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まんがで読破 こころ ★★★☆☆

夏目漱石原作

こころ (まんがで読破)

を読み終えました。

 

評価は、星3つです。

 

誰もが知る、

夏目漱石の代表作。

 

…なのですが、

これまで実は、

自分は読んだことがないという。恥

 

いまさら原作を読むのも億劫だし、

とはいえ名作というからには、

どんなもんか知りたい。

 

こういう人には、

イーストプレス社の【まんがで読破シリーズ】は

是非おすすめです。

 

自分も以前に、

このシリーズの『蟹工船』を読みましたが、

 

内容こそ「ふ~うん…」に尽きましたが、

タイトルや作者の名前は聞いたことがあっても、

おおまかなあらすじすら知らなかったので、

手軽に読めてよかったです。

 

本書もまた同様に、

夏目漱石の名作に簡単に触れることができてよかったです。

 

 

▽内容:

人間を信用せず、豊富な知識を持ちながら仕事にも就かず、美しい妻と隠居生活を送る「先生」には、人には言えない暗い過去があった。ある日、「先生」の不思議な魅力に惹かれていた「私」のもとに突然、一通の遺書が届く。遺書が物語る「先生」の壮絶な過去とは?日本文学史に輝く文豪・夏目漱石が人間のエゴイズムに迫った名作を漫画化。

 

さて、

内容はどうだったかというと…。

 

話の中身については、

結論から言えば、

一人の女性をめぐる男同士の嫉妬・裏切りと、

そこからくる葛藤や自責の念に苦しむ男の話です。

 

一見、

「私」が主人公かと思いきや、

「私」はどちらかというと脇役で

謎に包まれた「先生」の過去を引き出すための、

見かけ上の主役でしかない。

 

漱石が描きたかったのは、

本当は「先生」のほうだったんだろうな

というのは、

素人の私でも容易に想像が尽きます。

(原作を読んでいない分際でなんですが…)

 

地方出身の「私」は、

日々の生活のために

やりたくもない仕事をして無駄な人生を送るより、

勉強してエリートになって

自分が本当にやりたいことを見つけようと

上京して帝国大学に入ったものの、

 

結局やりたいことなど見つからず、

だからといって、

やりたくない仕事に就くのもイヤで、

無益で怠惰な日々を送っていました。

 

ここだけ読むと、

今も昔も、

大学生ってあんまりかわらないんだな、

と思っちゃいます。

 

──話は戻りまして、

 

そんな「私」が出会ったのが、

親の財産を食いつぶして働かずに、

とはいえ学識は高く知識も豊富な「先生」。

 

こんな自分なら、

そんな彼からなら、

人生の本質が学べるかもしれないと、

「私」は「先生」を慕うようになります。

 

ところがある日、

「先生」は「私」を、

冷たく突き放します。

 

先生:

もう私のところへは来ないでください

 

突然の出来事に、

「私」はびっくりして、

その理由を尋ねると、

「先生」は次のように答えています。

 

先生:

君は淋しさから私の所に来ているだけです

そして結局君は──…

私を裏切る

 

ここでいう「淋しさ」とは、

何かを求めながら

それを得られない物足りなさであり、

 

たとえば、

恋を求めながら

相手を得られないこともそうだし、

 

自らの進むべき道を求めながら

それが一向に得られないこともそう。

 

得られない・わからないから、

「先生」のところに来ているだけで、

 

実は、

それは「先生」でなくても、

とりあえず自分が共感できたり、

あるいは共感してもらえそうな人であれば、

誰でもいい──。

 

「先生」からすると

「私」とは、

こんなふうに映っていたのかと思います。

 

お前は俺のことを信じて来ているわけではない。

だってお前は俺のこと表面上しか知らないし、

本当の俺の姿や今まで俺がどんな人生を歩んできたのか、

何も知らないだろう?

本当の俺を知ったら、

お前は俺を見放すかもしれない。

 

「先生」の真意はこんな感じだと思いますが、

「私」は、

「淋しさから来ているだけ」という言葉のみだったらまだしも、

「私を裏切る」という言葉にショックを受けます。

 

私:

僕はそんなにケイハクな男に見えますか?

僕はそんなに信用できない男ですか?!

 

自分としては、

「先生」を人生の師として仰ぎ、

信用して頼っているのに、

”裏切る”ってなんだよ?!

