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鉄の骨 ★★★★☆

池井戸潤さん

鉄の骨 (講談社文庫)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

建設業界を取り巻く「談合」のおハナシです。

 

池井戸さんの初期のほうの作品ですが、

やっぱり安定していて、

話自体とても面白かったです。

 

しかし何より、

「談合」とは何ぞや?

ゼネコンとオカミ(自治体や政府)の癒着って何?

──的なところが、よーく分かり、

たいへん勉強になりました。

 

新聞よりニュースより、

池井戸潤かもしれません。笑

 

話の展開の面白さ、

建設業界にはびこる悪しき風習、

そんな業界で生き残るための権謀術数などなど、

相変わらずのドキ×2・ハラ×2なストーリーに、

舌を巻かれました。

 

一気読み必至の一冊です。

 

▽内容:

中堅ゼネコン・一松組の若手、富島平太が異動した先は“談合課”と揶揄される、大口公共事業の受注部署だった。今度の地下鉄工事を取らないと、ウチが傾く―技術力を武器に真正面から入札に挑もうとする平太らの前に「談合」の壁が。組織に殉じるか、正義を信じるか。吉川英治文学新人賞に輝いた白熱の人間ドラマ。

 

この小説を読んでいたころ、

ちょうどこんなニュースがありました。

 

東京新聞:震災工事談合疑い 道路13社を強制調査:社会(TOKYO Web)

 

震災で被災した道路や高速の復旧工事をめぐって、

複数のゼネコン(道路舗装会社)が、

結託して受注調整をおこなっていた(=談合)という事件です。

 

記事によると、

こうした談合は震災以前から行われていたようですが、

震災後に案件数が増えたことで、

仕事の分配がしやすくなり、

調整(談合)しやすい環境が生まれたとしています。

 

建設業界では昔から談合・談合…と言われてきましたが、

そもそも談合って何よ?

みたいなところもあって、

何が悪いのかイマイチよくわからなかったのですが、

 

この本を読むと、

スッキリ!よくわかります。

 

要は、

国や自治体、行政法人なんかが発注する仕事は、

一般的に「入札制」で、

一番安い業者が受注することができるという背景(仕組み)がある。

 

とはいえ、

まずは入札業者として呼ばれることが大前提で、

この入札に呼ばれなければ、

「土俵にあがる」ことすらかなわない。

 

じゃあ、

どうやってその土俵にあがるのか?

 

それは、

会社の規模や実績、信頼性はもちろん、

これまでの取引実績なども加点されて、

入札業者としてお呼ばれするわけです。

 

──が、 

裏口という方法もある。

 

いわゆる賄賂です。

 

政府高官や実力者に賄賂を渡して、

入札のための口利きをしてもらう。

 

しかし、 

土俵にあがっても、

結局受注がとれなければ意味がないわけで、

そこでモノをいうのは、

あくまでどれだけ安い価格を提示できるか?

ということになります。

 

行政側は、

最低入札額をもって落札をしますので、

 

請負側としては、

入札額を安く抑えれば抑えられるほど、

落札できやすい(受注しやすい)。

 

でも、そうなると、

利益を削ってでも仕事をとりにく業者があらわれます。

 

そもそも公共事業(なかでも土木事業)というのは、

額がデカい。

 

たとえ利益率が1%でも、

50億円の事業だと5,000万円、

10億円なら1,000万円の利益が得られるわけで、

 

そうなると、

われもわれもと参入する中小建設会社が沢山現れる。

 

そんなことが起きないよう、

本来は競合である各社が、

事前に入札額を調整して、

前回はAさんとこに落札させたから、

今回はBさんとこが落札できるようにして、

次回はCさんとこに…

というふうに、

出来レースを仕掛ける。

 

これが談合。

 

なので、

基本的に談合というのは、

入札業者すべてが参加することで成立するわけですが、

 

今回のB社が最低価格で入札しても、

必ずしもそれで落札ということにはならない。

 

なぜか?

