氷の華 ★★★★☆

天野節子さん

氷の華 (幻冬舎文庫)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

この本を読むのは2回目。

 

数年前に一度読んでいて、

すごくおもしろかったなーという記憶はあるのですが、

内容はさっぱり記憶にありません。

 

つい最近、

彼女の最新作?である『彷徨い人 (幻冬舎文庫)』を読み、

実におもしろかったので、

こちらを再読しようと思った次第です。

 

※『彷徨い人』のレビューはこちら

 

結果は、

ニジュウマル。

 

相変わらず面白かった!

 

登場人物とか、

物語の中身とか、

見事に忘れていて、

まるで初めてかのように読めましたが、

 

真犯人が実はコイツだった的なところは、

なんとなく記憶がありつつも、

少なからず驚きがあって、

見事にやられました。

 

そして、

終盤も見ものでした。

 

一見、これでおしまいか?と思いきや、

ページはまだタップリ残っているわけで、

これで終わるはずがありません。

 

物語はふたたび再燃し、

真実があばかれていきます。

 

ここは、

おっとー?!どうなっちゃうの?

というドキドキ感がつきまといます。

 

そして、

ラストは、

あちゃーそうなっちゃったかー

という驚きもある反面、

あーやっぱりなー

という納得も。

 

ここまでのストーリーの運び方がとても上手で、

われわれ読者を、

さあ、どうなる?

えーそれで終わっていいの?

いいわけないだろ、ほら!

じゃあ、どうなる?!

なんと、そうきたか!

ついに!でも納得!

──というふうに次々といざなうところは、

さすが天野さん!

っていう感じでした。

 

一気読みは間違いナシ!

 

▽内容:

専業主婦の恭子は、夫の子供を身篭ったという不倫相手を毒殺する。だが、何日過ぎても被害者が妊娠していたという事実は報道されない。殺したのは本当に夫の愛人だったのか。嵌められたのではないかと疑心暗鬼になる恭子は、自らが殺めた女の正体を探り始める。そして、彼女を執拗に追うベテラン刑事・戸田との壮絶な闘いが始まる。長編ミステリ。

 

前回の『彷徨い人』でも触れましたが、

本作品は、

作者にとって第一作目となるデビュー作です。

 

作家の天野節子さんは、

1946年生まれ。

今年で70歳です。

 

この『氷の華』を書いたとき、

彼女は60歳。

 

そして、

4作目となる『彷徨い人』を書いたのが67歳。

 

『彷徨い人』もそうでしたが、

本作も、

言わなければ決して60代の方が書いた作品とは思えないくらい、

時代感覚に冴えています。

 

作者の年齢をにおわせるような、

古臭い、時代錯誤的な描写が全くないのです。

 

すごいなぁと思う。

 

自分なんて年をとったら、

それ相当に、

言うことも書くこともジジくさくなるんだろうに、

 

この人のような感覚でもって、

時代についていける自信はさらさらない。

 

そして、

60歳でもこんなに巧みなミステリーを書けるのかという、

その手腕にも驚きです。

 

それくらい、

よく出来ている。

 

『彷徨い人』もそうですが、

読者に、

ついページをめくらせるという手管は、

本当にお見事。

 

展開が気になって仕方なかったです。

 

こちらも1週間くらいかけて読む予定でしたが、

見事に4日で読み終えてしまいました。

 

以下は、

本作の登場人物についてのおさらいです。

 

・瀬野恭子:

35歳の専業主婦。

瀬野隆之の妻で、(株)東陽事務機の故重役の姪。

資産家で悠々自適の生活を送るも、

子供に恵まれず、不妊治療の経験も。

頭が切れ、プライド高く、人に弱みを見せない。

 

・瀬野隆之:

恭子の夫。36歳。

(株)東陽事務機の営業部長。

大学時代に恭子と出会い、就職に苦労していたところ、

恭子の口添えで(株)東陽事務機に就職。

 

・関口真弓:

