チャコズガーデン ★★★☆☆

明野照葉さん

チャコズガーデン (中公文庫)

を読了しました。

 

評価は星3つです。

 

前回、

同じ作家さんの

汝の名

という作品を読んでとても面白かったので、

今回も期待していたんですが、

自分の期待の仕方?も悪くて、

こっちはそれほどではありませんでした。

 

というのも、

明野さんといえば、

”女のドロドロ感が満載のミステリー”

という想像を勝手にしていたのですが、

 

この作品はどちらかというと

ええ話や~

的な内容で、

ミステリーチックな要素も少しはあるんですが、

それでもミステリーと言うにはちょっと弱いし、

ドロドロ感は殆どないし、

どちらかというと感動系のお話だったので、

ちょっと拍子抜けしてしまいました。

 

ドロドロ系のミステリーを期待して読むと、

私のようにちょっと痛い目をみますので、

ご注意ください。

 

▽内容:

吉祥寺の瀟洒なマンション、チャコズガーデンに住む渚は、離婚を隠したまま孤独な数ヶ月を過ごしていた。だが不審者の侵入や奇妙な騒音が頻発、住人同士で協力することに。そこで見えてきたのは各家族の秘密、最上階に住む謎のレディの正体…渚は住人達と危機を乗り越え、新しい一歩を踏み出せるのか。サスペンスの名手が描く人間ドラマ。

 

上記の内容紹介にもあるとおり、

そうなんです、

この作品は、

サスペンスのようであって、

つまるところ実は〔人間ドラマ〕というのが正解です。

 

たしかに、

チャコズガーデンというマンションで起こる様々な事件や

いろんな住人のプライバシー(秘密)を通じて、

一体全体この物語はどこに向かっていくんだろう?

誰がどう事件に関わっているんだろう?

どう解決していくんだろう?

──といった、

ミステリアスな要素が散りばめられているのは事実です。

 

主人公の隣に引っ越してきた「ケイトくん」なんて、

最初は霊的な何かをもってる子供かと思い、

実はこの作品、

ホラー的な要素を入れ込んできたか?!

と早とちりすらしてしまったくらいで(笑)。

 

それだけに緊張感というか、

先が気になる感はないこともないし、

明野さんの小説はとても読みやすいので、

わりとどんどん読めてしまう。

 

ただ、

冒頭で述べた通り、

結末としては感動系の〔人間ドラマ〕に近いため、

怖いもの見たさのハラハラ感や人間のドス黒さという面は

ほとんど無いに等しいので、

 

読了感としては、

パンチあったな~(衝撃!)

というよりも、

ええ話や~!(しみじみ…)

という感じでした。

 

このへんの、

一種の「期待外れ感」については、

実は巻末の解説でも少し触れられていて、

 

明野さんの物語のコアな読者ならば、(中略)ホラーめいた展開を予測されるかもしれない。明野さんは、サスペンスやホラー色の強い物語、とりわけ、東京に暮らす女性の心理と、その心に潜む昏い闇を描き出すことに定評のある方だからだ。(中略)けれど、本書はいつもの明野さんの物語とはちょっと違う。

 

とあります。

 

ほんとその通り。

 

人間ってみんな昏い闇があって、

それはとても醜くて、

結構怖いものだよね、

というのが今までの明野さんの作品であるとしたら、

 

今回は、

人は誰しも昏い闇をもっているんだけど、

その闇は決して悪いものでもない、

人に言えない過去や恥ずかしい秘密かもしれないけれど、

それは皆それぞれがもっていて、

だからこそ共感・共鳴・共生があり、

人と人との絆が芽生える、

それって素晴らしいことだよね、

というのがこの作品の骨子かと思います。

 

要するに、

人間の「昏い闇」の受け止め方(描き方)が違う。

 

誰もがもつ「昏い闇」の部分をえぐりだして、

ほーら、人間って怖いでしょ?!

と主張するか

だからこそ、人間って素敵でしょ?!

