震える牛 ★★★★★

久しぶりに、小説を読みました。

 

震える牛

 

去年くらいですかね、結構、話題になった本で、

WOWOWでドラマ化もされました。

 

作者は、

相場英雄

という方で、

経済小説がご専門のようです。

 

この相場さん、

私は今回、この本で初めて知ったのですが、

小説全体の構成、展開、取扱ったテーマ、文体の歯切れなど、

とにかくどれも良くて、

感想は★5つ(5つ星)でした。

 

構成としては、

警視庁捜査一課継続捜査班の田川信一刑事を中心に、

BizTodayのネットメディア記者:鶴田真純の視点に切り替えつつ、

警察路線と記者路線から、1つの事件を追っていく流れになっています。

 

基本的には、

田川(警察路線)から事件の全容にアプローチしていくのですが、

ところどころで、鶴田(記者路線)の鋭い取材が入り、

次々と事件の核心があらわになっていくのです。

一度読み始めると、読み進める手が止まりません。

まさに一気読み必至です!

 

テーマもまた面白い。

「食の安全」への背信。地域社会の破壊も厭わない「大規模焼き畑商業」。この二つのモラルハザードをテーマにした、社会派警察小説である。(※巻末の解説より)

 

近年話題となっている食品偽装の問題と、

大規模SCによる地域開発の在り方を問う、

社会派経済小説といった感じでしょうか。

 

食品偽装と(商業)地域開発

 

これらは、一見、何の関係もないように見えながら、

実は、

(食の安全を通じて)人の健康を優先すべきか、

(商業的メリットによる)豊かな生活を優先すべきか、

二律背反的な拮抗関係にあることがわかります。

 

「豊かさ」を追求すると、

どこかで「安全」を切り捨てなければいけませんし、

「安全」を追求すると、

「豊かさ」に陰りが差します。

 

原発と安全保障がわかりやすいかもしれませんね。

 

柏木一族が率いるオックスマートは、

企業利益と人々の豊かさを追求しすぎて、

安全を顧みなかった。

 

それが、食品偽装を引き起こし、

あのBSE狂牛病)をも隠ぺいしていまいます。

 

震える牛BSE

 

だったのです。

 

あらすじもほとんど下見せず手をつけた私は、

ここまで来てようやくこのタイトルの意味を知ったのですが、笑

なるほど、そういうことだったのか、と。

 

BSEを隠ぺいするため、

(存続危機に直面している)会社の発展の足かせとならないため、

死んだ姉と比べられて育ちながらも、なんとか父親に認めてもらうため、

柏木Jr.こと柏木信友は、

BSE問題を知った獣医師の赤間と

ゆすりをかけてしのぎを得る暴力団の西野を

中野の居酒屋で殺してしまいます。

 

犯行は、

外国人労働者を装ったチンピラによる強盗殺人と見せながら、

実は計画殺人だったというオチです。

 

このからくりを、

捜査一課の継続班として投入された、

47歳の田川さんが紐解いていくわけです。

 

一方で、気鋭の記者・鶴田は、

オックスマートによる地域開発の謳い文句の陰で、

実家の文房具屋をつぶされ、

風俗で働くことになった妹とその死に一糸報いるため、

オックスマートの陰の面を鋭くついていくのです。

 

田川も鶴田も遺族の恨みをはらすべく、

社会的使命にもとづき、事件に迫っていくので、

いつか二人がどこかで遭遇することになるだろうなと、

予想はつきました。

 

正直、

鶴田の妹の死をオックスマートと結びつけるのは、

若干短絡的すぎるというか、

そこまでオックスマートのせいにするのはどうかな?

とは思いつつも、

ストーリの構成や展開が非常にうまくできていることは事実です。

 

ちなみに、この作品、

現代版・砂の器

といわれているとか。

 

砂の器』は、

周知のとおり、松本清張の名作ですが、

 

ベテラン刑事の今西と若手刑事の吉村が、

蒲田駅の操車場で殺されていた男(三木謙一)の殺害事件を巡って、

その養子(和賀英良)が犯人であることを突き詰めていくというお話です。

なぜ彼が養父である三木を殺したのか。

それは彼の暗い生い立ちに理由がありました(父のハンセン病)。

彼の音楽家としての人生が、世間でも注目を浴びるようになって、

彼は過去の自分を知る三木を殺害したわけです。

 

この『震える牛』も、言われてみれば、確かに似ています。

ベテラン刑事の田川と、その田川を慕う、若手刑事の池本。

未解決となっている中野居酒屋殺人事件から始まり、

巨大資本グループの御曹司である柏木Jr.を犯人として突き止めます。

なぜ彼は二人を殺したのか。

それは彼の(暗い?)生い立ちに理由があったわけです。

 

物語は、

食品偽装問題とBSEの隠ぺい、

焼畑商法の限界を暴くだけではとどまらず、

警察内部の政治的陰謀にも言及します。

 

物分かりが良く、人望もあつい上司、宮田。

ノンキャリながら彼が警察社会で出世できているのには、

それ相当に悪いこともしているわけであって、

最後はその宮田が「え?!」という大どんでん返しをやらかします。

 

どこの会社、どこの組織にもいる、出来る上司。

だいたいそういう人って、腹黒いですよね。笑

 

超縦割り社会たる「警察」という組織のなかで、

田川や池本はただの駒にすぎず、

手柄はうまく宮田が納めたというわけです。

 

あとがきが、

「社会派経済小説」ではなく「社会派警察小説」となっていた

ことにも頷けます。

 

私は、

プロローグとエピローグは、

田川さんが鶴田さんにリークするのか?

と思ったのですが、

(そのほうが気分爽快だからなんですが)

残念ながら、やはり違いました。。。

 

「ちっ…」

と舌うちしつつも、

最後の大どんでん返しには脱帽です。

 

なんだか悔しいような、

それでいてアッパレと言わざるを得ないような、

複雑な心境です。

 

この作者の相場さん、

生い立ちも結構おもしろくて、

高卒・専門卒で時事通信社に入り、

経済デスクでキーパンチャーなどをご経験された傍ら、

(本当は記者になりたかったけれども高卒ではなれず)

経済小説を書いて独立されたそうです。

 

とても才能のある方だったんですね。

 

面白かったので、次回は別の作品を読んでみたいと思います。

 

■まとめ:

・一大企業グループの食品偽装問題・地域開発をおもなテーマにしながら、警察の裏側と政治的陰謀をも暴く社会派ミステリー小説。「震える牛」=狂牛病のことだった!

・最後の大どんでん返しには脱帽。

食品偽装問題やSCのデベロッパー戦略についてよく調べているし、造詣が深い。

 

■カテゴリ:

ミステリー

 

■評価:

★★★★★

 

 

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震える牛 (小学館文庫)

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