それには発注側の「予算」があるから。

 

この予算は前年度実績や、

類似する実績などから換算して、

行政側で設定されるわけですが、

彼らには必ず「予算」がついてまわる。

 

A社・B社・C社が談合して、

B社に今回は譲るとすると、

3社のなかでB社が一番安い価格で入札するわけですが、

仮にそれが10億だったとしても、

 

発注側の予算が7億であれば、

B社はこれを落札できないということになります。

 

だから、

同じ案件でも、

大抵、複数回の入札が行われます。

 

発注側の上限予算(この場合は7億)に見合う入札があるまで、

何度かやり直しされる。

 

さて、ここで、

入札業者にも呼ばれないD社がいたとします。

 

D社は、

どうしても今回の案件を落札したい。

 

仮に赤字になってもいい。

とりあえず当座の資金繰りをなんとかするために、

まとまった額の発注が欲しい。

 

でも、

D社は当案件について、

これまで実績がなく、

会社の規模も決して大きくはない。

 

よしんば、

入札業者として、

闘いの土俵にのったとしても、

他の各社が談合しているなかで、

絶対に今回D社に当選がまわってくることはない。

 

さて、

D社はどうするか?

 

このとき使われるウルトラCが、

先述の賄賂になります。

 

入札業者として招聘されるための「口利き」を依頼し、

落札できる上限予算を聞き出す。

 

もちろん、

それだけでは落札はできませんが、

(各社の入札予定価格もある程度わからないとダメ)

 

赤字覚悟で臨むわけですから、

談合で調整した各社よりも低い金額を入れるのは、

それほど苦にならない(覚悟ができている)。

 

発注側であらかじめ設定している、

7億の上限予算に対し、

6.5億という破格の入札額が提示できます。

 

それに対して、

一方の談合チームのほうは、

あくまでB社に優先権を渡すのみで、

少しでも上限予算ギリギリに近づけるべく、

少しでも旨み(利益)が出るようにと、

余裕をもった入札価格で臨むわけです。

 

7億の上限予算に対し、

6.9億というふうに。

 

談合することで、

各社は消耗戦を避け、

安定的に少しでも利益が吸えるよう、

タッグを組んで挑む。

 

本書では、

前半が新宿区の道路工事、

後半が地下鉄の拡張工事に関するエトセトラを物語にしているのですが、

 

その前半部分では、

建設省のドンといわれた「城山和彦」に対し、

賄賂を送って裏口エントリーの口利きを依頼し、

上限予算を聞き出して案件を落札する、

「トキワ土建」の巧妙な手口が描かれています。

 

このように、

建設業界では昔から

行政と民間の癒着、

民間企業の談合は頻繁にあるようですが、

民間企業の談合に行政が癒着するケースもあります。

 

これが「官製談合」というやつ。

 

何らかの形で、

行政側も談合に加わるのです。

 

民間から賄賂を受け取り、

予算を教えたり、

あるいは予算をコントロールしたり。

 

2006年に、

宮崎県の土木工事で、

県知事が特定の会社に落札させるよう便宜を図った事件がありましたが、

あれこそ代表的な官製談合です。

 

談合には必ず旗振り役がいて、

これを「調整役」といいますが、

たいていは大手クラスの会社のお偉いさんで、

業界・政界に顔が広く、交渉のやり手。

 

一方の政界のほうにも、

「旗振り役」ならず便宜を供給する「権力者」がおり、

 

これが事件として表に出てしまうと、

彼ら「調整役」や「権力者」が、

事件の「主導者」として捕えられるという。

 

ちなみに、

宮崎の事件で知事は逮捕・辞職し、

その後釜として県の再建にあたったのが、

かの東国原英夫さんですね。

 

──とまあ、

こういう業界の裏知識みたいなところが、

この本を読むとすんなり飲み込めるわけです。

 

池井戸さんは、

池上彰さんの小説家バージョンじゃないかっていうくらい、

気付いたらわかりやすく解説してくれている。

 

この「気付いたら」というのがポイントで、

 

そもそも、

ストーリーの構成がおもしろかったり、

話自体がわかりやすくないと、

「気付いたら」腹に落ちていた

──なんてことはありえません。

 

それが作者のすごいところだなと思います。

 

もちろん、

前提となる知識があるかないかも重要なんですが、

それを以下にわかりやすく・おもしろく読者に伝えるかは、

筆をとる側・話す側の腕の見せ所だと思います。

 

そういう意味で、

自分は彼を、

池上彰さんの小説家バージョン」と表現しました。笑

 

じゃあ、

なにがそれほど読者をおもしろく感じさせるのか。

 

ひとつは、

ミステリー要素を多分に含んだストーリー構成ですし、

もうひとつは、

やっぱり登場人物のキャラクター設定が素晴らしいことだと思います。

 

下町ロケット』を読んだときも感じましたが、

 

