狭小邸宅 ★★★☆☆

新庄耕さん

狭小邸宅 (集英社文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星3つです。

 

初めて知った作家さんで、

83年生まれ。

お若いですね!

 

イマドキの若者から見る、

厳しいサラリーマン社会の現実が描かれていて、

まぁ要は、

いわゆる「ブラック企業」の世界なんですけど、

怖いもの見たさでついつい先を読んでしまう感じでした。

 

文字も大きくて、

200ページに満たない薄い文庫本なので、

ほんとあっという間に読めます。

 

 

▽内容:

学歴も経験も関係ない。すべての評価はどれだけ家を売ったかだけ。大学を卒業して松尾が入社したのは不動産会社。そこは、きついノルマとプレッシャー、過酷な歩合給、挨拶がわりの暴力が日常の世界だった…。物件案内のアポも取れず、当然家なんかちっとも売れない。ついに上司に「辞めてしまえ」と通告される。松尾の葛藤する姿が共感を呼んだ話題の青春小説。第36回すばる文学賞受賞作。

 

上記の内容紹介(引用)では、

【青春小説】となっていますが、

本作は不動産会社を舞台にした、

一種の【経済小説】でもあります。

 

【青春小説】というカテゴリーで言えば、

自分も新卒で入社したときって、

こんな感じだったなぁ…と共感できる部分がありました。

 

解説者(城繁幸さん)の言葉をお借りすれば、

 

目的もないままなんとなんなく大学に進学し、周囲がすすめるからという理由でなんとなく就職してしまう。「なぜ畑違いの不動産業に?」と聞かれても自分でもよくわからない。そこが合わないとわかった後にも、目的がないからずっと足踏みし続けている。

 

まさにそんな感じです。

 

それなのに、

久しぶりに大学時代の仲間なんかに会うと、

忙しいアピールしたり、

高尚な仕事してる感を出したり、

──いま思い出すと、恥の極みです。

 

中2病ならぬ、

社会人2年目病みたいな。

 

城さんは、

こんな主人公の姿を「典型的な悩める若者」と言っていましたが、

であればかつても自分も、

そうだったのかもしれませんけれど、

 

今の私に言わせると、

ただのバカだったんじゃないかとさえ思います。

 

「悩める若者」って、、、

そんな感傷的なもんじゃなくて、

勉強不足で世間知らずなだけ。

 

(当時の自分を含め)

日本の大学生ほど、

バカで無意味な存在はないんじゃないかと、

本当にそう思います。

 

さて、

そんなおバカさんだった私も、

当時は本当に何をしていいのかわからず、

とりあえず就活をしていたという人間でして、

不動産業界もいくつか受けた記憶が。

 

・体育会系

・ノルマ

・休みなし

  :

 

当時からなんとなく、

こうしたキーワードは聞いていたような気もしますが、

この作品を読んで感じたのは、

まさかここまでスゴイ世界だとは!

ということですかね。

 

もちろん、

会社にもよるでしょうし、

これはあくまでフィクションですから、

一概には言えませんが、

 

それでも実態としては、

不動産業界なんていうのは、

わりとこの小説に近いんじゃないのかなと思います。

 

暴力的で、

理不尽で、

厳しいノルマの世界。

 

作者の新庄さんは、

この世界にいた人間なのかな?

と思ってしまうくらい、

臨場感あふれるブラックワールドを描かれています

 

主人公の松尾には、

共感できるとこもありましたが、

なかなか辞めないところがよくわからなくて、

なんでそんなにしがみついてんの?

と逆にイライラした部分もありました。

 

まぁその本人も、

なんでしがみついているのか、

よくわからないみたいでしたが。

 

それでも、

彼が左遷(異動)になった支店で、

直属の上司(豊川)からいろんなダメ出しをされます。

 

まだ一件も売ってないくせに、

自分なりの仕事論を見出そうとしてるけど、

頭でっかちになるな。

 

自分はほかのやつらとはちょっと違うんだ、

自分だけは特別なんだ、

なーんて思ってたら大間違いだぞ。

 

その本質を指摘されてから、

松尾は少しずつ成長をみせ始めます。

 

そしてついに、

会社でも肝いりの物件を売ることに成功するのです。

 

僕は満面の笑みを浮かべて、

「買いましょう」

と言った。惑いなく言いきった。

このひと言が言えなかった。検討してくださいとか、お願いしますとか、核心を避け、婉曲的な表現で濁してしまう。全く売れない営業マンが口にする言い回しを使ってばかりいた。客に対してはっきりものを言うことが何となく悪いような気がしていた。

 

このシーンは良かったですね。

 

なぜ自分が、

今までうだつのあがらない人間だったのかといえば、

自分のダメなところを知ろうともしなかったから、

──これに尽きます。

 

会社がどうとか、

これまでの環境がどうどか、

そんなことだけ理屈で考えていたって、

何もかわらない。

 

なぜ仕事がきついのか?

──ノルマや残業が多いから。

 

なぜノルマや残業が多いのか?

──不動産業界の掟だから。

 

じゃあなぜ不動産業界に入ったのか?

──ただなんとなく。

 

ここまできて、

あー俺ってバカだよなぁ…

となるパターン。

 

わかりますわかります、

私もそうだったから。

 

でも。

いやしかし。

 

そういう根本のところで振り返るのも大事なんですが、

 

そもそも、

なぜ仕事がきついのか?

という問いが発生するということは、

当然、仕事が面白くないわけです。

 

 

大変でも面白いと思える仕事や、

大変でも面白いと思える時間って必ずあります。

 

でも、

きついなーいやだなーと思っているということは、

面白いと思えていないわけです。

 

じゃあ、

なんで面白いと思えないのか。

 

答えは簡単です、

成果が出せていないから。

 

成果が出せていたら、

それが仮に周りが納得しなくても、

自分が納得できていれば、

少しは面白いと思えるし、

それで周りがギャーピー言うなら、

たぶんもうその会社にはいないでしょう。

 

でも、

なぜかいるんです。

 

それは単純に、

自分にも周りにも、

納得できる成果が出せていないからなんじゃないかと。

 

要は、

負け犬なのです。

 

そこに気づかない。

 

気づかないまま、

「自分とは性が合わなかったので」、

「新たな可能性を探したくて」、

そんなきれいな言葉で転職活動したりする。

 

ただ負けただけなのに、

こうなるともうアホでしかない。

 

私を含め、多くの人間は

自分の負けを認めたくない。

 

成果が出ないのは、

「興味がないから」と言ってしまえば早いんですが、

いったんそれは置いておいて、

 

自分の仕事のやり方で、

何が足りないから成果が出ないのかを、

もっとクリティカルに考えたほうが良い。

 

きっと上司の豊川課長は、

そんなことを松尾に教示したかったんでしょうね。

 

でもこれって、

自分にも当てはまることで、

感情の部分での本音(もともと興味がなかった…)と、

スキルの部分での本音(自分にはこれが足りてない)を、

素直に認める必要があるなぁと思いました。

そうしないと何も始まらない。

 

そんなことを、

改めて考えさせられた一冊でした。

 

さて、

この豊川課長がまたミステリアスな存在で、

結果的には、いい人なんですけど、

なんでこんな理性的でアタマもきれる人が、

(大手商社を辞めて)こんな会社にいるのかもよくわからないし、

それは最後までグレーです。

 

そして、

本格的にこの仕事の面白さと一層の厳しさを知った松尾が、

これからどうなってしまうのかも、

最後まで読み終えてもグレーです。

 

きっと葛藤しながら続けるでしょうけれど、

彼の前にエリート営業マンとして君臨していたジェイさんは、

独立して自分で不動産業を営むことになりましたけれど、

果たして松尾がそれをやるのか?といったら、

絶対やらなさそうだしなぁ。

 

ならば結局、

体壊して辞めざるを得なくなるんじゃ?とか。

 

──そうやって、

読了後もいろいろ想像できるのは、

読者によってはそれが醍醐味という人もいるでしょうけれど、

私はスッキリしなくてむしろ気持ち悪い読了感でした。

 

というわけで、

この作品、

いろいろグレーな部分がちょいちょいあります。

 

結局、作者は何を言いたかったんだ?

どう落としどころをつけたかったんだ?

──というのがよくわからなくて、

たぶん、1ヶ月もしたら、

もう内容忘れてしまうであろう小説です。

 

そういう意味で星3つなのですが、

それでもこの主人公が、

こんなブラックな会社でどんな進退を見せるのか気になって、

ついついページをめくってしまう

そんな作品でした。

 

■まとめ:

ブラック企業の不動産会社で働く、青年サラリーマンの奮闘記。主人公が、こんなブラックな会社でどんな進退を見せるのか気になって、ついついページをめくってしまう。

・仕事との向き合い方について、あらためて考えさせてくれる本。

・終盤、結局主人公はこの先どうなるのかわからない感じで終わってしまう。この尻切れトンボ感が個人的には残念。苦しくてもこのまま仕事を続けるべきなのか?の作者の答えがが見えなくて、読了感としては気持ち悪い。

 

 

■カテゴリー:

経済小説

 

 

■評価:

★★★☆☆

 

▽ペーパー本は、こちら

狭小邸宅 (集英社文庫)

 

Kindle本は、こちら

狭小邸宅 (集英社文庫)

13階段 ★★★★☆

高野和明さん

13階段 (講談社文庫)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

前回、高野さんの作品で、

グレイヴディッガー (講談社文庫)』を読んでからというもの、

その面白さの虜になってしまい、

早く次を読みたい!と思って

手にとった作品がコチラです。

 

結論、

グレイヴディッガー 』よりも、

また一段と面白かった!

 

この作家、恐るべし!

 

▽内容:

犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく、刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。だが手掛かりは、死刑囚の脳裏に甦った「階段」の記憶のみ。処刑までに残された時間はわずかしかない。2人は、無実の男の命を救うことができるのか。江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編。

 

こちらの文庫本解説は、

あの宮部みゆきさんが執筆されているんですが、

あのミステリーの大家をして、

手強い商売仇を送り出してしまったものです。

と言わせしめたほど、

江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編」なわけです。

 

実はいま、

自分がハマっている作家が二人いて、

一人はまさにこの高野和明さんで、

もう一人が真梨幸子三という方なのですが、

 

高野さんの『グレイヴディッガー 』を読んだあとに、

真梨さんの『深く深く、砂に埋めて (講談社文庫)』という小説を読み、

そしてまた高野さんの本作『13階段 』を読み終えまして、

今回はもう、

圧倒的に高野さんのほうに軍配が上がりました。

 

もちろん、

同じミステリーとはいえ、

タイプが全く異なるので、

一概に同じ天秤で測るのも難はありますが、

 

真梨さんは『殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)』が面白すぎて、

そのインパクトが強すぎたために、

まだこれを超える作品に(辿り着きたいのに)辿り着けない…

というジレンマがあるのですが、

 

高野さんの場合は、

読んだ順番もよかったみたいで、

本作は『グレイヴディッガー』よりも、

さらにパワーアップした感がありました。

(この『13階段』こそ、彼のデビュー作にあたるのですが)

 

真梨作品のレビューも書きたいと思ってはいるのですが、

なかなか時間もとれず、

そのうち、さらに別の本を読み始めてしまったりして、

このレビューが手つかずになってしまっているのですが、

 

とはいえ『殺人鬼フジコの衝動』は、

劇的に面白かったので、

いつかここできちんと書いておきたいと思っています。

 

さて、

話をもとに戻し、本作について。

 

宮部みゆきさんも、

周到で緻密な構成と理知的な落ち着いた文章(平明にして重厚というところが得難い資質)

と評するとおり、

 

本作もまた、

トーリーの展開は言わずもがな、

「死刑」という重くて難しいテーマを取り上げつつ、

それを登場人物のセリフや物語の流れでうまく嚙み砕いて、

読者を手離しません。

 

死刑に関する法的な内容も、

たくさん出てくるので、

自分のような一般ピーポーからすると、

専門的で小難しいわけです。

かつ、テーマ自体が重い。

 

それが高野さんの魔法にかかると、

あーもう難しいからここでやめちゃおう…っていうふうには、

決してならない。

 

それどころか、

死刑って法的にそうやって段階を踏むのか、

死刑の実態ってそうなってるんだ、

といった一種の好奇心さえ植えつけられます。

 

私は、松本清張さんが好きなんですが、

彼の作品もなかなか重厚なものも多いのですが、

やたら自分なりの解説が多くて、

それがこっちからすると「知識のひけらかし」にすら

見えてくるものもあったりします。

 

それでいうと高野さんは、

そういうイヤらしさも全くありません。

 

最後の参考文献一覧を目にするとよくわかりますが、

この作品を上梓するにあたって、

彼自身、本当によく死刑のことを勉強されたんだろうな…

という努力の証が見て取れます。

 

その昔、

大塚公子さんの『死刑執行人の苦悩 (角川文庫)』という

ルポを読んで衝撃を受けたことがありますが、

 

高野さんも勿論これは読まれていて、

本作のなかにも、

上記を参考にして描いたであろう部分がありました。

 

彼のこうした膨大な下調べのうえに、

この作品は成り立っていて、

それは「死刑」というとても重いテーマで、

かつ、専門的で難しい内容でもありながら、

読者にむしろ一種の好奇心すら植えつけ、

死刑について考えさせもする、

この手腕。

 

わかりやすくて読みやすいほうが、

個人的には好きなんですが、

高野マジックにかかると、

難しいのもなかなかイイな…とすら思えてくる。

これが彼のスゴイところだと思います。

 

彼は「死刑」というテーマを足がかりに、

「正義」とは?「真実」とは?「法」とは?

