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映画 ゼロ・グラビティ ★★☆☆☆

サンドラ・ブロックジョージ・クルーニー主演、

アルフォンソ・キアロンが監督の、

映画『ゼロ・グラビティ』を観ました。

 

評価は、星2つです。

 

最後まで気になって観てしまったという点では、

それなりにストーリーの展開に心奪われた証拠でもあるので、

もう少し評価は高くてもよいかもしれないですが、

 

最後まで観ても、

うーん、思ったより不発…

という印象でした。

 

▽内容:

地表から600キロメートルも離れた宇宙で、ミッションを遂行していたメディカルエンジニアのライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士マット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)。すると、スペースシャトルが大破するという想定外の事故が発生し、二人は一本のロープでつながれたまま漆黒の無重力空間へと放り出される。地球に戻る交通手段であったスペースシャトルを失い、残された酸素も2時間分しかない絶望的な状況で、彼らは懸命に生還する方法を探っていく。
極限状況下に置かれた者たちのドラマはもとより、リアルな宇宙空間や事故描写を創造したVFXも必見。

 

この映画は、

去年公開された作品で、

自分の周りでも何人か観たという方がいて、

彼らが口々に「すごい面白かった!」と言っていたのを

おぼえています。

 

そのせいか、

ちょっと期待し過ぎてしまったこともあり、

自分としては、

予想以上につまらなかったという感想です。

 

つまらなかったというのは、

少し語弊があるかもしれません。

 

ストーリーに納得がいかなかったというか、

よくアメリカの宇宙映画でありがちな、

”地球で待っている愛する家族のために”

とか

”これでお別れかもしれないけど、

パパは宇宙からいつでもおまえたちを見守ってるよ”

みたいな、

お涙頂戴的なクライマックスが用意されていて、

またかよ…

とゲンナリしました。

 

その昔、

ディープ・インパクト』とか『アルマゲドン』を観て、

一度は感動したものの、

あのころの自分はまだ若く、

それらがあえてお涙頂戴でつくられているなんて、

ほとんど気にもせずに涙していましたが、

 

年をとって、

心も汚れてくると、

もう飽きてくるというか、

その手にはのらないぞ!

といった一種の防御装置が働いてしまって、

なかなか素直に感動なんてできないものです。

 

この『ゼロ・グラビティ』は、

厳密には、

”地球で待っている愛する家族のために頑張る”

というわけではなく、

”過去の自分と決別するために頑張る”

という名目なんですが、

 

これがまた相容れないというか、

納得がいかない。

 

絶体絶命のピンチを乗り越えようと、

あの手この手を尽くすのは、

本当にハラハラドキドキして心奪われましたが、

 

そこに、

無理やり家族ネタを結びつけて、

ヒューマンドラマっぽく仕立てあげちゃうのがイヤらしい。。。

 

死んだ娘がなんで関係してくるんだ?!

と思っちゃいましたし、

だったらまだ生きているほうがわかりやすい。

 

でも、

この前提がなければ、

ストーン博士(サンドラ・ブロック)が

一度は生存を諦めるシーンや、

もうそばにいないはずのマット(ジョージ・クルーニー)が

幻覚となって現れるシーンなどは、

ストーリー上ありえなかったわけで。

 

皮肉にも、

彼女が生還する気力を後押ししたのは、

死んだ娘(との決別)でした。

 

娘が死んでいたからこその、

このストーリー展開というわけです。

 

やっとの思いで

ISS(国際宇宙センター)までたどり着いたストーン博士でしたが、

今度は、

ISSに設置されていた宇宙船(ソユーズ)が燃料切れ。

 

なすすべもなく落胆する彼女は、

生き残ることを諦めかけます。

 

娘を早くに失って、

地上で生きる目的もよくわからないまま、

とりあえず生きてきただけだし、

だったら別にもうここで死んでもいいや、

そのほうがラクだし…。

 

そこに現れたのが、

宇宙空間に放り出され、

すでに帰らぬ人となったマット。

 