と主張するかの違いで、

今回は後者だったということです。

 

暗い・寂しい・怖いといった負の要素を

これでもかと表に出して、

ホラー調に物語を紡ぐのが明野さんだと思っていたけれど、

人間にはそれをくつがえす”可能性”は結構あって、

ヒューマン調に物語を終わらせたのが今回の手技でした。

 

この”可能性”という部分においては、

解説でも次のように述べられています。

 

寿々子の死後に、七階をサロンにしたのは、明野さんの集合住宅に対するひとつの提案のように思える。隣人や他の居住者と関わらないようにすることで、確かに「個」は保たれるかもしれない。それこそが集合住宅の利点で、何よりもプライバシーが大事、という考えも勿論あるだろう。けれど、「個」はまた「孤」につながるものでもある。適度な「個」を保ちつつも、「孤」にならないようにするための、ちょうどいい装置としての、サロン。そこは、居住者どうしが緩やかに交流していける”可能性”そのものでもある。「個」が集合して暮らす建物の中に、そんなふうな、開かれた場所があるということは、素敵なことだと思う。

 

この物語には、

チャコズガーデンの最上階に暮らす、

村内寿々子というオールドレディが登場するのですが、

この寿々子の正体がまたミステリアスで、

住民のほとんどが彼女を見たことがない。

 

ところが、

チャコズガーデンで起こる数々の事件を契機に、

住民それぞれのヒミツが明らかになっていき、

そのなかで寿々子の正体も明らかになっていくわけです。

 

このプライバシーが露わになることそれ自体は、

住民それぞれの意思に反することではあるのですが、

自分だけがこんな恥ずかしい思いをしているのかと思いきや、

実は周りも人生イロイロなんだなということに気づかされ、

いつしか共感・共鳴・共生が芽生えるという。

 

そんな寿々子も、

ついに寿命をまっとうしてしまう。

 

彼女は自分の死後、

最上階の一部をそんな住民たちの憩いの場にすべく、

サロンとして提供したわけです。

 

解説者(吉田伸子さん)は、

それを

居住者どうしが緩やかに交流していける”可能性”そのもの

と表現していました。

 

これは言い換えると、

人間って暗くて淋しくて怖いところが多分にあるんだけど、

だからこそ人と人が結びつき補いあって生きていく”可能性”もあるんだよ、

ということでもあり、

どちらも人の営みの本質を突いているかと思います。

 

闇があるからこそ光がある、

みたいな。

 

解説では、

続けて次のように述べられていました。

 

近年、高度経済成長期に建てられた大規模な団地、いわゆるニュータウンの老朽化が問題になっている。ニュータウンだけではない。築年数の古い集合住宅が、都市部でも目立つようになって来ている今、明野さんが本書で提示したいことは、集合住宅における共生という点で、ひとつの鍵になってくるのではないか。

 

この考察は、

たしかに鋭いと思います。

 

現代の闇を切り拓く、

「集合住宅における共生」という”可能性”。

 

そうした可能性もまた、

この作品には込められているんだよ、と。

 

果たして、

そこまで厳密に作者が意図していたかどうかは定かではありませんが、

住人どうしが気軽に交流することのできる空間があると、

たしかに孤独死なんていうものは減らせるのかもしれません。

 

まあでも、

そんな空間をもつことのできる集合住宅なんて限られていて、

「○○団地」とか「○○マンション」といった

明らかにビッグコミュニティであったり、

「○○ガーデン」や「○○レジデンシャル」といった

高級感がプンプンする上流マンションだったらいざ知らず、

いわゆる「○○荘」とか「コーポ○○」みたいな、

いかにも孤独死が多そうなところに、

住人どうしが緩く交流できるサロンなんて、

実は全然リアリティがないわけで、

 

本当にこうした現代の闇を解決しようとするならば、

チャコズガーデンをモデルにしようったって、

そんなにうまくいくわけがない。

 

そういった意味では、

解説者のこの指摘は、

鋭いながらも綺麗ごとでしかないとも思いました。

 

あと、

この本のキーワードになっているのが、

「禍福の法則」というもの。

 

