イニシエーション・ラブ  ★★★★☆

乾くるみさん

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

昨年、

くりいむしちゅーの有田が番組で絶賛し、

話題になった作品です。

 

有田も絶賛!10年前の小説イニシエーションラブの人気が凄い - NAVER まとめ

 

そして、

今年は映画化もされるんだとか。

 

映画『イニシエーション・ラブ』

 

実は、

私はこの作品は一度読んでいて、

最後の”どんでん返し”のカラクリ部分は、

なんとなくおぼえていたんですが、

 

その前提で読むと、

一読目とはまた違った印象があります。

 

一度目は、

ただただ最後の結末に目を奪われ、

「エッ、そういうことだったの?!」という驚きばかりが残りましたが、

 

二度目は、

「こいつも結構腹黒いな…」

冷静な人物批評なんかできちゃったりして。

 

三度目はもういいかな、

というところで星4つとなりましたが、

二度目までは読んで悔いなしの

”衝撃ラスト本”代表作だと思います。

 

 

▽内容:

僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。

 

この作品、

先の内容紹介にもあるように、

いまどきの青春・恋愛小説と思いきや、

よくよく読むと結構、時代を感じたりします。

 

解説にも、

 

本書は八十年代後半を舞台に、誰もが通り過ぎるごく普通の恋愛を、けれどとても一生懸命な恋愛を、そして──とても素直で正直な恋愛を描いた物語である。

 

とある通り、

時は80年代後半。

 

JRを「国電」と言ってしまうシーンが出て来たり、

『男女七人夏物語』が会話にのぼったり、

クイズダービー」やら「杉山清貴」まで登場したり。

 

カセットテープを聞きながら、

東京⇔静岡を車で行き来しちゃうところとか、

テレカで長距離電話しちゃうところとか、

このへんはもう

 

自分が中学生(90年くらい?)のとき、

もうCDの時代になっていて、

カセットテープは、

小学生高学年(80年代末)くらいだったと思います。

 

メタリックとかノーマルとかね。

 

だから、

この話は自分が小学生頃の時代を思い浮かべると、

あーわかるわかるといった部分は結構あるし、

 

その頃(今もだけれど)の自分は、

お芋のなかのお芋だったわけで、

恋愛の「れ」の字も知らなかったけれど、

 

恋愛のイロハのところは、

登場人物の実年齢(22~24)と重ねて思い出すと、

これもまた、

わかるわかるという部分が結構あったりします。

 

おそらく恋愛なんてものは、

具体的なコミュニケーション方法の違いはあっても、

本質的には今も昔も変わってないということでしょうね。

 

そしてそれは、

作品中に出てくる「石丸美弥子」という女性が語る、

このセリフに凝縮されていると思います。

 

「(イニシエーションとは)子供から大人になるための儀式。私たちの恋愛なんてそんなもんだよって、(昔付き合っていた)彼は別れ際に私にそう言ったの。初めて恋愛をしたときには誰でも、この愛は絶対だって思い込む。絶対って言葉を使っちゃう。でも人間には──この世の中には、絶対なんてことはないんだよって、いつかわかるときがくる。それがわかるようになって初めて大人になるっていうのかな。それをわからせてくれる恋愛のことを、彼はイニシエーションって言葉で表現してたの。それを私ふうにアレンジすると──文法的には間違ってるかもしれないけれど、カッコ良く言えば──イニシエーション・ラブって感じかな」

 

要は、

(いつの時代であれ)

若い頃の恋愛なんていうのは、

通過儀式に過ぎないのであって、

誰もが通る通過点でしかないというわけで、

 

彼女(石丸さん)はそれを、

イニシエーション・ラブ」と命名しているのですが、

 

そんなことを言う彼女もすごいけど、

彼女にそれを教えた元彼(天童)もすごいと思う。

 

わたしたちは、

「疑似恋愛」こそ、

よく耳にするけれど、

イニシエーション・ラブ」は、

そうそう聞くことはありません。

 

でも、

本当は誰もが感覚的にわかっていたりする。

 

たとえば、

昔を懐かしんで、

なんであんなヤツ好きになっちゃったんだっけ?

と回顧するときに、

「あれは若気の至りだったよなー」

なんて言ってたり。

 

そのときは、

自分にはそいつしかいない!

──くらいのことを思っていたはずなのに。(笑)

 

わりと誰もがそんな「オイタ」的な経験があったりするけど、

いまとなっては、

「あれはあれでよかった」とか、

「過去の汚点ではあるけれど、まぁ仕方ない」とか、

諦めて受け入れている。

 

要は、

石丸さんが言うように、

大人になるうえで必然的に経験することだったわけで、

そのことを私たちももうわかっているのです。

 

読者は、

イニシエーション・ラブ」という言葉自体は聞き慣れないものの、

この石丸さんがいうセリフには、

結構、共感をおぼえた人が、

たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

 

ちょっとネタバレになっちゃいますが、

長年つきあってきた彼女(繭子)を振るほうも振るほうだけど(鈴木)、

実は、

彼女も彼女でよろしくやっていたわけで、

 

結局、

男にしても女にしても、

お互いの存在が通過点でしかなかった、

──というのが

本書のタイトルの意味するところだと思います。

 

一瞬、

それは男(鈴木)にとってだけの話かと思いきや、

実は女(繭子)にとっても共通する話だった、

というところがミソで、

 

一読目は、

そのことが最後にわかって、

「エッ、そういうことだったの?!」と驚くという。

 

実際、

当時の読書メモを読み直すと、

次のように感想が添えられていました。

 

まんまとやられた。二人の鈴木。結局、ヒロイン成岡は途中から二股だったってことで、sideAsideBで同時進行してたわけで、誰にとってもイニシエーション(通過儀礼)の恋愛だったってことね。途中、細かい恋愛模様に飽き飽きしてきたけど、最後はそういうことかっていうことで、大満足。

 

で、

二読目は、

そこから一歩進んで、

「女(繭子)も、うまいことやりおって!」

とか、

「なんだ、こいつ(繭子)も、腹黒いじゃねーかよ」

となるわけです。

 

一方で、

脇役の海藤くんとか石丸さんのほうが、

よっぽど大人だなーと冷静に評価できちゃったり。

 

それが二読目のおもしろさだと思います。

 

自分は先のとおり、

(脇役だけど)石丸さんという女性はスゴイ!