(株)東陽事務機の経理課の事務員。

子持ちのバツイチだが、

子供は別れた夫の実家に引き取られる。

独り暮らしの自宅で毒殺される。

 

・戸田刑事:

警視庁捜査一課の警部補。

関口真弓毒殺事件の担当。

 

 ・大塚刑事:

練馬西署の若手刑事。

関口真弓毒殺事件の所轄署の担当で、

戸田と捜査に当たる。

 

・高橋康子:

恭子の友人。

滝口好美とはW大時代の友人で、

同じ演劇サークルに所属。

卒業後は一度就職するも、渡米。

帰国後、出版社に勤める。

 

・滝口好美:

恭子の友人で、康子のW大時代の同期。

卒業後も大学時代からやっていた演劇を続け、

劇団に所属。

 

・杉野妙子:

 瀬野家の家政婦。

 

以上のとおり、

登場人物はさほど多くありません。

 

この中でもメインになるのは、

瀬野恭子・瀬野隆之・戸田刑事・高橋康子の4人。

 

そして、

関口真弓の毒殺事件と、

序章の老人(加賀作次郎)のひき逃げ事件

瀬野孝之と高橋康子の心中事件

という三つの事件が、

複雑に絡んでいきます。

 

このあたりの、

複数の登場人物と複数の事件を絡ませて

ひとつのストーリーを築き上げていく手腕は、

実に精巧で、

 

その秀逸さは、

のちの作品にも引き継がれており、

最新?の『彷徨い人』を読んでも、

そのスゴさがよくわかります。

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

※※ここから先は、ネタバレ注意※※

 

電話を受けたのは恭子。

その日、夫の隆之は海外出張で不在、

家政婦も休暇をとっており、

瀬野家の豪邸には恭子一人。

 

電話をかけてきたのは関口真弓と名乗る女性。

彼女は自分が瀬野隆之と不倫関係にあることを宣言し、

妊娠していることまで告げます。

 

家の郵便受けには、

隆之自筆の署名が入った母子手帳も。

 

激しい動揺と怒りに燃える恭子。

 

夫の書斎から見慣れぬキーを取り出し、

関口真弓の家に侵入し、

冷蔵庫の飲みかけのオレンジジュースに、

瀬野家の土蔵に保管していた農薬を混入。

 

恭子は犯行がバレないよう、

指紋や痕跡などの物証には細心の注意を払い、

犯行時刻のアリバイ作りに奔走。

 

部屋には、

隆之と真弓らしき女性の2ショット写真が飾られていましたが、

恭子は怒りを抑えて、

写真はそのままにして現場を後にします。

 

同日夕方には、

何食わぬ顔で友人の高橋康子と会って、

食事をして帰宅。

 

後日、

関口真弓の死体が発見され、

農薬による毒殺と判明。

 

ここから、

警視庁本庁の戸田刑事と、

所轄の大塚刑事が、

事件の解明に挑みます。

 

彼らの綿密な捜査から、

恭子が用意していた数々のアリバイは崩れ、

恭子の犯行が明らかに。

 

ところが、

捜査の過程で不可解な点が多く、

その真実はなかなか明かされません。

 

・真弓が妊娠していた事実がまったく触れられず、母子手帳が見つからない

 

・警察がもっていた二人の写真は、あくまで隆之の所持していた写真のコピーであり、真弓の部屋にあった写真がない

 

・あるべきはずのない自分の毛髪が、真弓の部屋に残されていた

 

・真弓の口座に定期的に多額の振込があったが、結局、その出所は不明(隆之ではないっぽい)

 

──などなど。

 

これらから、

恭子は次第に、

真弓は決して妊娠しておらず、

自分は何者かに嵌められ、

彼女を殺害してしまったのではないかと疑いはじめます。

 

では、

誰が自分を嵌めたのか。

 

夫・隆之が関わっているのは間違いなく、

彼には真の愛人という共犯がいるはず。

 

恭子の知らないところで、恐ろしい何かが進行している。それは、恭子を陥れる陰謀。

 

