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真田太平記(4) ★★★★☆

池波正太郎さん

真田太平記(四)甲賀問答 (新潮文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

第三巻は、

故・鈴木主水の息子である鈴木右近忠重が、

信奉していた沼田城の真田信幸のもとを密かに去るところで終わるのですが、

 

第四巻は、

秀吉の間諜組織を束ねる山中内匠長俊が、

同じく家康の間諜組織を束ねる山中大和守俊房のもとへ、

こっそり呼ばれて会いに行くところから始まります。

 

この動きを嗅ぎつけた真田の「草の者」があとをつけ、

それに気づいた山中大和守配下の「甲賀忍び」たちが、

真田の奴らの活動拠点をつきとめ、

また一方で生け捕りにせんと、

「忍び合い」が展開されます。

 

まさに、

真田vs甲賀の忍者同士の戦い!

 

この巻は、

大局的には秀吉の朝鮮出兵がいかにトチ狂っていたかを描く一方で、

 

その大局の向かう先を懸念して、

(将来の忍びの世界を牽制すべく)

こうした忍者どうしが、

しのぎを削り合う様が描かれています。

 

 

▽内容:

天下統一をなしとげた豊臣秀吉は、これまでとは人柄も変ったようになり、無謀な朝鮮出兵を号令。そこに豊臣政権のほころび目を見てとった甲賀忍びの頭領・山中俊房は、秀吉の御伽衆である又従弟の山中長俊に早くも手をまわし徳川方への加担を説く。ここに甲賀忍びと真田の草の者との凄絶な戦いが開始され、壷谷又五郎や女忍者お江の常人には推しはかれない活躍が繰り広げられる。

 

 

ということで、

この巻には、 

いろんな忍者道具が登場します。

 

〔飛苦無〕:とびくない

 

〔投爪〕:なげつめ

 

〔忍刀〕:しのびがたな

脇さし

 

〔蛇縄〕:へびなわ

細縄の先に鉄製の錘(おもり)のようなものがついている。この錘を持ち、目ざす相手に投げつけると、細縄が相手の躰へからみついてしまう。

 

──などなど。

 

忍者同士のぶつかり合いや、

戦い方が具体的に描かれていて、

忍者の世界を垣間見るようで面白い!

 

どうやら、

当時の忍者のなかでも、

山中俊房が率いる「甲賀忍び」は歴史も古く、

技術もさることながら組織も整備されていて、

巨大な間諜組織を構成していたんだとか。

 

甲賀の忍者」って、

たしかによく聞く名前ですね。

 

──で、

その甲賀の忍者が、

何気に恐れていたのが、

真田の「草の者」、

つまり、

真田家に仕える忍者たちだったようです。

(この小説を読む限り)

 

謀略家として名高い真田幸隆を父にもち、

自身もまたその策略を武器に、

これまで数々の危機を乗り越えてきた真田昌幸

 

彼のもとで整備・強化されていった真田の草の者たちは、

少数勢力ながら、

甲賀忍びにとって脅威になりはじめている。

 

自分たちが一番!と思っている甲賀忍びにとって、

他の忍者が台頭してくるのは当然面白くないわけです。

 

忍者の敵は忍者。

 

第4巻は、

そんな忍者の抜き差しならぬ闘争が描かれています。

 

逃げる真田の草の者(お江)。

追う甲賀忍び(山内俊房)。

これに通じる内部協力者(田子庄左衛門)と、

彼がお江を助ける過去の所以。

 

これまで比べて、

登場人物が少ないだけに読みやすいのですが、

忍者対決が続くので、

ちょっと自分には間延びした感が否めなかったかな。

 

でも、

忍者好きの人には、

結構面白い巻になるかと思います。

 

※第一巻のレビューはこちら

※第二巻のレビューはこちら

※第三巻のレビューはこちら

 

【登場人物】

・山中内匠長俊:

