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千年、働いてきました   ★★★★★

著・野村進さん

千年、働いてきました ──老舗企業大国ニッポン

を読了しました。

 

結果は、星5つ!

問答無用でおもしろかったです。

 

雑学目的で読んでも色々なトリビアが満載で楽しめますし、

経営哲学を学ぶにも最適ですし、

日本の文化を知るうえでも知的欲求を潤す一冊です。

 

日本の老舗ってスゴいんだなー!

と感心もしますし、

自分は全く関係ないくせに、笑

同じ日本人として嬉しくもなります。

 

これは、是非、もう一度読みたいです。

 

▽内容:

 

日本には創業100年以上の老舗企業が10万社以上あると推定されている。これほど老舗が多い国は世界でも例がない。本書は特に老舗製造業に焦点を当て、職人集団としての製造業が、どのように生き続けてきたのかを追う。

 

私は、この著書で、

はじめて野村進さんという方を知ったのですが、

とにかく文章が上手い!

 

話の持って行き方、書き方、わかりやすさ、

取材したコメントのまとめ方、文献の引用のしかた。

語彙力も豊富だし、それでいて嫌らしいインテリ感もない。

 

製造業の話なので、仕組みや化学変化など、

どうしても理系のネタになってしまうのですが、

彼というフィルタを通せばド文系の自分でも大枠がわかるようにできています。

ところどころに挟み入れるウンチクもまた面白かったです。

 

1956年にお生まれの方なので、御年58歳、

拓殖大学の教壇に立つ教授でもあるようですが、

とても大学教授が書いたものとは思えない歯切れの良さ、わかりやすさ。

論文論文しておらず、まるで新聞のコラムを読んでいる感じで、

気軽に楽しく読めました。

さすが、ノンフィクション作家!

(もとは、ノンフィクションライターだったようです)

 

書き出し(プロローグ)は、

てのひらのケータイから

というタイトルで、

ケータイの中身にどれだけ日本の老舗企業が誇る技術や製品が含まれているかを紐解きながら、

各章へ繋げていくのですが、

ここでいう「ケータイ」とは、まぎれもなく「ガラケー」を指すわけで、

すでにスマホが主流のいまからすると、

少々時代遅れの感があるのも否めません。

 

ただ、

この本が書かれたのは2006年なので、

すでに8年前の著書ですから、

時代はガラケー全盛期だったわけで、

決してこの本が悪いのではなく、

8年も経って読んだ私が悪いだけで。笑

 

たしかに、スマホ主流のいま、

この老舗たちは大丈夫なのか?と少しは思いましたが、

この本で紹介されている各社は、

決してガラケーに特化した製品をつくっているわけではなく、

その納品先のひとつがガラケーだったという話なので、

(これはあくまで私の予想でしかありませんが)きっと大丈夫だと思います。

 

この本を読むと、

これらの老舗のもつ底力は想像以上で、

ブレない経営理念と時代に沿ったしたたかさで

幾多の逆境を乗り越えてきたことがわかります。

 

だから、なんとなく、

たかだか8年くらい、彼らにとっては屁でもなさそうな気がして。

(あとでWebで調べてみようと思ってはいますが…)

 

野村さんは、上智大学を中退してフィリピンに留学し、

ノンフィクションライターとしてご活躍されているのですが、

 

19歳のときのインド旅行を皮切りにフィリピンへの留学や東南アジアでの一人旅を重ね、ノンフィクションライターになってからは、アジアで暮らす日本人について取材旅行で、多いときには一年の半分以上をアジアで過ごしてきた。

いつのまにか、気になっていたことが、ひとつある。日本以外のアジアには、古い店や古い会社が意外なくらい少ないのではないか、このことである。

 

これが彼を、

日本の老舗企業を紐解く道へ導いたきっかけになったわけですが、

外国生活や旅行を通して日本がもっと深く見えてくるというのは、

本当によくある話で、その通りだと思います。

 