そして自分に恨みを持つ人間を

記憶からあぶりだそうとする。

 

そこに、

14年前の出来事が思い浮かぶ。

 

隆之は、恭子がモノにする直前まで、

和歌子という女性と婚約までしていた。

 

それを恭子が破談にし、

就職先という人参をぶらさげて、

さらには結婚にまで至る。

 

これは和歌子の復讐かもしれないと、

疑い始める。

 

一方で、

自分が犯してしまった過ちや、

罠に嵌められてしまったという虚脱感から、

もはや生きる気力を失っていた彼女は、

 

こうなった以上、

夫と共にふたりで心中することが、

夫や真の愛人に対する復讐でもあり、

我が身の誇り高き身の納めかたでもあると決意。

 

場所は、

軽井沢の別荘。

結婚記念日が近いため、

毎年、別荘で祝っていることに乗じて、

夫を誘い出す。

 

書斎の書類から、

夫の筆跡をなぞらえて、

遺書もつくる。

 

そして、

板金業を営む友人宅から、

青酸カリを盗み、

夫の指紋のついたビニール袋に入れて持ち帰る。

 

さあ、これで準備はOK!

 

──というところまできたとき、

和歌子による復讐の疑惑が

再び恭子の頭をよぎる。

 

思い余って、

旧友(渡辺のぞみ)に電話をする恭子。

 

恭子:

「そういえば、あなた、和歌子という名前の人知らない?」

 

のぞみ:

「和歌子?姓は?」

 

恭子:

「それはわからないの」

 

のぞみ

「和歌子…和歌子…」

「わかるかもしれない!一度、電話を切るわ」

 

そして再び、

のぞみからの回答を得る。

 

のぞみ:

「この人じゃないかしら。姓は谷、谷和歌子といって学生の頃の舞台名よ。和歌子という字をどこかで見たことがあると思ったら、やっぱり昔のパンフレットに出ていたわ。この前、引っ越しの整理をしながら、久しぶりに開いてみたのよ。W大学の、演劇部の卒業公演なんだけど、私の友達も端役で出ていたので観にいったの」

 

この、

のぞみからの回答の、

「舞台名」という言葉にひっかかった恭子は、

その「舞台名」の本名を問いただします。

 

すると、

それは恭子のよく知っている名前だった──

 

ここで恭子は、

和歌子の正体をつかみ、

夫と自分の心中計画から、

夫と和歌子の心中を装った殺害に切り替えます。

 

別荘に向かった恭子は、

青酸カリを入れたグラスを凍らせる。

 

そして、

持ってきたワインを棚にいれ、

その下に偽造した遺書を置く。

 

あとは二人を別荘におびきだすだけ。

 

ところが、

ここにきて戸田刑事たちが恭子のアリバイを崩し、

恭子は言い逃れできない状態に。

 

別荘から帰ってきたところにすぐ、

戸田刑事たちがあらわれ、

恭子に事情を説明します。

 

任意同行の前に、

恭子は最悪の状況(=逮捕・起訴)に備え、

一本だけ電話をしたいと言い、

刑事たちの前で電話をかける。

 

相手は、高橋康子。

 

公演で九州にいる友人(滝口好美)に、

公演から戻ってきたら、

恭子のベンツを別荘に運んでほしいと、

電話で康子に伝言を託します。

 

そして、

署へしょっぴかれた恭子は、

ついに犯行を認める。

 

ところがその後、

関口真弓の机の引き出しから、

関口真弓がとある事件を目撃したことで、

彼女が瀬野隆之をゆすり、

その口止め料として、

多額の現金を受け取っていたことを告白するUSBメモリーが見つかる。

 

それと同時に、

瀬野隆之と高橋康子が軽井沢で心中するという事件が発生。

 

この心中事件こそ、

恭子が仕向けたものであり、

彼女が先に正体をつきとめた「和歌子」とは、

高橋康子だったのです。

 

見つかったUSBメモリーから判明した事件とは、

何だったのか。

 