という本質的なところを、

本作で突いてくるのです。

 

刑法がその強制力を以て守ろうとする正義は、実は不公平ではないのか。

 

そして、

制度の矛盾、法律の矛盾に言及し、

それに直面する刑務官(南郷)たちの苦しみを描きながら、

そのことを上手にわかりやすく読者に伝えています。

 

結局、法なんて、

良くも悪くも人間に都合よくつくられていて、

人間の中身まで本質的に変えたり、

制約できるものではないのです。

 

あったら足かせになることもあるけど、

ないと不便だから、

表面上のルールは絶対に必要で、

それが「法」というものなんじゃないかと、

私はこれを読んで自分なりに解釈しました。

 

そう、

あくまでも≪表面上≫のルールなんです。

 

≪表面上≫だから、

それが必ずしも正義とは限らないのです。

むしろ、

≪本質的≫には、悪だったりもする。

 

──そんなことを、

この作品から改めて教わった気がします。

 

さて、

次はストーリーのほうなんですが、

こちらもよく考えてできている。

 

本作には主人公が二人いて、

一人は刑務官の南郷、

もう一人は前科者の青年・三上なんですが、

 

冒頭から、

(前科を犯す前に)高校生のころ家出をした中湊で、

三上青年に何かあったんだろうな…

的な伏線はバッチリありますし、

 

これは最後に、

ああやっぱりな…

というオチに至ります。

 

また、

なんとなく三上と、

その三上が殺してしまった佐村(親子)との間にも、

何か語られていないことがあるんだろうな…

あるいはこれから何かが出てくるんだろうな…

的なニオイがプンプンするんですが、

 

こちらも終盤で、

ホラやっぱりね…

となります。

 

このあたりは、

伏線の回収が上手だし、

わかりやすいし、

読了感としては晴れやかでした。

 

※※この先、ネタバレ注意※※

 

ひとつだけ、

少し無理があるかなと思ったのは、

佐村(父)が三上に罪を着せようとしたところ。

 

いや、

それ自体は良いのです。

そこまでの流れというか、

伏線が少し足りなかったような気がするのです。

 

そもそもこの物語は、

息子を殺された佐村(父)が、

たった数年で刑務所から出てきた三上に対して、

どうやっても許すことができなくて、

なんとかコイツをこの世から葬りたい!

と考えていたことが始まりでした。

 

要は、

佐村(父)からしたら、

懲役何年とかじゃ全然足りないんです。

 

三上を死刑に処してこそ、

親として息子のかわりとして、

その憎悪は報われるのです。

 

だから、

なんとしてでも彼を死刑にしたかった。

 

折しも、

ちょうど中湊で起こった強盗殺人事件の犯人・樹原に、

死刑が確定し、執行が目の前に迫っていた。

 

ただ、この死刑囚には、

記憶がなかったり決定的な証拠がなかったりで、

死刑そのものが冤罪ではないかという側面もありました。

 

だから佐村(父)は、

(地元で起こった)樹原死刑囚の死刑が近づくにつれて、

三上が樹原のかわりに死刑だったらいいのに…と思っていた。

 

※作品にこう書いてある↑わけではないんですが、

 読むとそういうことになります。

 

でも、

ちょうどその事件が起こったころ、

実は三上は高校生で、

彼女と中湊に家出してきていて、

警察に補導されていたことに佐村パパは気づくのです。

 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

彼は、

三上を中湊強盗殺人事件の真犯人に仕立て上げることを思いつきます。

 

出所した三上が謝罪に訪れる前から、

すでにこの身代わり案は考案されていて、

佐村(父)は、

すでに弁護士を雇って動き出していました。

 

表向きは樹原の冤罪を晴らすことでしたが、

本当の目的は、

三上を真犯人として仕立てることだったのです。

 

そして、

三上が佐村家に謝罪訪問したとき、

最大のチャンスを迎えます。

 

その顔を見るだけではらわたが煮えくり返る三上に、

佐村(父)はお茶を勧めます。

そこで三上の指紋をゲットする。

 

佐村の会社は3Dプリンタを持っていましたから、

その指紋を3Dプリンタで複製して、

新たな証拠をつくります。

 

中湊の強盗殺人事件では、

犯行に使われた手斧が見つかっていませんでしたし、

現場にあったはずの通帳や印鑑も無くなっていて、

それがずっと見つかっていなかった。

 

そこに目をつけた佐村(父)は、

手斧と印鑑に複製した三上の指紋をはりつけ、

それを使う機会をうかがっていました。

 

杉浦弁護士を通して、

証拠が埋もれているであろう場所がわかると、

佐村(父)は、

自らの手で複製した証拠たちをその場に埋めるのです。

 

そして、

杉浦弁護士の依頼を請け負っていた南郷と、

南郷が相棒として選んだ三上が、

それを掘り当てる。

 

有力な証拠が見つかったので、

死刑執行は間一髪で保留になるのですが、

その証拠から、三上の指紋が出てきます。

 

全く身に覚えのない三上と、

純一が真犯人であるとは到底思えない南郷。

 

とりあえず、

三上が警察に捕まらないよう、

南郷は、

ずっと彼こそが冤罪事件の「依頼人」だと思い込んでいた安藤のもとへ、

助けを求めに行きます。

 

一方で、

三上は身を隠しつつ、

自分は潔白であることを電話で伝え、

そして最後の証拠(通帳)のありかがわかった!と南郷に残す。

 

それさえ見つかれば、

自分の潔白が晴らせる。

 

南郷も三上も、

土砂に埋もれた寺へまた戻ります。

 

南郷は、安藤の運転する車で、

三上は、単身で。

 

向かう途中で、

南郷は、実は安藤が犯人であることに気づく。

 

一方で、

ただ一人、寺に乗り込んだ三上は、

新たな証拠(通帳)をゲットし、

そこから安藤が犯人であることを突き止めます。

 

ところがそのとき、

佐村(父)が寺にやってきて、

散弾銃をぶっ飛ばすのです。

 

ようやく三上を死刑台に送り込めることになったのに、

ここでまた真相を覆されたら、

彼の計画は台無しなわけで。

 

結局、

三上は、

乱闘の末、佐村(父)から逃れることに成功し、

南郷は、

安藤と途中で死闘になって、彼を殺してしまいます。

 

最後は、

南郷が刑務所に送られ、

佐村(父)も殺人未遂で起訴されますが、

樹原は晴れて無罪となるハッピーエンドです。

 

私は、

きっと安藤が依頼人で、

犯人は佐村(父)が関係していたんだろうな…

と思っていたら、

見事に逆でした。

 

まさか、

佐村(父)が依頼人で、

犯人が安藤だとは、ね。

 

この期待の裏切りは、

全然嫌いではありませんし、

むしろ、さすがだな!と思いました。

 

ただ、

ちょっと納得がいかなかったのが、

以下2点です。

 

三上が謝罪にくることを知ってて、

証拠のねつ造を考えていたのは少し無理があるような気も。

 

最後に、寺に佐村(父)が現れたのはなぜか?

どうしてそこに三上がいるのがわかったのか?

 

①については、

そんな良いタイミングで三上が謝罪に来るか?

というところが、

うーん…となりました。

 

被害者の遺族へお詫びに伺うのが、

罪を犯した人間の勤めだとはいえ、

それを本当にやるのは一握りでしょうし、

出所してすぐには行けないんじゃないかと思います。

 

でも、

実態はどうだか自分もわかりませんので、

そこは百歩譲るとしても、

もう樹原の死刑は確定していて、

だいぶ年月もたっていて、

明日にでも死刑が執行されてもおかしくないというときに、

そんなうまいタイミングで目当ての人物が謝罪に来るか?!

っていうね。

 

なかなか足が向かわず、

樹原の死刑執行が終わってからになるかもしれない。

 

まさか杉浦弁護士のもとで南郷が雇われ、

その南郷が三上に連れ添ったからこそ、

彼は意外とすんなり謝罪に来ることができた、

っていうところまではアグリーなんですけど、

 

そもそも、

死刑確定前に、絶対に三上は謝罪に来るはずだ!

という確信が佐村(父)にあったことになるわけです。

 

まさか、

自分が依頼した冤罪晴らすぞ大作戦(別名:真犯人を仕立て上げろ大作戦)に、

三上が関わっていることは、

このときは知らないはずなのに。

 

それなのに、

三上がひょっこりグッドタイミングで謝罪に訪れるっていう、

あたかもそれを知ってたかのような作りが、

自分的にはイマイチ納得できなかったです。

 

(謝罪に来て)指紋がとれなければ、

そもそも三上を真犯人として仕立て上げるのは難しいので、

ここはわりと肝心なところなんですが、

その肝心なところでの布石が、

少し足りなかったようにも思います。

 

たとえば、

一度は謝罪に訪れた三上を、

(指紋をとってやろうという魂胆はあったけれど)

やっぱり怒りで顔も見れず追い返してしまった、

でもこれじゃそもそもの計画が成り立たない、

だから今度は自分が出向いて怒鳴りつけてやる替わりに、

別の方法で指紋を奪ってくるとか、

そういったシーンがあってもよかったのかもしれないです。

 

②については、

きっと杉浦弁護士を通じて、

南郷や三上の居場所が突き止められたんでしょうけれど、

その素振りがあってもよかったような気がします。

 

この物語のなかでは、

杉浦弁護士の動きは結構重要で、

彼がどんな動きをしていたかを具体的に描くことで、

「あー、そうやって繋がってたわけね!」

と読者側はあとになって納得ができる。

 

意外と彼はキーマンです。

 

だから、

ここももう少し、

そのキーマンの動きをとらえてくれていたら、

もう少し納得がいったかなと思います。

 

まとめると、

完璧な納得感を出すためには、

トーリーの補足(補強)があったほうがよかった

と自分は思います。

 

しかし、

それを差し引いても、

超絶おもしろかったです。

 

星4つと書きましたが、

4.5くらいでいいと思います。

 

 

■まとめ:

・「死刑」という重くて難しいテーマを取り上げながらも、それを登場人物のセリフや物語の流れでうまく嚙み砕いて、難しいけどわかりやすく、重いけど(重いからこそ)つい考えさせられてしまう作品だった。

・伏線の回収が上手でわかりやすいく、読了感としては晴れやかな部分も多かった。一方で、期待を裏切る「まさか」のどんでん返しも。それはそれで面白かった。テンポもよく、先が気になって一気読みしてしまえる作品。

・ただ、ちょっと無理があるんじゃ?感も、少しだけあったので、完璧な納得感を出すためには、もう少し布石を増やすなど、ストーリーの補強があったほうがよかった。

 

■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

▽ペーパー本は、こちら

13階段 (講談社文庫)

 

Kindle本は、まだありません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死刑囚・樹原の冤罪を晴らすための真犯人探し、

つまりこの物語それ自体が成り立たないので、

元も子もなくなっちゃうんですが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレイヴディッガー ★★★★☆

高野和明さん

グレイヴディッガー (講談社文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

はじめてこの作家さんの作品を読みましたが、

うーん、面白かった!です。

 

星1つ足りないのは、

いつものごとく、

個人的なイチャモンでしかありませんので、

読む人によっては気にならない方も多いのでは?

 

そうなれば、星5つです。

 

ぶっちゃけ、

5つでもいいかも…と思うくらい、

面白かったです。

 

次の作品が読みたい!

 

▽内容:

改心した悪党・八神は、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとしていた。だが移植を目前にして連続猟奇殺人事件が発生、巻き込まれた八神は白血病患者を救うべく、命がけの逃走を開始した。首都全域で繰り広げられる決死の追跡劇。謎の殺戮者、墓掘人(グレイヴディッガー)の正体は?圧倒的なスピードで展開する傑作スリラー巨編!

