えた点においては、

リアリティーがあったよかったと思います。

 

憲法の涙

ある日、

子麻呂のただ一人の妻、

縫(ヌイ)が病に倒れる。

 

縫の実家は、

百済系の渡来氏族・書(フミ)氏であり、

斑鳩宮の高官・書直雄鳥(フミノアタイ オトリ)や、

書首小弓(フミノオビト コユミ)は、

彼女の親族にあたる。

 

彼らは縫の病に際し、

見舞いに来たものの、

縫は会おうともしない。

 

その数日後、

書首小弓(フミノオビト コユミ)の死体が発見される。

背後から何者かに刺され、

川に捨てられていた。

 

小弓の身辺を洗ううち、

子麻呂たちは、

彼が異常性欲者であることがわかってくる。

 

ロリコンで、

童女をとっかえひっかえ犯し、

飽きたら豪農に売り渡す。

 

それを知っていた縫は、

自らの親戚の過ちのせいで、

(子麻呂)家門に悪影響を及ぼすと懸念し、

一人で悩み、どんどん具合を悪化させていた。

 

捜査の途中で、

子麻呂は縫からの告白を受け、

その事実を確信する。

 

とはいえ、

そもそも農民からとっかえひっかえ娘を買うという

小弓の金の出所がわからない。

そこまでの稼ぎが小弓にあるとも思えない。

 

捜査線上にあがったのは、

小弓に娘を紹介したり、

犯され捨てられた娘を別の農家に売り渡すブローカーの存在。

 

彼の名は、クマといい、

交易人をやっていた。

 

捜査をすすめていくと、

クマが、

書直雄鳥(フミノアタイ オトリ)の家にも

出入りしていたことが判明。

雄鳥の逮捕に至る。

 

ここから、

雄鳥がクマと共犯して帳簿をごまかして、

年貢をピンハネしていたこと、

それに気付いた小弓が雄鳥を強請り、

小弓もまた財を得るようになったこと、

小弓の性癖からいつか捜査の手が自分に及ぶことをおそれ、

クマに小弓を殺害させたこと、

──などが明らかになります。

 

雄鳥は死罪、

クマは行方をくらます。

 

そして、

縫は病状をだいぶ回復し、

事件は落着します。

 

この話は、

短いながらも、

わりと起伏に富んでいて、

え、そういうつながりだったの?!的な驚きもありました。

 

が、やっぱりここでも、

性癖ネタかよ!っていう、ね。

 

しかも今度はロリコン。。。

 

うーん。。。

 

この事件がおきたとき、

ちょうど聖徳太子が十七条憲法を制定したところだったようで、

最後もまた憲法と絡めて、

人間の欲と憲法のつながりを示唆するシーンが出てきたりするのですが、

 

そこはうまいなぁと感嘆しつつも、

また性欲か…と幻滅。

 

暗殺者

(その後、縫が病死し)

妻を亡くし独り身となった子麻呂。

 

一方で、  

魚足は二人目の妻をめとる。

 

その婚姻の宴の帰り道、

子麻呂は何者かに襲われる。

 

押収物は、

幹に刺さった鉄の剣(の刃先)だけ。

 

ここから、

当時、日本では鉄の剣は使われておらず、

朝鮮で使われていたことから、

犯人は朝鮮人の疑いが出てくる。

 

ちょうどそのころ、

朝鮮半島の情勢は不安定で、

(朝鮮へ介入してくる)隋への対決と、

その隋とタッグを組んで

朝鮮統一に乗り出そうとしていた新羅へ対抗すべく、

日本も朝鮮への進出を計画していたが、

 

ときの政権内では、

富国強兵・対外進出派の蘇我馬子と、

平和安定・国内充実派の厩戸皇子で意見が対立していた。

 

自身が暗殺されそうになったことを河勝に報告すると、

河勝は他言無用を徹底したほか、

自宅の警護を厳重に。

 

子麻呂の知らない何かを、

河勝は何か知っているようだった。

 

数日後、

河勝を訪れた子麻呂は、

暗殺者は高句麗人だったこと、

(詳しくは言えないが)彼らはもう帰国したから、

もはや子麻呂の身に危険は及ばないこと、

──などを聞かされる。

 

子麻呂自身、

スッキリしないまま帰途につくが、

その帰り道、

またあの曲者と遭遇。

 

子麻呂も負傷するが、

無事、暗殺者を仕留める。

 

そして、

河勝に介抱され、

曲者が船に乗らず子麻呂暗殺のため、

日本に留まっていたことや、

子麻呂の暗殺に、

蘇我馬子がかかわっていたことを告げられる。

 

蘇我馬子は、

朝鮮遠征の派兵に反対する河勝をも脅しており、

その矛先を子麻呂に向けたようだった。

 

この話には、

当時の政権をめぐる蘇我氏vs聖徳太子という一面や、

朝鮮をめぐる東アジア情勢といったマクロな面が背景にあるのですが、

 

そういった紐づけ方が、

やっぱり黒岩さんのうまいところだと思います。

 

以下は、解説で、

毎日新聞記者の重里徹也さんが寄稿している評です。

(長いですが、そのまま引用)

 

時代はちょうど皇太子が冠位十二階や十七条憲法の制定を進めようとしている時だった。能力主義による人材登用や豪族・官吏の道徳律を定めようとするもので、世は改革の時代といっていい。これらの改革がきしみを生み、動揺を呼んでいるのも、人々の生活実感を逸して描かれている。

中国や朝鮮半島の動きも、登場人物たちの生活に直接かかわっている。隋とどのように関係を持つのか。高句麗百済新羅とは、どのように付き合えばよいのか。国際政治の動きが手に取るように伝わってくる。

裸の人間たちのこすれ合いを楽しみ、幅広い視野で権力闘争を味わいながら、遥か昔の日々に思いをはせ、この民族について考えること。この連作集は、黒岩さんの古代史小説の面白さを知るのにも、格好の一冊になっている。

 

そうそう。

 

その通り。

 

うまくマクロとミクロを組み合わせて、

古代史なんて全く何も知らない読者でも、

当時の一般人の暮らし方とか、

権力者の腹黒い野心や闘争、

それらを両方兼ね備えているから、

わりと自分もそこにいるような感じで読めたりする。

 

これが黒岩さんの小説の凄いところだと思います。

 

解説者がべた褒めする、

 

私たちが黒岩作品を読み始めてすぐに感じる、ある種の懐かしさのようなもの、居心地のいい解放感のようなもの

 

とか

 

生も死も一体になったような雰囲気を作品の中に漂わせる。生者も死者も有機的に結びついているような濃密な空気

 

というのは、

はっきりいって自分にはわからないんだけれども、

 

黒岩さんの小説に描かれる世界には、

なんとなく引き込まれることが多く、

大昔の話なのに、

なぜか納得してしまうところがあります。

 

それは彼が、

人間を描くのが上手だからだと思うのです。

 

人間が誰しももつ、

薄汚い欲とか野望、嫉妬。

 

あるいは、

生存本能から思わず悪事に手を染めてしまったり、

逆に理性がそれを押しとどめたり、

とどめきれずに反省したり。

 

こういうのって、

いつの時代でもどこでも、

おそらく

万民に共通する心の動きで、

 

それを黒岩さんは、

その時代の出来事や独特の風潮とリンクさせて見せてくれるから、

 

自分には全く関係ない、

無知の・大昔の人なのに、

活き活きしたリアリティと同時に、

いるいる、こういう人

あるある、こういう気持ち

──みたいな変な納得感が得られるのかな、と。

 

にしても。

 

今回の「好き者ネタ」は、

そこまで共感は得られなかったけど、ね。(汗)

 

こちらの続編で、

子麻呂が奔る (文春文庫)

という短編集が2004年に出されているようですので、

興味がある方は読んでみたらよいかと思います。

 

自分は、うーん、、、

ヒマなときに読もうかな。

(そこまで惹かれない)


■まとめ:

聖徳太子の舎人(親衛隊帳)だった調首子麻呂(つぎのおびと ねまろ)が、(太子が政治を執る)斑鳩宮周辺でおこる大小の犯罪捜査にあたり、事件を解決していく話。全7話からなる短編集。
・短編なだけあって、読み応えに欠ける。あっさりしていて、さくっと読めるが、起伏に富むドラマ性は薄い。また、内容的にも、どの話もエロ(しかもレイプ・ロリ・SM)が多くて、すこし辟易した。

・ただ、当時の人々の暮らしっぷりが些細に描かれ、リアリティーがありながらも、どの時代でもどこの国でも通用するような、人間として誰もがもつ薄汚い欲やそれをとどめさせようとする理性なんかも、包み隠さず描かれていて、(大昔の人なのに)隣人かのような親近感?が得られる。それをまた、その時代特有の出来事や風潮とうまくリンクさせてくるので、歴史の知識がなくてもわかりやすく読める。


■カテゴリー:

歴史小説

 

■評価:

★★★☆☆

 

 ▽ペーパー本は、こちら

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

斑鳩宮始末記

斑鳩宮始末記

 

 

氷の華 ★★★★☆

天野節子さん

氷の華 (幻冬舎文庫)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

この本を読むのは2回目。

 

数年前に一度読んでいて、

すごくおもしろかったなーという記憶はあるのですが、

内容はさっぱり記憶にありません。

 

つい最近、

彼女の最新作?である『彷徨い人 (幻冬舎文庫)』を読み、

実におもしろかったので、

こちらを再読しようと思った次第です。

 

※『彷徨い人』のレビューはこちら

 

結果は、

ニジュウマル。

 

相変わらず面白かった!

 

登場人物とか、

物語の中身とか、

見事に忘れていて、

まるで初めてかのように読めましたが、

 

真犯人が実はコイツだった的なところは、

なんとなく記憶がありつつも、

少なからず驚きがあって、

見事にやられました。

 

そして、

終盤も見ものでした。

 

一見、これでおしまいか?と思いきや、

ページはまだタップリ残っているわけで、

これで終わるはずがありません。

 

物語はふたたび再燃し、

真実があばかれていきます。

 

ここは、

おっとー?!どうなっちゃうの?