それは、

以前、

瀬野と康子が隠密旅行に行った際、

一人の老人を引き逃げしてしまい、

それを法事で帰郷していた関口真弓が偶然目撃。

 

彼女は、

そのひき逃げ事件を口実に瀬野を強請り、

多額の口止め料を受け取っていて、

生き別れた子供と再び一緒に生活できるよう、

マンションの購入資金を貯めていたわけです。

 

この強請りから逃れるべく、

瀬野と康子は恭子を利用して真弓を殺害。

 

晴れて往年の恋が実った瀬野と康子は、

「愛の完結」として軽井沢で心中し、

罪の責任を果たす。

 

ここで恭子は一発逆転、

無罪となり、

晴れてシャバに復帰。

 

隆之とは離婚、

旧姓(吉岡)に戻って、

新たにマンションに引っ越す。

 

これで物語は終わるのかと思いきや、

そうは問屋が卸さない。

 

そもそも、

数々の不審な点に、

納得がいっていなかったのは恭子だけでなく、

戸田刑事も同じ。

 

彼は判決後も、

仕事の合間をぬって、

コツコツと真相究明を続けます。

 

こんな形で、

瀬野と康子が心中するわけがない。

 

ましてや、

積年の恨みの矛先である、

恭子の別荘なんかで死ぬわけがない。

 

それらも含め、

戸田は不審な点を洗い出し、

ひとつずつ潰しにかかります。

 

すると、

青酸カリを所有する友人に

恭子がツテがあったことがわかり、

戸田の中で恭子犯人説が出来上がってくる。

 

そんな戸田を後押ししたのが、

警視庁に届いた一通のエアメール。

 

それは、

米国に引っ越した渡辺のぞみからのものでした。

 

彼女は、

ジャーナリストの兄から

恭子や隆之・康子に関するニュースを知り、

そのちょっと前に、

恭子に「和歌子=康子」であることを伝えたことがひっかかったため、

そのいきさつを告発。

 

ここから、

戸田のなかで恭子犯人説は、

疑惑から確信にかわります。

 

とどめを刺したのは、

家政婦だった杉野妙子。

 

彼女は心中事件前に、

恭子が隆之の書斎から、

小さなビニール袋(←青酸カリを入れる袋)を盗み、

隆之の字体を真似て遺書をつくったことを、

部屋の痕跡から知っていました。

 

瀬野家が売り出され、

家政婦の仕事がクビになった妙子は、

その後、夫が借金を抱え、

サラ金に手を出してしまったがために、

金策に苦しみます。

 

迷ったあげく、

恭子の新しいマンションを訪れ、

恭子の犯行疑惑をネタに、

恭子からお金を引き出そうとしますが、

恭子はその手には乗るまいと拒否。

 

凍ったグラス、ビニール袋、遺書。問題はこの三点だが、いずれも、恭子が偽装したという証拠など、発見できるはずがないのだ。不安に思うことは何もない。

 

そういって自分を励ましみたものの、

内心は衝撃と焦りでオタオタ…。

 

人間、

こういうときほど疑心暗鬼になるもので、

大丈夫、他にないよな…

なんて思っていると、

意外なことに気づいてしまったりもする。

 

恭子もまさにそれ。

別荘にもっていったワインには、

隆之らの指紋はなくて、

(彼らはビールを飲む段取りになっていたから)

恭子の指紋だけが残っていることに気づく。

 

やばい。

 

あわてて別荘に向かい、

証拠隠滅をはかるも、

同じく事件の再捜査にあたっていた戸田刑事が

一足先に別荘で張り込みしていた。

 

そこですべてが明らかになり、

ジ・エンド。

 

最後は、

戸田が家政婦を再調査したことや、

彼女から遺書の偽造や青酸カリのビニール袋のことを聞き出したこと、

よく調べたら筆圧が違っていたことなどを明かし、

ふたたび恭子を追い詰めます。

 

今度こそ、

言い逃れはできない恭子。

 

逮捕前に、

今度は電話ではなく、

手洗いにいって化粧直ししたいと言います。

 

そして、

所持していた青酸カリを服飲し、

その場で自殺してしまう。

 

──ちょっと長くなってしまいましたが、

以上が本作のあらすじです。

(もはや、あらすじではないね)

 

記憶を思い出しつつ、

そして記憶が定かでないところは、

再び本を開きつつ、

このあらすじを書いたわけですが、

 

こうやってまとめてみると、

あらためて、

この作者はスゴイと思いました。

 

あーそういう順番(時系列)になっていたのね!