 

この作品、

読めばわかるんですが、

話自体は、24時間も使っていません。

 

要は、

1日もたってないうちに、

追跡劇や連続猟奇殺人、

そしてその捜査が展開されるのです。

 

読み終わって、

そういえば、この話って1日もかかってないんだよな、

──と気づく。

 

結構、

いろんなことが盛りだくさんだったはずなのに、

実はすべて24時間以内の出来事なわけです。

 

ドラマにしたら、

日本版の24みたいな。

 

主人公の八神は、

職業こそ違えど、

さながらジャックバウアーじゃないか、と。

 

解説に、

軸となるストーリーは、実にシンプルなのだ。十六時過ぎに友人の暮らす赤羽の部屋を訪れ、そして死体を発見した八神が、翌日の朝九時までに大田区の六郷土手にある病院に辿り着けるか。それだけなのである。

とありますが、

そのたかだか17時間のあいだに、

得体のしれないグループに追いかけられるわ、

そのグループのメンバーが別の何者かに次々と殺されるわ、

自分は重要参考人として指名手配されるわで、

踏んだり蹴ったりなのです。

 

でも、

白血病で苦しむ誰かのために、

人生で一度は善行をしたいと決めた八神にとって、

諦めるわけにはいかない。

 

何がなんでも骨髄移植を受ける病院に、

辿り着かなければいけないのです。

 

解説者(村上貴史氏)の言葉を借りれば、

このタイムリミットがあるからこそ、

物語は「冒険的」で「疾走感」のある作品に仕上がっているわけで、

その背景設定のうまさには、

確かに舌を巻くものがあります。

 

登場人物のギャップもよかった。

悪党のくせに実はいいヤツだったり(八神)、

融通が利かない捜査官のわりに、

人情的なところもあったり(剣崎)。

 

自分はあまり好きではないですけど、

男っぽい無骨なようで気障っぽい会話もドラマティックで、

こういうシーンに心温まっちゃう読者もいるんじゃないかと思いました。

 

私はそういう部分は、

作者の意図が見えすぎて、

逆に気持ち悪く感じてしまうほうなのですが、

ドラマ的には悪くはないと思います。

 

物語は冒頭から、

麻薬の売買中におこった喧嘩で、

被害者の死体が消えてしまうという事件から始まるのですが、

 

このセンセーショナルで不可解さが残る事件を筆頭に、

内容は違えど、

次々と別のまたセンセーショナルで不可解な事件が続くわけです。

しかも、わずか十七時間のあいだに。

 

そのわずかな時間のあいだに、

主人公は逃げ続け、

センセーショナルで不可解な事件たちに遭遇しながら、

逃走劇が展開されるのです。

 

目が離せないわけがない。(笑)

 

そして物語を、

いろんな人の視点から描くので、

これがまた立体的になって話を面白くさせるのです。

 

八神や捜査の実務トップ・越智管理官はモチロン、

あるときは、監察官・剣崎の視点から、

あるときは、その剣崎とタッグを組むことになった古寺の視点から、

そしてあるときは、事件を目撃したイチ主婦の視点から。

 

解説ではこれを、

実に印象的な”見せ方”

と評し、

次のように褒めています。

例えば、(中略)学者の話を聴く警察官、帰宅途中のOL、夕飯の支度をする主婦という三つの視点によって、ある事実を描き出している場面だ。これら三つの視点はそれぞれ独立しているが、本書のようなかたちで描かれることで、その間にしっかりとバトンのリレーが行われ、単に事実を語るより何倍も何十倍も印象的なかたちで、その出来事が読者にぶつけられるのである。

 

全くその通り。

こういうところも本当に24みたいです。

 

解説から知りましたが、

もともと高野さんは、

作家になる前に映画関係の仕事をされていたそうで、

映画を観ながら、

上映中の時間の経過と、

それぞれの時間を費やして描かれる内容の関連を分析していたことが

なんどもあるとか。

 

そうすることで、

何をどうやってどの順番で見せると効果的かを学んだんだそうです。

 

そうした経験が、

小説のほうにも活かされているんだとか。

 

個人的には、

24観まくってたんじゃないかと思いますけどね。(笑)

 

この効果的な見せ方によって、

次々におこるセンセーショナルで不可解な事件が、

少しずつ繋がりを見せはじめ、

パズルが出来上がってくるのです。

 

なるほどー、そういうことなのか!

ということは、こういうことか?

という、

ぼんやりしたシナリオが見えてくると、

もうあとはその階段を駆け上がるだけ。

 

その名の通り、

ラスト・スパートです。

 

こうした筋書きと見せ方のうまさは絶妙で、

話の中身としては、

難しい用語や表現もわりとあるんですが、

とにかく一気読みできた作品でした。

 

私は最後の最後まで、

グレイヴディッカーという英国の伝説が、

本当にあるものだと思っていたら、

なんとこれは作者の創作だったそうです(!)。

 

真面目で誠実な法螺吹き (by解説者)

とはよく言ったもので、

「グレイヴディッカー」の伝説は、

要は作家の法螺なわけです。

 

それを、

いかにも実際にそんな伝説が存在したかのように、

真面目に緻密に描いているのです。

 

でも、

それはただの突拍子もない思いつきではなくて、

何かをベースにして、

いかにもありえそうなものに脚色していくからこそ、

そこにリアリティーが供わっていくそうで、

作者なりの多大な努力・想像力が費やされているのだとか。

 

もはや、

超人的なスキルとしか言いようがありません。

 

とはいえ、

次々に起こる猟奇殺人が、

「グレイヴィディッカー」なる伝説の墓堀男を模しているというところまでは

全くOKなんですが、

 

その猟奇殺人とプロローグの死体盗難事件がリンクするのが、

ちょっと浅すぎる(短絡的すぎる)んじゃ?と思い、

星1つ減点となりました。

 

話の流れとしては、

捜査を担当していた越智管理官が、

その「リンク」(繋がり)に気づくのですが、

 

1.連続して起こる猟奇殺人がどうも何かを模してるくさい

2.学者とかに聞いてみたら、どうやらイングランドの伝説「グレイヴディッガー」、そんな殺し方がしていた

3.グレイヴディッガー=墓堀人=蘇る死者

4.そういえば、ちょっと前に死体がなくなった事件があったな

 

3.までは、わかるのです。

問題は、3と4の間というか、

3から4への飛び方で。

 

そんな簡単にリンクするか?

結構、溝があると思うけど…

と個人的には納得がいきませんでした。

 

そもそも、

プロローグの事件は、

「死体が消えた事件」として語られており、

「死体が蘇った」的な要素は小さかった。

 

まったくゼロではないですけど、

少なくとも自分が読んだ限りでは、

「死体が消えた」「誰かが盗んだ」不可解な事件というものでした。

 

あそこでもっと「死体が蘇った」的な書き方や、

その布石が敷かれていれば、

もう少しこの溝は埋められたんじゃないかと思います。

 

そこが惜しかったです。

 

でもこの作品、

ドラマにしたら本当に面白いと思います。

 

次は何読もうかなー。

 

■まとめ:

・1日もない時間のなかで、次々とセンセーショナルで不可解な事件が起こり、逃走劇と大捜査が繰り広げられる。さながら日本版の24。最後まで目が離せない。

・ストーリーの筋書や見せ方のうまさは絶妙で、一気読み必至。

・「グレイヴディッカー」なる伝説の創話自体は、リアリティーがあって凄いが、その伝説とプロローグの事件が結びつくのが尚早というか、材料が足りなさすぎた。惜しい。

 

■カテゴリー:

ミステリー

 

 

■評価:

★★★★☆

 

 

▽ペーパー本は、こちら

グレイヴディッガー (講談社文庫)

 

 

Kindle本は、まだありません

 

 

 

 

氷点 ★★★★☆

三浦綾子さんの

氷点(上)(下)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

お名前と著書名だけはよくお見かけしていましたが、

実際に読んだのはこれが初めてでした。

 

話の流れに凹凸があって、

なかなかテンポよく読める作品になっているのですが、

ずーっと自分の中では、

タイトルである「氷点」の意味がよくわからなくて、

一体どこでそれがわかるんだろう…?

と思っていたら、

ラストでした。

 

つまり、

最後まで読んでようやく、

あー氷点ってそういうこと…?!

──みたいな。

 

最後まで読み終えて、

ストーリー的に納得しがたいところもあったのですが、

内容と照らし合わせてみると、

なかなか絶妙なタイトルだなと、

個人的には思いました。

 

(後述しますが、このタイトルは、

作者の夫・三浦光世氏が命名したそうです)

 

 

▽内容:

北海道旭川市を舞台に人間の「原罪」をテーマにした著者のデビュー作であり、代表作。

ある夏、北海道旭川市郊外の見本林で3歳の女児が殺される。父親、辻口病院院長の啓造は出張中、母親の夏枝は眼科医の村井の訪問を受けている最中の出来事だった。夏枝と村井の仲に疑いを抱いた啓造は、妻を苦しめたいがために、自殺した犯人の娘を引き取ることにする。事実を知らない夏枝はその娘に陽子と名付け、失った娘の代わりにかわいがる。夏枝や兄の徹らの愛情に包まれて明るく素直な娘に成長していく陽子だったが、いつしか家族に暗い影が忍び寄る―。

 

作者の三浦さんは、

大正生まれのクリスチャン。

 

北海道は旭川の生まれで、

もともとは小学校の先生でしたが、

戦時中の軍国教育に従事したことを悔いて、

戦後は教育の現場から退いたそうです。

 

そのあと彼女は結核を患い、

療養生活を送るのですが、

その闘病中にキリスト教に回心し、結婚します。

 

この『氷点』は、

彼女のデビュー作であり、

朝日新聞の懸賞小説に応募したものが入選した作品になるのですが、

彼女の執筆活動を支え、

そして懸賞への応募を後押しし、

この作品のタイトルを考案した人物こそ、

ご結婚相手の三浦光世さんだったそうです。

 

そして、

本書でも旭川が舞台となっており、

キリスト教的な要素はもちろん、

結核のことや戦後日本の日常生活の様子も垣間見られ、

作者のバックグラウンドがいろいろと盛り込まれている感がうかがえます。

 

自分は、

この作品以外に何も知りませんが、

とりあえずこの三浦綾子さん、

何が素晴らしいって、

登場人物の心理描写が、

微に入り細に穿っているところかな、と。

 

いや、たしかに、

そんなに綺麗なもんじゃないだろうっていうよ…

っていうのもあるんですが、

おそらくそれは、

クリスチャン的な信仰心から描かれたもので、

まあ悪く言えばクリスチャンかぶれみたいなもんなんですけど、

 

それ以外の、

人間だれしもがもつ、

嫉妬とか葛藤とか迷いみたいなところを、

端的に上手に描いているという印象でした。

 

ただ泣いていて、

それを「悲しいから」とは誰でも表現できるんだけれども、

その裏にある、

「実はこういう気持ちもあって…」みたいな、

たとえ本人でも言葉にして表現することが難しい、

でもなんとなく、

モヤモヤと感じたことのある気持ちってあるじゃないですか。

 

この作者は、

そういうのを描くのがすごく上手いなぁと思いました。

 

この物語は、

主人公が3人います。

 

病院の院長である父・啓三、

そしてその妻であり母・夏枝、

養女の陽子。

 

陽子が辻口家に迎えられた経緯には、

複雑な事情があって、

それは上記の内容でも触れられている通りなのですが、

まぁこの三者三様の、

そのときどきの心理描写が素晴らしい。

 

自分にもあるよね、

こういう複雑な、モヤモヤした気持ち…

──みたいなみたいな。

 

めちゃめちゃ腹黒いんだけど、

それでもひとかけらの罪悪感があったり、

逆に、わりといいヤツなんだけど、

あるよねそういうズルいトコロ…とか、

はたまた、とってもいい子だけど、

やっぱり完ぺきではないよねっていう部分とかとか。

 

要は、

登場人物のキャラが尖っているわりに、

それぞれ皆、人間くさい部分もちゃんとあって、

その心理描写が言いえて妙、

──なんですね。

 

ストーリーの展開に凹凸があって、

それぞれのキャラもなかなか際立っている、

そして、

そのときどきの気持ちなんかも上手に描かれているから、

読み手を飽きさせません

 

よくありがちな、

病院を経営する裕福な家庭の、

実はドロドロした家族関係とか、

昼ドラにもなりそうな継子いじめみたいな部分も確かにあります。

 

そうした、

いかにも大衆ウケしそうな、

わかりやすい設定もありながら、

作品のテーマ自体は、

「人間の原罪」という深いところに置かれているわけです。

 

そのあたりが安っぽい脚本とは一線を画しているんですが、

そもそもこの「原罪」って何ぞやという話なんですが、

要は、

人間みんな生まれたときから罪な存在で、

誰でも悪い気持ちを持ってるよ、

みたいな感じですかね。

 

原罪って、なに? | 聖書入門.com わかりやすい解説で、聖書の言葉を学ぶ

 

「原罪」とは、人間であれば誰もが持っている「罪への傾向性」のことです。

人間の評価については、性善説性悪説がありますが、聖書は「性悪説」に立っています。人はすべて心の中に「悪への傾向性」を持っているというのが、「聖書的人間観」です。

 

私はクリスチャンではないので、

詳しいことはよくわからないんですが、

この世に善人なんていないっていう感じなのかなと思います。

 

辻口家に養女として迎えられた陽子は、

幼い頃の父の態度や、

次第に陰湿なそぶりを見せるようになる母の様子から、

自分が「もらい子」であることをなんとなく肌で感じていました。

 

ある日、

牛乳屋の夫婦がそれを話していたことを耳にして、

自分が実子でないという事実に実感するわけですが、

それでも前向きに明るく生きよう、

未来は努力でかえられると健気に立ち向かうのです。

 

自分の子供を殺した犯人の娘である陽子と、養母の夏枝(陽子⇔夏枝)。

あるいは陽子と、養父の啓造(陽子⇔啓造)。

信じていたのに裏切られた、啓造と夏枝(啓造⇔夏枝)。

そして夏枝をそそのかした同僚の医師・村井(啓造⇔村井)。

実の妹ではないと知りながら恋心を寄せる兄・徹と、

その親友で陽子が本気で慕う北原(徹⇔北原)。

 

物語は、

登場人物間の様々な相反関係を描きながら、

主に、陽子⇔夏枝と、啓造⇔夏枝の二軸を中心に、

先へ進んでいきます。

 

作品中に、

何度も『汝の敵を愛せ』という聖書のフレーズが出てくるので、

敵対していても最後は受け入れます…的な、

そういう終わり方になるのかなと想像していたんですが、

結構、意表を突かれる結末でした。

 

夏枝の陽子に対する敵愾心も、

最後は陽子のしたたかさが勝って、

ついに受け入れられるのかと思いきや、

そんなことはない。

 

いや、そうなる前に、

悲しい結末が待っていたのです。

 

まぁ、

きっと最悪の事態は逃れるんでしょうけれども、

それにしたって決してハッピーエンドではなかった。

 

啓造⇔夏枝についても同じく、

最終的に啓造は夏枝のすべてを受け入れて、

敵を愛することを知るという終わり方になるのかと思いきや、

啓造はやっぱり最後までどうしようもない父で、

どこにでもいるような夫でしかなかったのです。

 

いや、

厳密にはちょっと違うのかな。

 

他の男に少しよそ見した夏枝を、

時の流れとともに忘れていくので、

ある意味、

なかば許したような感じはあります。

 

でも、

じゃあ夏枝の全てを知ったうえで許しているかといえば、

決してそうではない。

 

最初は啓造が仕掛けた(夏枝に対する)復讐が、

実は途中で夏枝にバレていて、

夏枝の啓造に対する復讐に替わっているんですが、

それを啓造は知りません。

 

そして、

啓造が知らないところで夏枝は陽子をいじめていたし、

息子(徹)の友人にまで女をチラつかせていたり、

もちろんそんなことは啓造が知る由もない。

 

それなのに、

啓造は一人で勝手に、

夏枝の過去を許すか許さないか、

許せない自分は人としてダメなんじゃないか、

いやそれも自分だから仕方ないんだ…、

──と苦しんでいる。

 

許すも許さないもないのです。

なぜなら、啓造は妻の正体を知らないんだから。

啓造が知っているつもりになっているのは、

夏枝の黒歴史のほんの一部であって、

いま現在の、目の前にいる夏枝の実態を何も知らない。

 

こういうのは、

やっぱり男ならではの感覚であり、

何かおかしいと勘ぐるのは、

やはり女なんですね。

夏枝の古くからの友人・辰子は、

辻口家の異変をそれとなく感じていました。

 

いつの時代も、

男はこういうときに、

まったくアテになりませんね。

きっと、自分の実の娘が母親にいじめられていても、

啓造は気づかなかったんだろうなと思います。

 

まぁそれだけ女のほうが、

狡賢いというか、

演技が上手というか、

家族のなかにおいては一枚上手というか。

 

どちらをほめるでも、

けなすでもないのですが、

夏枝も啓造も結局は大したことない人間だなと思いました。

でも逆に、私はそこに親しみすら感じます。

 

だから、現代に至っても、

この作品はわりと読まれるのでしょうし、

ドラマ化もされたりする。

 

時を超えても、

共感できる部分があるんだろうなと思うわけです。

 

ただ唯一、

自分が共感できなかったのは、陽子かなぁ。

 

彼女の生き方、彼女のしたたかさこそが、

この物語の軸なのに、

どうしても自分としては、

共感できませんでした。

 

途中までは応援してたいたのですが、

ラストがいただけなかった。

 

そこまで背負い込めるほど、

こんないい子いる?