それはストーン博士の幻覚でしかないわけですが、

そのマットが彼女に語りかけてきます。

 

「地球に戻るか?ここにいるか?ここは居心地がいい」
「あらゆるシステムをシャットダウンし、明かりを消す」
「目を閉じ、心も閉ざす。傷つける者はいない。安全だ。生きる意味がどこにある?」

 

彼は続けます。

 

「娘は死んだ。これ以上の悲しみはない。だが問題は今どうするか」
「もし地球に戻るなら、もう逃げるのはよせ。くよくよせず”旅”を楽しめ」
「大地を踏みしめ、自分の人生を生きろ」

 

これを聞いて彼女は、

自分がいかにこれまでダラダラ生きてきたか、

過去にとらわれて生きてきたか、

ということを思い知らされるわけです。

 

そして、

もう一度生き延びよう、

生きなおそうと決意する。

 

でも、

ここがリアルじゃない。

 

ここが

一番のクライマックスのはずなんですけど。。。

 

だって、

いままでダラダラ生きていた人が、

いくら絶体絶命のピンチに遭遇したからといって、

「生き方を変えるために」生き残ろうとしますかねぇ?

 

よくあるパターンとしては、

生き残ったあとで人生観がかわるケースで、

 

今まで、ただダラダラ生きてきた

絶体絶命の危機が訪れる

諦めかける

潜在的に死にたくない本能が優る

やっぱりなんとしてでも生き延びようとトライする

運よく生き残る

今までの人生観がかわる

(生きる意味が見つかる)

 

これならわかるんです。

 

そのときはもうガムシャラで、

生きる意味なんてそもそもなかったし、

それはそのときもあまりわかっちゃいないんですけど、

動物的な生存本能が強くはたらいて、

死にたくない・死ぬまいと、

必死にもがきます。

 

それが

④潜在的に死にたくない本能が優る

ということです。

 

しかし、この作品では、

④のあとに⑦が一度先に来て、

生き延びようと決意します。

 

諦めかける

潜在的に死にたくない本能が優る

④’

今までの人生観を省みる

(これじゃダメだ・もう一度生きなおそう!)

やっぱりなんとしてでも生き延びようとトライする

運よく生き残る

今までの人生観がかわる

 

これが本作品の構図だと思います。

 

どんな状況下でも、

死にたくないと思う気持ちが潜在的に強くあって、

死を決意した彼女も、

多分に漏れずきっとそうで、

 

おそらくは、

その秘孔をマット(という幻覚)が突いて、

彼女の生きる気力スイッチを押したという流れかな

と勝手に推測していますが、

 

でもね、

だとしたらもっと④の部分を強く(わかりやすく)

描いたほうがいいと思うんです。

 

潜在的に死にたくないと思っているから、

結果、

今までの人生を省みる幻覚を見たわけで、

 

逆にいうと、

”潜在的に死にたくないと思っている”という

人間の本能としての前提がなければ、

この幻覚がいきなり登場するのもおかしな話で。

 

でも、

映画ではその本能なんて全然描かれちゃいない。

 

というか、

④なんてなくて、

最初から

④’ありきなんです。

 

諦めかける

④’

今までの人生観を省みる

(これじゃダメだ・もう一度生きなおそう!)

やっぱりなんとしてでも生き延びようとトライする

 

こんなことってある??

 

ちょっと一足飛びで、

非現実的すぎないか??

 

物語そのものが非日常的ではありますが、

それが「非現実的」なのかどうかはまた別です。

 

スペースシャトルで作業していたら、

実際ヒヤッとすることなんて、

実は結構あるのかもしれないですし、

宇宙でのことは、

私のようなザ・地球人のペーペーにはわかりません。

そこはもう「非日常」の世界です。

 

でも、

場所が宇宙だろうが何だろうが、

絶体絶命のピンチにあたって、

こんな心の動き方ってある??と思うわけです。

 

これは「非日常的」とかではなく、

もはや「非現実的」=ありえない。

 

生と死との葛藤で、

生きていても仕方ないから死を覚悟するものの、

やっぱり生きたい、

まだやり残したことがあるから生きたい!

