氷点 ★★★★☆
三浦綾子さんの
を読みました。
評価は、星4つです。
お名前と著書名だけはよくお見かけしていましたが、
実際に読んだのはこれが初めてでした。
話の流れに凹凸があって、
なかなかテンポよく読める作品になっているのですが、
ずーっと自分の中では、
タイトルである「氷点」の意味がよくわからなくて、
一体どこでそれがわかるんだろう…?
と思っていたら、
ラストでした。
つまり、
最後まで読んでようやく、
あー氷点ってそういうこと…?!
──みたいな。
最後まで読み終えて、
ストーリー的に納得しがたいところもあったのですが、
内容と照らし合わせてみると、
なかなか絶妙なタイトルだなと、
個人的には思いました。
(後述しますが、このタイトルは、
作者の夫・三浦光世氏が命名したそうです)
▽内容:
北海道旭川市を舞台に人間の「原罪」をテーマにした著者のデビュー作であり、代表作。
ある夏、北海道旭川市郊外の見本林で3歳の女児が殺される。父親、辻口病院院長の啓造は出張中、母親の夏枝は眼科医の村井の訪問を受けている最中の出来事だった。夏枝と村井の仲に疑いを抱いた啓造は、妻を苦しめたいがために、自殺した犯人の娘を引き取ることにする。事実を知らない夏枝はその娘に陽子と名付け、失った娘の代わりにかわいがる。夏枝や兄の徹らの愛情に包まれて明るく素直な娘に成長していく陽子だったが、いつしか家族に暗い影が忍び寄る―。
作者の三浦さんは、
大正生まれのクリスチャン。
北海道は旭川の生まれで、
もともとは小学校の先生でしたが、
戦時中の軍国教育に従事したことを悔いて、
戦後は教育の現場から退いたそうです。
そのあと彼女は結核を患い、
療養生活を送るのですが、
その闘病中にキリスト教に回心し、結婚します。
この『氷点』は、
彼女のデビュー作であり、
朝日新聞の懸賞小説に応募したものが入選した作品になるのですが、
彼女の執筆活動を支え、
そして懸賞への応募を後押しし、
この作品のタイトルを考案した人物こそ、
ご結婚相手の三浦光世さんだったそうです。
そして、
本書でも旭川が舞台となっており、
キリスト教的な要素はもちろん、
結核のことや戦後日本の日常生活の様子も垣間見られ、
作者のバックグラウンドがいろいろと盛り込まれている感がうかがえます。
自分は、
この作品以外に何も知りませんが、
とりあえずこの三浦綾子さん、
何が素晴らしいって、
登場人物の心理描写が、
微に入り細に穿っているところかな、と。
いや、たしかに、
そんなに綺麗なもんじゃないだろうっていうよ…
っていうのもあるんですが、
おそらくそれは、
クリスチャン的な信仰心から描かれたもので、
まあ悪く言えばクリスチャンかぶれみたいなもんなんですけど、
それ以外の、
人間だれしもがもつ、
嫉妬とか葛藤とか迷いみたいなところを、
端的に上手に描いているという印象でした。
ただ泣いていて、
それを「悲しいから」とは誰でも表現できるんだけれども、
その裏にある、
「実はこういう気持ちもあって…」みたいな、
たとえ本人でも言葉にして表現することが難しい、
でもなんとなく、
モヤモヤと感じたことのある気持ちってあるじゃないですか。
この作者は、
そういうのを描くのがすごく上手いなぁと思いました。
この物語は、
主人公が3人います。
病院の院長である父・啓三、
そしてその妻であり母・夏枝、
養女の陽子。
陽子が辻口家に迎えられた経緯には、
複雑な事情があって、
それは上記の内容でも触れられている通りなのですが、
まぁこの三者三様の、
そのときどきの心理描写が素晴らしい。
自分にもあるよね、
こういう複雑な、モヤモヤした気持ち…
──みたいなみたいな。
めちゃめちゃ腹黒いんだけど、
それでもひとかけらの罪悪感があったり、
逆に、わりといいヤツなんだけど、
あるよねそういうズルいトコロ…とか、
はたまた、とってもいい子だけど、
やっぱり完ぺきではないよねっていう部分とかとか。