 

真実を知って、

絶望的なのはわかるし、

死にたくなる気持ちもわかる。

 

でも、

死ぬ理由って、本当に絶望100%なのかな、と思うのです。

わずかでもそこには、

親や世間への当てつけが含まれているんじゃなかろうか、

──と俗世にズブズブの自分なんかは思うわけです。

 

思春期真っ只中だったことを加味しても、

あの遺書にのこされた内容が、

聖人すぎて嘘だろ?!としか思えないのです。

こんなにできた子いるか?!と。

それこそ出木杉なのです。

 

本当に絶望しているのか、

絶望している自分に寄ってるだけなんじゃねーのかとか、

もはや、そこまで言いたくなる。

 

この遺書のなかにこそ、

タイトル「氷点」の意味や、

どんなに前向きに生きても、

人はぬぐいきれない罪を背負っている(原罪)という、

作品のテーマが盛り込められているんですが、

 

もちろんその構成自体はとても素晴らしいと思いますし、

最後まで読者を目を離さないクライマックスでした。

 

でも、

陽子が最後の最後で人間として出来すぎちゃってて、

それが私の中ではリアリティー感を喪失されてしまい、

今一つ共感できなかったかな、と。

 

そこで、

どういう終わり方だったら、

自分的に満足だったのかと考えてみたのですが、

 

きっと陽子が、

悲しい過去の真実にもめげず、

最後はナイスガイ北原と結ばれて、

夏枝のもとから巣立っていったら、

そしてそれが結果的に夏枝を見返すことになっていたら、

ストーリー的にも読了感的にもスッキリしたかなと思いました。

 

救われない結末とその中身が、

自分的にはイマイチで、

星マイナス1となりました。

 

でも、

ストーリーや描写のうまさから、

この作家さんの他の作品も読んでみたいと思いました。

 

 

■まとめ:

・話の流れに凹凸があって、なかなかテンポよく読める作品。衝撃?のラストまで目が離せない。タイトル「氷点」の意味も、最後の最後で、そういうことか?!とわかる。

・登場人物のキャラが尖っているわりに、それぞれ皆、人間くさい部分もちゃんとあって、その心理描写がまた絶妙。

・陽子が最後の最後で人間として出来すぎてしまっていて、それが逆にリアリティー感を喪失してしまい、今一つ共感できなかった。

 

 

■カテゴリー:

ヒューマン小説

 

 

■評価:

★★★★☆

 


▽ペーパー本は、こちら

氷点(上) (角川文庫)

氷点(下) (角川文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

三浦綾子 電子全集 氷点(上)

三浦綾子 電子全集 氷点(下)

 

無理 ★★★★☆

奥田英朗さん

無理〈上〉〈下〉

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

これも3つか4つで迷いましたが、

4で。

 

奥田さんの長編は、

最悪』や『邪魔』のように、

二字熟語のタイトルがいくつかあるので、

少し時間がたつと、

どれがどれだったかわからなくなっちゃうんですが、

本書も然り。

 

たぶん、

数カ月後には、

内容とタイトルが一致していない自分がいることでしょう…。

 

でも、

この二字熟語シリーズ、

結構面白くて、

今回の『無理〈上〉〈下〉』も、

時間さえ許せば、

一気読みできちゃう面白さでした。

 

 

▽内容:

人口12万人の寂れた地方都市・ゆめの。この地で鬱屈を抱えながら生きる5人の人間が陥った思いがけない事態を描く渾身の群像劇。
合併でできた地方都市、ゆめので暮らす5人。相原友則―弱者を主張する身勝手な市民に嫌気がさしているケースワーカー。久保史恵―東京の大学に進学し、この町を出ようと心に決めている高校2年生。加藤裕也―暴走族上がりで詐欺まがいの商品を売りつけるセールスマン。堀部妙子―スーパーの保安員をしながら新興宗教にすがる、孤独な48歳。山本順一―もっと大きな仕事がしたいと、県議会に打って出る腹づもりの市議会議員。出口のないこの社会で、彼らに未来は開けるのか。

 

奥田さんの作品は、

主人公が一人とは限らず、

複数にわたることが多いです。

 

『最悪』も、

たしかそうだったし、

 

先日読んだ『邪魔』も、

二人(厳密には三人)でした。

 

そして、

今回の『無理〈上〉〈下〉』。

 

この本には、

5人の老若男女が登場します。

 

それぞれ同じ町に住んでいますが、

みんな何のつながりもない他人どうし。

 

それぞれがそれぞれの生活を営んでいるわけですが、

少しずつ繋がりをみせ、

最後には一斉に同じ舞台に躍り出ます。

 

奥田さんって、

こういうのが得意。

 

一見、

関係のない複数の人物が、

それぞれ実はつながっていて、

クライマックスでこう絡むか?!

という着地を見せる。

 

本書も類に漏れず、

このタイプの構成になっていて、

 

自分も読みながら、

きっとどこかでこいつら繋がるんだろうな、

そろそろかなー、

───なんて思いながら、

ページをめくっていました。

 

今回の登場人物メモは、

ちょうど文春さんのHPに

本作の登場人物紹介ページがあったので、

そこから引っ張ってきます。

 

・相原友則(32):

県庁職員だが、出向してケースワーカーとしてゆめの市の社会福祉事務所に勤務する32歳。生活保護の不正受給者や、弱者を主張する身勝手な市民に嫌気がさしている。妻の浮気が原因で1年前に離婚。主婦売春の現場を偶然目撃し、思わぬ深みにはまっていく。

 

・久保史恵(17):

県立向田高校2年。両親と弟の4人家族。退屈なゆめのを出て大学は東京へ行き、イケメンで金持ちの彼氏をつくろうと親友の和美と誓い合った。同じ予備校に通う北高の山本春樹にほのかな想いを抱いているが、ある日突然、予備校の帰りに何者かに拉致される。

 

・加藤裕也(23):

向田電気保安センターの社員で、詐欺まがいの漏電遮断器を売りつけるセールスマン。23歳。商業高校中退、暴走族ホワイトスネークの元メンバーで、先輩の柴田に触発されて仕事が面白くなりつつある。離婚した妻との間に1歳2ヶ月になる息子・翔太がいる。

 

・堀部妙子(48):

夫と離婚、子供も独立して一人暮らしの48歳。昼間は「ドリームタウン」の地下にあるスーパーで万引き犯を捕捉する保安員として働いているが、生活は苦しい。仏教系の宗教団体「沙修会」の会員で、教祖の教えにすがることでなんとか暮らしている。

 

・山本順一(45):

ゆめの市議会議員。町会議員だった父親の地盤を引き継ぎ、現在2期目の45歳。地元の山本土地開発社長でもある。妻・友代の浪費と飲酒が頭痛の種だが、自分も愛人を囲っているので目をつむっている。長男の春樹は東大を狙える成績なのが嬉しい。もっと大きな仕事がしたいと、県議会に打って出る腹づもりだ。

 

───このように、

年も仕事もてんでんバラバラな五人ですが、 

最初につながりを見せたのは、

久保史恵と山本順一。

 

といっても、

私はわりとあとのほうで気付きましたが、

伏線としては結構最初から張られていました。

 

当人たちが直接つながっているわけではなく、

史恵が通う予備校に、

学区内随一の進学校・北高から通う山本春樹も通っていて、

この山本春樹こそ、

市議会議員・山本順一の息子だったのです。

 

史恵は、

この山本春樹に想いを寄せていて、

春樹は東大を目指していたので、

自分は立教か青学あたりの大学に入り、

あわよくば春樹と花の東京生活を送れたら…

と夢見ていました。

 

次に、

つながりを見せたのが、

相原友則と加藤裕也。

 

一方は公務員という堅気な職に就き、

もう一方は怪しい詐欺商材を売るヤクザな仕事をしていて、

身の置き場としては全く違う畑なんだけれども、

裕也の別れた妻(佐藤彩香)が、

シングルマザーとして市の生活保護を受けていました。

その担当が相原友則。

 

友則は、

何かと理由をつけて働こうともせず、

生活保護にあずかる彩香を、

あの手この手で受給を打ち切ろうとします。

 

彩香のほうも、

全額打ち切りでは困るので、

なんとか減額にとどめようと、

急遽、

裕也との間に産まれた子(翔太)を裕也側に引き渡すことに。

 

ロクにオムツもかえたことがない裕也は、

突然、

一児の父になるわけですが、

仕事もしているし、

昼夜面倒を見ることもできません。

 

そこで、

市内に住む両親を頼り、

父親の借金を肩代わりするかわりに、

昼間は息子をあずかってもらうことに。

 

家計を支えるため、

母親は夕方からスナックに働きに出ていたが、

父親がタクシーの運転手をやっているため、

わりと時間に融通がきいて、

両親が交代で面倒をみてくれることになったのです。

 

で、

昼間家で育児がてら留守番しているこの父のもとに、

ある日やってきたのが堀部妙子。

 

彼女は数日前に警備員をクビになり、 

以前にも増してどっぷりはまるようなった新興宗教の布教活動をすべく、

近隣地域をまわっていたわけです。

 

要は勧誘なんですが、

この勧誘に裕也の父が引っ掛かる。

といっても、

彼はどちらかといえば、

妙子や信者の女性のほうに興味があって、

あわよくば女遊びできたらと思っている。

 

結局、

まんまと妙子とワンナイトラブに至ったりします。

(あんまし想像したくないけどね…)

 

ほかにも、

史恵の父親の勤務先である部品メーカーに、

ブラジル人の出稼ぎ労働者がいて、

彼らやその子供たちが一部暴徒化し、

裕也が元々在籍していた暴走族と対立したり、

〈↑ここで史恵と裕也に接点〉

 

裕也がまんまと漏電遮断器を売りつけた相手が、

山本順一の奥さん(友代)だったりと、

〈↑ここで裕也と山本に接点〉

 

なんだかんだで、

ちょいちょいつながっていくわけです。

 

『最悪』のときは、

たしか、

それぞれの人物が一緒になって

同じ犯罪に手を染めるんですが、

今回はそういうわけではない。

 

もちろん、

山本のように、

対抗するフィクサー(藤原)を殺してしまったり、

彼自身が直接手を下したわけではないけれど、

反対する市民団体の女性(坂上)の死体を隠ぺいしたり、

 

裕也のように、

親しい先輩(柴田)がやってしまった殺人に巻き込まれたりと、

 

それぞれが、

方々で犯罪に手を貸してしまったりするんですが、

 

5人が一緒になって、

ということではありません。

 

逆に、

史恵なんかは、

予備校帰りに、

引きこもりのオタク野郎に拉致監禁されたりします。

 

そういえば、

この〈引きこもりのオタク野郎〉は、

裕也の元同級生(ノブヒコ)で、

ここでも史恵と裕也に接点がありました。

 

ほんと、

うまくできてる。

 

それ以外にも、

友則は、

生活保護を受けさせず、

病死してしまった女性の息子(西田)に逆恨みされ、

ダンプカーでつきまとわれて追突されたり、

 

妙子は、

実母の面倒をみようと兄から引き取ったものの、

ほんの出来心で母のために買おうと思った車椅子を、

万引きしてしまいます。

 

そしてそのまま、

ショッピングセンターの保安員に御用となる。

 

つい先日まで、

自分が捕まえ・追及する側だったのに、

すっかり立場が逆になり、

自分が見てきた側の人間に成り下がってしまうのです。

 

───こんな感じで、

チョイチョイ接点はありながらも、

三者三様というか、

それぞれが犯罪に加担したり、

あるいは逆に巻き込まれたりして、

 

一体、

こいつらはどう着地するんだろう?と、

読んでいて先が気になります。

 

そして、

結末でついに一同が勢ぞろいします。

 

※※このあと、ネタバレあります※※

 

最後は、

友則が西田のダンプカーにまた追われ、

雪のせいでスリップして多重事故を起こすわけですが、

 

そこには、

逃走に失敗した史恵を乗せたノブヒコ車と、

 

警察に出頭すべく、

社長の死体をトランクに乗せたままの柴田&裕也車、

 

身元引受人として、

万引きした妙子を引き取り、

帰宅途中の姉妹の車、

 

殺してしまった市民(坂上)の死体を焼却すべく、

動物用の焼却炉を載せた山本一味のトラックが、

 

みな勢ぞろいして、

彼らがその事故に巻き込まれてしまうという。

 

せっかく警察に出頭しようと決めた裕也たちは、

トランクに社長の死体が積んであったので、

現場検証で、

出頭前にそれが見つかってしまうでしょうし、

 

山本も、

トラックに焼却炉が積んであったことが、

殺人事件に関わった足掛かりになるでしょう。

 

妙子も、

信じていた宗教には裏切られ、

(上層部と関わるようになって、結局カネだと気づく)

また一から生活をやり直そうとしていたところに、

出来心からの万引きと、

この事故で重傷を負ってしまいます。

 

辛うじて、

友則と史恵の二人は、

結果的には、

自分につきまとう人間(西田やノブヒコ)から

逃れることができたわけですが、

 

友則は、

事故の直前に、

いつもの人妻デートクラブで、

思いがけず元妻と出くわしてしまうし、

(自分も最低だけど、妻も最低だと知って、怒り爆発!)