秀吉の御伽衆(側近)の一人で、策士。間諜組織を束ねるトップ。山中俊房の又従兄で、甲賀出身。山中俊房に呼ばれ、秀吉に見切りをつける(?)。

 

・山中大和守俊房:

甲賀の豪族で家康の間諜組織を束ねるトップ。山中長俊の又従兄。長俊に密使を送り、秀吉との手切れを提言。家康の老臣・本多正信に直属。

 

・杉坂重吾郎:

山中俊房に仕える忍びの者。俊房から長俊へ、密使としてつかわされる。山中俊房より、甲賀に侵入し逃走したお江と、それを匿う田子庄左衛門の動きを監視する役に任ぜられる。

 

・瀬戸伴蔵:

山中俊房に仕える忍びの者。杉坂重吾郎と同じく、山中俊房より、甲賀に侵入し逃走したお江と、それを匿う田子庄左衛門の動きを監視する役に任ぜられる。その後、逃走した庄左衛門とお江を追うも、庄左衛門によって殺される。

 

・豊臣(三好)秀次:

秀吉の姉方の甥。世継ぎに恵まれなかったため、秀次を後継者に指名。二代関白。

 

・お江:

真田の忍びの者。もとは武田家に仕えていたが、武田家滅亡後は壺谷又五郎とともに真田家に仕えるように。第四巻では、山中長俊・俊房の密会をキャッチするところから始まる。真田幸村や向井佐平次と性的関係を経たこともあるが、甲賀で山中忍びにつかまるも、田子庄左衛門の献身的な介護により、一命をとりとめる。これにより、庄左衛門と男女の仲に。しかし、甲賀からの脱出の折、庄左衛門を失う。

 

・馬杉市蔵:

 お江の父。もともと山中大和守俊房に仕える甲賀忍びで、武田信玄のもとに派遣されていたが、武田から織田信長へ鞍替えする主家の命に背き、そのまま武田家に居残る。命令に背いたことで、山中甲賀忍びから裏切り者のレッテルを貼られ、猫田与兵衛らに殺されかけるが、これを討ち取る。長篠の戦い武田勝頼vs信長・家康)で戦忍びとして責務を負うも、戦死。

 

・五瀬の太郎次:

馬杉市蔵と同じく山中俊房に仕えていた甲賀忍びの一人で、馬杉市蔵と同様、山中家から武田家に離反。武田家滅亡後は、真田家に仕え、甲斐から京都へ拠点を移し、僧侶や百姓・商人などになって諜報活動に従事。かつて同じ甲賀忍びだった杉坂重吾郎を見かけ、山中長俊・俊房の密会をキャッチアップ。

 

・向井佐平次:

第四巻では、秀吉のもとに人質としてあずけられている真田幸村に随伴し、大阪に居住する一方、幸村から上田の真田本家に送られる情報の中継役として活躍。

 

・もよ:

佐平次の妻で、佐助の母。真田の草の者であった故・赤井喜六の娘。砥石の真田の庄に暮らし、砥石城の番士や家来などの身の回りの世話をする。

 

・佐助:

佐平次ともよの息子。幼い頃から、真田の庄で暮らしていたため、はやくから忍びの術に関心をおぼえ、叔父(横沢与七)のもとで修練を積む。

 

・横沢与七:

もよの亡母の弟(つまり叔父)で、真田家の草の者の一人。赤井喜六らと共に、はやくから戦忍びとして活躍し、忍びの術に老練している。真田の庄をまもる首領でもあり、幼い佐助に忍術を手なずける。

 

・奥村弥五兵衛/姉山甚八

壺谷又五郎配下の真田の忍びの者。京都・下久我にて秀吉の情報収集につとめる。第4巻では、山中俊房亭に出向く山中長俊を追って、途中、甲賀忍びと戦う。姉山甚八は負傷。

 

・壺谷又五郎

真田家の間諜組織の筆頭。お江や姉山甚八などの「草の者」の総司令官に当たる。第四巻では、向井佐平次の息子(佐助)の成長を案じたり、近江に忍びの宿の配備を進めたり、脱出してきたお江を甲賀から救い出したりと奔走。