とか、

このときからすでにこうだったのね!

とか、

とにかく伏線がうまく散りばめられている

 

話の構成が、

実に精巧なのです。

 

解説者(野崎六郎氏)も、

次のようにべた褒め。

 

本書『氷の華』は作者のデビュー作となります。伏線の張り方のうまさ、先へ先へと読ませていく手管では、すでに完成の域にあるといえます。

 

そう、

これがデビュー作、

しかも60歳とは思えない精緻さ!

 

先に私は、

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

と既述していますが、

 

厳密には、

「プロローグ」が用意されていて、

そこでは、

一人の老人(加賀作次郎)が、

パチンコ帰りに雨の中、

交通事故にあったっぽい

──といった話から始まっています。

 

そのあとに、

関口真弓殺害のきっかけとなる

瀬野家への電話。

 

小説の中盤くらいまでは、

関口真弓事件をめぐっての

すったもんだが繰り返されるので、

序章にあったジイさんの交通事故なんて、

とっくにどっかいっちゃってます。

 

それが中盤をすぎて、

恭子が真弓殺害の犯行を認めた直後、

真弓のUSBメモリーから

突如、ジイさんの話が舞い戻ってくる。

 

よくあるパターンではあるけれど、

ここで一部の読者は、

なるほどねーそうつながったか!

と一種の感動を得ることになると思います。

(自分は、まんまと得たタイプ)

 

あとは冒頭に記載したとおりで、

これで終わるのか?終わるわけないよね?と思わせながら、

心中事件の真相が次々と暴かれていくところとか、

とどめの上にさらにとどめが来て、

最後は恭子自決という衝撃。

 

冒頭でも触れたとおり、

そもそもこの小説においては、

3つの事件と4人の主要人物が複雑に絡んでいるわけですが、

それぞれの事件に対して、

それぞれの人物を整理すると、

次のようになります。

 

①関口真弓の毒殺事件:

─ 恭子 vs 関口真弓

 

②加賀作次郎のひき逃げ事件:

─ 隆之&康子 vs 関口真弓

 

③軽井沢の心中事件:

─ 恭子 vs 隆之&康子

 

このように、

それぞれの事件に

それぞれの人物の対立軸があって、

①の水面下には②が隠れていて、

それが明らになると今度は③が起こる

──というロジックが、

物語が進むにつれて次第にわかってくるわけです。

 

そして、

この①~③すべてにおいて、

恭子 vs 戸田刑事

という対立軸が併行していきます。

 

もはやゲームです。

私たちは観客です。

どちらがこのゲーム勝つのか。

さっきの試合には勝ったけど今度の試合はどうか。

息を飲んで見守ります。

 

ドキドキ・ハラハラしながら。

 

そして、

衝撃のラストを迎える。

 

一方で、

衝撃ではあるんだけれど、

恭子の性格上、

自殺という終わり方は、

どこか納得もしてしまう。

 

そのための伏線は、

その前の事件(関口真弓殺害事件)でも敷かれていたし。

 

さて、

恭子は勝ったのか負けたのか。

 

隆之と瀬野には勝ったでしょう。

真弓とは結局、勝負になっていなかった。

じゃあ戸田には?

 

真相を暴かれたという意味では、

戸田に軍配があがりますが、

一番の真相というか、

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分については、

結局、戸田はつかんでいません。

(少し情報は得ていますが、確信はしていない)

 

そして、

それを明らかにされるくらいなら、

いっそ、

自ら死んでやるというのが恭子の選択。

 

ここには、

解説者の言う、

 

氷の、華やかな、哀れみとはほど遠い<悪女>のドラマ

 

があると思います。

 

でも、

「哀れみとはほど遠い」かな?