 

史恵も、

事件から解放されたとはいえ、

このあとは、

いろんなウワサが飛び交うだろうし、

自分の将来はもはや〈お先真っ暗〉。

 

結局みんな、

ハッピーエンドじゃない。

 

つまり、

救われないってことです。

 

前回の『邪魔』もそうでしたが、

彼の作品は、

ちょいちょい救われない結末があって、

それがどうにもこうにも後味がよくない。

 

もちろん、

これはあくまで個人的主観なので、

この結末が醍醐味っていう読者もいると思うんですが、

 

さんざん読者を惹きつけておいて、

結局、

誰一人幸せになってないよね、

っていう終わり方なのです。

 

だから、

読んでいるほうとしては、

何だよ~もう~っ!

と思ってしまう。

 

いや、

たしかにそうなる予兆はあって、

 

それは物語全体を通しての伏線にもなっているんですが、

終始一貫して天気が悪い。

 

つねに曇っているし、

寒いし、

静かだし、

いまにも雪が降りだしそうな空ばかり。

 

雪が降っているときとか、

降るか降らないときっていうのは、

だいたいザ・曇天なわけだけれども、

 

この5人の人生を象徴するかのように、

ずっとこの曇天模様が続いているのです。

 

そして、

それは最後まで同じ。

 

だから、

どこかできっと、

晴れない結末なんだろうな…っていう、

なんとなくの予感はたぶんあって、

 

それまで意識はしていないけど、

終わってみたら、

あ、やっぱりな、ナルホドナ、

───みたいな。

 

構成上、

うまくできているし、

それぞれの人生がピンチを迎えて、

どういう結末になるんだろう?と

先が気になって仕方ないストーリー展開でしたが、

結末が残念だったなぁという感想でした。

 

ということで、

星4つ。

 

でも、

おもしろかったです。


■まとめ:

・一見、関係のない5人の老若男女が、それぞれ実はつながっていて、クライマックスでこう絡むか?!という着地を見せる。まさに、奥田さんが得意とする構成。

・とてもうまくできていて、それぞれが犯罪に加担したり巻き込まれたりして、人生のピンチを迎え、いったいどういう結末になるんだろう?と先が気になって仕方ないストーリー展開だったが、結末が残念。

・物語をとおして、5人の人生を象徴するかのように悪天候が続いており、ラストも誰も救われない。そういう意味では、後味がイマイチだった。

 


■カテゴリー:

 ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

 

▽ペーパー本は、こちら

無理〈上〉 (文春文庫)

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無理〈下〉 (文春文庫)

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Kindle本は、こちら

無理(上)

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無理(下)

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あん ★★★★☆

 

ドリアン助川さん

あん

を読みました。

 

([と]1-2)あん (ポプラ文庫)

 

評価は、星4つです。

(厳密には、3.5くらい)

 

映画の予告だか番宣だかで、

樹木希林さんが出演されていたのをチラッと見たことがありましたが、

まさか作者がドリアン助川だとは!

 

ドリアン助川といえば、

若かりし青春時代に、

ラジオの深夜放送で何度お世話になったことか。

 

たしか、

正義のラジオ、ジャン・バルジャン

とかいう番組だったかと思いますが、

まぁその内容が、

重い重い…。

 

世の中には、

自分以外にも、

こうも深刻な悩みを抱えている中高生がいるのかと、

勝手にシンパシーを感じ、

それに対するドリアンの励ましや助言に、

勝手に助けられたものです。

 

いまみたいに、

インターネットがまだ普及していない時代だったので、

縁もゆかりもない同世代の人たちの悩みを、

こんなにリアルに知る手段もあまりありませんでした。

 

自分のように、

家族が寝静まったころ、

暗い部屋のなかで布団にくるまって、

ラジオから流れてくるこれまた暗いドリアンの声に、

耳をそばだてていた人は結構いるんじゃないでしょうか。

 

きっとテレビでも、

そういう(中高生の)お悩み相談的な番組はあったと思いますが、

テレビって家族がいる場所に置いていることが多いので、

なかなか真剣に視聴できない。

 

それに対して、

当時ラジオはパーソナライズされていました。

 

もちろん、

雑誌や書籍なども、

家族に知られず読めたりしましたが、

 

ラジオには、

あの言葉と言葉をつなぐまでの間や、

相談者の涙をすする音、

果てはドリアンの涙声なんかもあって、

そこには絶対、

紙面では触れることのできないリアリティーがあり、

我々はそのリアリティーに心を動かされていたわけです。

 

ドリアン助川といえば、

私はこのラジオ番組くらいしか知らなかったんですが、

本業は作家やミュージシャンのようで、

いまはNYに拠点を移して創作活動をおこなっているそうです。

 

あん』は、

そんなドリアンさんが2013年に上梓したヒューマン小説で、

テーマは「生きるとは?」です。

 

生きていると、

ひどく疲れたり、

すべてがイヤになることが往々にしてあって、

 

そんなときに誰でも一度は、

「こんな自分、生きている意味あるのか?」とか、

「なんで生まれてきちゃったんだろう?」とか、

 

それはもう、

ひどく後ろ向きな気持ちになることがあって、

 

その答えを見つけ出そうと

正面から向き合うこともあれば、

それすら考えるのが面倒で、

いつしか日常に忙殺され、

考えることを忘れたりします。

 

どうして生きるのか。

そこに何か意味はあるのか。

なぜ生まれてきたのか。

 

この小説もまた、

登場人物たちのふれあいや生き様を通じて、

この永遠のテーマを問いかけてくるわけですが、

 

この小説が示す答えは、

結論からいうと、

「生きてるだけで、まるもうけ」

です。

 

これに尽きると思います。

 

軽くオチを言っちゃいましたが、

物語をとおして、

この結論に共感できるかどうかが、

本書に対する評価につながるかと思います。

 

自分は、

そういう意味で星3.5でした。

 

わかりやすく5段階評価を言葉にすると、

下記3と4の中間くらいですかね。

 

5:めちゃくちゃ共感できる

4:わりと共感できる

3:どちらでもない

2:あまり共感できない

1:まったく共感できない

 

これも言葉になおすと、

まぁまぁ共感できる」くらいになるのかなと。

 

詳細は、のちほど。

 

▽内容:

町の小さなどら焼き店に働き口を求めてやってきたのは、徳江という名の高齢の女性だった。徳江のつくる「あん」は評判になり、店は繁盛するのだが…。壮絶な人生を経てきた徳江が、未来ある者たちに伝えようとした「生きる意味」とはなにか。深い余韻が残る、現代の名作。

 

登場人物は、

おもに以下の5人です。

 

・千太郎:

若い頃に怠惰な生き方をしてきて、借金を背負い、麻薬取引にも手を出して、監獄生活を送る。出所したのち、かつて知己でもあった大将のもとで、どら焼き屋に勤めるように。このとき、借金の面倒をみてもらったため、大将の急逝後も、その返済のため、どら焼き屋の店主を続ける。監獄生活時代に、母が急死し、父にもその後、何十年も会っていない。

 

・徳江:

ハンセン病を患い14歳から強制隔離され、外部と完全に仕切られた塀の中(=療養所)で人生の大半を過ごす。病気は寛解したが、後遺症により、顔や指に奇形が残る。療養所時代に菓子職人だった夫とめぐり逢い、製菓の技術をおぼえ、製菓部を立ち上げる。

 

・ワカナ:

どらやき屋に通う女子中学生。両親が離婚し、母子家庭に。

 

・森山さん:

徳江と同じ療養所で、苦楽を共にしてきた仲間。徳江とともに、製菓部のメンバーだった。

 

・奥さん:

千太郎が店主を務める、どらやき屋の経営者。大将(=夫)が亡くなったあと、経営を継ぐ。

 

この小説、

文字も大きいし、

平易な文章でつづられているので、

非常に読みやすいのですが、

 

その読みやすさに貢献しているのが、

登場人物の少なさ。

 

いいですねー。

私は好きです、こういうの。

 

ミステリーや歴史小説ではありがちですけど、

もう多すぎると、

何がなんだかわからなくなる。。。

 

ミステリーにおいては、

それがテクニックというケースもありますが、

そりゃあ複雑にしたら、

謎が解けにくくなるに決まってるじゃん!

と難癖の1つもつけたくなるほうです。

 

その点で、

内容はさておき、

本嫌いな人でもさくっと読めるのが本書の良い所です。

 

実際、

自分も数時間で読み終えてしまいました。

 

さて、

物語はおもに、

どら焼きやの店長である「千太郎」と

ハンセン病を患ってきた「徳江ばあちゃん」と

親が離婚して心に傷を負っている「ワカナちゃん」の三人が、

互いに異なる〈負のバックグラウンド〉をもち、

それを支え合って乗り越えていく話です。

 

〈負のバックグラウンド〉とは?

 

たとえば千太郎であれば、

これまでまともな生き方をして来ず、

そのせいで親の死に目にも会えず、

今、働いているどら焼き屋も、

ただただ借金を返済するため。

それ以外は大して何の目的もありません。

 

「生きていても意味がない」。

「自分は生きる価値すらない」。

漠然とそう思いながら、

ただただ毎日を過ごすだけ。

 

ワカナちゃんもそう。

親が離婚して母子家庭となり、

どこか鬱屈した毎日を過ごしている。

「自分は必要とされて生まれてきたのか」

 

そんな二人の前に、

徳江ばあちゃんが現れます。

どら焼き屋で働かせてほしい、と。

時給200円でいいから、と。

 

彼女は明らかに奇形をもっていましたが、

人前に出さなければ大丈夫と、

千太郎は激安の賃金で雇うわけです。

 

そして、

あとになって、

その奇形が、

実はハンセン病の後遺症であることを知ります。

 

製あんに熟練した徳江ばあちゃんのおかげで、

どら焼き屋の売上はみるみる上がりますが、

彼女のハンセン病という〈負のバックグラウンド〉が、

顧客の間でウワサとして広まり、

どら焼き屋は、

また閑古鳥が鳴くように。

 

どら焼き屋の経営者である「奥さん」は、

徳江を辞めさせろ!と千太郎に怒鳴り散らします。

 

徳江の技術ばかりか、

彼女の人柄もリスペクトするようになっていた千太郎。

 

なかなか解雇の件を言い出せません。

そうこうしていたら、

徳江のほうから辞めると言ってきました。

 

自分から言い出せなかっただけに、

どこかほっとしたような気持ちがある一方で、

結果的に追い出すことになってしまったこと、

そしてそれを正直に伝えられなかったこと、

───千太郎の胸にわだかまりが残ります。

 

千太郎はいつしか、

徳江に対して、

今は亡き母の姿を重ねていたところもあって、

それだけに彼女が店を去るときは、

いたたまれなかったことでしょう。

 

店をやめると言いだしたのは徳江の方だった。千太郎はただそれを受けただけだ。それなのに実の母親を追いやってしまったような気分だった。 

 

そして、

徳江がいなくなって胸をいためていたのは、

千太郎だけではありませんでした。

 

お客さんとして、

どら焼き屋に通っていたワカナちゃんも同じ。

 

徳江は、

彼女たち難しい年頃の女の子たちの、

良き話し相手でもあったのです。

 

ワカナちゃんは、

キズを負って拾って帰ってきたカナリアを飼っていましたが、

狭いアパートの中では飼うことを許されず、

かといって放し飼いする勇気もなく、

徳江に相談したことがありました。

 

徳江は、

飼えなくなったら千太郎が面倒を見てくれるだろう、

それも無理だったら自分が面倒を見てもよい、

とワカナちゃんに進言していたのです。

 

家出中のワカナちゃんが、

千太郎を頼って、

久しぶりにどら焼き屋に姿を見せたのは、

徳江がいなくなったあとのことでした。

 

いったんは千太郎が、

自宅アパートでカナリアを預かることにしましたが、

大家に見つかる前に徳江に引き渡すことに。

 

そして二人で、

徳江の暮らす「天生園」を訪れるのです。

 

この「天生園」こそ、

かつて徳江たちハンセン病患者を、

外部と遮断して閉じ込めた、

療養所という名の閉鎖病棟でした。

 

