崩れる ★★★☆☆

貫井徳郎さん

『崩れる  結婚にまつわる八つの風景』
を読みました。
 
f:id:pole_pole:20140813022913j:plain
 
評価は、星3つです。
 
貫井徳郎さんと言えば、
やっぱり『慟哭 』ですが、
あれに比べると、
おもしろさではやっぱり劣るかも。
 
貫井さんにとって初めての短編集、
ということもあるかもしれませんが、
そこまでのめり込めなかったです。
 
文章自体は読みやすく、
何を言っているのかもわかりやすかったです。
 

▽内容:

こんな生活、もう我慢できない…。自堕落な夫と身勝手な息子に翻弄される主婦の救いのない日々。昔、捨てた女が新婚家庭にかけてきた電話。突然、高校時代の友人から招待された披露宴。公園デビューした若い母親を苦しめる得体の知れない知人。マンションの隣室から臭う腐臭…。平穏な日常にひそむ狂気と恐怖を描きだす八編。平凡で幸せな結婚や家庭に退屈しているあなたへ贈る傑作短編集。
 
◆「崩れる」
平凡な主婦が、「カス」の夫と勝手な息子を抱え、生活を支えるためにパートとして毎日身を粉にして働くが、ある日、それまでの不満がいっきに爆発して二人とも殺してしまう話。
 
◆「怯える」
新婚家庭の夫に、昔別れた(依存質な)女から電話がかかってくるが、実は途中からこれを仕掛けたのは、妊娠した妻だった。
 
◆「憑かれる」
キャリアウーマンが、ある日、高校時代の友人らの結婚披露会によばれる。新婦のほうは昔自分が裏切った女友達で、新郎のほうは昔その女友達を裏切って、自分がしばらく付き合った男。晴れやかな日にも関わらず、久しぶりに会った女友達は、「自分には男運がない」といって、かかわった男性はみんな死んでいったとぼやく。そして、自分達夫婦も実は今日、新婚旅行でタイに飛んだばかりで、実はもう死んでいるんだと告げる。狂言じみた冗談の告白に、真っ青になりながら会場をあとにするが、家についてテレビをつけると、海外で飛行機事故のニュースが。
 
◆「追われる」
結婚相談所でカウンセラーとして勤める女性が、コミュニケーション下手な男性にストーキングされる。彼は女性の地元まで後をつけたため、ついに警察沙汰になるが、当時その地元では痴漢が出没していたため、女友達の虚言により、痴漢の罪までかぶせられる。ストーカー男がつかまって安心していたところに、本当の痴漢男が現れて追われる。
 
◆「壊れる」
社内不倫をしていた男と上司が、ある日、近所で妻同士が車の接触事故を起こす。上司の方に非があったが、社内の力関係でねじ伏せられたため、その復讐として上司の不倫現場をおさえ、会社にリーク。上司は左遷されたが、自分も復讐返しに遭って、家庭が崩壊する。
 
◆「誘われる」
商社勤務のエリートサラリーマンを夫に持つ主婦は、巨大団地群を見渡せるマンション住まい。住む場所の違いから、団地群のママ友とは仲よくなれず、新聞の投書で見かけた近くに住む子育てママに接近するも、疑心暗鬼が募り、彼女に対してついに凶行におよんでしまう。それは、育児ノイローゼによる妄想がさせたものだった。
 
◆「腐れる」
新婚夫婦の隣の部屋で、いつも聞こえていた母娘のケンカがある日聞こえなくなる。そういえば、娘の姿を最近見ない。生臭い異臭もする。妻は、異臭=娘が殺されたと勘違いするが、夫は娘を見かけたといい、妊娠したせいで、ニオイに敏感になったせいだと一件落着。が、「そういえば、最近隣の旦那さん見かけないな」という一言で、異臭の原因がまだ解決されていないことに気づく。
 
◆「見られる」
結婚が決まっているズボラな女と、優しくてちゃんとした男。ある日、女のほうに、いやがらせの電話がかかってくる。そして、まるでどこかから部屋の中にいる自分を見ているかのように、行動がバレている。犯人は、ゴミ捨て場の前の住人で、捨てたゴミを漁っていた。ゴミ捨て場を変えてから電話は止んだが、「お前など結婚する資格がない」という一言がどうも腑に落ちない。なぜなら犯人は、結婚することを知る由もないから。考えられる真犯人は、フィアンセしかいない…。
 
