シュナの旅 ★★★☆☆

宮崎駿さんの作品

を読みました。
 
評価は、星3つです。
 
一巻完結漫画の代表作として、
いろいろなところで推薦されていたのですが、
 

どうも私は、

ジブリにそこまで思い入れしていないせいか、
傑作!とまでは思いませんでした。
 
世間に蔓延する「宮崎駿すごい病」にやられると、
彼をすごいと思わなければ、
下手にセンスが疑われるというか、
自分はあの良さがわからない半人前なんじゃないか?
的な無言の圧力を持っているのが、
この種の病の厄介なところだと思います。
 
(本当は大してわかっちゃいないのに)
やっぱり宮崎駿さんは凄い!!
とわかったような気になっていたり、
 
逆に冷静すぎて、
あれ?自分、あんまり感動してないな…
と気づくと、
なんとなくマズイという気持ちになったり、
 
これらは、
自分が「宮崎駿すごい病」に冒されているからだと思うのです。
 
本質的には、
彼の凄さをわかってないこと自体が病気なのかもしれませんが。笑
 
受け止め方は人それぞれなので、
宮崎ワールドにハマれなければ、
それはそれでいいはずなのに、
彼の良さがわからないと、
ダメ人間のような気分になってしまう。
 
こういうとき、
結局わたしも、
世間のモノサシを無視できない人間なんだなと、
自分の弱さを認めざるを得ません。笑
 
たいていのことは、
自分もその良さなり仕組みなりをある程度わかった(つもりの)うえで、
自分はそんな常識にとらわれないゾ!
と斜に構えているクチですが、
 
ことジブリの世界になると、
そもそも世界観がよくわかっていないから、
いいとも悪いとも言えない…
というのが実情で、
斜にも構えられないけれど、
大衆にもなびけないという、
非常にアンニュイな境地に陥るのです。
 
とはいえ、
宮崎さんの独特の世界観みたいなのは、
こんな私にもなんとなく伝わってくる一冊でした。
 

▽内容:

宮崎駿が、チベットの民話をもとに、オールカラーで描いた絵物語
谷あいの貧しい小国の後継者シュナは、実りの種をたずさえて、はるか西方にあるという豊穣の地をめざす。その地には、人々の飢えを除く黄金の穀物が美しく輝いているというのだ。
「この民話のアニメーション化がひとつの夢だった」(あとがきより)
アニメーション演出家・宮崎駿の、もうひとつの世界。

 

Amzaonの商品説明によると、
この絵本(というかマンガ)は、
風の谷のナウシカ』と同時期に描かれた作品だそうで、
チベットの民話「犬になった王子」が元になっているのだとか。
 
穀物を持たない貧しい国民の生活を愁えたある国の王子が、苦難の旅の末、竜王から麦の粒を盗み出し、そのために魔法で犬の姿に変えられてしまいますが、ひとりの娘の愛によって救われ、ついに祖国に麦をもたらすとう民話です。
 
このマンガを読んで、
私なりに、
作者が訴えようとしたことは何か?
について考えてみました。
 
1つは、

自然の恵みと脅威。

 
金色の種(=麦)ひとつ得るのにめちゃくちゃ大変で、
またそれを育てて増やすにも、
大変な労力と時間がかかるということが示されています。
 
当たり前のように食事にありつける現代人からすると、
もはや異国の世界の話に思えてしまう。
 
人々は、
どこかでそんな自分を律するために、
本当は当たり前だなんて思っちゃいけないんだと、
我が身を正す力がはたらくために、
 
もっと自然の恵みに感謝し、
ときにその脅威を畏怖するべき
という?宮崎氏のメッセージに共感してしまうのかと思います。
 
2つめは、
人の絆の強さともろさ。
 
シュナがようやくたどり着いた「神人の地」で、
月の口から何かが吐き出されるのを目にします。
それは人買いに売られた人間たちでした。
 
その人間たちが、
作物を実らす水となり肥やしとなり、
あるいは、
作物を植え付ける緑の巨人(=精霊?)となり、
この地に豊穣をもたらしているのです。
 
シュナがそこで、
探し求めていた金色の種を手にしたとき、
緑の巨人たちがオーオーと叫び出します。
 
シュナにはそれが、
「やめろ やめろ」と泣き叫んでいるように聞こえました。
 
シュナはかまわず穂をむしりとった。
途端シュナの身体にはげしい衝撃が走り
するどい痛みが心をつらぬいた
 
歯をくいしばり
穂をにぎりしめて
シュナは走り出した

 