本書では、

武蔵野というワードも出てきますから、

おそらくは東村山にある「多摩・全生園」がモデルとなっているのかな、と。

 

本作品中でも、

千太郎とワカナちゃんが初めて訪れた際、

敷地内の住居について、

以下のように描写されています。

 

同じ形をした平屋建ての住宅が規則正しく並んでいる。

 

平屋建ての住宅はどこも三世帯か四世帯に分けられているようで、昔で言うところの長屋造りになっていた。

 

先の公式サイトでも、

それらしい写真があって、

(これが居住用の施設なのかは定かではありませんが)

なんとなく風景がわかります。

 

f:id:pole_pole:20160929132850p:plain

 

この療養所を訪れて、

千太郎とワカナちゃんの二人は、

これまで自分と全く縁のなかったハンセン病について、

よりリアルに詳細を知ることとなり、

徳江が今までどれだけつらい思いをしてきて、

どう生きてきたのか、

彼女の過酷な生き様を思い知るのです。

 

そして二人は、

それぞれ胸に抱えていた葛藤が、

揺さぶられ始めるわけです。

 

「生きていても意味がない」。

「自分は生きる価値すらない」。

「自分は必要とされて生まれてきたのか」

 

───自分だけじゃない、

いや、自分よりもっと大変な思いをしてきた人が、

ここにいるんだ、と。 

 

徳江との出会い・ふれあいを通じて、 

自分のことで精一杯だったこれまでから、

いつしか他人に目を向けるようになり、

ひいてはそれが自身を奮い立たせる引き金にもなりました。

 

千太郎に関しては、

徳江が去った後は、

しばらくやる気も失せていましたが、

いつしかもう一度美味しいどら焼きを作ろうと再起します。

 

最初に思いついたのは、

「塩どら焼き」。

 

迷った千太郎が、

アドバイスを求めて天生園を再び訪れた際、

徳江たちが出してくれた「ぜんざい」と、

つけあわせの「塩昆布」からヒントを得ました。

 

塩大福ならぬ「塩どら焼き」。

 

一見、相反する味を合わせることで、

お互いのアクセントを高める手法を使ったのです。

 

が、

匙加減がなかなか難しく、

最初はよくても途中からどうしてしょっぱくなってしまう。

 

千太郎の試行錯誤は続きます。

 

そうこうしているうちに、

奥さんはついに、

どら焼き屋をたたむことに。

 

千太郎に了解も得ずして、

甥っこを連れてきて、

お好み焼き屋を任せてしまう。

 

故・大将への情と、

借金を返済するために、

惰性で働いていた千太郎でしたが、

徳江に出会って、

いつしかどら焼きを極めたいと思うように。

 

そんな千太郎でしたので、

この薄情者っ!と奥さんに怒鳴られながら、

ついに店を辞めてしまいます。

 

今後どうやって生きていこうか、

途方に暮れて、

何もかもが投げやりになっていたころ、

千太郎は夢を見ます。

 

そして、

正解は塩どら焼きではなく、

どら焼きと一緒に飲む、

「桜湯」にあったことを知るのです。

 

「桜湯」とは、

桜の花びらを塩漬けにしたものに、

お湯を注いだ飲み物で、

よく結婚式の控室などで頂くことがあります。

 

このほのかな塩加減と、

どら焼きの甘さこそが、

途中で食べる者を飽きさせることのない、

絶妙な組み合わせだったということです。

 

この「桜湯」について、

徳江に報告・相談すべく、

千太郎は、 

高校受験が終わったワカナちゃんと、

再び全生園を訪れます。

 

ところがここで、

親友・森山さんから、

徳江が十日前に亡くなったことを知らされる。

 

あまりの驚愕に、

声も出ない二人。

 

訪問前に手紙で行くことを知らせていて、

その返事がなかなか来なかったので、

おや?とは思っていたけれど、

まさか亡くなっていたとは…。

 

森山さんから、

徳江は肺炎で亡くなったこと、

すでに火葬が済んで納骨堂にお骨がおさめられていること、

遺品があるから受け取ってほしいことなどを伝えられ、

ふたりは徳江が暮らしていた住居に案内されます。

 

そこで徳江が千太郎に返信しようとしていた手紙や、

彼女がつかっていた製菓道具などを渡されます。

 

そして千太郎は、

徳江の遺した書き途中の手紙を読んで、

はじめて涙するのです。

 

ワカナちゃんも、

手土産にもってきた白いブラウスを、

森山さんが写真のなかの徳江に見せてくれて、

泣きます。

 

14歳で親兄弟とも生き別れ、

最期に母親が精魂こめて仕立てた白いブラウス。

この大事なブラウスも、

入所の際に衛生上の観点からすべて捨てられてしまう。

 

徳江のそんな悲しい過去に想いを馳せ、

ワカナちゃんは、

徳江に喜んでもらうべく、

白いブラウスを用意して持ってきたのです。

 

園内を森山さんと歩きながら、

ふたりは自分たちが知らない、

徳江の新たな一面を森山さんから聞いたりします。

 

(徳江は)

大袈裟にものをいうところがあったり、

やたらファンタジックなところがある、

───と。

 

「聞きなさい、耳を澄ませなさい、というトクちゃんのあの口癖。小豆が旅してきた場所の風とか、空とか、想像してごらんという話」 

 

森山さんは、

意を決して徳江を問い詰めました、

どういうつもりでああいうことを言っているのか、と。

 

森山さんいわく、

徳江はこう答えたそうです。

 

小豆の言葉なんて聞こえるはずがないって。でも、聞こえると思って生きていれば、いつか聞こえるんじゃないかって。そうやって、詩人みたいになるしか、自分たちには生きていく方法がないじゃないかって。そう言ったの。現実だけ見ていると死にたくなる。囲いを越えるためには、囲いを越えた心で生きるしかないんだって。

 

この言葉には、

自分なんかが想像もつかないような、

重いものが込められていると思います。

 

過酷な人生だからこそ、

想像して楽しもう、

想像は自由だから、

───的な話は、

戦争映画や伝記小説などでも目にしたことがありますが、

まさにこれなんでしょう。

 

極限まで追い詰められた人間に、

残された唯一の希望。

 

人によってはそれを「妄想」と言うのでしょうが、

しかし徳江は亡くなる数日前に、

その「妄想」とも言える「想像」が、

現実になったことを森山さんに伝えました。

 

彼女が園内の散歩道を歩いていると、

木々の声を初めて聞いたのです。

 

森山さんは、

千太郎とワカナちゃんに、

そのときのことをこう伝えました。

 

「トクちゃんが歩く度に、このあたりの木がみんな喋るんだって。よくがんばったな、やり遂げたなって。そんなの初めて聞いたって。私、そのことを話してくれた時のトクちゃんの顔を忘れないの。(中略)あれだけ幸福そうなトクちゃんの顔は初めて見たの。」

 

そして、

徳江について、

これだけはどうしても言っておきたいと、

自身の見解を加えます。

 

「トクちゃん、同情されるような、そんな人生だったわけじゃないのよ。不幸せに終わったわけじゃないのよ。木は本当にささやいたんだと思うの。やり遂げたな、吉井徳江。よくがんばったなって。そう言ったと思うの。」

 

本書では、

「万物の声を聞く」「想像する」といった、

一見、ファンタジックなエッセンスが、

実はこの物語を支える大きな支柱になっています。

 

それは、

徳江を支えてきた価値観であり、

徳江の人生そのものでもあるわけですが、

 

徳江に出会い、

自らの人生を見つめ直すことになった千太郎やワカナちゃんも、

この価値観を学び、

徳江に助けられて再起するのです。

 

徳江が千太郎に遺した手紙のなかに、

 

人が生まれてきたのは、

世のため人のために役立つためだという信念があったけれど、

役に立つ・役に立たないというより、

本当はもっとシンプルで、

 

私たちはこの世を(ただ)観るために、聞くために生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。

 

───ただそれだけだ、

と言っています。

 

ハンセン病という病気になって、

自分は人の役にも立てず、

生きていても意味がないと思ったけれど、

 

毎日毎日、

月や木や鳥をみて、

その声を「聞く」うちに、

自分はその存在を知るためだけに生まれてきて、

月や木や鳥も、

その存在を知ってくれる自分がいるからこそ、

また生かされている、と。

 

そして、

生きとし生けるもの、

この世に命をうけたものすべてが、

生まれてきた意味があるのだ

と徳江は考えるようになります。

 

徳江は千太郎に伝えます。

 

店長さん。あなたももちろん、生きる意味がある人です。

塀のなかで苦しんだ時期も、どら焼きとの出会いもみんな意味があったのだと思いますよ。すべての機会を通じて、あたなはあなたらしい人生を送るはずです。そしてきっといつか、これが自分の人生だと言える日がくると思うのです。

 

ここまでくると、

もはや哲学的というか、

宗教的にすら思えてくる領域ですが、

 

要は、

良いとか悪いとか、

役に立つとか立たないとか、

そんなことは二の次で、

 

ただ感じ、

その存在や世界を知るためだけに、

人も木も鳥も生まれてくるというわけです。

 

だから、

たとえ幼くして亡くなってしまった子供でも、

自分の夫のように、

「人生の大半を闘病に費やし、傍から見れば無念のうちに去らざるを得なかった命」であっても、

生まれてきた意味はあったのだ、と。

 

自分が読んだ文庫版では、

中島京子さんが解説をおこなっていますが、

以下に本書のテーマがギュッと凝縮されています。

 

人はどんな人でも、他人の役に立たなくても、生まれてくる意味はある。「その子なりの感じ方で空や風や言葉をとらえるため」に人は生まれる。というよりも、「その子が感じた世界は、そこに生まれる」のだと。

 

そうであるならば、千太郎が徳江の話しに耳を傾け、彼女の手紙を読み、彼女の「あん作り」を受け継ごうと決めたとき、吉井徳江が生まれた、とも言えないだろうか。千太郎は、徳江に出会うことによって、生まれた意味を獲得し、徳江は千太郎に存在を知られることによって、生きた証を残すことになる。

 

私はここが、

冒頭に述べた、

共感できるかどうかのポイントだと思っていて、

これがなかなか難しいわけです。

 

なるほどそうかもなー、

と思う一方で、

やっぱりわかるようでわからない。

 

ただ外の世界を知るだけの、

何が楽しくて生まれてきたんだ…?

と思ってしまう。

 

でもそれは、

徳江に言わせるときっと間違っていて、

楽しいとか楽しくないとかは二の次なんだ、と。

 

ただ知ること。

たた感じること。

それだけなのだと。 

 

そこに自分はまだ共感というか、

腹の底から納得ができないわけです。

 

だから自分は、

本書への評価が3.5になって、

まぁまぁ共感できる」程度におさまったのですが、

 

いまめちゃくちゃ精神的に苦しんでいて、

なんで生きてるんだろう…?とか思っていたら、

時期的に、

もう少し共感できたのかもしれません。

 

でも、

最近よく思うのですが、

結局、その人生がよかったかどうかとか、

自分が生まれてきた意味があったのかとかっていうのは、

終わってみなければわからないわけで、

最後にトータルでどう評価するかなのかと思うのです。

 

だから私は、

生きる意味とか生まれてきた意味なんていうのは、

人生道中にある今、考えても仕方ないんじゃないかな、

という考え方をしています。

(それでも不意に考えることはありますが)

 

要するに、

本書のテーマとその答えに、

まぁまぁ共感はできるけど、

そもそもスタンスがちょっと違う、

という感じです。

 

ただ、

この本を読むと、

(テーマに共感するかどうは別として)

人も自然もみんなつながって生きている、

生かされているということに気づかされますが、

世界はどんどん違う方向へ向かっているようにも思います。

 

人と自然は言うまでもなく、

人と人は、

どんどんそのつながりが希薄になっている。

 

というか、

人と人がつながらなくても、

支え合わなくても、

極論いってしまえば、

一人でも生きていけるように、

人類があえてそうしてきたようにも思うのです。

 

科学技術の発達も、

インターネットの普及も、

自由主義とか個人主義とかのイデオロギーも、

 

意図する・しないは別としても、

結果として、

みんな一人で生きていけるようにさせてしまったし、

いま現在も、

さらにそれを助長していると思います。

 

人と人がつながらなくても、

支え合わなくてもいい世界。

 

───現在進行形でそれが進んでいる。

 

そういう意味で、

この小説は、

人とのつながりを考え直させてくれるというか、

本来、人なんてつながってナンボだよねと、

思い直させてくれる内容だったかなと思います。

 

普段は、

こういう「いかにも」お涙頂戴的なものは、

あえて避けていますが、 

久しぶりに、

こういったことを考えさせてくれる小説が読めてよかったです。

 

ハンセン病についても、

少し知ることができてよかったなと思います。 

 

以上です。 


■まとめ:

・文字も大きく、平易な文章で綴られ、登場人物も非常に少ないので、とても読みやすい。内容はさておき、本が嫌いな人でも、さくっと読める。


■カテゴリー:

ヒューマン小説

 

■評価:

★★★★☆

 


▽ペーパー本は、こちら

([と]1-2)あん (ポプラ文庫)

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Kindle本は、こちら

あん

あん

 

 

▽映画DVDは、こちら

 

邪魔 ★★★★☆

奥田英朗さんの

邪魔(上) (下) 

を読みました。

 

評価は、

星4つです。

 

3つか4つで迷うところですが、

ストーリー展開にひきつけられたのは確かなので、

4つにしました。

 

前回読んだ、

ナオミとカナコ』が超絶おもしろかったので、

再び同じ作者(奥田英朗)の作品をチョイス。

 

夫の放火事件をきっかけに、

どこにでもいる普通の幸せそうな家族が、

ある日を境に崩壊していくサマと、

それを捜査する警察と暴力団の癒着、

そしてその汚職に関する警察内部のイザコザ、

果ては企業と暴力団との取引まで、

いろんな組織・人物が複雑に絡み合い、

ドラマが繰り広げられていきます。

 

もろもろ、

どう決着するのかな?と先が気になる感はハンパなく、

さすがは奥田作品!という感じなんですが、

 

いろいろ絡み合い過ぎてよくわからないというか、

なんだかスッキリしない、

中途半端な感じがあったのも事実です。

 

ラストの、

主人公1=及川恭子のオチがそれかよ!っていう

救われなさにはちょっと失望したし、

主人公2=九野刑事の処遇やその後が尻切れトンボで、

うやむやになってしまったところにも、

読了後の居心地の悪さがありました。

 

すっごい先が気になって、

早く知りたいとひきつけられたけれど、

結末にガッカリ…という感じ。

 

特に終盤は先が気になり過ぎて、

一度閉じた本をまた開き、

いっきにラストまで読み終えたわけですが、

気づいたら夜中の2時過ぎ。

 

それだけに、

ラストこれかよ~(涙)

という残念感が増幅されたのかもしれません。

 

でも、

やっぱり奥田作品は秀逸! 