要は、
登場人物のキャラが尖っているわりに、
それぞれ皆、人間くさい部分もちゃんとあって、
その心理描写が言いえて妙、
──なんですね。
ストーリーの展開に凹凸があって、
それぞれのキャラもなかなか際立っている、
そして、
そのときどきの気持ちなんかも上手に描かれているから、
読み手を飽きさせません。
よくありがちな、
病院を経営する裕福な家庭の、
実はドロドロした家族関係とか、
昼ドラにもなりそうな継子いじめみたいな部分も確かにあります。
そうした、
いかにも大衆ウケしそうな、
わかりやすい設定もありながら、
作品のテーマ自体は、
「人間の原罪」という深いところに置かれているわけです。
そのあたりが安っぽい脚本とは一線を画しているんですが、
そもそもこの「原罪」って何ぞやという話なんですが、
要は、
人間みんな生まれたときから罪な存在で、
誰でも悪い気持ちを持ってるよ、
みたいな感じですかね。
原罪って、なに? | 聖書入門.com わかりやすい解説で、聖書の言葉を学ぶ
「原罪」とは、人間であれば誰もが持っている「罪への傾向性」のことです。
人間の評価については、性善説と性悪説がありますが、聖書は「性悪説」に立っています。人はすべて心の中に「悪への傾向性」を持っているというのが、「聖書的人間観」です。
私はクリスチャンではないので、
詳しいことはよくわからないんですが、
この世に善人なんていないっていう感じなのかなと思います。
辻口家に養女として迎えられた陽子は、
幼い頃の父の態度や、
次第に陰湿なそぶりを見せるようになる母の様子から、
自分が「もらい子」であることをなんとなく肌で感じていました。
ある日、
牛乳屋の夫婦がそれを話していたことを耳にして、
自分が実子でないという事実に実感するわけですが、
それでも前向きに明るく生きよう、
未来は努力でかえられると健気に立ち向かうのです。
自分の子供を殺した犯人の娘である陽子と、養母の夏枝(陽子⇔夏枝)。
あるいは陽子と、養父の啓造(陽子⇔啓造)。
信じていたのに裏切られた、啓造と夏枝(啓造⇔夏枝)。
そして夏枝をそそのかした同僚の医師・村井(啓造⇔村井)。
実の妹ではないと知りながら恋心を寄せる兄・徹と、
その親友で陽子が本気で慕う北原(徹⇔北原)。
物語は、
登場人物間の様々な相反関係を描きながら、
主に、陽子⇔夏枝と、啓造⇔夏枝の二軸を中心に、
先へ進んでいきます。
作品中に、
何度も『汝の敵を愛せ』という聖書のフレーズが出てくるので、
敵対していても最後は受け入れます…的な、
そういう終わり方になるのかなと想像していたんですが、
結構、意表を突かれる結末でした。
夏枝の陽子に対する敵愾心も、
最後は陽子のしたたかさが勝って、
ついに受け入れられるのかと思いきや、
そんなことはない。
いや、そうなる前に、
悲しい結末が待っていたのです。
まぁ、
きっと最悪の事態は逃れるんでしょうけれども、
それにしたって決してハッピーエンドではなかった。
啓造⇔夏枝についても同じく、
最終的に啓造は夏枝のすべてを受け入れて、
敵を愛することを知るという終わり方になるのかと思いきや、
啓造はやっぱり最後までどうしようもない父で、
どこにでもいるような夫でしかなかったのです。
いや、
厳密にはちょっと違うのかな。
他の男に少しよそ見した夏枝を、
時の流れとともに忘れていくので、
ある意味、
なかば許したような感じはあります。
でも、
じゃあ夏枝の全てを知ったうえで許しているかといえば、
決してそうではない。
最初は啓造が仕掛けた(夏枝に対する)復讐が、
実は途中で夏枝にバレていて、
夏枝の啓造に対する復讐に替わっているんですが、
それを啓造は知りません。
そして、
啓造が知らないところで夏枝は陽子をいじめていたし、
息子(徹)の友人にまで女をチラつかせていたり、
もちろんそんなことは啓造が知る由もない。
それなのに、
啓造は一人で勝手に、
夏枝の過去を許すか許さないか、