 

・まあ殿:

前田利家のむすめで、秀吉の側室の一人。京都・聚楽第天守閣の一階に暮らす。

 

・猫田与助:

父・猫田与兵衛をお江の父・馬杉市蔵に殺され、本人もお江と因縁のある、宿敵の仲。山中俊房に仕える。第四巻では、甲賀で山中長俊をつけてきたお江たちを追う。

 

・牛原茂兵衛:

猫田与助と同じく山中俊房に仕える甲賀忍び。山中俊房亭に赴く山中長俊を見守るべく、邪魔者を監視していたところ、姉山甚八・奥村弥五兵衛らを発見。忍び争いとなり、命を落とす。

 

・新田庄左衛門:

京都・室町で、猫田与助らが忍び宿として使っていた扇屋のあるじ。自身も、山中大和守(俊房)配下の忍びの者。

 

・田子庄左衛門:

甲賀忍びの一人で、山中大和守俊房に仕える。馬杉市蔵とは同期で、武田家にも派遣されたが、山中俊房の命により、撤収。本来は、市蔵とともに武田に居残るはずだったが、その後の動きを馬杉市蔵に伝えるため、意図的に甲賀へ戻る。甲賀に侵入し、逃走するお江を捕らえ、これをかくまって助ける。脱出の際、お江を逃がすべく、自身の命をおとす。

 

・小松殿:

徳川から沼田城主・真田伊豆守信幸のもとに嫁いだ正妻。本多忠勝の娘で、家康の養女。徳川と真田信幸をつなぐパイプ役で、本人の自負も強い。

 

・安田新右衛門道利:

本多忠勝から真田分家(信幸・小松殿)への使者。情報伝達が遅れ、小松に叱責されて割腹を覚悟するも、信幸によって一命をとりとめる。

 

・大谷刑部少輔吉継:

秀吉の側近。越前・敦賀城主。真田幸村の岳父で、於利世の父。朝鮮出兵においては、船奉行を担当。らい病を患っており、朝鮮出兵の過労で病死。

 

・石田治部少輔三成:

近江・美濃など秀吉の直轄領の代官で、秀吉の片腕。九州平定では兵站奉行、朝鮮出兵では船奉行を務める。

 

・岡本重政/牧村政吉:

秀吉の家臣で、朝鮮出兵の際の船奉行。

 

・於利世(おりよ):

大谷吉継の娘で、真田幸村の妻。 

 

・矢沢薩摩守頼綱:

真田昌幸の叔父で、真田家の老臣。元・沼田城代。

 

・樋口角兵衛:

樋口下総守と久野の子とされるが、実際は真田昌幸と久野の間に産まれた子。幼少より屈強な身体と獰猛な性格の持ち主だったが、真田幸村と折り合いがついてからは沈静に。

 

・真田伊豆守信幸:

真田昌幸の長男。家康の婿(養女・小松殿と結婚)。沼田城主で真田分家のあるじ。

 

・まん姫:

真田信幸と小松殿の第一子。文禄の役で、信幸が名護屋に滞在中に生まれる。

 

・真田孫六郎:

真田信幸と小松殿の第二子で、長男。初子が産まれた信幸を思いやって、真田昌幸名護屋から帰郷させた折にできた子。

 

・杉野喜藤次:

本多忠勝が沼田・小松殿へ差し向けた使者。安田新右衛門の同僚。新右衛門が大坂で鈴木右近を見かけたことを、小松殿に報告。

 

・羽尾勘七:

沼田・小松殿から名護屋・真田信幸へ向けられた使者。小松が縫い上げた羽織や、安田新右衛門がしたためた鈴木右近に関する書状を、信幸に渡す。

 

・鈴木右近忠重:

故・名胡桃城主、鈴木主水の息子。沼田の真田信幸のもとに仕えていたが、沼田を離れ、江戸にたどり着く。その後、柳生五郎右衛門宗章に随伴し、奈良まで赴いたのち、柳生宗厳のもと剣術の師事をうける。

 

・於順:

沼田に居住する小松殿の待女。父は、上田城真田昌幸のもとに仕える杉野源右衛門。真田信幸と小松殿が、子供になかなか恵まれなかったときに、小松殿のはからいで信幸の側室に迎えられそうになったが、鈴木右近との偽装恋愛でこれを回避。

 

・玉野:

江戸で鈴木右近が通い詰めていた遊女。

 

・柳生五郎右衛門宗章(やぎゅうごろうえもん むねあき):

柳生但馬守宗厳(むねよし)の四男。江戸で牢人に襲われそうになった鈴木右近を助け、旅の随伴を許し、これを奈良の柳生の庄まで送り届ける。

 

柳生但馬守宗厳(むねよし):

大和・柳生の庄を領する豪族。刀槍の術を修め、新当流・中条流・宝蔵院流の奥義をきわめる。柳生五郎右衛門の父。上泉伊勢守信綱(上州の一豪族)より、新陰流の兵法秘伝を授けられる。のちに家康に召し出され、正式に家臣となる。

 

・柳生新次郎厳勝(よしかつ):

柳生宗厳の長男。松永秀久vs筒井順慶の戦で、松永勢に従軍して重傷を負い、不具の身に。

 

・柳生又右衛門宗矩(むねのり):

柳生宗厳の五男。22歳にして、父のもと(柳生の庄)で、新陰流の相伝を伝授。

 

加藤清正

秀吉の子飼いの大名で、肥後・熊本城主。秀吉が朝鮮出兵の際に構えた、名護屋城の築城時の総監督。唐津城主・寺沢広高もこれに協力。小西行長宗義智に続く第二軍として、朝鮮に進軍。

 

小西行長

秀吉に仕える肥後大名の一人。朝鮮出兵では第一軍として出陣。対馬宗義智(よしとし)もこれに加わり、たちまち釜山城を落とす。その後も、朝鮮南部の各城を次々と制覇。

 

李舜臣

朝鮮出兵の際の、朝鮮側の武将。朝鮮水軍を指揮し、日本海戦で日本軍を大いに悩ます。日本軍は朝鮮各地で快勝するも、李舜臣率いる水軍に補給を断たれ、進軍に苦戦。

 

上泉伊勢守信綱:

上州・箕輪城主、長野業政に仕えるも、武田信玄によって長野家が滅ぼされたのち、諸国を遍歴し、刀槍の術をまなんで蘊奥を極める。自分の工夫を加えた新陰流の剣術を創始。柳生宗厳にこれを授ける。

 

後陽成天皇

朝鮮出兵の際の天皇。父は、正親町(おおぎまち)上皇。秀吉に渡海延期・中止を要請。

 

足利義昭

室町幕府で最後の15代将軍。織田信長毛利元就武田信玄上杉謙信などを謀略であやつりつつ、幕府の栄光を取り戻そうとするも、最終的には織田信長によって京都から追放される。のちに足利昌山と名乗り、秀吉から領地を与えられ、朝鮮出兵にも秀吉の家臣として出陣。

 

・広沢の局:

名護屋越前守の妹。朝鮮出兵の折、秀吉の寵愛を受け、側室となる。名護屋まで出向いた側室・淀殿はこれに嫉妬し、大坂へ戻ってしまう。

 

堀秀政

秀吉と共に信長に仕えていたが、信長の死後、秀吉に仕える。信望厚く、琵琶湖・佐和山城主および越前・北の庄城主をまかされるも、小田原攻めの際、陣中で病没。その後、佐和山城は、息・堀秀治が継いだが、越前へ移封。

 

・佐久間峰蔵:

もと武田家の鉄砲足軽で、忍び者ではないが、又五郎の幼馴染。武田家(勝頼)の滅亡間際に、足軽から百姓となって近江・長曾根の村落に婿入り。偶然、再会した壺谷又五郎の頼みもあり、近江の忍び宿の設営に協力。

 

・大政所(仲):

秀吉が誰より敬慕していた生母。家康と講和の際に、一時は人質として岡崎に差し出したこともあるが、その後は京都・聚楽第にて暮らしていた。危険を顧みない秀吉に、朝鮮への渡海を戒める。文禄の役の最中に、病没(1592)。秀吉は名護屋より急行。

 

豊臣秀頼

秀吉と側室・淀殿(茶々)の第二子。先に鶴松が産まれているが、幼くして病死。秀吉が生母・大政所の死に際して、名護屋から大坂に戻ってきたときに出来た子とされているが、疑わしいところもあり(?)。

 

前田玄以

もともとは織田信忠(信長の長男)に仕えていたが、信長・信忠父子が本能寺の変に斃れると、秀信(信忠の子)を前田玄以に託し、城を脱出させる。のちに、秀吉の信頼をうけ、京都奉行から丹波亀山城主に任ぜられる。秀吉から、伏見城築城計画をまかされる。

 

 

【印象に残ったこと】

・伊賀・甲賀は同じ三重にあると勘違いしていたけれど、伊賀=三重、甲賀=滋賀だった(同様に、「草津」も「草津温泉」のある群馬と勘違いしていたが、滋賀県の「草津市」だった)。。。甲賀の忍者を組織する山中一族やその手下は、時の権力者を見極めながら、諜報活動に協力・従事していた。

 

山中大和守俊房:武田信玄織田信長徳川家康

山中内匠長俊:武田信玄豊臣秀吉→→徳川家康(?)

 

これに対し、

もとから伊那忍びだった壺谷又五郎らは、

勝頼のころ真田家に譲り受けられた。

 

壺谷又五郎武田信玄・勝頼→真田昌幸

 

・秀吉が京都に建てた豪邸・聚楽第は、豪華絢爛・荘厳な楼閣でありながら、それだけで城として、戦にも耐えられるつくりをしていた。

 

ここは豊臣秀吉の居館といっても、一つの城郭である。深い濠をめぐらし、石垣をもって囲い、二重三重の櫓を設け、いざともなれば、ここへ立てこもって一戦をまじえるに充分であった。

秀吉は、旧主・織田信長が無造作に、京の本能寺へ宿泊し、明智光秀の急襲を受けたことを忘れてはいなかった。

 

・秀吉の、(美術や芸術だけでなく)建築や土木に対しての熱意は、誰よりもすごかった。

 

城や殿舎の建築や、土木の工事にかかるときの豊臣秀吉の熱中ぶりは、異常といってよい。

(中略)秀吉は、その時代のもっともすぐれた建築家であり、土木技師でもあったといってよい。

 

・「甲賀忍び」 の組織力や技術は格段で、それに比べると真田の諜報網はまだまだ脆弱だった(15年)。

 

甲賀は、又五郎の目から見ると、「巨大な、忍びの城」の、ようにもおもえる。

百年も二百年もかけて、甲賀忍びの諜報網と技術と組織がととのえられた。

 

・当時、「忍びの者」の身分は低かったが、真田昌幸は、誰よりも彼らを人間としてみなし、温情をもって接した。

 

相手の目を謀り、闇の底から底へ人知れずはたらく隠密の役目…忍びの者には身分もなく地位もない。どこまでも人の蔭に隠れて、生涯を終える。

世の人びとからは、警戒と侮蔑の目をもって看られ、正常の人の生活からは、きびしく排除されているのが忍びの者の一生であった。

 

甲賀忍びと真田の草の者の違いは、前者がかなり組織化・世襲化されているのに対し、後者は少数精鋭で非世襲的なところがあった。

 