 

 

▽内容:

及川恭子、34歳。サラリーマンの夫、子供2人と東京郊外の建売り住宅に住む。スーパーのパート歴1年。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先の放火事件を機に足元から揺らぎ始める。恭子の心に夫への疑惑が兆し、不信は波紋のように広がる。日常に潜む悪夢、やりきれない思い。

九野薫、36歳。本庁勤務を経て、現在警部補として、所轄勤務。7年前に最愛の妻を事故でなくして以来、義母を心の支えとしている。不眠。同僚・花村の素行調査を担当し、逆恨みされる。放火事件では、経理課長・及川に疑念を抱く。わずかな契機で変貌していく人間たちを絶妙の筆致で描きあげる犯罪小説の白眉。

 

上記のとおり、

この作品は二人の主人公がいます。

いや、正確には三人かな。

 

主婦の及川恭子と刑事の九野薫、

そして不良少年の渡辺裕輔。

 

なので、

恭子目線と九野目線(たまに裕輔目線)で、

ドラマが展開していくわけです。

 

※※この先、ネタバレあります※※

 

ことの発端は、

恭子の夫の勤務先で起こった放火事件。

 

この勤務先が過去に暴力団とからんでいた経緯もあって、

犯人は暴力団では?という推測が警察のなかで浮上します。

 

ところが、

この放火事件の第一発見者が恭子の夫で、

なにかと怪しい…。

 

マル暴対策で検挙に必死な警察上層部と、

暴力団の取り締まりが担当の警視庁捜査四課。

彼らとそれに従う所轄署の面々は、

疑惑の暴力団の捜査に躍起になります。

 

一方で、

恭子の夫が怪しいと踏む九野と、

本庁から出向いてきた服部刑事。

この服部とかいう刑事は、

本庁の四課や指揮官を小馬鹿にしていて、

密かに対抗心を燃やしています。

二人はタッグを組んで、

夫を見張りつづけます。

 

ところが、

暴力団が放火にからんだ証拠がまったく出てこない。

 

所轄の面々も四課の面々も、

そろそろ雲行きが怪しいといぶかしがり、

捜査も規模が縮小されていく始末。

 

上層部はこれをどう落とし前つけるんだ?

と皆が陰で軽口をたたきはじめます。

 

引くに引けない上層部。

そしてそれを鼻で笑う九野の相棒(服部)。

 

恭子の夫が怪しいと睨み続ける九野ですが、

彼は所轄署のなかで

もう1つミッションを抱えていました。

 

それは同じ署内の、

同僚刑事(花村)の素行調査。

 

この同僚は、

もともと暴力団を取り締まるチームに所属していましたが、

彼は不倫行為がバレ、

署内の金銭事情でも上層部に楯突いたりで、

組織からにらまれ、

警察をクビになります。

 

九野は、

副署長(工藤)の指示で花村の不倫の実態を調査していましたが、

それが花村に知られてしまい犬猿の仲に。

挙句の果てには、

その不倫相手の女性をめぐって花村と差し違えてしまうという。

 

九野は、

最愛の妻を事故で亡くしていて、

言わば「男やもめ」であり、

この不倫相手の女性は元婦警で(今はホステス)、

九野とも関係をもった間柄でした。

 

なので、

独り身の九野からすれば、

自身は不倫でもなんでもありません。

 

ただ彼は、

妻を亡くしてから精神を病んでおり、

不眠症を患って安定剤も服用しています。

本来であれば内勤となるところを、

工藤(副署長)の取り計らいで、

なんとか一線に置いてもらっている。

 

だから、

そんな九野を心配して、

同僚らは縁談をもちかけたりしますが、

亡き妻がひとり娘だったこともあって、

いまだに独り身を貫き、

義母を心の支えにしていました。

 

そして、

義母と養子縁組することまでも考えていました。

 

しかし、

実はその義母は、

すでに死んでいたのです…!

(このシーン、軽くホラーかと思いました)

 

彼が慕い、慈しんできた義母は、

実は幻であって、現実ではない。

彼女は(彼女も)もうこの世にはいなかったのです。

 

いま思えば、

義母の自宅にやたら不動産屋が押しかけていたり、

近所の花屋の兄ちゃんと話が噛み合わないことがあったり、

九野が義母宅に電話しても電話に出なかったりしていたのは、

実は九野の脳がクリアなときで、

義母が実在しなかったからなんでしょうね。

 

(読み直していないから、

詳らかに検証したわけではありませんが)

きっと、

安定剤を飲んで頭が朦朧としているときは、

義母が見える。

 

そんな九野の精神状態について、

いよいよ署内でヤバいと知れ渡ります。

 

彼は長期休暇を命じられ、

捜査の前線からも退くことになってしまう。

 

一方で、

夫に対する黒い疑念がどんどん膨らんでいく恭子。

 

刑事やマスコミの尾行、

彼らが知っていることと、

夫が言うことの食い違い。

そして自分だけが知っている数々の疑わしい物証…。

 

言われてみれば、

昔から夫はコソ泥チックなところがある。

まさか・まさか・まさか…!

 

彼女は、

近所のスーパーでパート勤めをしていましたが、

折しもそんなとき、

職場で雇用改善を求める運動が始まります。

 

いままで、

面倒くさい世事からは距離をおいていた恭子ですが、

家庭のイザコザを忘れんとするばかりに、

この職場闘争に参加するようになり、

いままで抑えていた何かが噴出します。

 

たかがパート、されどパート…!

 

パートの雇用条件の改善を訴えて、

彼女は立ち上がるわけです。

 

そしてそこから、

共産系の団体や弁護士と関わることになったり、

スーパーの店長や上司、

果ては専務や社長とも対立するようになります。

 

一介の主婦が、です。

 

これを皮切りに恭子は、

自分の知らなかった一面が

どんどん開花していきます。

 

引っ込み思案な恭子から、

挑戦的な恭子へ。

 

それは、

もともともっていた素質なのか、

追い詰められた人間の極致なのか、

おそらく両方なんでしょうけれど、

とにかく彼女はどんどん変わっていくのです。

 

職場でも、家庭でも、それ以外でも。

 

さて、

こんなふうに物語は展開していくわけですが、

いくつかの謎かけを我々に問うてきます。

 

1.放火事件の犯人は誰なのか?そして、その目的は?

2.警察は、この事件をどうやって解決するのか?

3.九野vs花村の抗争はどう決着するのか?

4.恭子のスーパーの職場闘争はどう着地するのか?

5.恭子と九野刑事の私生活の行く末は?

 

だいたいこの5つかな、と。

 

5つもあるからハラハラドキドキするのですが、

逆に5つもあって鬱陶しい気も。

 

そして、

それぞれがなんとなく中途半端でした。

 

まず、

1.放火事件の犯人は誰なのか?そして、その目的は?

については、

わりと中盤まで犯人は恭子の夫なのか、

そうじゃないのかが明確になりませんし、

犯行目的については最後までハッキリしない。

 

もちろんなんとなくはわかるんですが、

逆にハッキリしないだけに、

疑念の余白というか、

実は犯人は夫じゃないのかも?

目的は金銭目的ではなかったのかも?

──みたいな余地が結構残されていたりもして、

読者としてはイマイチ尻尾がつかめません。

 

だからこそ、

どうなるどうなる?感は強まるわけなんですが、

いざ終わってみると、

結局犯人はやっぱり夫で、

ちょっといろいろ引っ張り過ぎ・複雑に絡ませすぎじゃね?となる。

 

くどい。

 

その一言です。

 

次に、

2.警察は、この事件をどうやって解決するのか?

について。

 

結局、最後の最後は、

恭子の夫が逮捕されるのですが、

それまでに紆余曲折あります。

 

この紆余曲折が長い…!

 

逆にそれがこの小説の醍醐味なんだろうけれど、

自分としては、ちと面倒でした。

くどいんだよなぁ、やっぱり。

 

暴力団への嫌疑から、

別件容疑で幹部をひっぱったり、

家宅捜索をかけたりもするのですが、

その過程で、

所轄署と暴力団の癒着が発覚します。

 

暴力団が担保としておさえていた車を、

花村刑事の仲介で、

署内の複数の刑事たちが格安で手に入れていたのです!

 

それが本庁にもバレて、

関係者への罰則が通達されます。

しかもこれは警察内でのあるまじきタブーなので、

公にするわけにはいきません。

 

だから、

全員を懲戒免職とことはできない。

一人ずつ、段階的に処分していくしかない。

 

ところがこれを逆手にとった花村が、

自分をクビにするなら、

副署長と九野を辞めさせろ、

さもないと外部に署内の汚職をバラすぞ!と脅してくる。

 

九野がわけもわからず辞職願を提出させられた背景には、

こんな経緯があったわけです。

 

一方で、

放火事件のほうは、

相変わらず恭子の夫がいよいよ怪しくなり、

上層部のほうも、

もはや暴力団は絡んでいないと諦めモード。

(そんなことよりも署内の汚職のほうが大問題!)

 

折しも、

暴力団の息のかかった不良少年が、

「自分がやった」と出頭してきます。

 

これで、

捜査はいったん幕引きとなってしまうのです。

 

九野は焦ります。

 

そんなわけない!

絶対何か裏がある!

あの不良少年暴力団の息がかかってるヤツじゃん!

しかもあいつ花村の素行調査のときに、

偶然出くわした少年じゃん!

(実は素行調査のときに、九野は不良に絡まれていて、

少年らを殴って障害を負わせている)

 

彼は署内で訴えます。

 

──が、

そんなときに、

九野の精神状態が芳しくないことが署内で知れ渡り、

彼は現場から外されるのです。

 

やむを得ず、

彼は密かに及川家を追うことに。

周囲の監視を振り切って、

家族旅行に出かけた及川家を追って箱根まで。

 

しかしその途中で、

真夜中に箱根から東京へ逆走する恭子に出くわし、

あとをつける。

 

恭子は夫が犯人であるという疑惑を消すため、

同じ街で再び放火をしようと企んでいたのです。

 

それを知った九野。

恭子と亡き妻が重なることもあって、

恭子が手をけがすことを辞めさせ、

夫を出頭させて新たな人生を歩むよう説得します。

 

が、

ここであの花村が現れ、

九野に襲いかかってくる。

 

狂気に満ちた花村は、

九野の車にGPSをつけてあとをつけていたのです。

 

乱闘の末、

花村を仕留める九野ですが、

それを横目にみていた恭子が九野を襲い、

狙いを定めていた車に放火して逃走。

 

九野の真意は恭子に伝わらず、

そればかりか自らの計画が邪魔されたと九野を刺し、

放火を終えて逃げるのですが、

予定外のことが起こり過ぎて恭子もパニックになり、

致命傷を与えるまでにもいかず、

九野は署に連絡して応援を頼みます。

 

そして、

及川家(恭子とその夫)への容疑が固まり、

最後に夫は逮捕されるのです。

 

このように、

夫がなかなか逮捕されなかったのは、

暴力団への嫌疑から始まって、

夫の捜査がおざなりになり、

暴力団を追い込む過程で、

あろうはずがない署内の汚職が発覚し、

それどころではなくなってしまった…

という大きな要因があるのですが、

 

実はそれ以外にも要因があって、

先に少しネタバレさせたとおり、

暴力団の息のかかった不良少年の自首が、

さらに真実を暗ませてしまった。

 

この「暴力団の息のかかった」というのがミソです。

 

夫の勤務先企業は、

実は上場を控えていて、

放火事件の当日には監査が入る予定だったのですが、

不正会計の事実もあった。

もちろんうまく帳簿をごまかしているでしょうが、

放火となれば伝票類の証拠も消え去りますので、

会社としては実はラッキーだったかもしれないのです。

 

──が、

社内調査で恭子の夫が怪しいとふんでいたのでしょう。

暴力団が犯人でもなく、

社内に真犯人がいることが明らかになり、

かつその当事者(夫)が逮捕されてすべてを話してしまったら、

放火自体はあくまで個人によるものだとしても、

それに至った経緯からほころびが出てしまったら、

会社としては社会的な信用を失いかねませんし、

上場が取り消しになってしまう。

 

だから会社としては、

恭子の夫が警察につかまらないように、

会社の管理下に置いておくしかない。

 

恭子の夫は、

組織がらみで裏金をつくっていたことにも関わっていましたし、

それで味をしめて自らの懐にも入れていました。

もはや帳簿をいじる程度では、

ごまかしが利かないと踏んだのでしょう。

だから監査が入る前に火をつけた。

 

会社もきっと気づいていた。

だから本社配属に転換し、

仕事は与えず、

ただただ監視下においた。

きっと上場後にでも解雇するつもりだったんでしょうね。

 

そこにゆすりをかけたのが、

当の暴力団というわけです。

ウチじゃないわけだし、

マスコミや警察からの情報で、

どうも身内に犯人がいるらしい。

しかもそれは第一発見者のあいつらしい。

 

おたくの会社、上場を控えているのに大丈夫ですか?

