彷徨い人 ★★★★☆

天野節子さん

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

これはおもしろかった!!

 

天野節子さんといえば、

何年か前に『氷の華』で作家デビューし、

自分も読んでいますが、

これが結構おもしろくて(でも内容はスッカリ忘れた)、

この作家さんイケるなー!と感心したものです。

 

本作は、

その作家さんによる4作目。

 

プロローグとエピローグを除くと、

全11章で構成されており、

最初は1日1章ペースで読んでいましたが、

つい展開が気になって、

1週間くらいで読んでしまいました。

 

その気になれば、

2~3日で読めちゃうと思います。

 

そのくらい展開が気になり、

読者を先へ先へといざなう面白さがありました。

 

おススメ!

 

▽内容:

優秀な営業マンの宗太は、理解ある夫、愛情深い父親として幸せな毎日を過ごしていた。だが、母親の介護を発端に夫婦に亀裂が入る。そして、たった一度の過ちが、順風満帆だった彼の人生から全てを奪っていく。誠実に生きてきた。懸命に生きている。それでも、人は「彷徨い」、時に道を外す。平凡な幸せが脆くも壊れていく様を描いた衝撃のミステリー。

 

本書の解説でも触れられていましたが、

こちらの作家さん(天野節子氏)は、

60歳で作家デビューを果たしています。

 

前述のとおり、

氷の華』という作品がそのデビュー作なんですが、

これによって、

天野節子というミステリー作家としての名前が

世の中に知れ渡ることになります。

 

このデビュー作、

最初は自費出版だったようで、

 

それが幻冬舎の目にとまり、翌年、ハードカバー本で本格デビューという幸運を運んだ

 

──とのことです(解説より)。

 

本作にいたっては、

2012年に上梓していますから、

67歳という御歳で書かれていることになります。

 

還暦過ぎた年寄りが、

こんな小説書けるんだ?!

と驚いてしまうくらい、

本作もまた、

その流暢な内容・構成の面白さに舌を巻きました。

 

ここでいう「流暢な内容」というのは、

60代のおばあさんが言うようなことなんて、

時代遅れというか、

古臭いにおいがするんだろうなー

──なんていう先入観が

どうしても働いてしまうんですが、

彼女の作品にはそれが全くない。

 

それこそ、

スマホSNSといった、

いかにも「いまふう」なものは描かれていないけれども、

だからとって、

作品の文体やシチュエーションに、

時代錯誤を感じさせるようなものもないのです。

 

普通に、しっくりくる。

 

本書のなかにも、

携帯の「履歴」や「(発信・着信)データ」、

「ストラップ」なんていうものが出てきますが、

スマホがこれだけ浸透しているいま、

若干の古臭さがないわけでもありませんが、

昨今はガラケーへの逆流現象すらあるわけですから、

大した時代錯誤ではないわけで、

とくに違和感は感じませんでした。

 

警察の仕事や捜査方法などについては、

ミステリー作家であれば、

年齢を問わずある程度の知識が蓄えられていると思いますが、

 

細かい舞台設定・状況描写のなかにも、

彼女がいかに、

現代人としての感覚を保とうとしているかがうかがえます。

 

だからといって

ヘンに無理しているような、

背伸びしている感もない。

 

なんの情報ももたないまま、

彼女の作品を読むと、

絶対に60後半の方が書いた小説だなんて思わないと思います。

 

そのくらい、

時代に沿った内容設定・描写になっています。

 

年齢的にビハインドを感じた部分を強いてあげるなら、

ちょっとデジタルに弱いかも?