(親子の)感情が芽生える前に、彼ら〔=甲賀忍び〕は組織的に訓練され、それ以外には「生きる道を知らぬ…」といってもよいほどであった。(中略)たとえば、遠い他国の一町村に住みつき、二代三代と年を経て、甲賀へ戻らぬまま情報を送りつづけているだけでもよい。(中略)つまり、それほどに甲賀の忍びの活動は底が深く、ひろがりが大きいのだ。

真田の〔草の者〕とは、そこがちがう。草の者は、あくまでも一人の〔個性〕よって、はたらく。

 

 ・甲賀忍び(山中俊房)は、真田勢が秀吉の今後を見かねて、山中長俊を監視するなどの諜報活動を展開していることに慄然とし、真田の先見の明と諜報網の進化を脅威とみなしていた。これは、それだけ真田の草の者が急速に組織化され、精鋭化していたことのあらわれ。

 

真田昌幸は、徳川から長男・信幸のもとに嫁いできた小松殿を、やり手で、かつ真田家にとって脅威になるとみており、一時は暗殺をも考えていた。

 

女ながらも、小松は徳川家の〔外交官〕としての役目を背負って信幸のもとへ嫁入ったのであった。

 

・秀吉が朝鮮出兵に際して、肥前(佐賀)・名護屋城を築城した際、荘厳で堅牢な城郭を短期間で建てたので、多くの工夫が命を犠牲にした。この名護屋城は、のちに、方位学的に不吉とされ、朝鮮出兵の敗因の一つと噂された。

 

・秀吉の朝鮮出兵では、全国から諸大名・譜代が肥前名護屋に集められた。家康や真田昌幸・信幸をはじめ、伊達政宗上杉景勝、佐竹義宣、南部信直池田輝政山内一豊などなど。加えて、足利義昭までもが家臣として京都から行軍。

 

・忍者の活動で生死の境を決めるのは、理屈ではなく五官(勘)と言われていた。

 

理屈で五官で五官がはたらくようになってしまっては、「もはや、忍びではない…」のである。

 

 ・後年の秀吉はかなりトチ狂っていて、周りから精神を病んだのではないかというくらい、無謀な計画が多かった。朝鮮出兵もその一つだし、朝鮮平定の際は嗣子・秀次を朝鮮の関白に、さらに明までをも征服して、北京周辺を後陽成天皇の御料地として献上するといったことを真剣に考えていた。

 

・まわりの君臣たちも、秀吉の朝鮮出兵や壮大な計画に箴言がはばかられ、すでに遠征している小西行長らは石田光成・大谷吉継などと協議し、これ以上の進撃を中止。また、家康をはじめとする名護屋在陣の諸将も、早くことが終わることを待ち望んでいた。

 

・一方で、秀吉はこの期におよんで伏見城築城を計画。聚楽第を秀次へ譲渡したこともあり、それに代わる城(伏見城)を京都と大阪の間に築こうとしていた。この伏見城は、後年の彼の狂信的ともいえる虚栄。

 

朝鮮での進出も、はかばかしくない。

自分の渡海も延期になった。

生母は、自分の渡海を気に病み、それが因をなして病没した。

おもうことが、これまでのようにおもうにまかせぬ苛立ちを、秀吉は、もてあましている〔中略〕。

(城を築こう…)と、おもいたったのも、これならば自分のおもいどおりに事が進められるからであった。

 

 

■まとめ:

・第四巻は、大局的には秀吉の朝鮮出兵がいかにトチ狂っていたかを描く一方で、その大局の向かう先を懸念して、(将来の忍びの世界を牽制すべく)甲賀忍びと真田の草の者がしのぎを削り合う様が描かれている。

・忍者同士のぶつかり合いや、その道具・戦い方が具体的に描かれていて、忍者の世界を垣間見るようで面白いが、話としては、むしろそれが中心なので、ちょっと間延びした感も否めない。

・しかし、それだけに、登場人物も少な目で読みやすい。忍者好きにはたまらない巻だと思う。


■カテゴリー:

歴史小説

 

■評価:

★★★★★

 


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