と思う。

 

私は、

哀れみを感じてしまったほうです。

 

前述の、

 

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分

 

とは、

 

要は、

恭子にとっての一番の弱み、

すなわち、

子供ができない体であること(不妊であり、

 

彼女は、

それを弱みとして自覚したくなかった。

 

でも、

再捜査で取り調べが進めば、

おのずとその部分にメスが入るのは明らかで、

自分でも認めたくない部分を、

他人にズケズケと入り込まれてたまるか!

というのが彼女の本心であり、

絶対に譲れないプライドだったはずです。

 

頭もキレて、外見も美しく、

お金にも困っていない。

 

両親を事故で亡くしていることは痛手かもしれませんが、

だからといってその後の人生を

めちゃくちゃ苦労したようでもなく、

叔父に大事に育てられ、

生活は華やかそのもの。

 

でも、

本当はわかりませんけどね。

 

突然の両親の死で、

絶対的な愛情をうしなってしまった彼女は、

強がることもおぼえてしまったはずです。

強くないと生きていけないので。

 

幸いにも、

生活には困らないだけの身寄りはありましたし、

お金でなんとでもなる生活ができていた。

 

そんな自分だけれど、

お金をかけても唯一なんともならないことがあった。

 

それが、

不妊というつらい現実。

 

でも、

華やかで誇り高き恭子は、

まさか自分が不妊だとは自分で認めたくもないし、

不妊であることを知られたくもない。

 

それを忘れるかのように、

趣味や食事、

隆之との華やかな生活で紛らわしていたわけです。

 

それが関口真弓に扮した康子によって、

大きく傷つけられた。

 

それだけでなく、

単なる火遊びだと思っていた夫の浮気は、

14年前の本物の恋愛感情に回帰したものだったことを知り、

夫の愛情も失っていることに気づいたのです。

 

何でも持っているはずの、

持ってきたはずの自分が、

子供と夫という、

一番自分に近いところにいるべき人間を、

持てないというつらさ。

 

そして、

それを本当につらいと認めたくないつらさ

 

そう考えると、

自分には、

恭子はたしかに悪女ではあるけれど、

哀しい・可哀想な人でもあると、

普通に思っちゃいました。

 

最後に、

これだけおもしろかったにもかかわらず、

星5つをつけなかったのは、

以下2点の理由からです。

 

①隆之はどうやって口止め料を用意したのか?

 

このあたりは、

戸田刑事が

真弓と隆之の勤務先である

職場の経理課長(水野)を問いただしたり、

税務署の人に話を聞いたりするシーンがあって、

 

おそらく、

会社の資金を横流し?した感じは

なんとなくわかるんですが、

 

結局、

詳細についての言及はないままでした。

 

完璧なロジックが散りばめられていたぶん、

ここが曖昧のままに終わってしまっているのが、

自分としては残念でした。

 

②なぜ恭子は、渡辺のぞみに聞けば和歌子についての情報が得られると思ったのか?そして、その渡辺のぞみは、なぜ和歌子=康子を知っていたのか?

 

①はまだ許せるんですが、

こっちは結構、許せなかったです。

 

恭子は、

関口真弓(正体は康子)から電話がかかってきたその日、

同窓会の予定があったので、

同窓会に出席しているわけですが、

 

そこで、

いまは石垣島に戻っている医者の娘、

渡辺のぞみの存在を思い出します。

 

そして恭子は、

夫・隆之との心中を決める一方、

和歌子による復讐も拭いきれなくなって、

ふと彼女に電話をかけます。

 

そして和歌子の正体をつかむ。

 

その流れ(の一部)は、

先にもご紹介したとおりですが、

 

ここって結構大事なところなのに、

あまりにも突拍子すぎる。

 

なぜ同じ大学でもない和歌子を、

のぞみは知っているのか?