許せない自分は人としてダメなんじゃないか、
いやそれも自分だから仕方ないんだ…、
──と苦しんでいる。
許すも許さないもないのです。
なぜなら、啓造は妻の正体を知らないんだから。
啓造が知っているつもりになっているのは、
夏枝の黒歴史のほんの一部であって、
いま現在の、目の前にいる夏枝の実態を何も知らない。
こういうのは、
やっぱり男ならではの感覚であり、
何かおかしいと勘ぐるのは、
やはり女なんですね。
夏枝の古くからの友人・辰子は、
辻口家の異変をそれとなく感じていました。
いつの時代も、
男はこういうときに、
まったくアテになりませんね。
きっと、自分の実の娘が母親にいじめられていても、
啓造は気づかなかったんだろうなと思います。
まぁそれだけ女のほうが、
狡賢いというか、
演技が上手というか、
家族のなかにおいては一枚上手というか。
どちらをほめるでも、
けなすでもないのですが、
夏枝も啓造も結局は大したことない人間だなと思いました。
でも逆に、私はそこに親しみすら感じます。
だから、現代に至っても、
この作品はわりと読まれるのでしょうし、
ドラマ化もされたりする。
時を超えても、
共感できる部分があるんだろうなと思うわけです。
ただ唯一、
自分が共感できなかったのは、陽子かなぁ。
彼女の生き方、彼女のしたたかさこそが、
この物語の軸なのに、
どうしても自分としては、
共感できませんでした。
途中までは応援してたいたのですが、
ラストがいただけなかった。
そこまで背負い込めるほど、
こんないい子いる?
真実を知って、
絶望的なのはわかるし、
死にたくなる気持ちもわかる。
でも、
死ぬ理由って、本当に絶望100%なのかな、と思うのです。
わずかでもそこには、
親や世間への当てつけが含まれているんじゃなかろうか、
──と俗世にズブズブの自分なんかは思うわけです。
思春期真っ只中だったことを加味しても、
あの遺書にのこされた内容が、
聖人すぎて嘘だろ?!としか思えないのです。
こんなにできた子いるか?!と。
それこそ出木杉なのです。
本当に絶望しているのか、
絶望している自分に寄ってるだけなんじゃねーのかとか、
もはや、そこまで言いたくなる。
この遺書のなかにこそ、
タイトル「氷点」の意味や、
どんなに前向きに生きても、
人はぬぐいきれない罪を背負っている(原罪)という、
作品のテーマが盛り込められているんですが、
もちろんその構成自体はとても素晴らしいと思いますし、
最後まで読者を目を離さないクライマックスでした。
でも、
陽子が最後の最後で人間として出来すぎちゃってて、
それが私の中ではリアリティー感を喪失されてしまい、
今一つ共感できなかったかな、と。
そこで、
どういう終わり方だったら、
自分的に満足だったのかと考えてみたのですが、
きっと陽子が、
悲しい過去の真実にもめげず、
最後はナイスガイ北原と結ばれて、
夏枝のもとから巣立っていったら、
そしてそれが結果的に夏枝を見返すことになっていたら、
ストーリー的にも読了感的にもスッキリしたかなと思いました。
救われない結末とその中身が、
自分的にはイマイチで、
星マイナス1となりました。
でも、
ストーリーや描写のうまさから、
この作家さんの他の作品も読んでみたいと思いました。
■まとめ:
・話の流れに凹凸があって、なかなかテンポよく読める作品。衝撃?のラストまで目が離せない。タイトル「氷点」の意味も、最後の最後で、そういうことか?!とわかる。
・登場人物のキャラが尖っているわりに、それぞれ皆、人間くさい部分もちゃんとあって、その心理描写がまた絶妙。
・陽子が最後の最後で人間として出来すぎてしまっていて、それが逆にリアリティー感を喪失してしまい、今一つ共感できなかった。
■カテゴリー:
ヒューマン小説
■評価:
★★★★☆
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