彼はまた、アジアには、

「職人のアジア」と「商人のアジア」がある

と定義しており、

日本はアジアの中では稀有な「職人のアジア」ではあるまいか

と指摘しています。

 

前者は、

お上(権力者)への根強い信頼感が根底にありながら、

技術や仕事の質に対してこだわり、

ときにへりくだりつつも職人としての矜持をそれとなく誇示してきた人々で、

日本人はまさに「職人のアジア」であるといています。

 

後者は、

基本的に国家や政府を信頼せず、

家族とカネだけを信頼して商売を尊んできた人々、

具体的には華人(華僑)や印僑がこれにあたるとしています。

 

そして、「職人のアジア」たる日本の特徴として、

このように記しています。

 

この国には、百年、二百年、さらには五百年、千年以上も存在する老舗が蝟集しているだけではない。量もさることながら、質がほかのアジアの老舗とは歴然と違う。ひとことで言えば、手仕事の家業や製造業がずば抜けて多いのである

(中略)十万軒を超える創業百年以上の老舗のうち、およそ四万五千軒が製造部門とされている。老舗の半分近くが製造業なのだ。ここにこそ、日本の老舗の特質がある。

 

彼はまた、日本と他のアジア諸国の違いを、

「削る文化」と「重ねる文化」

に分けて説明しています。

 

これは仏像をつくる過程について、

その違いを特徴づけているわけですが、

 

前者は、

一本の木を削りに削って、気の中におわす仏を浮かび上がらせる方法で、

日本の仏像づくりがこれにあたります。

 

後者は、

粘土や装飾を塗り重ねて仏の形を造り上げようとするそうで、

日本以外のアジアのほとんどの仏像はこのようになっているそうです。

 

この「削る文化」と「重ねる文化」の違いは、動きをぎりぎりにまで削ぎ落とした日本の能と、豪華絢爛さを競う中国やインドの踊りにもよく表れている。言い換えると、「職人のアジア」の裏地が「削る文化」で、「商人のアジア」の裏地が「重ねる文化」ではないか。日本は、アジアの中ではごく珍しい、「削る文化」を保持してきた「職人のアジア」なのである。

 

そして、

そうした日本の老舗製造業にはどういったものがあるのかを、

2章からより詳しく紹介していきます。

 

田中貴金属

金やプラチナといった貴金属の売り買いやディーリング事業のほか、

貴金属を加工して新たな製品も作っている。

具体的には、ケータイやウォークマンのモーターを動かす金属の極細線や、

プラチナでガン細胞の成長を抑える、制癌剤も開発している。

いまは、「燃料触媒」といって、

大便や小便を一瞬にして灰にしてしまうものを開発しており、

これを使えば、飛行機のトイレも新幹線のトイレも(いまのような形のものは)いらなくなる。

 

田中貴金属の初代社長(田中梅吉)の商売仲間であり、

もとは両替商の安田善次郎は、

安田銀行みずほ銀行)の創業者で、

田中貴金属の重要な取引先だった。

※彼のひ孫がオノ・ヨーコ

 

・福田金属

もとは京都で屏風や蒔絵用に、金や銀の箔と粉を扱っていた。

近代になってタバコ(ゴールデンバット)の包装紙に、箔と粉が採用され、

現代になってエレクトロニクスの分野に進出し、

各種金属のメッキ(おもに電解銅箔)や電磁波シードルなども製造している。

 