というドキドキ感がつきまといます。

 

そして、

ラストは、

あちゃーそうなっちゃったかー

という驚きもある反面、

あーやっぱりなー

という納得も。

 

ここまでのストーリーの運び方がとても上手で、

われわれ読者を、

さあ、どうなる?

えーそれで終わっていいの?

いいわけないだろ、ほら!

じゃあ、どうなる?!

なんと、そうきたか!

ついに!でも納得!

──というふうに次々といざなうところは、

さすが天野さん!

っていう感じでした。

 

一気読みは間違いナシ!

 

▽内容:

専業主婦の恭子は、夫の子供を身篭ったという不倫相手を毒殺する。だが、何日過ぎても被害者が妊娠していたという事実は報道されない。殺したのは本当に夫の愛人だったのか。嵌められたのではないかと疑心暗鬼になる恭子は、自らが殺めた女の正体を探り始める。そして、彼女を執拗に追うベテラン刑事・戸田との壮絶な闘いが始まる。長編ミステリ。

 

前回の『彷徨い人』でも触れましたが、

本作品は、

作者にとって第一作目となるデビュー作です。

 

作家の天野節子さんは、

1946年生まれ。

今年で70歳です。

 

この『氷の華』を書いたとき、

彼女は60歳。

 

そして、

4作目となる『彷徨い人』を書いたのが67歳。

 

『彷徨い人』もそうでしたが、

本作も、

言わなければ決して60代の方が書いた作品とは思えないくらい、

時代感覚に冴えています。

 

作者の年齢をにおわせるような、

古臭い、時代錯誤的な描写が全くないのです。

 

すごいなぁと思う。

 

自分なんて年をとったら、

それ相当に、

言うことも書くこともジジくさくなるんだろうに、

 

この人のような感覚でもって、

時代についていける自信はさらさらない。

 

そして、

60歳でもこんなに巧みなミステリーを書けるのかという、

その手腕にも驚きです。

 

それくらい、

よく出来ている。

 

『彷徨い人』もそうですが、

読者に、

ついページをめくらせるという手管は、

本当にお見事。

 

展開が気になって仕方なかったです。

 

こちらも1週間くらいかけて読む予定でしたが、

見事に4日で読み終えてしまいました。

 

以下は、

本作の登場人物についてのおさらいです。

 

・瀬野恭子:

35歳の専業主婦。

瀬野隆之の妻で、(株)東陽事務機の故重役の姪。

資産家で悠々自適の生活を送るも、

子供に恵まれず、不妊治療の経験も。

頭が切れ、プライド高く、人に弱みを見せない。

 

・瀬野隆之:

恭子の夫。36歳。

(株)東陽事務機の営業部長。

大学時代に恭子と出会い、就職に苦労していたところ、

恭子の口添えで(株)東陽事務機に就職。

 

・関口真弓:

(株)東陽事務機の経理課の事務員。

子持ちのバツイチだが、

子供は別れた夫の実家に引き取られる。

独り暮らしの自宅で毒殺される。

 

・戸田刑事:

警視庁捜査一課の警部補。

関口真弓毒殺事件の担当。

 

 ・大塚刑事:

練馬西署の若手刑事。

関口真弓毒殺事件の所轄署の担当で、

戸田と捜査に当たる。

 

・高橋康子:

恭子の友人。

滝口好美とはW大時代の友人で、

同じ演劇サークルに所属。

卒業後は一度就職するも、渡米。

帰国後、出版社に勤める。

 

・滝口好美:

恭子の友人で、康子のW大時代の同期。

卒業後も大学時代からやっていた演劇を続け、

劇団に所属。

 

・杉野妙子:

 瀬野家の家政婦。

 

以上のとおり、

登場人物はさほど多くありません。

 

この中でもメインになるのは、

瀬野恭子・瀬野隆之・戸田刑事・高橋康子の4人。

 

そして、

関口真弓の毒殺事件と、

序章の老人(加賀作次郎)のひき逃げ事件

瀬野孝之と高橋康子の心中事件

という三つの事件が、

複雑に絡んでいきます。

 

このあたりの、

複数の登場人物と複数の事件を絡ませて

ひとつのストーリーを築き上げていく手腕は、

実に精巧で、

 

その秀逸さは、

のちの作品にも引き継がれており、

最新?の『彷徨い人』を読んでも、

そのスゴさがよくわかります。

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

※※ここから先は、ネタバレ注意※※

 

電話を受けたのは恭子。

その日、夫の隆之は海外出張で不在、

家政婦も休暇をとっており、

瀬野家の豪邸には恭子一人。

 

電話をかけてきたのは関口真弓と名乗る女性。

彼女は自分が瀬野隆之と不倫関係にあることを宣言し、

妊娠していることまで告げます。

 

家の郵便受けには、

隆之自筆の署名が入った母子手帳も。

 

激しい動揺と怒りに燃える恭子。

 

夫の書斎から見慣れぬキーを取り出し、

関口真弓の家に侵入し、

冷蔵庫の飲みかけのオレンジジュースに、

瀬野家の土蔵に保管していた農薬を混入。

 

恭子は犯行がバレないよう、

指紋や痕跡などの物証には細心の注意を払い、

犯行時刻のアリバイ作りに奔走。

 

部屋には、

隆之と真弓らしき女性の2ショット写真が飾られていましたが、

恭子は怒りを抑えて、

写真はそのままにして現場を後にします。

 

同日夕方には、

何食わぬ顔で友人の高橋康子と会って、

食事をして帰宅。

 

後日、

関口真弓の死体が発見され、

農薬による毒殺と判明。

 

ここから、

警視庁本庁の戸田刑事と、

所轄の大塚刑事が、

事件の解明に挑みます。

 

彼らの綿密な捜査から、

恭子が用意していた数々のアリバイは崩れ、

恭子の犯行が明らかに。

 

ところが、

捜査の過程で不可解な点が多く、

その真実はなかなか明かされません。

 

・真弓が妊娠していた事実がまったく触れられず、母子手帳が見つからない

 

・警察がもっていた二人の写真は、あくまで隆之の所持していた写真のコピーであり、真弓の部屋にあった写真がない

 

・あるべきはずのない自分の毛髪が、真弓の部屋に残されていた

 

・真弓の口座に定期的に多額の振込があったが、結局、その出所は不明(隆之ではないっぽい)

 

──などなど。

 

これらから、

恭子は次第に、

真弓は決して妊娠しておらず、

自分は何者かに嵌められ、

彼女を殺害してしまったのではないかと疑いはじめます。

 

では、

誰が自分を嵌めたのか。

 

夫・隆之が関わっているのは間違いなく、

彼には真の愛人という共犯がいるはず。

 

恭子の知らないところで、恐ろしい何かが進行している。それは、恭子を陥れる陰謀。

 

そして自分に恨みを持つ人間を

記憶からあぶりだそうとする。

 

そこに、

14年前の出来事が思い浮かぶ。

 

隆之は、恭子がモノにする直前まで、

和歌子という女性と婚約までしていた。

 

それを恭子が破談にし、

就職先という人参をぶらさげて、

さらには結婚にまで至る。

 

これは和歌子の復讐かもしれないと、

疑い始める。

 

一方で、

自分が犯してしまった過ちや、

罠に嵌められてしまったという虚脱感から、

もはや生きる気力を失っていた彼女は、

 

こうなった以上、

夫と共にふたりで心中することが、

夫や真の愛人に対する復讐でもあり、

我が身の誇り高き身の納めかたでもあると決意。

 

場所は、

軽井沢の別荘。

結婚記念日が近いため、

毎年、別荘で祝っていることに乗じて、

夫を誘い出す。

 

書斎の書類から、

夫の筆跡をなぞらえて、

遺書もつくる。

 

そして、

板金業を営む友人宅から、

青酸カリを盗み、

夫の指紋のついたビニール袋に入れて持ち帰る。

 

さあ、これで準備はOK!

 

──というところまできたとき、

和歌子による復讐の疑惑が

再び恭子の頭をよぎる。

 

思い余って、

旧友(渡辺のぞみ)に電話をする恭子。

 

恭子:

「そういえば、あなた、和歌子という名前の人知らない?」

 

のぞみ:

「和歌子?姓は?」

 

恭子:

「それはわからないの」

 

のぞみ

「和歌子…和歌子…」

「わかるかもしれない!一度、電話を切るわ」

 

そして再び、

のぞみからの回答を得る。

 

のぞみ:

「この人じゃないかしら。姓は谷、谷和歌子といって学生の頃の舞台名よ。和歌子という字をどこかで見たことがあると思ったら、やっぱり昔のパンフレットに出ていたわ。この前、引っ越しの整理をしながら、久しぶりに開いてみたのよ。W大学の、演劇部の卒業公演なんだけど、私の友達も端役で出ていたので観にいったの」

 

この、

のぞみからの回答の、

「舞台名」という言葉にひっかかった恭子は、

その「舞台名」の本名を問いただします。

 

すると、

それは恭子のよく知っている名前だった──

 

ここで恭子は、

和歌子の正体をつかみ、

夫と自分の心中計画から、

夫と和歌子の心中を装った殺害に切り替えます。

 

別荘に向かった恭子は、

青酸カリを入れたグラスを凍らせる。

 

そして、

持ってきたワインを棚にいれ、

その下に偽造した遺書を置く。

 

あとは二人を別荘におびきだすだけ。

 

ところが、

ここにきて戸田刑事たちが恭子のアリバイを崩し、

恭子は言い逃れできない状態に。

 

別荘から帰ってきたところにすぐ、

戸田刑事たちがあらわれ、

恭子に事情を説明します。

 

任意同行の前に、

恭子は最悪の状況(=逮捕・起訴)に備え、

一本だけ電話をしたいと言い、

刑事たちの前で電話をかける。

 

相手は、高橋康子。

 

公演で九州にいる友人(滝口好美)に、

公演から戻ってきたら、

恭子のベンツを別荘に運んでほしいと、

電話で康子に伝言を託します。

 