テアがぼろぼろになったシュナを見つけたとき、
シュナは記憶も言葉も失っていました。
 
シュナは我が身を守るために、
貧しい人たちを飢えから助けるために、
金色の種を渾身の思いで手に入れてきたのですが、
そのために別の誰かを犠牲にしてしまったことを知ったのです。
 
ここは深かったなぁ。
 
こういうことを、
頭じゃなく心(イメージ)で感じさせる宮崎マジックは、
正直すごいと思います。
 
結局、人というのは、
正と負の両面を背負って生きていくしかない、
というのが、
宮崎さんの伝えたい世界観・人生観なのかなと思いました。
 
優しさと厳しさ、
強さと弱さ、
喜びと悲しみ、
安らぎと恐ろしさ。
 
偉大な自然の恩恵に授かり、
ときにその脅威に打ち砕かれ(あるいは打ち勝ち)、
誰かを愛しながらも、
ときにほかの誰かを犠牲にして、
私たちは生きているわけです。
 
自分の国の貧しい人たちを助けようと旅に出たはずなのに、
結果的にシュナは自分の国を置き去りにしてしまいます。
 
しかし彼は、
別の北方の貧しい村は豊かにすることはできました。
 
これも逆説的でありながら、
結果的には一本の線になってつながっている例です。
 
また、
貧しい村を豊かにすることができ、
シュナ自身も立ち直ることができたのには、
テアの献身的な協力があったからで、
 
ここには、
一人ではできなかったけれど、
二人だからできた、
というありがちなストーリーが込められていますが、
 
宮崎ワールドには必ずこの、
「仲間とのチームプレイ」が登場しますよね。
 
人間は、
誰かの助けがないと生きていけないし、
自然の恵みを大いに受けているわけだけれど、
 
一方で、
他の誰かを犠牲にしたり、
自然の脅威にも常にさらされている立場にいる、
 
そのことを
私たちはしっかり認識しておかなければいけない、
 
…そんな感じでしょうかね。
 
以上が私なりの解説です。
 
前出のAmzaon商品説明の解説には、
このようにありました。
 
どんな状況にあっても、生きようとする人間のたくましさ。強い心だけが生みだすことのできる、やさしさ。そして、弱さと無力さ。宮崎は、短い物語のなかに、そんなものを、ただそのまま描き出してみせる。
世界観の作りこみとそれを表現する絵の力は圧巻。特に「神人の土地」にあふれる虫、植物、巨人、月の造形には、一切の迷いが見られない。彼の頭のなかに広がる原風景を見せられているようで、生々しいほどの迫力に満ちている。死と生、喜びと恐怖の一体となったこの世界観は、以降の宮崎作品にも幾度となく登場する。
(門倉紫麻)

 

「一切の迷いが見られない」って、

ここまで読みとれねーわ。笑

 

■まとめ:

・正直、そこまで感動もしなかったし夢中にもならなかった。
・人間は、誰かの助けがないと生きていけないし、自然の恵みを大いに受けているわけだけれど、一方で、他の誰かを犠牲にしたり、自然の脅威にも常にさらされている立場にいる、そのことを私たちはしっかり認識しておかなければいけない。こういうことを、頭ではなく心(イメージ)で感じさせる宮崎マジックはすごい。
・その技術はスゴイと思うが、イマイチ世界観がつかみにくくて、私は正直苦手かも。わかりやすいほうが好き。

■カテゴリー:

漫画
 

■評価:

 ★★★☆☆
 

▽ペーパー本は、こちら

シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))

シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))

 

 

※原作は、こちら

犬になった王子――チベットの民話

犬になった王子――チベットの民話

 

 

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