池井戸さんの小説に出てくる人たちは皆、

主人公をはじめ、

とにかく登場人物のキャラクターが、

メリハリがあって面白い。

 

必ずいいヤツ・悪いヤツがいて、

 

基本、いいヤツなんだけど、

それは完璧ではなくて、

嫉妬やズルもする、

感情的になってダメなことも言ってしまう。

 

逆に悪いヤツは、

基本、悪いヤツなんだけど、

そうなるのも仕方ないよな…とか、

こいつがやっていることも一理あるよね…とか、

どこか共感できるところもあって、

100%認められないっていうこともない。

 

これはある意味、

現実世界と同じだと思いますし、

だからこそ親近感がある。

共感ができる。

 

いいヤツも悪いヤツも含めて、

彼らの言動や気持ちが、

「わかりたくないけどわかる」

「わかるけどそれやっちゃダメでしょ」

──的なところが多分にあって、

 

それゆえに読んでいるこちらは、

簡単に物語の中に引き込まれてしまうのです。

 

本書に登場する「平太」もそう。

彼はいいヤツなんだけど、

仕事に夢中になっていくなかで、

談合にも片足を突っ込んでしまう。

 

悪いことだとわかっているけれど、

会社のため、

一生懸命働いている仲間のために、

「必要悪」を選ぶこともやむを得ないと考えるようになります。

 

これって、

少しでもサラリーマン社会に身を置いたことがある人間なら、

誰しもが通る道で、

 

たとえ理不尽なことであっても、

その理不尽さをいつかどこかで受け入れて、

「仕方ないこと」だと割り切って仕事をする。

 

だから、

物語のなかの「平太」を否定できないのです。

 

彼を否定してしまったら、

自分を否定することにもなるから。

 

”わかるよわかるよー”

”そうやって葛藤しながら俺もやってる”

 

──と、

たいていの読者はそう思いながら、

平太を応援しちゃうでしょう。

 

逆に、

平太が勤める一松組常務の「尾形」。

 

こいつは賛否両論あるでしょうが、

「いいヤツ」か「悪いヤツ」かでいったら、

「悪いヤツ」に分類されるのかもしれません。

 

たしかにヤツは腹黒い。

 

最後まで読むと、

最終的にこいつが一番腹黒いじゃん!

っていうことがわかって驚きますが、

 

それだって、

能無しの二代目社長のかわりとなって、

経営難の一松組を復活させるためにやったことだと思えば、

やり方は汚いけれど、

ある意味、仕方ないことだとも思えてしまいます。

 

これも

一度、死ぬほど身を削って働いたことがある人間なら、

(※それがいいとか悪いとかでは決してなく)

たぶん共感できてしまう。

 

平太から彼女(萌)を奪おうとした、

銀行マンの園田もそう。

 

いつも高飛車で、

どこか他人を小馬鹿にしている園田ですが、

最終的には、

萌に謝罪する。

 

とはいえ、

それは彼女を一人の人間として尊重しただけであって、

他多数の他人に関しては、

基本的な性格は変わらないとは思いますが、

 

それでも、

ヤツは100%悪人とも言い切れない。

 

それを証拠に(といったらおかしいですが)、

彼のお母さんは非常に物分かりの良い、

ニュートラルな視点をもつ女性として描かれています。

 

だからきっと園田も、

100%ワルじゃない。

 

──なんていうのは、

ちょっと短絡的かもしれませんが、

 

とにかく、

その園田だって、

企業に多額のお金を融資する側の人間として、

どうしても視点が偏ってしまいがちになりつつも、

じゃあ間違っているのかというと、

そうとも言い切れない(と自分は感じました)。

 

作者は、

園田や銀行という組織を、

 

”マクロ的”な発想を背後に感じさせる

 

と、もちあげてみたり、

 

下々が生きるために駆けずり回っているのに、すまし顔で大義名分を振りかざしている

 

と、上から目線的な態度の持ち主のように表現していますが、

 

銀行(銀行マン)には銀行(銀行マン)のプライドがあるわけで、

彼らはそれを大上段から社会をとらえていると思っているけれど、

彼らが自負しているマクロ的な視点が本当にそうなのかというと、

あながちそうでもないことがわかります。

 

マクロ的というならば、

銀行のほうが中長期的な視点をもっているのかというと、

彼らはリスク回避にめちゃくちゃ慎重だから、

ともすれば目先のことしか見えていないことだってある。

 