そして、

署へしょっぴかれた恭子は、

ついに犯行を認める。

 

ところがその後、

関口真弓の机の引き出しから、

関口真弓がとある事件を目撃したことで、

彼女が瀬野隆之をゆすり、

その口止め料として、

多額の現金を受け取っていたことを告白するUSBメモリーが見つかる。

 

それと同時に、

瀬野隆之と高橋康子が軽井沢で心中するという事件が発生。

 

この心中事件こそ、

恭子が仕向けたものであり、

彼女が先に正体をつきとめた「和歌子」とは、

高橋康子だったのです。

 

見つかったUSBメモリーから判明した事件とは、

何だったのか。

 

それは、

以前、

瀬野と康子が隠密旅行に行った際、

一人の老人を引き逃げしてしまい、

それを法事で帰郷していた関口真弓が偶然目撃。

 

彼女は、

そのひき逃げ事件を口実に瀬野を強請り、

多額の口止め料を受け取っていて、

生き別れた子供と再び一緒に生活できるよう、

マンションの購入資金を貯めていたわけです。

 

この強請りから逃れるべく、

瀬野と康子は恭子を利用して真弓を殺害。

 

晴れて往年の恋が実った瀬野と康子は、

「愛の完結」として軽井沢で心中し、

罪の責任を果たす。

 

ここで恭子は一発逆転、

無罪となり、

晴れてシャバに復帰。

 

隆之とは離婚、

旧姓(吉岡)に戻って、

新たにマンションに引っ越す。

 

これで物語は終わるのかと思いきや、

そうは問屋が卸さない。

 

そもそも、

数々の不審な点に、

納得がいっていなかったのは恭子だけでなく、

戸田刑事も同じ。

 

彼は判決後も、

仕事の合間をぬって、

コツコツと真相究明を続けます。

 

こんな形で、

瀬野と康子が心中するわけがない。

 

ましてや、

積年の恨みの矛先である、

恭子の別荘なんかで死ぬわけがない。

 

それらも含め、

戸田は不審な点を洗い出し、

ひとつずつ潰しにかかります。

 

すると、

青酸カリを所有する友人に

恭子がツテがあったことがわかり、

戸田の中で恭子犯人説が出来上がってくる。

 

そんな戸田を後押ししたのが、

警視庁に届いた一通のエアメール。

 

それは、

米国に引っ越した渡辺のぞみからのものでした。

 

彼女は、

ジャーナリストの兄から

恭子や隆之・康子に関するニュースを知り、

そのちょっと前に、

恭子に「和歌子=康子」であることを伝えたことがひっかかったため、

そのいきさつを告発。

 

ここから、

戸田のなかで恭子犯人説は、

疑惑から確信にかわります。

 

とどめを刺したのは、

家政婦だった杉野妙子。

 

彼女は心中事件前に、

恭子が隆之の書斎から、

小さなビニール袋(←青酸カリを入れる袋)を盗み、

隆之の字体を真似て遺書をつくったことを、

部屋の痕跡から知っていました。

 

瀬野家が売り出され、

家政婦の仕事がクビになった妙子は、

その後、夫が借金を抱え、

サラ金に手を出してしまったがために、

金策に苦しみます。

 

迷ったあげく、

恭子の新しいマンションを訪れ、

恭子の犯行疑惑をネタに、

恭子からお金を引き出そうとしますが、

恭子はその手には乗るまいと拒否。

 

凍ったグラス、ビニール袋、遺書。問題はこの三点だが、いずれも、恭子が偽装したという証拠など、発見できるはずがないのだ。不安に思うことは何もない。

 

そういって自分を励ましみたものの、

内心は衝撃と焦りでオタオタ…。

 

人間、

こういうときほど疑心暗鬼になるもので、

大丈夫、他にないよな…

なんて思っていると、

意外なことに気づいてしまったりもする。

 

恭子もまさにそれ。

別荘にもっていったワインには、

隆之らの指紋はなくて、

(彼らはビールを飲む段取りになっていたから)

恭子の指紋だけが残っていることに気づく。

 

やばい。

 

あわてて別荘に向かい、

証拠隠滅をはかるも、

同じく事件の再捜査にあたっていた戸田刑事が

一足先に別荘で張り込みしていた。

 

そこですべてが明らかになり、

ジ・エンド。

 

最後は、

戸田が家政婦を再調査したことや、

彼女から遺書の偽造や青酸カリのビニール袋のことを聞き出したこと、

よく調べたら筆圧が違っていたことなどを明かし、

ふたたび恭子を追い詰めます。

 

今度こそ、

言い逃れはできない恭子。

 

逮捕前に、

今度は電話ではなく、

手洗いにいって化粧直ししたいと言います。

 

そして、

所持していた青酸カリを服飲し、

その場で自殺してしまう。

 

──ちょっと長くなってしまいましたが、

以上が本作のあらすじです。

(もはや、あらすじではないね)

 

記憶を思い出しつつ、

そして記憶が定かでないところは、

再び本を開きつつ、

このあらすじを書いたわけですが、

 

こうやってまとめてみると、

あらためて、

この作者はスゴイと思いました。

 

あーそういう順番(時系列)になっていたのね!

とか、

このときからすでにこうだったのね!

とか、

とにかく伏線がうまく散りばめられている

 

話の構成が、

実に精巧なのです。

 

解説者(野崎六郎氏)も、

次のようにべた褒め。

 

本書『氷の華』は作者のデビュー作となります。伏線の張り方のうまさ、先へ先へと読ませていく手管では、すでに完成の域にあるといえます。

 

そう、

これがデビュー作、

しかも60歳とは思えない精緻さ!

 

先に私は、

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

と既述していますが、

 

厳密には、

「プロローグ」が用意されていて、

そこでは、

一人の老人(加賀作次郎)が、

パチンコ帰りに雨の中、

交通事故にあったっぽい

──といった話から始まっています。

 

そのあとに、

関口真弓殺害のきっかけとなる

瀬野家への電話。

 

小説の中盤くらいまでは、

関口真弓事件をめぐっての

すったもんだが繰り返されるので、

序章にあったジイさんの交通事故なんて、

とっくにどっかいっちゃってます。

 

それが中盤をすぎて、

恭子が真弓殺害の犯行を認めた直後、

真弓のUSBメモリーから

突如、ジイさんの話が舞い戻ってくる。

 

よくあるパターンではあるけれど、

ここで一部の読者は、

なるほどねーそうつながったか!

と一種の感動を得ることになると思います。

(自分は、まんまと得たタイプ)

 

あとは冒頭に記載したとおりで、

これで終わるのか?終わるわけないよね?と思わせながら、

心中事件の真相が次々と暴かれていくところとか、

とどめの上にさらにとどめが来て、

最後は恭子自決という衝撃。

 

冒頭でも触れたとおり、

そもそもこの小説においては、

3つの事件と4人の主要人物が複雑に絡んでいるわけですが、

それぞれの事件に対して、

それぞれの人物を整理すると、

次のようになります。

 

①関口真弓の毒殺事件:

─ 恭子 vs 関口真弓

 

②加賀作次郎のひき逃げ事件:

─ 隆之&康子 vs 関口真弓

 

③軽井沢の心中事件:

─ 恭子 vs 隆之&康子

 

このように、

それぞれの事件に

それぞれの人物の対立軸があって、

①の水面下には②が隠れていて、

それが明らになると今度は③が起こる

──というロジックが、

物語が進むにつれて次第にわかってくるわけです。

 

そして、

この①~③すべてにおいて、

恭子 vs 戸田刑事

という対立軸が併行していきます。

 

もはやゲームです。

私たちは観客です。

どちらがこのゲーム勝つのか。

さっきの試合には勝ったけど今度の試合はどうか。

息を飲んで見守ります。

 

ドキドキ・ハラハラしながら。

 

そして、

衝撃のラストを迎える。

 

一方で、

衝撃ではあるんだけれど、

恭子の性格上、

自殺という終わり方は、

どこか納得もしてしまう。

 

そのための伏線は、

その前の事件(関口真弓殺害事件)でも敷かれていたし。

 

さて、

恭子は勝ったのか負けたのか。

 

隆之と瀬野には勝ったでしょう。

真弓とは結局、勝負になっていなかった。

じゃあ戸田には?

 

真相を暴かれたという意味では、

戸田に軍配があがりますが、

一番の真相というか、

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分については、

結局、戸田はつかんでいません。

(少し情報は得ていますが、確信はしていない)

 

そして、

それを明らかにされるくらいなら、

いっそ、

自ら死んでやるというのが恭子の選択。

 

ここには、

解説者の言う、

 

氷の、華やかな、哀れみとはほど遠い<悪女>のドラマ

 

があると思います。

 

でも、

「哀れみとはほど遠い」かな?

と思う。

 

私は、

哀れみを感じてしまったほうです。

 

前述の、

 

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分

 

とは、

 

要は、

恭子にとっての一番の弱み、

すなわち、

子供ができない体であること(不妊であり、

 

彼女は、

それを弱みとして自覚したくなかった。

 

でも、

再捜査で取り調べが進めば、

おのずとその部分にメスが入るのは明らかで、

自分でも認めたくない部分を、

他人にズケズケと入り込まれてたまるか!