──みたいな

 

それに対して先生は、

こう返します。

 

先生:

君が信用できないんじゃない

私は──

人間全体を信用していない

 

そしてここから

「先生」の、

〈なぜ人を信じられなくなったか?〉ストーリーが始まるわけです。

 

これぞ本作の目玉。

 

「先生」は、

なぜ人を信じられなくなったのか。

 

その経緯をまとめると、

こうなります。

 

・両親の死後、親戚とカネの問題で揉め、「カネで人は変わる」と人間不信に陥った

  ↓

・人間不信に陥った自分の心を取り戻すきっかけになったのは、そんな自分をあたたかく受け入れ、家族のように接してくれた下宿先の奥さんと娘さん(静)。そんな静に恋心を抱くほどまで、「先生」は人間としての心をとり戻す。

  ↓

・人としての余裕も出てきた「先生」は、自分のように・あるいは自分以上に人を信じず、学問に徹して偏屈になっている「友人K」が見放せず、老婆心で同じ下宿に誘う。

  ↓

・下宿中も「友人K」は、学問をきわめるためには禁欲し、精神的向上心を育むべきとひたすら「先生」に語る

  ↓

・ところが「友人K」は、密かに静に想いを抱いていることを「先生」に白状する。「先生」は、これを「友人K」の裏切りと受け止める。一方で、「友人K」は、禁欲だの精神的向上心だのと自他を戒めてきたにもかかわらず、女性を愛してしまった自分を許せず、葛藤。

  ↓

・愛をとるか精神的向上をとるかで迷う「友人K」は、どうすればよいか「先生」に相談。静をとられたくない「先生」は、もちろん後者だと指摘。”愛は捨てるべきだが、お前には本心でその覚悟はあるのか?”と詰問した「先生」に、「友人K」は”覚悟ならある”と答える。

  ↓

・「友人K」の”覚悟”とは、実は静に対する愛の告白ではないかと焦った「先生」。彼は先を越されてはなるまいと、下宿先の奥さんに、静との結婚を申し入れ、彼女のとの結婚が決まる。

  ↓

・「先生」はついに「友人K」に言いだせず、謝罪もできず、「友人K」は下宿先の奥さんからそのことを聞き、遺書を遺して自殺。

  ↓

・遺書には「先生」への恨みつらみなどは書いておらず、「自分は薄志弱行で到底先行きの望みがないから自殺する」「もっと早く死ぬべきだったのに何故今まで生きていたんだろう…」と記されていた。

  ↓

・ホッとしたのもつかの間、「先生」との部屋を隔てる襖には、おびただしい血しぶきが。

  ↓

・この「友人K」の自殺で、「先生」は彼を裏切ったことから一生逃れられなくなってしまい、自分に絶望。

 

「先生」はこれを、

父の容体の悪化で実家に帰郷してなかなか帰ってこない「私」に、

手紙で打ち明けています。

 

その手紙は、

最後に次のように終わります。

 

記憶してください

私はこんな風に生きてきました

この打ち明けられた私のヒミツは

すべてあなたの心の中にしまっていてください

 

そして彼(先生)は、

自らの命を断つという──。

 

まぁ、

このことを打ち明けたいと思っていた「先生」もまた、

真の理解者が欲しかったというか、

淋しい人間だったんだなと思います。

 

でも彼は、

「私」の反応も待たずに、

死を遂げるわけですから、

「私」の理解(=本当の俺を知って欲しい気持ち)より、

自責の念のほうが勝っていたのでしょう。

 

なんとも苦々しい終わり方ですが、

マンガを読む限りは、

太宰治の『人間失格』なんかに比べると、

全然人間らしくていいかなと思いました。

 

人間を信じていない自分は

どこか崇高でどこか人と違うんだ、

だから死ぬんだ、

──俺って格好いいでしょ?的な太宰のそれ(大庭)と、

 

人間を信じていない自分は、

そういっておきながら自分が一番信じられないんだ、

偉そうに人のせいにしているけど、

本当は自分が一番最低なんだ、

そんな人間は生きている資格はない、

だから死ぬんだ、

──ごめんなさい的な漱石のこれ(先生)。

 

「先生」が信用できないのは、

”人間全体”といっているけれども、

 