DOWA

もともとDOWAの前身である長州・藤田組が、

秋田の小坂銅山を買い取り、同和鉱業として創業

小坂銅山で銅の製錬(銅鉱石を溶かして銅を取り出す)をおこなっていたが、

日本最大の銅山でありながら、不純物の多い「黒鉱」だった。

不純物を取り除き、各種金属を選り分ける高度な技術を得たものの、

銅山のほうが揺らぎだしたときに、廃油処理の話が持ち込まれ、

これまでの技術が日の目をみることに。

そこから汚染土壌の浄化や、金属の製錬抽出業、廃棄物処理をおこなうように。

いまや、廃棄されたケータイや自動車のごみの山は、

彼らにとっては「都市鉱山」となっている。

※ケータイのごみの山一トンあたりには、およそ280グラムの金が含まれている。

日本で採掘される最も品質の高い金鉱でも、一トンから60グラム程度の金しか

とれない。ちなみに、一キロのあたりの金地金は、230万円~250万円。

 

・ヒゲタ醤油

開業は1616年キッコーマンやヤマサよりも古い、醤油醸造業の老舗。

醤油醸造以外に、発酵技術をつかって、羊毛を刈るための薬剤を生産している。

この薬剤には皮膚の細胞を増やす働きがあり、それを羊に注射すると、

増殖した皮膚細胞に圧迫された毛穴が一次的に狭くなり、

毛が細くなって自然に抜けてしまう。

抜けたところからは、すぐにまた新しい毛が生えてくる。

品質もよく、費用も安く、重労働から解放される。

 

・勇心酒造

愛媛県高松市にある創業百五十年の酒造業者。

米の発酵技術を応用して、ライスパワーエキスを生み出し、

アトピー性皮膚炎の症状改善に役立ててきた。

 

・セラリカNODA

古くから九州・福岡で、

木ロウ(ハゼの実からとれる木ロウ)の製造と販売をおこなってきた。

化学製品を含まない天然ワックスの「セラリカコーディング」は、

シックハウス症候群を防ぎ、大手建材メーカーやカタログハウスでも推奨されている。

木ロウの熱に溶けやすく冷めれば固まりやすい性質を活かして、

印刷用トナーの添加剤に活用。

雲仙普賢岳の平成の大噴火で国産のハゼの木が壊滅状態となったため、

中国で実を育てロウを精製する工場も建て、「収穫型の林業」を展開。

人間の欲を肯定しつつ、長期的に植林をしていったほうが身銭につながることを説き、

(環境問題にも取り組むという意味で)「樹商=木を植える商人」として評価される。

 

 

大日本除虫菊KINCHO

創業者は、和歌山のみかん農家で福沢諭吉の教え子でもある、上山英一郎。

福沢の知人で来日中のアメリカ人農園主が和歌山まで上山を訪ね、

お土産にみかんを詰めて渡したところ、

アメリカから礼状と一緒に送られてきたのが、除虫菊の種だった。

その除虫菊の粉に糊を加えてよく練り、線香の形にしたのが、蚊取り線香の発祥。

最初は仏壇の線香のよな一本の直線だったが、

英一郎の妻が渦巻き型にしたらと提案して、いまの形に至る。

 

・呉竹

筆ペンで有名な呉竹は、もともとは墨作りの職人で、

煤に膠を混ぜて練り上げ、これを木炭の型にいれて乾燥させてつくっていた。

昭和30年代に、墨を擦らなくても済む「液体墨」をつくりだし、

さらに昭和48年に「くれ竹筆ペン」を開発。

書道用品業界の革命児とも言われる一方で、業界から総スカンを喰らう。

(単品が売れなくなるため)

 

新規参入、家庭用PCの普及、書道人口の低落で筆ペン市場も縮小するが、

現在は「アート&クラフト」の分野に活路を見出しており、

多彩なペンやマーカーを生産、欧米にも販路を拡大している。

また、道路の「融雪剤」や「道路鋲」「自発光式標識」などにも、

呉竹の液体墨の技術(塗料)が応用されている。

 

・カタニ産業

金沢にある金箔産業の雄。創業は1899年。

最盛期には600人以上のいた金沢の金箔職人も、今は百人程度に落ち込んでいるが、

カタニでは専属の職人を10人抱えており、

郊外の「箔団地」に住まわせて生涯契約を結んでいる。

 