という点です。

 

これについては、

追って説明したいと思います。

 

さて、

本作の登場人物は、

ざっと以下のとおり。

 

・折原宗太:

外資系アパレル企業に勤める36歳の優秀営業マン。

そのかたわら、認知症の母親を介護する親思いの息子。

 

・折原淳子:

宗太の嫁で、片岡葉子の実の姉。

宗太とは職場結婚したのち、一女をもうけて専業主婦に。

姑(幸子)との折り合いが悪く、

幸子が認知症で施設へ入居してからは、

介護にはノータッチ。

 

・折原幸子

宗太の母。

はやくに娘(宗太の妹)と夫(宗太の父)をなくし、

女手一つで宗太を育て上げる。

元小学校教師だったが、定年退職後、図書館に勤務。

その後、認知症を患い、施設に入居。

 

・片岡葉子:

折原淳子の妹で、片岡亮平の嫁。

友人3人との日光旅行の帰りに、家出人となり、失踪。

 

・片岡亮平:

葉子の夫。

 

・田嶋千里:

葉子の同郷の幼馴染。

葉子とともに日光旅行に出かけた友人のひとり。

その少し前、中野のひき逃げ事件で夫(田嶋清一)を亡くしている。

 

・日野美香子:

一流企業の工務店に勤める一級建築士&インテリアコーディネーター。

片岡葉子の勤める歯科に通い、

片岡葉子と同じ硬筆習字のカルチャースクールに通う。

それがきっかけとなり、

葉子から日光旅行に誘われ同行。

 

小島武則:

警視庁の鑑識官。

日野美香子の飲み友達。

通称「大仏さま」

 

・清水刑事:

警視庁石神井台署の刑事。

中野区野方で起きた田嶋清一ひき逃げ事件を担当。

 

・斉藤刑事:

警視庁本郷南署の刑事。

石神井台署勤務で、清水の同僚。

片岡葉子失踪事件を担当。

 

この10人がおもな登場人物ですが、

なかでも中心となるのは、

折原宗太・日野美香子・清水刑事の3人になります。

 

物語は、

片岡葉子の失踪事件から始まります。

 

友人との日光旅行の帰りに彼女は失踪。

とはいえ、

夫や姉に宛ててメールの連絡が続いていたため、

失踪というより不倫による家出の疑いが強まる。

 

一方で、

日光旅行に同行し、

夫や姉から事情を聴かれた日野美香子は、

認知症の母を介護する顧客(山口夫人)と仕事でかかわるうちに、

ひょんなことから、

葉子が日光で買ったお土産のストラップやその包装紙に接触。

 

失踪した葉子と介護施設のつながりを発見し、

飲み友達の警視庁鑑識員の小島の協力を介して、

失踪事件の真相に迫っていく。

 

中野の石神井台署に勤める清水刑事は、

昔の同僚(斉藤)を訪ね、

本郷南署に出向いたところ、

ちょうど葉子の失踪事件で、

警察に届け出をしていた3人とすれ違う。

 

そのなかに、

自分の管轄する署で起きた、

ひき逃げ事件の被害者の妻(田嶋千里)を発見。

 

たった数ヶ月の間に、

一人の女性(千里)が

失踪事件とひき逃げ事件の二つの事件にかかわっていることに

因縁めいたものを感じた彼は、

ひき逃げ事件の解決に乗り出します。

 

そして、

物語は終盤、

2つの事件は見事に交錯します。

 

以下は、

自身の備忘録を兼ねたネタバレです。

(※※閲覧の際は、注意※※)

 

田嶋千里は折原宗太と不倫関係にあり、

それが夫(田嶋清一)にばれたため、

二人は清一を殺害したのち、

ひき逃げ事件を偽装。

 

後日、田嶋家を見舞った片岡葉子が、

田嶋家に置いてあった携帯の履歴から、

義兄(宗太)と千里の関係に気づく。

 

ここから、

(ひき逃げの)事件の真相発覚を恐れた二人は、

片岡葉子の殺害を計画。

 

家出という失踪を装い、

彼女を抹殺する。

 

そして、

葉子の携帯をつかって夫や姉にメールを送り、

生きていると見せかける。

 

以上が、

物語のおおまかなあらすじですが、

 

物語の全貌があらわれるまでに、

大きく2つの切り口が用意されています。

 