 
以上が、
それぞれのざっとした概要です。
 
どれも読みやすい文体で、
内容もわかりやすかったのですが、
 
前述のとおり、
短編集ということもあり、
そこまでのめり込むことができず、
読了後の印象としては、
まぁまぁかなーという感じです。
 
とはいえ、
どの作品も先が気になるストーリーで、
それなりに引きつけられました。
 
私が印象に残ったのは、
「崩れる」と「憑かれる」と「腐れる」の3つ。
 
「崩れる」は、
救いようのない作品でしたが、
こういう閉塞感のかたまりみたいな家族って、
実は結構多いんじゃないかと思いました。
 
あとの二作はホラーに近く、
最後で少しゾクッとなります。
 
逆にイマイチだったのは、
「追われる」と「見られる」の二編です。
 
「追われる」は、
そういうオチかよ⁈
とちょっとがっかり。
 
ほかの作品たちは、
いずれもハッピーエンド性に欠けるのに、
この作品だけ、
どこか「めでたしめでたし」感がある。
 
どうせなら、
全編ハッピーエンドにならないような統一性
持たせて欲しかったです。
 
「見られる」には、
結局犯人は何人いるのか(一人?二人?)がしっくりこなくて、
スッキリしませんでした。

 

ゴミ置き場の住人が犯人なのか、

それとも、

相談していたフィアンセが(も)犯人なのか。

 

いずれかであることは確かですが、
白黒ハッキリつけたい私としては、
不燃焼感の残る作品でした。
 
ちなみに、
貫井さんご自身は、
「腐れる」を自薦していました。
 
臭いを小道具としてサスペンスを盛り上げるという手法は、単に私が勉強不足のせいだろうが、他に知らない。そういう意味では、なかなかユニークな作品だと自己評価している。またミステリー的にも、全体に≪揺らぎ≫の感覚が漂っていて、私の書いたものとしては珍しい。もう二度とこうした作品は書けないかもしれないので、この短編集の中でどれかひとつを選ぶとしたら、私はこれを挙げたい。
 
ここでいう≪揺らぎ≫とは、
具体的にどういうものなのか、
自分にはちょっとわからなくて、
うーん…となりました。
 
不確実な要素が多いということですかね?
結論がグレーのまま終わるということ?
 
もし作者のいう≪揺らぎ≫が、
そういうことであれば、
私は「見られる」のほうが該当するんじゃないかと。
 
いずれにせよ、
≪揺らぎ≫の意味がよくわからないので、
なんとも言えませんが。。。
 
この短編集は、
集英社と角川から発刊されていますが、

前者 (集英社文庫)は作家の桐野夏生さんが、

後者 (角川文庫)は書評家の藤田香織さんが、

それぞれ解説を担当されています。
 
自分が読んだのは集英社文庫のほうで、
桐野夏生さんが、
本書を下記のように表しています。
 
本書には「結婚にまつわる八つの風景」と副題が付いているが、テーマは結婚というよりも、人間関係の距離感である。それもマンションや都営住宅など、集合住宅の中の様相である。ぴんと張り詰めた神経の在りよう。コンクリートの箱に棲み、アスファルトの道路を歩く都会人があちこちで擦り減らし、尖らせるもの。鬱陶しさ、寂しさ、行き場のなさ、怒り。これらが部屋の隅に溜まる埃のように服に付着し、口の中をざらつかせ、髪を汚す。こんな不快な感触に満ちている。誰もが感じているのに、書かれなかった繊細な不快感。
 
 
そして桐野さんは、
この「繊細な不快感」を描くことができる貫井氏を、
「優れた作家」と評しています。
 
桐野さんといえば、
OUT(アウト)』で有名な作家さんです。
 
この作品は、
 
深夜の弁当工場で働くパートの主婦・弥生が暴力に耐えかねて夫を殺害したことをきっかけに、平凡な主婦たち4人が自由を求めて日常を離脱・脱社会化し、「OUT(アウト)」してゆく物語
 
という概要で、
どこか今回の貫井徳郎さんの短編集と通ずるところがあります。
 
現に桐野さん自身、
解説で下記のようなコメントを残しています。
 
貫井氏には柔らかで剛直な「視線」(視点ではない)が備わっている。(中略)皆と同じ事物を見ていても、彼の視線はきっと、誰も気づかなかった妙なものを見たり、他人の偏りや、自分と他人との隔たりに敏感に反応するはずである。感受性に満ちた客観化能力。この視線を感じた時、私は鳥肌が立つくらい嬉しくなる。