金箔の技術を応用した技術が「スタンピング・フォイル」(転写箔)で、

熱転写と呼ばれる手法によって、いろいろな品物の表面に絵柄を印刷する技法

この印刷産業が、現在の売上の約半分を占めている。

 

・村上開明堂

1882年、静岡で錺金具やブリキ細工の製造販売店から勃興。

現在は自動車のバックミラーをつくる日本一の会社。

東海道線の鉄道延線工事で、大量のカンテラ(ブリキの手提げランプ)の発注が入り、

ガラスや輸入ランプ、鏡の製造にも手を広げ、トヨタのバックミラーの製造が始まる。

現在は全国のバックミラーの約4割を製造する、業界最大手に。

その後も、ミラーのまぶしさと曇り(水滴)をどうするかで、技術革新を繰り返し、

国際特許を取得するまでに至っている。

 

浅香工業

1661年に開業、南蛮貿易で栄えた大阪の港町・堺で、

包丁などの刃物問屋を営んでいたが、

明治中期に日本で初めてシャベルの試作に成功。

現在も、シャベルのトップメーカーとして国内シェアの半分を占めてる。

その家訓は、「良品は、声なくして人を呼ぶ」。

 

イチローを生んだ愛知工業大学名電高校の野球部では、

練習の素振りに浅香のシャベルを使っており、入部時にかならず1本購入する。

 

・永瀬留十郎工場

埼玉県川口市の鋳造業者。

鋳造自体は五千年以上の歴史をもち、

日本でも弥生時代にはすでにその遺留品が発見されている(銅鐸や銅矛など)。

奈良の大仏も鋳造の筆頭製品。

戦後の産業復興のなかでも、高度経済成長を支えたのが鋳造業で、

「鋳物は、ものづくりの原点」とも言われている。

 

その鋳造業でも、現在はデジタル化が進んでいるが、

コンピューターだけでは完璧な鋳物は造れない。

そこに職人の生きる道がある。

 

エプソントヨコム

セイコーエプソンの水晶デバイス事業部と、

電信機器メーカー東洋通信機とが事業統合してできた会社で、

かつては軍艦や戦闘機に搭載する無線機を製造していた。

いまは、無線機や通信機、ケータイなどの部品に欠かせない人口水晶を製造。

水晶には、圧力を加えると電気が発生し、電圧を加えると形が変わる特徴と、

振動させると非常に安定した回数で揺れ続けている特徴がある。

これらの特徴を利用して、水晶の波動数は、電波の「周波数」になり、

携帯の音声を安定して伝える役目をになっている。

世界最大のシェアを誇るノキアのケータイにも、

エプソントヨコムの人工水晶が搭載されている。

ノキアも1865年設立のフィンランドの老舗企業で、もともとは製紙会社だった。

 

・戸田工業

備中・岡山で、もとは弁柄の塗料をつくっていた会社(いまは広島本社)。

当時は、製造過程で亜硫酸ガスをまき散らす公害企業として叩かれていたが、

弁柄のもとになる硫酸鉄を、焼かずに液状にして化学変化を起こしてつくる技術を考案。

焼かずに済むので亜硫酸ガスをまき散らすこともなく、

品質もよい弁柄の大量製造に成功。

 

硫酸鉄の水溶液から出た副産物が、磁石を近づけるとびっしりくっつく「磁性粉」で、

オーディオカセットやビデオテープに活用された。

(磁性粉には磁石の原理で、情報を記憶させることができる性質がある)

磁性粉はまた、コピー機やFAXのトナー、磁気カードにも利用されている。

こうして開発した硫酸鉄の技術を、様々なリサイクル手法に応用しており、

酸化鉄の磁性材料化やダイオキシンの抑制(酸化鉄を触媒にして燃やせば発生しない)なども手掛けている。

 