と勝手に評価しているのですが、

 

彼女のことをスゴイと思ったのは、

イニシエーション・ラブ」のセリフだけではありません。

 

彼女が、

一方的に想いを寄せる鈴木に対していう、

このセリフもなかなかスゴイ。

 

※ちょっと長いですが、全部引用しちゃいます。

 

「…鈴木くんの言うように、(他の人を好きになるとか)コロコロと自分の意見を変えるのは良くないって私も思う。だけど人間って成長するものだし、そのときに過去の自分を否定することだってあると思うし、それは許されることだとも思う。…自分の言葉に責任を持てるようになるのって、本当は何歳なんだろう?わからないけど、でも私や鈴木くんの年齢(22,23)で、それができるって思うのは、思い上がりだと私は思う。私たちはまだまだ成長する。なのに自分の言葉に責任を持って、考えを変えないようにするのって、それを無理やり止めようとすることと同じだと思う。この先、好きな食べ物だって変わるかもしれない。今はビールが一番好きだと思っていても、もしかしたらワインが一番好きになるかもしれない。それと同じように、一番好きな相手も変わるかもしれないし、今はまだ、私たち変わってもいい年齢だと思う」

 

いや、

ほんと彼女の言うとおりかな、と。

 

私たちは、

社会にでていく過程で、

たとえば就職活動や会社に入ってから、

やたら「自分を持て」とか「自己を確立させろ」とか言われます。

「自分を持っている人は偉い」とかね。

 

巷の就活本には、

必ずといってよいほど、

面接の攻略ポイントとして、

「自分の意見をちゃんと持っているかどうか」

が挙げれているし、

 

要は、

確固たる自己・自分の意見って

すごい大事だよ的な風潮に呑まれまくるわけです。

 

だからイヤでも、

考えが凝り固まってくる。

 

自分(の考え)なんて安定したほうがラクだから、

年とともに自然とそうなる面は否めませんが、

 

一方で、

世間がそうさせているところもある

と私は思います。

 

でも、

本当はそうじゃないんじゃないか。

 

確固たる自分の意見なんて、

なくてもいいんじゃないか。

 

むしろ、

宙ぶらりんなのが当たり前なんじゃないか。

 

それこそ仏教じゃないけれど、

すべては無常、

人の心なんて特に変わるものだし、

絶対そのままなんてことはない。

 

結局、

容姿も気持ちも変わっていくわけで、

それが当たり前なんだというのが、

石丸さんのこのセリフにも入っている気がしたのです。

 

違和感を感じたのは、

「成長」という言葉くらい。

 

彼女はやたら、

「成長」といっていたけれど、

自分からすると、

それは綺麗ごとであって、

 

「人間は成長するもの」ではなく、

「人間は変わっていくもの」が正解だと思います。

 

でもそれ以外は、

いやせめてそれくらいは、

若いこの子に夢を見させてやろうぜ!

とも思う。笑

 

いやーしかし、

22・23の女の子がこんなこと言っちゃって、

ほんとスゴイ。

 

言い得て妙。

人間の本質を突いているというか。

 

ある意味、

こんなふうに割り切って恋愛している彼女は、

大人の恋をしているとも言える。

 

解説者も言っています。

 

お気づきだろうか、本書は初読と再読でまったく違う物語が浮かび上がるのだ。多様な感想が生まれた理由はそこにある。それが本書の最大の仕掛けであり、魅力であり、ミステリ作家・乾くるみが普通過ぎる(ように見える)恋愛小説を書いた理由でもある。はたしてこれは普通過ぎる恋なのか、存分に驚いて戴きたい。

 

普通過ぎない理由の1つは、

先に挙げた一読目の、

男(鈴木)だけかと思ったら、

女(繭子)にとっても通過儀礼な恋でしかなかったのね、

というオチですが、

 

普通過ぎない理由のもう1つは、

(初読では)繭子と鈴木の恋愛関係ばかりに目を奪われていたけれど、

(よくよく読むと)石丸さんと鈴木の恋愛関係もスゴイ、

てか石丸がスゴイ!

大人すぎる・悟ってる!

──的な新たな一面が見えたりして、

 

これも解説者のいう、

「普通過ぎない恋」だと思うのです。

 

ということで、

乾くるみさんの本作品、

再読もまた◎ということで楽しめました!

 

でも、もういいかな。笑

 

■まとめ:

・再読。一度目は、ただただ最後の結末に目を奪われ、「エッ、そういうことだったの?!」という驚きばかりが残ったが、今回は、その他の登場人物の恋愛模様(恋愛に対する考え方)や性格のほうにも目が行き、冷静な人間観察ができて面白かった。

・結局、男にしても女にしても、お互いの存在が通過儀礼(イニシエーション)でしかなかった、というのが本書のタイトルが示すところ。一読目はそのことがラストでわかって圧倒されたが、二読目では、よりじっくりその通過儀礼の意味や、人間の本質的な部分をとらえているところに圧倒された。

・解説にもあるとおり、初読と再読ではまた別の印象を得ることができたが、もうお腹いっぱい。三度目はいらない。

 

■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

 

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