例えば、「崩れる」のパート主婦の苛立ち。「誘われる」の若い母親の焦り。二十代の男性が、女性の、自覚すらしていないもやもやした思いを、あそこまで描き切れるものだろうか。想像することさえできないのではないか。だが、貫井氏は自身が中年の主婦に、そして若い母親になったかのように、彼女たちの感情や考えをあぶり出していく。それも圧倒的リアリティを持って。私が書きたいと思っていたものも、同様な荒涼であり、希望のない閉塞感だった。『崩れる』という短編集を読んだ時は、かなりの衝撃を受けたことを覚えている。誰も書いていなかったからだ。

 

彼女が『OUT』を発表したのが97年7月で、
貫井さんのこの短編集が刊行されたのも97年7月。
(文庫本は2000年ですが)
 
仮に桐野さんが貫井さんの短編集を読んでから、
自身の作品『OUT』を世に送り出したとしたら、
だいぶ貫井さんの短編集に影響を受けているはずでしょうから、
(※これが逆だと上記コメントと『OUT』の刊行が矛盾)
 
そういった意味では、
貫井さんも『OUT』に貢献しているかもしれません。
 
あるいはただ、
ちょうど桐野さんが、
主婦の鬱積した閉塞感をテーマにして小説を書こう
と構想を進めていたところに、 
この短編集に同時に出くわしただけかもしれませんが。
 
いずれにしても本作が、
家庭(結婚生活)のなかに充満する
荒んだ閉塞感に迫りつつ、
 
そしてそれは、
決してハッピーエンドで終わることもないという、
”救いようのなさ”を描き切った意味では、
 
桐野さんが言うように、
リアリティがあっていいなー
と思いました。
 
こうしたストーリーって、
ドラマにせよ小説にせよ、
ドロドロさ・陰湿さを極めながらも、
最後にはなんだかんだいって、
ハッピーエンドで終わることが多々あります。
 
自分はこれ、
本当かよ?
って思う。
 
本当は、
全然ハッピーで終わらないんじゃないの?と。
 
結局は
殺しちゃったり、
逆に自殺しちゃったりで、
暗い事件で終わるケースも実際にはあったりするわけで。
 
だからこそ逆に、
「追われる」のような、
心を改めるような結末には納得がいかないのです。
リアリティに欠けるようにも思えてしまう)
 
内容紹介では、
「平凡で幸せな結婚や家庭に退屈しているあなたへ贈る」
とありましたが、
 
これを読んだら、
退屈じゃなくなるのではなくて、
”退屈だなんて言っていられなくなる、
なぜなら退屈の奥には鬱屈が潜んでいるから”
…そんな感じだと思います。
 
ハッピーエンドを求める読者にはおススメできませんが、
リアルな鬱屈感を味わいたい方にはおススメです。
 

■まとめ:

・文章自体は読みやすく、内容もわかりやすかったが、短編集ということもあり、そこまでのめり込めなかった。とはいえ、どの作品も先が気になるストーリーで、それなりに引きつけられた。家庭生活のなかに鬱積している、リアルな鬱屈感を味わいたい方にはおススメ。
・印象に残ったのは、「崩れる」と「憑かれる」と「腐れる」。「崩れる」は、救いようのない作品だったが、こういう閉塞感のかたまりみたいな家族って、実は結構多いんじゃないかと思えた。あとの二作は、ホラーに近く、最後でわりとゾクっとなる。
・逆に、イマイチだったのは、「追われる」と「見られる」。「追われる」は、そういうオチかよ⁈とちょっとがっかり。どうせなら全編ハッピーエンドにならないような統一性を持たせて欲しかった。「見られる」は、結局犯人は何人いるのか(一人?二人?)がしっくりこなくて、スッキリしなかった。
 

■カテゴリー:

ホラー
ミステリー
 

■評価:

★★★☆☆
 
 

▽ペーパー本は、こちら

崩れる―結婚にまつわる八つの風景 (集英社文庫)

崩れる―結婚にまつわる八つの風景 (集英社文庫)

 

 

Kindle本は、こちら