ひとつは、

片岡葉子の失踪事件と田嶋清一ひき逃げ事件という

別々の事件という切り口

 

そしてもうひとつは、

友人である日野美香子と捜査にあたる清水刑事という

登場人物からの切り口

 

失踪事件は、

おもに美香子(目線)から、

ひき逃げ事件は、

清水刑事(目線)から、

 

──というふうに、

ふたつの事件は、

それぞれ別々にアプローチがなされるわけですが、

 

これらの人物と事件が巧みにシンクロしながら、

やがて、

ふたりの追っていた真相が明らかになり、

ふたつの事件がひとつにつながる

 

──そんな感じです。

 

このあたりは、

解説(服部宏)で、

的確な表現がなされているかと思います。

 

ミステリー小説の要諦は、語り口と人物造形にある。天野ミステリーは、そのいずれも巧みだ。多彩な人物が交錯するが、事件の核心になかなか近づけない。といって、ストーリーが停滞しているわけではない。じわじわと、網を絞る。このあたりの呼吸、語り口がファンを魅了する。

 

そうそう、その通り!

 

じわじわと核心に迫っていく(ように見えるので)、

読者としては、

なかなか目が離せないわけです。

 

やたら先が気になる。

 

かくいう自分は、

彼女の「呼吸」や「語り口」にすっかり魅了された

ファンの一人といってもよいでしょう。

 

そして先述のとおり、

彼女のそれは、

とうてい60代とは思えないような、

時代感覚をもちえたものでした。

 

ただ、

一点、「ん?」と思ったのは、

片岡葉子が生きているように見せかけ、

彼女になりすまして(宗太が)メールを送るをところ。

 

これははっきりいって、

携帯のGPS機能をたどれば、

どこからメールが送られているかがわかるはず。

 

それさえ解明すれば、

メールの送り主は宗太だとすぐバレる。

 

作者がこの点を知っていたかどうかはわかりませんが、

こういう細かい点での説明不足は、

ある意味仕方ないのかもしれませんが、

 

私から言わせると、

たぶんそこまで知らなかったんじゃないかと思っていて、

そこが唯一、

作者に年を感じてしまったところです。

 

とはいえ、

全体的には、

内容にも構成にも大満足!です。

 

そんな私が、

星を1つ減らしたのには理由があって、

それは先のGPSのような細かい点では決してなく、

結末部分にあります。

 

まず、

真相の総括が少し粗かったという点。

 

物語の終盤、

(全11章のうち)第10章・11章にあたる、

「湖水」と「遺書」で、

真相はほぼ総括されるのですが、

 

そこでのやりとりが、

端折りすぎだな

という印象を持ちました。

 

もちろんそれまでに、

先の通り、

日野美香子目線と斉藤刑事目線を通じて、

事件の経緯はあらかたわかっているのですが、

 

最後まで、

真実についての断定がない。

 

たとえば、

 

千里は

最後に宗太親子が心中することをわかっていたのか?

 

とか、

 

片岡葉子の殺害・遺棄に、

どれくらい千里が関わっていたのか?

 

とか、

 

そのへんが結構曖昧で。

 

なんとなく

(心中は)わかっていたんだろうよ、

(殺害・遺棄にも)関わっていたんだろうよ、

っぽいところは多々あるのですが、

詳細の真相は最後まで書いていない。

 

作者としては、

書いたつもりだろうし、

そんなの読み取れよ!ってハナシだと思いますが、

 

曖昧さがあまり好きではない私からすると、

それがちょっと尻切れトンボみたいで残念でした。

 

あと、

 

最後に、

宗太と母・幸子が心中する必要はあったのか?

また、

なぜ千里だけ生き残る必要があるのか?

 

という点にも、

ちょっと納得のいかない、

歯切れの悪さを感じました。

 

よくよく考えると、

前者はわからなくもない。

 

認知症を患った母と、

犯罪を犯してしまった息子。

 

自分がオナワになった以上、

誰が母の面倒を見るのか。

 

──妻(淳子)?