・林原

創業百二十年、岡山で知らない人はいない老舗中の老舗。

業績も右肩上がりの超優良企業。

トレハロースの大量生産に世界で初めて成功し、

肝炎治療薬や抗がん剤として知られるインターフェロンの量産化、

病院の点滴に用いるぶどう糖よりカロリーが2倍ある(点滴時間が半分で済む)点滴液の開発など。

 

もともとは水飴屋として加工用甘味料やぶどう糖の量産化を生業としていたが、

デンプンつながりで加工業から化学工業へ舵をきり、

メーカーから研究所への脱皮を図る。

同族経営・非上場でその強みを活かし、研究開発には十年単位で費やす。

 

上記、要点のみ、まとめました。

 

その他、興味深かった内容を箇条書きで残しておきます。

 

・ライスパワーエキスを発明した、勇心酒造の徳山さんの言葉

「西洋のヒューマニズムを『人道主義』と訳してきたのは、とんでもない誤訳やと思うんです。ある学者が言うてはりましたが、あれは『人間中心主義』と訳すべきなんです。つまり、何事も人間を中心に『生きてゆく』という発想。だから、人間と自然との乖離がますます大きくなってきた。環境問題ひとつ解決できない。こういう人間中心主義は、もう行き詰ってきたんやないかと思うわけです」

 

これは、先日読んだ、

『百年の愚行』

のなかで、

クロード・レヴィ=ストロースという人が提唱していた、

「人権」の再定義

という考え方に似ている気がします。

 

・中国で「収穫型の林業」を展開し、環境問題と貧困問題の解決に寄与した、セラリカNODAの野田泰三社長の言葉

 

「人間の欲というものをちゃんと認めたうえで、環境問題に取り組んだほうがいいですよ」

 

これも、

『百年の愚行』

のなかでコメントしましたが、

環境問題や自然破壊に取り組むにあたって、

私も理想的すぎてはいけないと思います。

現実どうするんだっていうところをきちんと踏まえないと、

おそらく根本から解決することはないでしょう。

 

野田さんのこの言葉は、すごく正直で素敵な考え方だなと思いました。

 

・呉竹の墨作りの歴史やその作り方に触れた一節

 

墨作りのことが『日本書紀』に初めて記された七世紀初頭から(ということは、もっと前に墨作りの技術は日本に伝わっていた)、この技術は基本的にまったく変わっていない。これも実に驚くべきことだ。

 

伝統技術が伝統たるゆえんは、長持ちすることだと思います。

長持ちするから「伝統」になる。

製品が素晴らしいから、技術が優れているから、

だから「伝統」になるのだと思います。

 

・金沢の金箔加工業・カタニ工業の蚊谷社長の言葉

 

「むかしの人は、よう考えたなと思うんですよ。西陣の帯なんかに使われる金箔には、銀が入っているんですね。そのことによって非常に高級感が出るんだけど、銀は腐食するんです。ところが、金と銀の割合を、七十対三十にしたら錆びない。六十九対三十一にすると、錆びてゆく。化学もなんにもない時代に、この比率をどうやって考え出したのか、不思議でしゃあない。金箔は、ただ古いだけじゃなくて、何か隠されたノウハウがあるという気がします」

 

田中貴金属で取材を受けていた人が、

「貴金属のほうから、自己主張しているんです」

という言葉を放っていましたが、

なんだかこれに通ずるところがありますね。

 

・「お香」の文化を紐解く、日本香堂のマーケティング部長の話を受けて

 

香の文化は中国やインド、アラブにもあるが、作法の体系にまで昇華したものは、日本にしかないそうだ。それなのに華道や茶道のように広まらなかったのは、(中略)香木の値段が主因ではないかという。香木の最高級品である伽羅は、一グラム一万五千円、純金のなんと六倍もする。

(中略)伝統的な香木として名高い「蘭奢待」に、三十八箇所もの切り取り跡がある事実が明らかにされたのは、今年初めのことだ。ただし切り取った人物のうちの三人は、むかしから名前が知られている。足利義政織田信長、そして明治天皇である。