というのが彼女の本心であり、

絶対に譲れないプライドだったはずです。

 

頭もキレて、外見も美しく、

お金にも困っていない。

 

両親を事故で亡くしていることは痛手かもしれませんが、

だからといってその後の人生を

めちゃくちゃ苦労したようでもなく、

叔父に大事に育てられ、

生活は華やかそのもの。

 

でも、

本当はわかりませんけどね。

 

突然の両親の死で、

絶対的な愛情をうしなってしまった彼女は、

強がることもおぼえてしまったはずです。

強くないと生きていけないので。

 

幸いにも、

生活には困らないだけの身寄りはありましたし、

お金でなんとでもなる生活ができていた。

 

そんな自分だけれど、

お金をかけても唯一なんともならないことがあった。

 

それが、

不妊というつらい現実。

 

でも、

華やかで誇り高き恭子は、

まさか自分が不妊だとは自分で認めたくもないし、

不妊であることを知られたくもない。

 

それを忘れるかのように、

趣味や食事、

隆之との華やかな生活で紛らわしていたわけです。

 

それが関口真弓に扮した康子によって、

大きく傷つけられた。

 

それだけでなく、

単なる火遊びだと思っていた夫の浮気は、

14年前の本物の恋愛感情に回帰したものだったことを知り、

夫の愛情も失っていることに気づいたのです。

 

何でも持っているはずの、

持ってきたはずの自分が、

子供と夫という、

一番自分に近いところにいるべき人間を、

持てないというつらさ。

 

そして、

それを本当につらいと認めたくないつらさ

 

そう考えると、

自分には、

恭子はたしかに悪女ではあるけれど、

哀しい・可哀想な人でもあると、

普通に思っちゃいました。

 

最後に、

これだけおもしろかったにもかかわらず、

星5つをつけなかったのは、

以下2点の理由からです。

 

①隆之はどうやって口止め料を用意したのか?

 

このあたりは、

戸田刑事が

真弓と隆之の勤務先である

職場の経理課長(水野)を問いただしたり、

税務署の人に話を聞いたりするシーンがあって、

 

おそらく、

会社の資金を横流し?した感じは

なんとなくわかるんですが、

 

結局、

詳細についての言及はないままでした。

 

完璧なロジックが散りばめられていたぶん、

ここが曖昧のままに終わってしまっているのが、

自分としては残念でした。

 

②なぜ恭子は、渡辺のぞみに聞けば和歌子についての情報が得られると思ったのか?そして、その渡辺のぞみは、なぜ和歌子=康子を知っていたのか?

 

①はまだ許せるんですが、

こっちは結構、許せなかったです。

 

恭子は、

関口真弓(正体は康子)から電話がかかってきたその日、

同窓会の予定があったので、

同窓会に出席しているわけですが、

 

そこで、

いまは石垣島に戻っている医者の娘、

渡辺のぞみの存在を思い出します。

 

そして恭子は、

夫・隆之との心中を決める一方、

和歌子による復讐も拭いきれなくなって、

ふと彼女に電話をかけます。

 

そして和歌子の正体をつかむ。

 

その流れ(の一部)は、

先にもご紹介したとおりですが、

 

ここって結構大事なところなのに、

あまりにも突拍子すぎる。

 

なぜ同じ大学でもない和歌子を、

のぞみは知っているのか?

 

そして、のぞみに聞けば、

和歌子の正体がわかるんじゃないかと

恭子が思った理由はなんなのか?

 

もし、

渡辺のぞみが演劇にすごく興味があって、

康子や好美とは大学は違うけれど、

別の大学で演劇サークルにはいっていたとか、

あるいは見る専門のほうの演劇好きで、

それこそ高校時代から

演劇という演劇は片っ端から見ていたとか、

何かそういう経緯があれば、

 

のぞみと和歌子(康子)のつながりも、

恭子とのぞみのつながりも、

すんなりいくんだけれど、

 

残念なことに、

ここについての描写が一切ありませんでした。

 

渡辺のぞみは、

恭子と同じT女子大学の付属高に通っていて、

大学は別だったとか、

石垣島で父親が医院をかまえているから、

石垣に戻っていて、

このたび婿入りした夫の米国留学が決まり、

渡米が決まったとか、

 

──そんなのばっかりで、

どこに和歌子(康子)との接点があるわけ?!

とツッコミたくなりました。

 

この渡辺のぞみという女性は、

終盤、再び登場し、

家政婦の杉野妙子とならんで、

最後の最後に恭子を追い詰めることになります。

 

そのくらい(脇役だけど)重要な人物なんだから、

天野さん、手を抜いちゃだめでしょーが!

と言いたくなりました。

 

でも、

ほかが完璧だったからこそ、

逆に目立ってしまったのかもしれないです。

 

解説には、

作者がこの作品を世に出すまで、

草稿には膨大な<書きつぶし>の量が費やされ、

死にもの狂いで彼女が推敲に推敲を重ねたようなことが

紹介されています。

 

そして、

作者が古典ミステリに相当通じていて、

ものすごく勉強された様子があることも

触れられていました。

 

私は、

ミステリー小説の、

構成上のプロットや種類については、

まったく知見がないのですが、

 

解説者の専門的な分析で、

たしかにそのとおりだな

と思った点があります。

 

恭子と戸田。追いつめられる者と追いつめる者。『氷の華』は二人を軸にして、いわば二元中継の語りのスタイルによって進行します。

しかし二元中継スタイルは現代ミステリにあって独創的な方法とはいえません。むしろ、お手軽なツールとして酷使されているというのが実状。凡庸な書き手がこれをやると、二元中継の進行が同じ方向になって、ただ視点人物を取り替えて語りに変化をつけるだけの結果に終わったりする。二元に分けた意図を生かせないのです。

本書は違います。二つのドラマの側面は並行のままで、別方向に伸び、交わりそうで交わらない。

 

「二元中継法」かぁ、

なるほどなー。

 

たしかに、

ただ人物をかえて物語を進行させても、

解説者のいうとおりになってしまい、

きっとつまらないはず。

(くどいだけ)

 

そういわれると、

この作家さんは、

やっぱりプロなんだなと言わざるを得ません。

 

だからこそ、

失点が目立ってしまい、

残念に思う。

 

でもそれは、

言い換えると

作家への大きな期待でもあるかと思うわけです。

 

ということで、

またお目にかかりたいです、天野さん。

 

次は、

目線』『烙印』でお会いしましょう。

 

アディオース!

 

■まとめ:

・60歳で作家デビューした天野節子の処女作。年齢を感じさせない技巧や力量感に圧倒される。それくらい、うまくできている。

・本作を読んだのは2回目だったけれど、(内容をすっかり忘れていたせいか)終始、展開が気になって仕方なかった。いったん、終わったと思っても、まだ来るかー!まだ来るかー!の連発。途中、わりと大事なところでの経緯説明がないのが非常に残念だったが、完璧すぎて逆に失点が目立っただけかもしれない。

・『氷の華』というタイトルが主人公のヒロイン(瀬野恭子)を指していることは明らか。華やかだけれど、氷のように冷酷で、そして哀しい人だなと思った。誇り高き女性のもつ哀しい現実(不妊)がテーマ。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★★


▽ペーパー本は、こちら

氷の華 (幻冬舎文庫)

氷の華 (幻冬舎文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

氷の華 (幻冬舎文庫)

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彷徨い人 ★★★★☆

天野節子さん

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

これはおもしろかった!!

 

天野節子さんといえば、

何年か前に『氷の華』で作家デビューし、

自分も読んでいますが、

これが結構おもしろくて(でも内容はスッカリ忘れた)、

この作家さんイケるなー!と感心したものです。

 

本作は、

その作家さんによる4作目。

 

プロローグとエピローグを除くと、

全11章で構成されており、

最初は1日1章ペースで読んでいましたが、

つい展開が気になって、

1週間くらいで読んでしまいました。

 

その気になれば、

2~3日で読めちゃうと思います。

 

そのくらい展開が気になり、

読者を先へ先へといざなう面白さがありました。

 

おススメ!

 

▽内容:

優秀な営業マンの宗太は、理解ある夫、愛情深い父親として幸せな毎日を過ごしていた。だが、母親の介護を発端に夫婦に亀裂が入る。そして、たった一度の過ちが、順風満帆だった彼の人生から全てを奪っていく。誠実に生きてきた。懸命に生きている。それでも、人は「彷徨い」、時に道を外す。平凡な幸せが脆くも壊れていく様を描いた衝撃のミステリー。

 

本書の解説でも触れられていましたが、

こちらの作家さん(天野節子氏)は、

60歳で作家デビューを果たしています。

 

前述のとおり、

氷の華』という作品がそのデビュー作なんですが、

これによって、

天野節子というミステリー作家としての名前が

世の中に知れ渡ることになります。

 

このデビュー作、

最初は自費出版だったようで、

 

それが幻冬舎の目にとまり、翌年、ハードカバー本で本格デビューという幸運を運んだ

 

──とのことです(解説より)。

 

本作にいたっては、

2012年に上梓していますから、

67歳という御歳で書かれていることになります。

 

還暦過ぎた年寄りが、

こんな小説書けるんだ?!

と驚いてしまうくらい、

本作もまた、

その流暢な内容・構成の面白さに舌を巻きました。

 

ここでいう「流暢な内容」というのは、

60代のおばあさんが言うようなことなんて、

時代遅れというか、

古臭いにおいがするんだろうなー

──なんていう先入観が

どうしても働いてしまうんですが、

彼女の作品にはそれが全くない。

 

それこそ、

スマホSNSといった、

いかにも「いまふう」なものは描かれていないけれども、

だからとって、

作品の文体やシチュエーションに、

時代錯誤を感じさせるようなものもないのです。

 

普通に、しっくりくる。

 

本書のなかにも、

携帯の「履歴」や「(発信・着信)データ」、

「ストラップ」なんていうものが出てきますが、

スマホがこれだけ浸透しているいま、

若干の古臭さがないわけでもありませんが、

昨今はガラケーへの逆流現象すらあるわけですから、

大した時代錯誤ではないわけで、

とくに違和感は感じませんでした。

 

警察の仕事や捜査方法などについては、

ミステリー作家であれば、

年齢を問わずある程度の知識が蓄えられていると思いますが、

 

細かい舞台設定・状況描写のなかにも、

彼女がいかに、

現代人としての感覚を保とうとしているかがうかがえます。

 

だからといって

ヘンに無理しているような、

背伸びしている感もない。

 

なんの情報ももたないまま、

彼女の作品を読むと、

絶対に60後半の方が書いた小説だなんて思わないと思います。

 

そのくらい、

時代に沿った内容設定・描写になっています。

 

年齢的にビハインドを感じた部分を強いてあげるなら、

ちょっとデジタルに弱いかも?