「禍福の法則」とは何ぞや?というところですが、

これは登場人物のひとりである岡地映子の言葉を借りると、

 

大きな幸福を得た人は、そのひきかえに大きな代償を支払わねばならない。ささやかな幸福を得た人は、その幸福に見合っただけの代償を払えば済む。

 

というものになります。

 

これもまた、

先の、

闇があるからこそ光がある

というところに通じていて、

光がまぶしければまぶしいほど見る闇は暗く、

光がわずかれあれば見る闇もわずかでいい、

というようなもので、

人生はそんなもんだということです。

 

これはよくわかる。

その通りだと思います。

 

チャコズガーデンに暮らす人々は、

一見みな裕福で幸せそうだけど、

それだけに抱えている闇や代償も大きくて、

彼らのプライバシーが明らかになってくるにつれ、

そのことがわかってくるわけですが、

 

現実世界の私たちにもまた、

これと同じようなことが言えると思います。

 

自分たちは、

彼らのように(はたからみて)裕福でも幸せそうでもないご身分ですが、

得るものが大きいと手放すのが辛いけど、

得るものがそこそこだったら手放すときの痛みもわずかで済む、

というのは身をもって知っている話で。

 

だから、

あんまり欲しがらないほうがいいし、

実は単調なのが一番いいと、

最近はつくづくそう思います。

 

一般的にいう「大きな幸せ」を挙げるとしたら、

出世する、

大金を得る、

すばらしい外見・プロポーションを手に入れる、

立派な家に住む、

出来のいい子供を産む、

この世のものとは思えない絶景を見にいく、

高級で美味しいものを食べる、

──などがあると思うのですが、

 

こんなのは、

たまにでいいし、

そこそこでいい。

 

いや、

きっとそのほうがいい。

 

ちょっとだけ出世して、

たまに小銭を得て、

そこそこの体型・外見を維持して、

まあまあの家に住んで、

そこそこ普通の子供を産んで、

まあまあ綺麗な景色がたまに見れて、

普段そこそこ美味しいものが食べられれば、

本当はそっちのほうが俄然幸せなんじゃないかと思うわけです。

 

こういうことが身をもってわかるようになってきたのもここ最近で、

やっぱりそれはある程度、

いろいろ自分なりに苦労しないとわからないものなんじゃないか

と思ったりもしますし、

たぶん10年前の自分だったら、

本書の「禍福の法則」や「人間の闇と光」には、

そこまで共感はできなかったと思います。

 

そういう意味では、

当たり前といっちゃ当たり前なんですが、

どういうとき(時期)にこの本を読むかによって、

感じ方は全然違うだろうなと思いました。

 

夢と希望があふれんばかりの学生時代とか、

青二才だけど出世や成功がカッコイイと思っていたバリキャリ時代に、

この本を読んでいたら、

「ふーん」「へえ…」くらいで素通りしていたかもしれません。

 

そう思うと逆も然りで、

実は学生時代に読んでめちゃくちゃつまらなかった本が、

今読んだらスゲー面白い!

っていうものもきっとあるんだろうなぁ…

 

──と、

最後はもう、

普通のコメントになってしまいましたが、

 

要は、

ある程度トシをとった今だからこそ、

共感できるところもあっておもしろかった

ということです。

 

おしまい。

 

■まとめ:

・ホラー調のミステリーというより、感動系の人間ドラマ。この作家(明野照葉)特有の、ドロドロ感満載のミステリーかと期待して読んでしまったので、拍子抜け。
・暗い・淋しい・怖いといった「人間の闇」を描くという部分においては、これまでの明野照葉に共通していると言えるが、だからこそ人は結びつき・補い合って、共感・共鳴・共生することができるといった「人間の光」こそが、本書のテーマ。
・ストーリーとして、先が気になる感はないこともないし、文体もとても読みやすいので、わりとどんどん読めてしまうが、ある程度、年をとった今だからこそ、このテーマに共感できた感じは否めない(若いときに読んでいたら共感はない)。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★☆☆

 


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チャコズガーデン (中公文庫)

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