 

まさか。

彼女にそんなこと出来るわけもない。

 

そしたらもう、

我が身と共に消えてしまうのが一番。

 

だから宗太は、

中禅寺湖に入水し、

母親と無理心中した。

 

そんな宗太の身の振り方には、

一理あると思います。

 

──が、しかし、

千里は生き残っている。

 

結局、

嶋清一を殺し、

ひき逃げを装ったのは宗太で、

片岡葉子を殺し、

家出(失踪)を装ったのも宗太。

(…ということになっている)

 

ひき逃げ事件に関しては、

千里もひき逃げの偽装に加担はしたものの、

すべて宗太の指示によるものだったし、

葉子の殺害については、

千里は何も知らなかった。

 

──これはまあ、

ふたりの主張でしかないわけですけれど、

 

結末としては、

千里は罪を逃れ、

新しく人生をやり直すことになった。

 

宗太が罪をかぶり、

その宗太は自殺。

 

一方で、

罪を逃れた千里は生き残り、

人生をやり直す。

 

これがどうにもこうにも納得がいかない。

 

本当に二人が愛し合っていたのならば、

千里だけが生き残るのは、

なんだか拍子抜けしてしまうのです。

 

母親(幸子)の反対で、

一度は別れ、

別々の人生を歩むことになった二人ですが、

片岡葉子の結婚式で、

偶然再会してしまう。

 

そんな運命的な再会を果たしたのにもかかわらず、

一方は死に、一方は生きる道を選ぶなんて、

なんか脈絡に沿わないな、と。

 

そして、

仮にも千里を生き延びさせるのならば、

宗太だって、

何も死ぬことはなくて、

身寄りのない母については、

千里に頼めばよかったじゃないかと思うわけです。

 

いくら反対されたからといったって、

もはや認知症におかされているわけですし、

途中の母親の日記で、

二人を別れさせたことを後悔している記述もあるわけで、

(そして宗太はそれを読んでいるわけですから)

 

そうなるとなおさら、

宗太は死んで千里が生き残る意味がわからない

 

話の流れとしては、

千里がそんな母親の世話をしていくことに、

新しい人生の生き甲斐を見出していくような終わり方のほうが、

よっぽど綺麗だなと思いました。

 

まあでも、

それはそれでありきたりすぎる気もしますし、

現実的・心情的に、

そんな気持ちになれるのかっていう疑問はつきまといますが。

 

とはいえ、

最後に二人が決別するというところが、

どうにもこうにも腑に落ちなかったのが

正直な感想です。

 

解説では、

本作品における起承転結において、

全体の構成もさることながら、

「承」の部分が素晴らしい!

──的な評価をほどこしていましたが、

それについて反対する気は自分もありません。

 

たしかに、

構成上の伏線や、

あとにつながることになる「承」について、

作者は上手にスペースを割いていると思います。

 

ただ、

「結」はどうかな?

という点において、

自分は不完全燃焼感が残ってしまったので、

星1つマイナスとさせていただきました。

 

それ以外は、

本当に素晴らしく、

どっぷりはまりこんでしまいました。

 

うーん、

こうなると、

氷の華』を再読したくなってきます。

 

決まった、

次はこれだな。

 

あと、

一度頓挫してしまった『目線』と、

三作目で未読の『烙印』も、

是非読んでみたいと思います。

 

 

■まとめ:

・内容や構成もさることながら、60代後半のご高齢の方が書いたものとは思えないくらい、シチュエーション設定・情景描写がよくできていて、とても読みやすい。
・二つの事件が二人の目線を通して巧みに交差し、ついに一つになって、真相が明らかになっていく様子に、目が離せず、どんどん引き込まれていった。
・全体的な構成はすばらしいが、最後の結末部分、真相の総括がちょっと粗かったのと、エッそういう終わり方(身の納めかた)?!という点に、不完全燃焼感が残り、納得がいかなかった。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

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彷徨い人 (幻冬舎文庫)

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彷徨い人

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