という点です。

 

これについては、

追って説明したいと思います。

 

さて、

本作の登場人物は、

ざっと以下のとおり。

 

・折原宗太:

外資系アパレル企業に勤める36歳の優秀営業マン。

そのかたわら、認知症の母親を介護する親思いの息子。

 

・折原淳子:

宗太の嫁で、片岡葉子の実の姉。

宗太とは職場結婚したのち、一女をもうけて専業主婦に。

姑(幸子)との折り合いが悪く、

幸子が認知症で施設へ入居してからは、

介護にはノータッチ。

 

・折原幸子

宗太の母。

はやくに娘(宗太の妹)と夫(宗太の父)をなくし、

女手一つで宗太を育て上げる。

元小学校教師だったが、定年退職後、図書館に勤務。

その後、認知症を患い、施設に入居。

 

・片岡葉子:

折原淳子の妹で、片岡亮平の嫁。

友人3人との日光旅行の帰りに、家出人となり、失踪。

 

・片岡亮平:

葉子の夫。

 

・田嶋千里:

葉子の同郷の幼馴染。

葉子とともに日光旅行に出かけた友人のひとり。

その少し前、中野のひき逃げ事件で夫(田嶋清一)を亡くしている。

 

・日野美香子:

一流企業の工務店に勤める一級建築士&インテリアコーディネーター。

片岡葉子の勤める歯科に通い、

片岡葉子と同じ硬筆習字のカルチャースクールに通う。

それがきっかけとなり、

葉子から日光旅行に誘われ同行。

 

小島武則:

警視庁の鑑識官。

日野美香子の飲み友達。

通称「大仏さま」

 

・清水刑事:

警視庁石神井台署の刑事。

中野区野方で起きた田嶋清一ひき逃げ事件を担当。

 

・斉藤刑事:

警視庁本郷南署の刑事。

石神井台署勤務で、清水の同僚。

片岡葉子失踪事件を担当。

 

この10人がおもな登場人物ですが、

なかでも中心となるのは、

折原宗太・日野美香子・清水刑事の3人になります。

 

物語は、

片岡葉子の失踪事件から始まります。

 

友人との日光旅行の帰りに彼女は失踪。

とはいえ、

夫や姉に宛ててメールの連絡が続いていたため、

失踪というより不倫による家出の疑いが強まる。

 

一方で、

日光旅行に同行し、

夫や姉から事情を聴かれた日野美香子は、

認知症の母を介護する顧客(山口夫人)と仕事でかかわるうちに、

ひょんなことから、

葉子が日光で買ったお土産のストラップやその包装紙に接触。

 

失踪した葉子と介護施設のつながりを発見し、

飲み友達の警視庁鑑識員の小島の協力を介して、

失踪事件の真相に迫っていく。

 

中野の石神井台署に勤める清水刑事は、

昔の同僚(斉藤)を訪ね、

本郷南署に出向いたところ、

ちょうど葉子の失踪事件で、

警察に届け出をしていた3人とすれ違う。

 

そのなかに、

自分の管轄する署で起きた、

ひき逃げ事件の被害者の妻(田嶋千里)を発見。

 

たった数ヶ月の間に、

一人の女性(千里)が

失踪事件とひき逃げ事件の二つの事件にかかわっていることに

因縁めいたものを感じた彼は、

ひき逃げ事件の解決に乗り出します。

 

そして、

物語は終盤、

2つの事件は見事に交錯します。

 

以下は、

自身の備忘録を兼ねたネタバレです。

(※※閲覧の際は、注意※※)

 

田嶋千里は折原宗太と不倫関係にあり、

それが夫(田嶋清一)にばれたため、

二人は清一を殺害したのち、

ひき逃げ事件を偽装。

 

後日、田嶋家を見舞った片岡葉子が、

田嶋家に置いてあった携帯の履歴から、

義兄(宗太)と千里の関係に気づく。

 

ここから、

(ひき逃げの)事件の真相発覚を恐れた二人は、

片岡葉子の殺害を計画。

 

家出という失踪を装い、

彼女を抹殺する。

 

そして、

葉子の携帯をつかって夫や姉にメールを送り、

生きていると見せかける。

 

以上が、

物語のおおまかなあらすじですが、

 

物語の全貌があらわれるまでに、

大きく2つの切り口が用意されています。

 

ひとつは、

片岡葉子の失踪事件と田嶋清一ひき逃げ事件という

別々の事件という切り口

 

そしてもうひとつは、

友人である日野美香子と捜査にあたる清水刑事という

登場人物からの切り口

 

失踪事件は、

おもに美香子(目線)から、

ひき逃げ事件は、

清水刑事(目線)から、

 

──というふうに、

ふたつの事件は、

それぞれ別々にアプローチがなされるわけですが、

 

これらの人物と事件が巧みにシンクロしながら、

やがて、

ふたりの追っていた真相が明らかになり、

ふたつの事件がひとつにつながる

 

──そんな感じです。

 

このあたりは、

解説(服部宏)で、

的確な表現がなされているかと思います。

 

ミステリー小説の要諦は、語り口と人物造形にある。天野ミステリーは、そのいずれも巧みだ。多彩な人物が交錯するが、事件の核心になかなか近づけない。といって、ストーリーが停滞しているわけではない。じわじわと、網を絞る。このあたりの呼吸、語り口がファンを魅了する。

 

そうそう、その通り!

 

じわじわと核心に迫っていく(ように見えるので)、

読者としては、

なかなか目が離せないわけです。

 

やたら先が気になる。

 

かくいう自分は、

彼女の「呼吸」や「語り口」にすっかり魅了された

ファンの一人といってもよいでしょう。

 

そして先述のとおり、

彼女のそれは、

とうてい60代とは思えないような、

時代感覚をもちえたものでした。

 

ただ、

一点、「ん?」と思ったのは、

片岡葉子が生きているように見せかけ、

彼女になりすまして(宗太が)メールを送るをところ。

 

これははっきりいって、

携帯のGPS機能をたどれば、

どこからメールが送られているかがわかるはず。

 

それさえ解明すれば、

メールの送り主は宗太だとすぐバレる。

 

作者がこの点を知っていたかどうかはわかりませんが、

こういう細かい点での説明不足は、

ある意味仕方ないのかもしれませんが、

 

私から言わせると、

たぶんそこまで知らなかったんじゃないかと思っていて、

そこが唯一、

作者に年を感じてしまったところです。

 

とはいえ、

全体的には、

内容にも構成にも大満足!です。

 

そんな私が、

星を1つ減らしたのには理由があって、

それは先のGPSのような細かい点では決してなく、

結末部分にあります。

 

まず、

真相の総括が少し粗かったという点。

 

物語の終盤、

(全11章のうち)第10章・11章にあたる、

「湖水」と「遺書」で、

真相はほぼ総括されるのですが、

 

そこでのやりとりが、

端折りすぎだな

という印象を持ちました。

 

もちろんそれまでに、

先の通り、

日野美香子目線と斉藤刑事目線を通じて、

事件の経緯はあらかたわかっているのですが、

 

最後まで、

真実についての断定がない。

 

たとえば、

 

千里は

最後に宗太親子が心中することをわかっていたのか?

 

とか、

 

片岡葉子の殺害・遺棄に、

どれくらい千里が関わっていたのか?

 

とか、

 

そのへんが結構曖昧で。

 

なんとなく

(心中は)わかっていたんだろうよ、

(殺害・遺棄にも)関わっていたんだろうよ、

っぽいところは多々あるのですが、

詳細の真相は最後まで書いていない。

 

作者としては、

書いたつもりだろうし、

そんなの読み取れよ!ってハナシだと思いますが、

 

曖昧さがあまり好きではない私からすると、

それがちょっと尻切れトンボみたいで残念でした。

 

あと、

 

最後に、

宗太と母・幸子が心中する必要はあったのか?

また、

なぜ千里だけ生き残る必要があるのか?

 

という点にも、

ちょっと納得のいかない、

歯切れの悪さを感じました。

 

よくよく考えると、

前者はわからなくもない。

 

認知症を患った母と、

犯罪を犯してしまった息子。

 

自分がオナワになった以上、

誰が母の面倒を見るのか。

 

──妻(淳子)?

 

まさか。

彼女にそんなこと出来るわけもない。

 

そしたらもう、

我が身と共に消えてしまうのが一番。

 

だから宗太は、

中禅寺湖に入水し、

母親と無理心中した。

 

そんな宗太の身の振り方には、

一理あると思います。

 

──が、しかし、

千里は生き残っている。

 

結局、

嶋清一を殺し、

ひき逃げを装ったのは宗太で、

片岡葉子を殺し、

家出(失踪)を装ったのも宗太。

(…ということになっている)

 

ひき逃げ事件に関しては、

千里もひき逃げの偽装に加担はしたものの、

すべて宗太の指示によるものだったし、

葉子の殺害については、

千里は何も知らなかった。

 

──これはまあ、

ふたりの主張でしかないわけですけれど、

 

結末としては、

千里は罪を逃れ、

新しく人生をやり直すことになった。

 

宗太が罪をかぶり、

その宗太は自殺。

 

一方で、

罪を逃れた千里は生き残り、

人生をやり直す。

 

これがどうにもこうにも納得がいかない。

 

本当に二人が愛し合っていたのならば、

千里だけが生き残るのは、

なんだか拍子抜けしてしまうのです。

 

母親(幸子)の反対で、

一度は別れ、

別々の人生を歩むことになった二人ですが、

片岡葉子の結婚式で、

偶然再会してしまう。

 

そんな運命的な再会を果たしたのにもかかわらず、

一方は死に、一方は生きる道を選ぶなんて、

なんか脈絡に沿わないな、と。

 

そして、

仮にも千里を生き延びさせるのならば、

宗太だって、

何も死ぬことはなくて、

身寄りのない母については、

千里に頼めばよかったじゃないかと思うわけです。

 

いくら反対されたからといったって、

もはや認知症におかされているわけですし、

途中の母親の日記で、

二人を別れさせたことを後悔している記述もあるわけで、

(そして宗太はそれを読んでいるわけですから)

 

そうなるとなおさら、

宗太は死んで千里が生き残る意味がわからない

 

話の流れとしては、

千里がそんな母親の世話をしていくことに、

新しい人生の生き甲斐を見出していくような終わり方のほうが、

よっぽど綺麗だなと思いました。

 

まあでも、

それはそれでありきたりすぎる気もしますし、

現実的・心情的に、

そんな気持ちになれるのかっていう疑問はつきまといますが。

 

とはいえ、

最後に二人が決別するというところが、

どうにもこうにも腑に落ちなかったのが

正直な感想です。

 

解説では、

本作品における起承転結において、

全体の構成もさることながら、

「承」の部分が素晴らしい!