 

そして、のぞみに聞けば、

和歌子の正体がわかるんじゃないかと

恭子が思った理由はなんなのか?

 

もし、

渡辺のぞみが演劇にすごく興味があって、

康子や好美とは大学は違うけれど、

別の大学で演劇サークルにはいっていたとか、

あるいは見る専門のほうの演劇好きで、

それこそ高校時代から

演劇という演劇は片っ端から見ていたとか、

何かそういう経緯があれば、

 

のぞみと和歌子(康子)のつながりも、

恭子とのぞみのつながりも、

すんなりいくんだけれど、

 

残念なことに、

ここについての描写が一切ありませんでした。

 

渡辺のぞみは、

恭子と同じT女子大学の付属高に通っていて、

大学は別だったとか、

石垣島で父親が医院をかまえているから、

石垣に戻っていて、

このたび婿入りした夫の米国留学が決まり、

渡米が決まったとか、

 

──そんなのばっかりで、

どこに和歌子(康子)との接点があるわけ?!

とツッコミたくなりました。

 

この渡辺のぞみという女性は、

終盤、再び登場し、

家政婦の杉野妙子とならんで、

最後の最後に恭子を追い詰めることになります。

 

そのくらい(脇役だけど)重要な人物なんだから、

天野さん、手を抜いちゃだめでしょーが!

と言いたくなりました。

 

でも、

ほかが完璧だったからこそ、

逆に目立ってしまったのかもしれないです。

 

解説には、

作者がこの作品を世に出すまで、

草稿には膨大な<書きつぶし>の量が費やされ、

死にもの狂いで彼女が推敲に推敲を重ねたようなことが

紹介されています。

 

そして、

作者が古典ミステリに相当通じていて、

ものすごく勉強された様子があることも

触れられていました。

 

私は、

ミステリー小説の、

構成上のプロットや種類については、

まったく知見がないのですが、

 

解説者の専門的な分析で、

たしかにそのとおりだな

と思った点があります。

 

恭子と戸田。追いつめられる者と追いつめる者。『氷の華』は二人を軸にして、いわば二元中継の語りのスタイルによって進行します。

しかし二元中継スタイルは現代ミステリにあって独創的な方法とはいえません。むしろ、お手軽なツールとして酷使されているというのが実状。凡庸な書き手がこれをやると、二元中継の進行が同じ方向になって、ただ視点人物を取り替えて語りに変化をつけるだけの結果に終わったりする。二元に分けた意図を生かせないのです。

本書は違います。二つのドラマの側面は並行のままで、別方向に伸び、交わりそうで交わらない。

 

「二元中継法」かぁ、

なるほどなー。

 

たしかに、

ただ人物をかえて物語を進行させても、

解説者のいうとおりになってしまい、

きっとつまらないはず。

(くどいだけ)

 

そういわれると、

この作家さんは、

やっぱりプロなんだなと言わざるを得ません。

 

だからこそ、

失点が目立ってしまい、

残念に思う。

 

でもそれは、

言い換えると

作家への大きな期待でもあるかと思うわけです。

 

ということで、

またお目にかかりたいです、天野さん。

 

次は、

目線』『烙印』でお会いしましょう。

 

アディオース!

 

■まとめ:

・60歳で作家デビューした天野節子の処女作。年齢を感じさせない技巧や力量感に圧倒される。それくらい、うまくできている。

・本作を読んだのは2回目だったけれど、(内容をすっかり忘れていたせいか)終始、展開が気になって仕方なかった。いったん、終わったと思っても、まだ来るかー!まだ来るかー!の連発。途中、わりと大事なところでの経緯説明がないのが非常に残念だったが、完璧すぎて逆に失点が目立っただけかもしれない。

・『氷の華』というタイトルが主人公のヒロイン(瀬野恭子)を指していることは明らか。華やかだけれど、氷のように冷酷で、そして哀しい人だなと思った。誇り高き女性のもつ哀しい現実(不妊)がテーマ。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★★


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氷の華 (幻冬舎文庫)

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