そろそろあの人逮捕されちゃいますよ?

警察OBから手をまわしているようですけど、

確実に逃れる方法を教えましょうか?

3億円、いや2億円でいいですよ。

 

──そうやって取引をもちかけた。

 

そして、

その方法こそが、

暴力団の息がかかった不良少年の自主」だったというわけです。

 

言わば、

この不良少年は人身御供ですね。

 

企業側も利益を優先し、

この取引に応じたのです。

 

このバーターに、

九野は気付いてしまうのですが、

時すでに遅し。

 

なにせ、

企業側の警察OBから、

犯人は自主少年のほうでいくようにと、

すでに手はまわっている。

 

立件後には、

さらに警察OBを受け入れる用意があるとまで表明。

 

だから警察としては、

これ以上、たかが倉庫の一部が燃えた程度の放火で、

捜査を再開させたくもない。

 

もしも、

九野が恭子に刺されて傷害を負っていなければ、

真犯人は解明されなかたでしょう。

 

──そういうオチでした。

 

こうつながるのかー!とか、

そういうことだったのかー!とか、

それなりに感嘆する部分も多いのですが、

 

自分としては、

仕組みとしては良く出来ていると思うけど、

ちょと複雑すぎてくどい感じのほうが強かったです。

 

お次は 

3.九野vs花村の抗争はどう決着するのか?

です。

 

警察をクビになりそうな花村は、

九野を目の仇にして、

彼の失脚を望んでいました。

 

九野が花村の不倫行為をマークしていて、

上に報告していたことが大きな要因ですが、

 

彼の不倫相手が、

むかし九野とも関係のあった女性であることもまた、

怒りを後押ししていました。

 

でも、

その女性本人は、

花村からしつこく付きまとわれるのを嫌悪していたましたし、

いよいよ関係が怪しくなってきたおりには、

彼女は花村のもとから逃げて、

九野のところに駆け込んできたのです。

 

これがいっそう花村の執着に拍車をかけた。

 

彼は女性のあとをつけてきて、

九野の家に転がり込んだことも知っていました。

 

だから、

彼の留守を見計らって侵入し、

女性を刺した。

 

そして、

九野の車にGPSを仕掛けて、

殺害しようと企てます。

 

最後は結局、

九野と刺しちがえて勝てず、

精神鑑定のために措置入院させられて長期拘留…

というオチですが、

 

花村がこうした処遇になった理由として、

・襲われた女性が、警察の超お偉いさんの娘であったこと

(まさか不倫相手として、元刑事に刺されたとは公表できません)

・実は、花村はジャンキーだったこと

(現職刑事がシャブ中毒だったなんてことも、公になるとイタイ)

があるようです。。

 

花村の、

嫉妬と恨みと狂気。

 

実は花村がジャンキーだったなんて、

そんな後出しじゃんけんあるか?!

(もっと早くわかってただろうに…)

っていうのもあるし、

 

花村の内部調査に九野が任命され、

その不倫相手の女性と九野が、

昔関係があったなんていうのも、

過剰な因縁のように思うし、

 

今回の放火事件で、

疑われた暴力団と花村が関係していたのはまあいいとして、

九野と不良少年がつながって、

その不良少年暴力団がつながって、

九野ー不良ー暴力団ー花村のラインが出来上がるのも、

ちょっと出来過ぎじゃね?!って思いました。

 

構成的にうまく出来ているのは事実ですが、

ちょっとリアリティに欠ける。

 

しかも、

襲われた元婦警の女性(脇田美穂)は、

父親が警察のお偉いさんなのはわかったけれど、

 

美穂は父親に勧められて警官になったと言っていた。嘘だなと九野は思った。キャリアが自分の娘を婦警にしたがるはずがない。どんな親子関係があることやら。

 

──なーんて疑問符を投げかけておきながら、

結局なんだったのかわからずじまい。

 

なんとも歯切れの悪い内容でした。

 

これだから、

登場人物が複雑に絡み合いすぎるのって、

自分は好きじゃない。

なんだかんだ中途半端になる部分が多い。

 

最後まで読むと、

各人やその背景が、

こうつながるのかーってのがわかるんだけれども、

 

他方で、

あれはどうなった?

こっちは?

──みたいなところもあって。

 

結末にはあんまり関係がないから、

作者としてもどうでもいいんだろうけど、

だったら余計な布石は残してくれるな…とも思ったりして。

 

私の読みの甘さか?とも思ったのですが、

自分と同じような感想をもった人がほかにもいたようで、

これには安心しました。

 

次の謎も疑問が残ります。

疑問といか、未消化な感じですが。

4.恭子のスーパーの職場闘争はどう着地するのか?

 

先述のとおり、

現実から目を逸らそうと必死な彼女は、

別の現実に必死に抗います。

 

それがパートとして勤めていたスーパーでの雇用条件の改善。

 

彼女は、

共産系の市民団体に身を寄せながら、

二人三脚で率先して活動をおこなってきたのですが、

 

蓋をあけてみたらその団体は、

労働基準監督署へチクったり、

店の前でデモするのを中止するかわりに、

スーパー側から金銭を授受するという結末。

 

要は、

恭子はうまく使われただけで、

彼女もそれに気づいて呆気にとられます。

 

こんなはずじゃなかった。

 

周りの同僚からなかば呆れられながら、

どこか畏敬の眼で見られていた部分もあったのに、

闘争運動で得た結果がこれじゃあ、

彼女も立場がないわけです。

 

でも、

だからといって職場を辞めるわけにはいかない。

 

家のローンはまだまだあるし、

夫の進退だって先行き不透明だし、

とりあえず目の前の現実から目を逸らすためにやってきたわけだから、

ここで仕事も何もかも失って、

毎晩、夫の放火事件について思案するなんて無理。

 

彼女は、

同僚や上司に白い眼で見られながらも、

闘争が決着したあとも、

スーパーで働かせて下さいと懇願します。

 

驚いたのは店側ですが、

クビにすることはできないので、

そのまま雇用を続けるのですが、

社長がそれを知ってウルトラCを提示してきます。

 

彼女の根性を見直したんですね。

 

パートにしておくには勿体ない、

社員として俺の秘書にならないか、

──と。

 

自分としては、

おお、そうきたか!

となる。

 

せっかく頑張ってきたのに、

いかがわしい市民団体にいいように使われて、

正直、可哀想だったので、

いいじゃないこの流れ!

と感じていました。

 

──が、

ここで終わっていたらよかったのに!

 

社長は、

女性としても恭子に惚れ直してしまい、

すぐさま体の関係を求めてくるのです。

 

早速ラブホに直行し、

ヤルかヤラナイかをネタに年収交渉。

ないなぁ…と思いました。

 

そこまで落ちぶれるかぁ、と。

 

いや、

それが現実かもしれない。

 

実際、

シングルマザーで水商売やる人だっているわけだし。

 

この先、

家庭が崩壊することが目にみえていて、

子供二人抱えてどうやって生活していけばいいのやら…

となったら、

プライドだって捨てざるを得ない。

 

だから、

このシーンはリアリティはあると思うのですが、

なんだか救われなくて、

あーあ、まじかぁ…

と残念な気分になりました。

 

最後、

5.恭子と九野刑事の私生活の行く末は?

ですが、

 

終盤で九野が、

恭子の放火現場に居合わせたことで、

一連の放火事件の真相が公になるわけですが、

 

既述のとおり、

九野は恭子に刺されてしまいました。

 

しかし、

致命傷は負っておらず、

一命はとりとめましたし、

 

花村と刺し違えて彼を撃退したことで、

花村は拘束され、

自身が辞職しなければならない線も消えました。

 

彼はその後、

同僚に助けられ入院したのですが、

そこから先は何も書かれていません。

 

どうぞお察しください、という体かな。

 

それはいいです。

 

きっと、

長期療養で現場か配置転換があるかはわからないけれど、

死なずに警察を続けるんだろうな、と。

よかったね、と。

 

問題は、恭子のほうです。

 

彼女は、

九野を刺して放火を起こしてから、

東京から箱根にとんぼ返りしますが、

途中で指名手配され、

車を捨てて移動手段と方向をかえます。

 

最後は、

どこかの漁港で見知らぬおばちゃんにジャンパーをもらい、

(気づかないうちに引火したりで服がボロボロだった)

夫は逮捕されて妻は逃走中…

というところで物語は幕を閉じます。

 

まじかぁ…です。

 

これもそのあとは読者の推測にお任せします、

と言わんばかりですが、

まぁ普通に考えたら、

絶対つかまるよね。

 

いくらおばちゃんから上着もらったところで、

つかまるのは時間の問題かな、と。

 

結局、

ここでも恭子は救われなかったのです。

 

あんなに頑張っていたのに、

なんか可哀想すぎる。

 

いや、でもね、

これもまた現実だと思うんですよ。

 

彼女がここで逃げ切れたら、

そんなにうまい結末あるか?!

となるわけで。

 

でも、

逃げるとか逃げないとかじゃなくて、

もっと別の幸せにみえる人生が用意されていたらよかったなぁ…

と個人的には思いました。

 

恭子も可哀想ですが、

両親が逮捕されて、

何も知らない二人の幼子が、

いたたまれませんでした。

 

この小説は、

現実的な部分と、

出来過ぎでしょ?!という非現実的な部分が交錯していて、

そこがまた中途半端さを増幅させた気もします。

 

小説なら、

わりと多くの人が救われない結末なんて見たくないんでしょうが、

この作品はそれ。

 

しかし、

その結末にこそリアリティがあったという。

 

欲を言えば、

リアリティは別の部分で出してほしかったな、

と思うわけです。

 

なんとも後味の悪い作品でした。。。

 

以上、

こう書くとこの作品、

全然ダメじゃん!っていうふうに見えますが、

 

それは自分が、

印象として悪かったところを中心に指摘したからなだけで、

 

相対的にみたら、

いままで読んだ小説のなかでも、

読みやすくて面白いほうです。

 

あー!どうなっちゃうんだろコレ?!

というドキドキ感は圧巻でした。

 

だからこそ、

ラストの救われなさっぷりが、

いっきに崖から落とされた感じもあって、

ガッカリだったのです。

 

恭子は救われなかったけど、

九野は救われて良かったじゃん!

と思うことにしよう。

 

ところで、

この作品のタイトル『邪魔』ですが、

読み終わってその意味を考えました。

 

自分が最初に思いついたのは、

恭子がラストで九野を襲うシーン。

せっかく腹をくくって、

夫のアリバイをつくろうと、

自身の手を汚すことを決心したのに、

あの九野とかいう刑事が、

最後まで邪魔してくる。

 

恭子にとっての九野は、

事件が起こったときから、

ずっと邪魔な存在だったわけです。

 

でも、

それだけだと短絡的すぎる気もして、

ネットで調べてみたら、

 

「恭子の心に邪悪な魔が差した」ことを示す

と言っている人がいたり、

 

すべての「邪魔」なものを捨ててしまった及川恭子

 をあらわしているという人がいたり、

 

それぞれの登場人物に「邪魔」っていう存在

 がいることが、

タイトルの意味なんじゃないかという人もいます。

 

自分としては、

最後のそれぞれの登場人物に「邪魔」なものがあってという説に

激しく同意ですが、

2番目の恭子にフォーカスした「邪魔」についても、

なるほどなぁと思いました。

 

ただ、

この小説は九野も主人公なので、

恭子だけにフォーカスしたタイトルっていうのも、

なんだかいただけません。

 

なので、

付け加えるなら、

九野もまた、

過去の哀しい出来事が「邪魔」になっていて、

自身の心身ひいては刑事としての行く末に、

悪影響を与えていたのではないか、と。

 

人間生きてると、

いろんな「邪魔」なものが出てきて、

それは他人であったり、

あるいは自分の中にある欲とかしがらみとか記憶とか、

そういうものだったりして、

何がきっかけでそれに気づき、

どう拭い去るのかは人それぞれ。

 

花村のように、

力ずくで追い払おうとしたり、

恭子のように、

追い込まれて捨てきろうとしたり、

九野のように、

ポジティブに生きるため、

何が足かせになっていたのか?にようやく気づいたり。

 

──おそらくそんな複合的な意味が、

このタイトルには込められているのではないでしょうか。

 

ちなみに、

この作品もまた、

ドラマ化されていました。

 

www.tv-tokyo.co.jp

 

奥田作品は、

かなりの確率で映像化されますね、さすが。

 

 

■まとめ:

・ストーリー展開にひきつけられ、やや一気読み気味になった。特に終盤にかけては、ドキドキ感が満載。さすが奥田作品!

・ラストが救われない。きっと現実はこうなんだろうけれど、小説なだけに結末はハッピーエンドがよかった。

・登場人物が多く、複雑に絡み合っていて、その繋がり方がうまいんだけれど、出来過ぎている感もあり、そこがリアリティに欠けていた。複雑すぎて、各人の経過や背景が尻切れトンボ。九野の幻覚はその後どうなったのかとか、謎の不動産屋はどうしたのかとか、花村の不倫相手で刺された元婦警は、いったいどんな父娘関係があったのかとか不透明で、いろいろ中途半端だった。

 

 

■カテゴリー:

ミステリー

 

 

■評価:

★★★★☆

 

 

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