──的な評価をほどこしていましたが、

それについて反対する気は自分もありません。

 

たしかに、

構成上の伏線や、

あとにつながることになる「承」について、

作者は上手にスペースを割いていると思います。

 

ただ、

「結」はどうかな?

という点において、

自分は不完全燃焼感が残ってしまったので、

星1つマイナスとさせていただきました。

 

それ以外は、

本当に素晴らしく、

どっぷりはまりこんでしまいました。

 

うーん、

こうなると、

氷の華』を再読したくなってきます。

 

決まった、

次はこれだな。

 

あと、

一度頓挫してしまった『目線』と、

三作目で未読の『烙印』も、

是非読んでみたいと思います。

 

 

■まとめ:

・内容や構成もさることながら、60代後半のご高齢の方が書いたものとは思えないくらい、シチュエーション設定・情景描写がよくできていて、とても読みやすい。
・二つの事件が二人の目線を通して巧みに交差し、ついに一つになって、真相が明らかになっていく様子に、目が離せず、どんどん引き込まれていった。
・全体的な構成はすばらしいが、最後の結末部分、真相の総括がちょっと粗かったのと、エッそういう終わり方(身の納めかた)?!という点に、不完全燃焼感が残り、納得がいかなかった。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

 ▽ペーパー本は、こちら

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

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Kindle本は、こちら

彷徨い人

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雪が降る ★★☆☆☆

藤原伊織さん

雪が降る (講談社文庫)

を読みました。

 

評価は、星2つです。

 

藤原伊織さんと言えば、

先日読んだ『テロリストのパラソル』で有名ですが、

そこでもご紹介したとおり、

本書のなかの一編には『テロリスト~』の主人公(島村)が登場します。

 

※ちなみに本書は短編集で、

『テロリスト~』の3年後に刊行。

 

こちらには、

『テロリスト~』のほうで、

島村がまだ新宿中央公園の爆破テロに巻き込まれる前の、

とある夏の出来事(事件)が語られています。

 

『テロリスト~』が壮大なスケール感をもち、

オイオイどうなっちゃうの?!的な読み応えがあったのに対し、

こちらは短編集というだけに、

わりとあっさり

 

あんまりミステリーっぽさはなかったです。

 

この作家さんは、

やっぱり長編のほうがいいかなーと思いました。

 

▽内容:

母を殺したのは、あなたですね……

母を殺したのは、志村さん、あなたですね。少年から届いた短いメールが男の封印された記憶をよみがえらせた。若い青春の日々と灰色の現在が交錯するとき放たれた一瞬の光芒をとらえた表題作をはじめ、取りかえようのない過去を抱えて生きるほかない人生の真実をあざやかに浮かびあがらせた、珠玉の6篇。

 

本作品を読了したのは、

3月の半ばごろだったかと思います。

 

今年に入って、

このブックレビューがほとんど更新できていないのですが、

引越やら何やらでサボってしまいました。

読書自体はちまちまやっていたんですけれども。

 

ということで、

記憶をたどりながら、

コメントしていきたいと思います。

 

全6編の短編になっているので、

さっくり読めます。

 

台風

ビリヤード屋で育った主人公が、

会社の元部下の傷害事件をきっかけに、

昔の生家(ビリヤード屋)での事件を思い出す。

 

ジャズピアニストを夢見た好青年(兵藤)と、

柄の悪い街の成金(早坂)の玉突き勝負。

 

店の手伝いの看板娘・明子と兵藤はできていて、

早坂は明子へちょっかいを出す横柄な客。

 

彼の横暴を止めるべく(要は明子を賭けて)

二人は真剣勝負を果たしたわけですが、

勝負に因縁をつけられた兵藤は、

早坂らに大事な商売道具でもある指を折られたため、

店の中から包丁を持ち出して殺してしまう。

 

解説(黒川博行)では、

 

”上質の小説”

 

として、

 

日常からほんのわずかな狂気を切りとった巧さ

 

があると評していましたが、

 

要は、

どんな好青年でも、

どんなにお行儀のよい人間でも、

 

人知れず、

大変な人生を背負っていて、

それでも、

わずかな希望を胸に、

明日を夢見て頑張ろうとしているわけで、

 

そのわずかな希望が、

他人による心無い一言や悪意ある行為によって打ち砕かれたとき、

人間は悪魔になる

 

──っていうことだと思うんですが、

この書評は、

うーん、正直どうかなーと。

 

好青年(兵藤)がチンピラに指を潰されたことが、

はたして、

「ほんのわずかな狂気」と言えるのか。

「ガチの狂気」でしょ?

と思っちゃうんですけどね。

 

まぁ、話の展開としては、

良く出来ているというか、

主人公の【いま】目の前で起きた事件と、

【昔の】ビリヤード屋の事件がそうつながるわけかぁ

という納得感はありました。

 

 

雪が降る

 

主人公・志村と、上司にあたる高橋は、

もともとは気の置けない同期だったが、

同じ女性(陽子)を愛してしまう。

 

志村の転勤などもあって、

結局、彼女を射止めたのは高橋のほうだったが、

結婚して間もなく、

志村と陽子は映画館で再会し、

昔を思い出した陽子は、

ふたたび志村と恋におちる。

 

その日は雪が降っていて、

帰れなくなった二人はホテルに泊まり、

一夜を過ごす。

 

そして、

自分はやっぱり志村のことが好きだと確信した陽子は、

次にまた雪が降ったら、

高橋と別れて志村に会いにいくと宣言。

 

後日、

雪が降ったその日、

陽子の運転する車は雪でスリップして事故を起こし、

陽子は死んでしまう。

 

彼女の死後、

陽子が保存BOXに残した(でも志村には送っていない)Eメールに気づいた息子が、

ふたりの間にあった真相を確かめるべく、

志村を訪れる。

 

そのときのメールの件名が、

「雪が降る」だった、

という話。

 

これはもう、

純愛小説に近いと思います。

 

このへんで、

藤原さんってロマンチストなんだなー

とあらためて気づかされます。

 

良い意味では、

言葉の額面通りなんですが、

悪い意味でいうと、

ちょっと気持ち悪いとすら感じる。

 

だって、

二人の男が一人の女を愛し、

それによって関係が疎遠になりつつも、

結局(彼女の死を越えて)熱い友情を呼び戻す、

──なんていう話の展開が、

もう男のロマンでしかないでしょう?

 

要は、

オナニーです、オナニー。

 

そういう意味では、

ちょっと気持ち悪いんだよなー、

この作家さん。。。

 

ちなみに、

本作品にでてくる「映画」は、

リバー・フェニックスの『旅立ちの時』という作品なんですが、

自分が中学生のころCATVで観た映画で、

内容は全く覚えていないんだけれど、

妙に思春期の心を揺さぶった記憶があります。

 

リバー・フェニックス

とっくの昔に死んでしまったけれど、

カッコよかったよなー。

 

 

銀の塩

 

冒頭で少し記載したとおり、

テロリストのパラソル (講談社文庫)』の番外作。

 

主人公(島村)が住む新宿のボロアパートには、

隣にバングラディシュから出稼ぎにきた青年(ショヘル)が住んでいて、

彼は秋葉原の電気屋でコツコツ働き、

国に帰って一旗あげようと夢見ていたが、

とある事件に巻き込まれる。

 

会社から日頃のご褒美として、

軽井沢の保養地への休養が与えられたショヘルは、

島村を誘って軽井沢に出かけたが、

 

彼はそこで、

会社が仕組んだライバル企業を蹴落とすための盗聴作業に

不本意にも加担してしまう。

(厳密には加担させられてしまう)

 

盗聴先の別荘には、

別荘の持ち主であり経営者でもある男と結婚した女性(里美)がいて、

彼女はショヘルがひと夏の恋におちた相手でもある。

 

島村から事の次第を教えられた彼は、

自分のしでかしたことに後悔し、

彼女にすべてを白状して日本を去る。

 

里美はカネのためだけに結婚し、

すでに結婚を後悔しているので、

ショヘルの荒行を特にたしなめもせず…。

 

この作品は、

前作『テロリストのパラソル』を読んでいる人だと、

やっぱり島村って頭いいよなーとか、

このときから島村ってこんな感じだったんだなーとか、

いろいろ再発見があって面白いと思いますが、

 

まぁ知らなくても、

島村の人となりがわかって楽しめるかと思います。

 

先の解説者・黒川博行氏は、

藤原伊織さんとは昔から麻雀仲間でもあり、

彼のことを「イオリン」と呼ぶくらいの、

気の置けない間柄のようですが、

 

その黒川氏が、

藤原さんの小説家(芸術家?)としての手腕を

次のように評しています。

 

イオリンの語り口にはエンターテイメントの枠内におさまりきらない日本的な情感が色濃く漂っている。たとえばAという人物を表現しようとするとき、イオリンは決して正面からAの心理に分け入るような無粋なことはしない。Aのなにげない動作や台詞、あるいはAをかこむBやCという人物を丹念に描写することで、Aの人となりを浮き立たせようとする。

 

たしかに、

これには同感できる部分が多々あって、

ここでの島村も『テロリスト~』の島村も、

そんな作者の手管で描かれています。

 

一言でいうと、

島村という主人公は、

ある種の虚無感すら漂うクール・ガイなんだけれど、

頭がキレて情にもアツい男。

 

でもそんなふうには、

藤原さんは一言も書いちゃいないわけで、

 