この蘭奢待は、奈良の正倉院に秘蔵されてきた。

 

伽羅とか香道について、

時代小説や漫画でちらりと読んだことはありましたが、

こんなに高価なものだとは知りませんでした。

トリビア―ンです。

 

・鋳造業の現代化について語る、永瀬留十郎工場の社長の言葉

 

「いまの精密機械というのは、人間がその前でしゃべっちゃいけないの。機械が振動するから。それどころか、人間がそばに行ってもいけないんです。体温で機械が動いちゃう。じゃあ、振動や温度に鈍感な精密機械を造ろうかとか、そういうふうにわれわれ技術屋は考えている世界なんですよね」

 

これを受けて筆者も、

小さく、軽く、薄く、だが凝縮して、強く、そして柔らかく。

と表していますが、

恐るべしミクロの世界!

そして繊細のうえに繊細を重ねる世界。

 

 

・岡山の林原社長が「独創」について語った一言

 

「私は、単なる組み合わせだと思いますよ」

 

いま読んでいる本

がんばらない生き方

のなかで、

著者の池田清彦も同じようなことを言っていました。

 

世に言う「新しさ」というものは、実はすでにあるものの”新しい組み合わせ”によるものがほとんどです。

 

組み合わせで世界が変わるわけです。

これは言い換えると、

何かやりたかったら、何かを変えたかったら、

組み合わせで考えればいいということでもあります。

シンプルな考え方で素敵だなと思いました。

 

ただ、

それで結果を出していくには何回もの地道な挑戦(ムダ)があるわけで。

私なんかは、ここが天才と素人の違いなのかなと思うのですが。。。

 

終章で、

日本に創業100年以上の老舗企業が10万社以上ある理由を、

筆者は5つの共通項に見出しています。

 

第一に、同族経営は多いものの、血族に固執せず、企業存続のためなら、よそから優れた人材を取り入れるのを躊躇しないこと。

第二に、時代の変化にしなやかに対応してきたこと。(中略)老舗というと、よく言えば「不動の」、悪く言えば「停滞した」”静”のイメージがあるけれど、実際には柔軟性と即応性に富んだ”動”の組織なのである。

第三に、時代に対応した製品を生み出しつつも、創業以来の家業の部分は、頑固に守りぬいていることだ。(中略)利益には直接結びつかなくても、ここだけは譲れないという、代々受け継がれてきた”意志”のようなものすら、そこには感じられる。

第四に、それぞれの”分”をわきまえていること。(中略)投機を戒める家訓を遵守してきたおかげで、バブル期に株や土地に手を出して大火傷を負わずに済んでいるケースも目立つ。事業を拡大する場合でも、(中略)本業の延長線上という一線だけは崩していない。

第五に、哲学者で鳥取環境大学学長の加藤尚武氏が言う「町人の正義」を実践してきたことである。つまり、売り手と買い手とが、公正と信頼を取引の基盤に据えてきたのである。

 

実に興味深く、鋭い考察だなと思いました。

 

■まとめ:

雑学目的で読んでも色々なトリビアが満載で楽しめ、経営哲学を学ぶにも最適。日本の文化を知るうえでも知的欲求を潤す一冊。

・とても大学教授とは思えないような、文章の卓越さ、歯切れの良さに脱帽。

・日本には、創業100年以上の老舗が10万社以上あり、その数は世界でも類を見ないほど多い。日本でこれだけ老舗が多いのは、島国として異国の支配を受けなかった外的環境のほか、よそ者に対して寛大で、時代の変化にしなやかに対応しつつも、コアな部分をきっちり守ってきたこと。分をわきまえ、日本人ならではの精神的几帳面さ(公正と信頼)を長じて守ってきたことが挙げられる。

 

■カテゴリ:

経済・経営

 

■評価:

★★★★★

 

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