実際に事業のかじ取りをしている運営会社自体のほうが、

実は中長期的な展望を描いていて、

目の前の雑魚を逃しても、

次の大魚は逃さない的な発想で経営を乗り切ろうと

あらゆる手段を講じていたりもする。

 

要は、

銀行だから視点が優れているとか、

銀行だからマクロ的・上流の発想をもっていて偉いとか、

そういうことはないわけです。

 

彼の作品を読んでいると、

そのことがとてもよくわかります。

 

しかし、

それぞれの立場にそれぞれの想いがあって、

それはプライドとも表現されるものですが、

ときにそれが慢心にかわり、

他がまったく見えなくなることもあるわけで。

 

何が正しく何が間違っているとかは、

実際、

その立場になってみないとわからないことで、

 

池井戸さんの作品には、

常に”驕るなかれ”的な、

訓戒すら含まれている気がするのです。

 

このように、

メリハリある人物を多用しながら、

物語の起伏も多く、

時に共感や教訓をおぼえ、

時に反感や反面教師にしながらも、

常にドキドキしながらストーリーを追っていく。

 

この『鉄の骨』もまた、

そうした池井戸作品の特徴を武器にした、

読み応えある小説でした。

 

最後に、

星5つに満たなかった理由を書いておくと、

2つあって、

 

1つは、

園田が一松組の融資を担当する傍ら、

今回の事件に何らかの形で関与していたんじゃないか?

と思っていましたが、

全然期待外れだったことです。

 

検察が萌や園田の銀行にガサ入れに入り、

終業後に萌がオンライン端末で振込伝票を調べていたとき、

園田に見つかってしまうシーンがありましたが、

 

ここで自分は、

園田が裏でどこかとつながっていて、

悪事を働いているから、

それがバレるのを恐れて萌を監視していたんじゃないかと

疑ってしまったわけです。

 

疑うというか、

期待すらしていたくらいです。

 

実は、

園田は萌を恋愛対象とはしていなくて、

自分の仕事に都合のよいように扱うために、

手なずけているんだと想定していたのですが、

 

この予想(期待)は外れてしまいました。

 

でも、

そんなストーリーでも面白かったんじゃないかと思います。

(負け犬の遠吠えですが)

 

もう1つは、

平太と業界のフィクサーこと三橋萬造の関係。

 

一方は中小企業の一兵卒、

一方は談合の調整役で業界のドン。

 

たかだか同郷というだけで、

こんなにも身分の違う二人が親密になるか?!

という状況設定に、

あまりにもこの関係性が出来過ぎているな、

という感は拭いきれませんでした。

 

もちろん、

三橋と平太の母が幼馴染だったなど、

二人が親密になるための布石はうたれているのですが、

無理矢理、外堀を固めた感もあって、

自分はそこに非現実性を感じたわけです。

 

ま、小説に限らず、

制作なんてそもそもが虚構なので、

100%現実なんてことはありえないんですが、

 

この部分はどこか無理矢理すぎる感があって、

馴染めませんでした。

 

でも、これを否定しちゃうと、

物語の根幹からゼロになってしまうので、

難しいでしょうけれど…。

 

以上が、

超わがまますぎる減点ポイントでした。

 

下町ロケット』にはかないませんでしたが、

ロスジェネの逆襲』くらい面白かったです!

 

いつか、

池井戸作品の”勝手にランキング”をやりたい。

 

 

■まとめ:

・建設業界を取り巻く「談合」がテーマになっており、「談合」とは何ぞや?ゼネコンとオカミ(自治体や政府)の癒着って何?なぜいつも問題になっているのか?といったところがよくわかる作品。

・ストーリーの構成、登場人物のキャラクター設定、文体のわかりやすさなど、相変わらず、引き込まれ感は半端ない。メリハリある人物を多用しながら、物語の起伏も多く、時に共感や教訓をおぼえ、時に反感や反面教師にしながらも、常にドキドキしながらストーリーを追ってしまう。

 

・あくまで個人的な感想にすぎないが、作中における銀行マン園田の役割が少し期待外れだったこと(事件に関与していると思った…)と、主人公(平太)と業界のフィクサー(三橋)の関係性があまりに出来過ぎていて、非現実的だったことが、残念なポイント。

 

■カテゴリー:

経済小説

 

■評価:

★★★★☆

 

▽ペーパー本は、こちら

鉄の骨 (講談社文庫)

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