本作では、

ショヘルとの絡み方や事件への関わり方、

前作『テロリスト~』でいえば、

ヤクザやホームレスとの接し方なんかで、

ひたすら遠回しに主人公の人物像を描き切っているのです。

 

それが黒川氏のいう「日本的な情感」なのかどうかは、

ぶっちゃけ自分には「???」なんですが、

(むしろ、会話のやりとりなんかはアメリカ映画っぽいとすら感じる)

 

描写の仕方は独特だなーと思いました。

 

でも、

やっぱり自分は、

「日本的」というより、

どうしても、

「アメリカ映画」のような気障っぽさを感じてしまう。。。

(くどいですが…)

 

そういう意味では、

彼のこの描写方法は好きか嫌いかでいうと、

自分は嫌いなほうに入ります。

 

このあたりは、

テロリストのパラソル』でも、

同様に評してしまっていますが。

 

ちなみに、

タイトルの「銀の塩」は、

バングラディシュでは、

星空のことをそのようにたとえるんだとか。

 

 

トマト

これが一番、奇想天外でした。

というか、意味がわからなかった。(笑)

 

ある日、

人魚と称する女性に誘われて銀座のバーに入った主人公。

 

人魚の世界にはトマトがないといって、

人魚はそこでトマトを注文する。

 

はじめてのトマトの挑戦に、

なぜ主人公を案内人として選んだのか。

 

──それは、

彼がいちばん「むごたらしい顔」をしていたから。

 

ではなぜ、

「むごたらしい顔」がトマトの案内人にふさわしいのか。

 

──それは、

新しい経験は、

その大半が「むごたらしく悲惨なもの」だから。

 

でも人魚は言います、

 

(はじめてトマトを食べるといった)こういう経験は満足とか不満とか、そういうレベルを超えてんのよ。たしかにむごたらしく悲惨ではあるわよ。でも、どんな経験も少なくともゴミじゃないのよ

 

(むごたらしい経験をするからといって)トマト自体についての感想に意味はないの

 

こういう奇想天外な作品こそ、

解説で丁寧に解説してほしいものですが、

そこには、

 

奇妙な味のショートストーリ

 

──とか、

 

彼女がなぜ人魚なのか、人魚の世界にはなぜトマトがないのか、明確な説明がないところがおもしろい

 

──と、あるだけで、

 

一向にその「奇妙」さについての、

分析が加えられていません。

 

これじゃ、ただの感想じゃねーかよ!

解説者の黒川氏には、

文句の一言も言いたくなる(爆)。

 

解説というのはやっぱり、

文字通り、

解説者なりの読み方があったうえで、

その人が得た印象・感想を添えるのが解説だと思います。

 

そういう意味では、

この解説はダメだなー。

(↑解説にイチャモン…)

 

自分としては、

思うに、

最後のこのくだり↓こそが本作品の肝で、

 

(はじめてトマトを食べるといった)こういう経験は満足とか不満とか、そういうレベルを超えてんのよ。たしかにむごたらしく悲惨ではあるわよ。でも、どんな経験も少なくともゴミじゃないのよ

 

(むごたらしい経験をするからといって)トマト自体についての感想に意味はないの

 

人魚が話し相手として主人公を選んだというより、

慣れない仕事ばかりで悩んでいた主人公が、

(妄想のなかで?)人魚を惹きつけ彼女に諭されたわけで、

 

どんな経験も、

最初はたいていうまくいかなくて当たり前、

まずは一歩踏み出すことが大事で、

その価値はそのときわかるものではなく、

ふり返って評価すべきもの

 

──そんな格言めいたものが、

この奇想天外な物語に含まれているように思います。

 

まぁそれにしたって、

これだけじゃわかりづらくて、

おもしろいとかおもしろくないとか、

何とも言えないけどね。

 

作者としては、

「想像にお任せします」なんだろうけど。

あまりにも任せ過ぎだろ!

 

 

紅の樹

これぞ藤原節炸裂のハードボイルド小説。

 

ヤクザの世界から足をあらい、

彼らに追われながらも、

堅気の世界で人生をやり直す主人公が、

 

同じく堅気の世界でつつましく暮らしながらも、

借金をかかえ、

ヤクザに追われる身となった女性を愛してしまったがために、

 

再びヤクザのシマに乗り込み、

女性のために血を流す話。

 

いわゆる、「任侠モノ」

 

ここでの「藤原節」とは、

ハードボイルドを書かせたら、

おそらくこの作家はメチャウマ!と評されるほどの手腕がある

ということもそうなんですが、

 

先の「雪が降る」でも述べたような、

良くも悪くも男のロマン的な要素が凝縮されている

という点も含みます。

 

自分としては、

前者は好きな(というか是非評価したい)点ですが、

後者は嫌いな(というか気持ち悪いと思う)点でもあります。

 

要は、

私のいう「藤原節」とは、

作家への尊敬と揶揄の二通りの側面がある。

 

まわりくどいですが、

必ずしも、

良い意味ではないということです。

 

だって、

この手の話はもう、

男のロマンでしかないでしょうよ。

 

というか、

もはや「雪が降る」以上に、

オナニーでしかない!

 

そういう意味では、

藤原さんって、

けっこうナルシストだよなーとすら思えてしまう。

(ぶっちゃけ、ちょっとバカにしてます)

 

男なんてだいたいそうだとは思いますが、

女が強くなってしまったいま、

ちょっと時代にそぐわない感はあります。

 

あまり登場人物と一体化できなかったのは、

舞台設定ももちろんありますが、

自分がそこまでロマンチストではないからだと思います。

 

逆に、

もう少し自分がロマンチストだったら、

もっと楽しく読めたのに!と思う。

 

そういう意味では、

残念でもあります。

 

強くて優しい男が好き!

強くて優しい男になりたい!

──みたいな男女諸君であれば、

藤原さんの作品に出てくる登場人物には、

結構、同情できるんじゃないかと思いました。

 

 

ダリアの夏

元野球選手だった主人公が、

宅配便の仕事で、

元女優だった女性の家を訪れて、

その息子の野球を指導する話。

 

ダリアはその家の庭に植えられていて、

それは女性の夫が息子のスウィングの練習のために植えたものだった。

 

ただ、

この夫、

女性が女優時代に不慮の事故で関係がこじれてしまったばかりに、

やむなく結婚した「大物」のジジイで、

そこにはどうやら恋愛感情はなかったらしく、

 

いわば仕事上、

結婚せざるを得なかった的な。

 

仕事上の見栄(対外的なパフォーマンス)なのか、

さて、なんなのか…。

 

このあたりの経緯は、

作品内でも濁されていて、

正直よくわかりません。

 

このまま意味のない結婚を続け、

どうなるのかと迷っている女性と、

 

(野球という夢を諦め)

このままバイト生活で、

ヒモのような人生を送って良いのかとモヤモヤしている主人公。

 

この二人が、

ダリアの花が割く庭を介して、

もっと言うと、

そこで目にした些細な出来事や事件を通して、

再び人生を見つめ直していくという話です。

 

うーん、自分でこんなふうに書いてても、

わかりづらい。。。

 

ひとつには

自分の文才の無さがあることも否めませんが、

もうひとつには、

(作品で言いたいことが)なんだかよくわかんねーな…

という面もあります。

 

私の読解力が鈍いだけかもしれませんが…。

 

全体的に、

読みやすいのは確かで、

短編集なのでさっくりイケるんですけど、

これはおもしろい!的な話が1つもなかったのが残念でした。

 

藤原伊織を読むなら是非長編を!

 

■まとめ:

・全6編からなる短編集。全体的に読みやすく、短編集なのでさっくり読めるが、それだけに内容は薄く、読み応えに欠ける。藤原作品は、長編のほうが面白い。
・独特の描写だが、この作者の描き方は、好き嫌いが分かれると思う。アメリカ映画のような気障っぽさ(スカしている感じ?)があり、内容も男のロマンを追求した自慰的な気持ち悪さもあって、若干ひいた。

・現実主義すぎると作中の登場人物にあまり共感できないと思うが、少しロマンチストの人であれば、共感できるところも増えて、面白く読めると思った。

 


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★☆☆☆

 


▽ペーパー本は、こちら

雪が降る (講談社文庫)

雪が降る (講談社文庫)

 

 

Kindle本は、いまのところ出ていません

 

名探偵に薔薇を ★★★★☆

城平京さん著

名探偵に薔薇を (創元推理文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

正確には、3.5くらいが妥当かな。

 

紀伊國屋書店に行ったときに、

書店員さんのおススメ?的なPOPが立っていて、

詳細を忘れたんですが、

「第一部で読むのを止めないで、第二部も必ず読んでください!!」

──みたいな宣伝文句が書かれていた気がします。

(帯だったかな…?)

 

その宣伝文句に惹かれ、

今回、

ようやく手をつけたわけですが、

 

宣伝どおり、

本書は二部仕立てになっていて、

第一部と第二部で内容は異なってきます。

 

たしかに、

第二部が用意されていないと、

結局、名探偵(瀬川みゆき)の正体って何だったワケ?

という物足りなさが残り、

作品自体が尻切れトンボになってしまう恐れはあるんですが、

 

私個人としては、

二部の出来が全体的にイマイチだったので、

期待していたほどの、

いわゆる”驚愕の展開”的な読了感は得られず、

 

先の宣伝文句に対して、

そこまで第二部に期待感もたせんじゃねーよ

と愚痴りたくなりました。

 

ただ、

話のオチ自体は、

なんだかな~的な部分はあっても、

ミステリーとしての仕掛けやアップダウンは、

精巧にできているなぁと感心しました。

 

なんというか、

無理矢理すぎる感もなく、

ロジックが整っていて、

現実ではここまでの仕掛け(企み?)は、

絶対ありえないんだけれども、

どこか納得してしまうという。

 

結果や動機の部分に、

共感できたり満足できるかは別としても、

(正直、自分はそこがイマイチでした)

 

手法?流れ?としては無理がなく、

むしろ、

よく出来ているなぁと思ったくらいです。

 

そういう意味では、

名探偵に薔薇を。

作者にも薔薇を!