私は──

人間全体を信用していない

 

実は一番信用していないのは、

他でもない自分なんだと思います。

 

もちろんそこには、

最初に自分を裏切り、

精進の道から愛の道へ舵を切ろうとした「友人K」が含まれているとはいえ、

 

もっとも忌むべきは、

最終的に「友人K」を裏切り、

彼の”覚悟”を理解しようとしなかった自分自身であり、

そんな自分が許せない。

 

いまの私なら、

漱石の作品に出てくる、

この「先生」のほうを「人間らしい」と評価します。

 

いや、

「人間らしい」という言い方は、

ちょっと違うかな。

 

太宰の作品も、

それはそれで「人間らしい」ので。

 

漱石のこの作品のほうが、

「好感が持てる」死に方だった、

といったほうが適切かもしれません。

 

昔は、

この作品自体を知らなかったのもあるし、

なんとなく太宰のニヒリズムがクールだなと思っていたフシもあって、

そもそもこんな比較も評価もしなかったのですが、

 

いま内容を知ると、

自分としては、

読了感も共感度も漱石のほうに軍配があがりました。

 

そもそもこんな比較している人いるのかな?

と思ったら、

知恵袋でこんなスレを発見。笑

 

夏目漱石の「こころ」か太宰治の「人間失格」両方ご存知の方、もしも1... - Yahoo!知恵袋

 

うーん、、、

個人的には、

もうちょっと突っ込んだ分析みたいなものが知りたかっただけに、

これではチョット物足りず。笑

 

でも結局、

『こころ』のなかの「先生」にしても、

人間失格』の「大庭」にしても、

悲哀的な男のロマンが描かれている点は共通していて、

 

自分が最もツッコミたいのは、

一番可哀想なのは、

何も知らない奥さん(静)じゃね?!

ということ。

 

夫は常にイライラし、

やさぐれてるし、

働かないし、

挙句の果てに自殺してしまうなんて、

嫁からすればいい迷惑だろうに…

と思ってしまいました。

 

だから自分には、

なぜこれが「名作」なのか、

正直ちょっとよくわからなかったです。

 

漱石というナルシストと、

その作品をクールだと評価する人たちのナルシストっぷりに、

若干、辟易すら覚えてしまう。。。

 

自分は決してフェミニストではないと思っていますが、

上記の「評価する人たち」には、

どうせ男性が多いんだろうな…

と思わずにはいられません。笑

 

あ、でも、

これはマンガしか読んでいないからであり、

 

実は、

静は二人から愛されていたことを知っていた、

そのうえで「先生」を選んだ、

──ということであれば、

 

必ずしも、

男のロマンに偏り過ぎ…!

とは言えないのですが。

 

あと、

気になった点がひとつ。

こっちはクレームではありません。

 

「友人K」が下宿先で変死を遂げたとき、

「先生」との部屋を隔てるフスマに見たものは、

一体なんだったのか?

 

ただの血しぶき?

それとも、

あえてふすまに血を塗ったのか?

だとしたらそれは誰が?

「友人K」か?

 

こればっかりは原作を読みたくなります。

 

いや、さっきの「静」の描かれ方も、

マンガではなく原作ではどうだったのか知りたいです。

 

ということで、

原作への関心が俄然わきあがってまいりました。

 

そういう意味においても、

ストーリーとしては、

(良くも悪くも)気になる作品だったので、

評価は星3つにしました。

 

原作を読んだら、

またレビューを書きたいと思います。

 

■まとめ:

・マンガで夏目漱石の代表作が読めて、おおすじが手軽にわかってよかった。

・端的に言うと、一人の女性をめぐる男同士の嫉妬・裏切りと、そこからくる葛藤や自責の念に苦しむ男の話。

・結局は、悲哀的な”男のロマン”が描かれていて、漱石のナルシストっぷりや、それを”名作”として評価した人たちの男性的なナルシストっぷりが、逆に気持ち悪いなと思った面もあるが、(それはマンガだからなのかもしれないので)原作を読んでみたくなった。他にもストーリーで気になる点もあり、原作に興味が湧いた。

 

■カテゴリー:

マンガ

 

■評価:

★★★☆☆

 

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こころ (まんがで読破)

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※原作のほうは、Kindle版(無料)で出ています。

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