 

▽内容:

始まりは、各種メディアに届いた『メルヘン小人地獄』だった。それは、途方もない毒薬をつくった博士と毒薬の材料にされた小人たちの因果を綴る童話であり、ハンナ、ニコラス、フローラの三人が弔い合戦の仇となって、めでたしめでたし、と終わる。やがて童話をなぞるような惨事が出来し、世間の耳目を集めることに。第一の被害者は廃工場の天井から逆さに吊るされ、床に「ハンナはつるそう」という血文字、さらなる犠牲者……。膠着する捜査を後目に、招請に応じた名探偵の推理は? 名探偵史に独自の足跡を印す、斬新な二部構成による本格ミステリ

 

まず、

この作品は97年に出来ていますが、

すでにその原型となるものが、

96年に先行して雑誌に発表されています。

 

そのタイトルは、

「毒杯パズル」。

 

本書の第二部と同じタイトルです。

 

この第二部に大幅な改稿を加え、

それと同時に、

第一部を追加して出来上がった長編が、

今回の『名探偵に薔薇を』になるそうです。

 

要は、

先に「毒杯パズル」があって、

これを際立たせるためにつけたオマケが、

第一部の「メルヘン小人地獄」だったということのようです。

 

だからメインはあくまで第二部のほうであって、

第一部はメインに通じるイントロダクションでしかない。

 

どうやらそういう位置づけのようですが、

冒頭に述べた通り、

自分はそのメインのオチに、

どうも納得がいかなかったです。

 

犯人の動機が、

まさかその程度だったとは…。

 

え?それが理由?

 

しかも何?

それで犯人死んじゃうわけ?

 

なんだよそれ…

 

──みたいな。

 

たしかに、

どんでん返しといえばどんでん返しの結末なんですが、

そこまで引っ張ったわりに、

そのオチはないでしょうよ…

という不満が残りました。

 

この結末を、

名探偵の哀しい使命かのように表現している作者にも

いまいち共感をもてなかったんですが、

 

そんな名探偵が切ない…

とか、

やりきれない…

とか言っている読者もいて、

結構ビックリ。

 

挙句の果てに、

涙腺が…なんて方も。

 

エ?!

何が?!

どこで?!

──と、ただただ驚愕するばかりですが、

 

こんな感想ばかり目にすると、

逆に、

自分って感受性低いのかなーとすら思ってしまいます。汗

 

私としては、

名探偵が切ないというより、

オチのしょぼさが切ないという感じで、

そこまで感傷的にはなれなかったのです。

 

第一部は、

真相にすんなりたどり着くのですが、

第二部は、

真相にたどりつくまでに二転三転します。

 

今思うと、

二部があれだけ予想外の展開を次々に見せるのに、

一部のあの解決スピードといったら、

半端ない。笑

 

よくあれだけで解決できるよな、

と読んでいる最中から思いましたが、

まぁそこは、

さすが名探偵!

ということで。

 

そして、

二部のその二転三転という展開は、

先述のとおり、

ロジックにあまり無理がなくて、

むしろ、

感心するほど精巧にできているなと思った次第です。

 

どうなってんの?

どうなっちゃうの?

と先が気になってページをめくってしまうくらい。

 

解説でも、

 

不可能犯罪や叙述トリックなどに頼らず、本当にミステリらしいミステリを書こうとする城平京の意欲が伝わってくる

 

というふうに評されているとおり、

 

ロジックだけで、

これだけの無理のないミステリを成り立たせているのは、

本当にすごいことだと思います。

 

第二部の巧みな構成は筋金入りのマニアをも納得させるだろう

 

自分は、

筋金どころかハリガネも入っていない、

マニアでもなんでもない平凡な読者ですが、

解説者のいう「巧みな構成」という表現には賛同できて、

この作家、唯モノじゃないなと思います。

 

この城平京という作家さんですが、

この名前はあくまでペンネームのようで、

その由来は平城京なんだとか。笑

 

なぜに平城京よ?

って興味わきますが、

理由は不明。

 

解説を読むと、

ミステリー作家としての萌芽は、

わりと早かったようで、

修練を積んだ期間はわずか4,5年程度なんだとか。

 

もともとはSFとかファンタジーのほうが好きな青年だったようですが、

大学の文芸部在学中に、

先の文芸部誌に「毒杯パズル」を上梓し、

ミステリー作家として本格的にデビューしたそうです。

 

自分は読んだことがないのですが、

スパイラル-推理の絆- 』というマンガも、

原作はこの城平京さんらしく、

ヒットを飛ばしたんだとか。

 

ちなみに、

この城平さん(というか、この作品)、

文体も特徴的で、

 

第二部はさほどでもないのですが、

あえて「擬古的」な文体を採用するなどして、

まるで昔の「謎々おとぎ話」のような世界観を醸し出しているのが、

独創的でした。

 

その例となる表現を

一部抜粋してみます。

 

『小人地獄』を取り巻くことどもは浮かび上がり、人間はつながっていく。だがなぞはまだ暗く底知れぬ堀となり、事件を囲っている。その堀を埋める冬の陣は、起こるや否や。

 

夜は更ける。小人地獄事件の過剰な装飾の意味は奇しくも鶴田文治によって語られ、そして三橋たちの手をことごとく封じた。この奸智の迷宮を攻略する糸玉は、ありやなしや。

 

「冬の陣」「奸智の迷宮」「攻略する糸玉」といった単語や、

「起こるや否や」「ありやなしや」といった言い回し。

 

どこか古めかしいし、

意図的に謎々を仕掛けているような表現ですが、

それがまたこの作品の「ミステリーっぽさ」を強調し、

独特の謎々の世界を創り上げているわけです。

 

話が逸れましたが、

作者の経歴や文体はさておき、

物語の構成というかトリック自体は、

ほんとうにアッパレ。

 

ただ、

やっぱり第二部で

「誰が、何のために、ポットに毒を入れたのか」について、

作者が語りたかったことが、

どうも物語を別の方向にもっていってしまった気がして、

自分はそれが残念でなりませんでした。

 

いや、だからこそ、

単なるミステリーに留まらない、

人間ドラマの要素を多分に含む、

生きる姿勢なんかを考えさせられる作品として

多くの人に受け入れられているのかもしれないけれど、

 

そこに傾倒しすぎないほうが、

むしろシンプルでよかったと思います。

 

Amazonレビューアの感想では、

これが一番、

自分の意見に近いかな。

 

ただし、全体的に名探偵が抱える宿業・悲劇といったものに焦点を当て過ぎていて、違和感を覚えた。もっとストレートなミステリ劇に仕立てた方がより楽しめる作品になったと思う。

 

いや、

名探偵が言ってること(生きる姿勢)は、

なんとなくわかるんです。

 

なんでもかんでも明らかにすることは、

逆に行動範囲が狭まり、

ともすれば自分の首を絞めることにもなりかねない。

 

名探偵・瀬川みゆきが、

自らの使命と胸に刻み、

良かれと思って(言い聞かせて)やっていることが、

時に思いもよらぬ結果を招き、

自分も傷つくことになる。

 

それで本当に幸せといえるのか。

 

病気があるけど、

病気があるなんてわからなければ、

人は幸せに生きれるんじゃないか?

というのと同じで、

 

真相なんて解決しないほうがよくて、

ただの事故だった…で終わらせるほうが、

みんな幸せなんじゃないか?

 

でも、

だからといってそこで立ち止まってしまったら、

今までの自分の生き方をすべて否定することになる。

 

だから、

名探偵は真相を解明することをやめない。

 

いくら病気なんて見つからないほうがいい

とわかっていても、

 

研究熱心な医者が、

すぐに研究をやめれるかといったら、

やめられないわけです。

 

だって、

それが医者の使命であり、

いままでもこれからも自分の拠り所なんだから。

 

病因がわかったら、

それを解決する手段を考える。

 

見つからない幸せと、

見つけたら解決する幸せ。

 

どっちも幸せの方法になりうるわけで、

名探偵は後者を選んだ。

 

もちろん、

そのぶん大変なんだけれど、

見つけない幸せを選ぶのは、

彼女にとって「逃げ」でしかない。

 

結局、

そういうことなんだと思います。

 

学生時代に、

ゼミの先生が言っていた言葉を思い出します。

 

コロンブスは新大陸を発見し、

それによって世界は拡がったというけれど、

本当にそうなのか?

 

むしろ、

無限大にあった世界が限定され、

縮まったんじゃないか?

 

──この小説で、

彼女の生き方を目にして、

ゼミの先生が言っていた、

そんな言葉を思い出しました。

 

それでも彼女は、名探偵は、

コロンブスであることをやめないでしょう。

 

それこそがこの第二部の、

ひいては作品全体の、

メインディッシュになっているわけですが、

その姿勢はわかるんだけど、

それをわざわざメインディッシュにしなくても…というのが

正直な感想でした。

 

以上、

今回はネタバレなしで感想を述べてみましたが、

読んだ人じゃないと、

このレビュー、ぱっぱらぴーだろうなぁ。汗

 

あ、あと、

意外にグロいです。

 

毒薬の作り方とか、

殺人のやり方とかが。

 

苦手な方は、

ご注意ください。

 

 

■まとめ:

・二部仕立てになっており、メインは二部。一部は二部を盛り上げるための脇役。一部はすぐに真相があばかれるが、二部は真相にたどり着くまで二転三転する。全体をとおして、トリックの構成は極めて精巧で、無理がない。ロジックだけで、これだけ無理のないミステリを成り立たせているのは、すごい。

・話の展開には思わず惹きつけられていくが、最後のオチは、個人的にはいただけなかった。「誰が、何のために、毒を入れたのか」について、作者が語らんとした別の人間ドラマが、どうも物語を別の方向にもっていってしまったように思える。

・グロい表現も多々あるが、あえて擬古的な文体を採用して、「謎々おとぎ話」のような世界観を醸し出す様は、より一層、ミステリー感があってよかった。

 

■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

 

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