あるいは、

とにかく生きたい、

よくわからないけれど本能的に生きたい!

と思う動きならばわかります。

 

ストーン博士の場合、

この”生きたい”という泥臭い生存本能が見えないのです。

 

あたかも、

マットに生かされた・同僚のおかげ!

とでもいうように。

 

それはそれは、

本当に綺麗な描かれ方をしています。

 

でも本当は、

極限状態で生き延びようとすることって、

もっともっと泥臭くて、

えげつなくて、

上手く言えませんが、

鬼のような気迫の塊だと思うのです。

 

それがこの作品では描かれていなくて、

逆に、

人生を省みることだけ先走ったストーリー展開になっていて、

現実さに欠けていると思った次第です。

 

いっそのこと、

マット(ジョージ・クルーニー)に先のセリフを言わせるんじゃなくて、

彼女自身が自分の生存本能に語りかけているほうが、

まだわかりやすくてよかったです。

 

もしくは、

マットに言わせるにしても、

それは彼女の生存本能がそうさせているんだ、

ということをもっとわかりやすく描くか。

 

全体的にはすごく臨場感もあって、

観ているこちらをハラハラドキドキさせるんですが、

極限状態のこの幻覚シーンは、

まったく臨場感がなかったです(私は)。

 

そういう意味では、

以前、マンガで読んだ『神々の山嶺』のほうが、

同じような極限状態にあっても、

よっぽど幻覚なんかがリアルで、

本能的な生への執着もめちゃくちゃ泥臭く描かれていて、

いかに無気力な日常を送っているか、

それに対する内省なんかもよく伝わってきます。

たかがマンガなのに。

 

他のひとの考察を読むと、

この映画には”メタファー”(暗喩)が多く用いられていて、

それがむしろこの作品の良さだと言っていますが、

私はどうも腑に落ちませんでした。

 

この解説者によると、

セリフが必要以上に多くないところも、

脚本家の腕の見せ所だとおっしゃっていましたが、

 

映画を見終わった後、観客はどういう感情になるのか。どういうふうに感じて欲しいのか脚本家は考えて作っている。(はずだ!)
いったい脚本家はどんな思いを込めて書いたのか?
それを受け取る心が観客にあれば、映画を観た以上の感動を味わうことができるだろう。

 

だとすれば自分は、

「それを受け取る心がない観客」かもしれません(汗)。

 

でも、

大事なところをわかりづらくして、

かえってリアリティを失わせる方が、

作品としてはダメだと思ってしまいました。

 

生と死の葛藤なんて、

暗喩やセリフの少なさだけであらわせるほど、

生やさしいもんじゃないと思うのです。

 

構成に対する感想としても、

ことばを選ばずにやや乱暴な言い方をすれば、

死んだ娘との関係性を無理くり設定して、

下手に感動させようとしているかのような感がバレバレで、

自分の心には響かなかったです。

 

いっそ娘が死んだなんていう設定にはせず、

普通にただ毎日なんとはなく生きてきただけという設定のほうが、

百倍リアルでよかったと思いました。

 

自分はやっぱりひねくれているのかな。汗

 

第86回アカデミー賞で最多7部門を受賞し、

いたるところで大絶賛のこの映画なんですが、

私は皆がいうほどそうは思えなかったという。。。

 

『ゼロ・グラビティ』感想、映画史に残る"究極の映画"であり映画史の大事件的傑作! - A LA CARTE

 

この映画、映像体験が究極なのは言うまでもないわけですが、それだけでなく「希望」を与えてくれるのが魅力的だと思うんです。

・もしあなたがこの世で生きることが辛くてもこの映画は希望を与えてくれます。

・もしあなたが恋人に振られ独りであったとしてもこの映画は希望をくれます。

・もしあなたが愛する人に先立たれ1人この世に孤独であってもこの映画は希望をくれます。

 

自分はこの映画に、

「希望」は見いだせなかったです。

 

残念。

 

そもそも本作品の監督・脚本は、

アルフォンソ・キアロンというメキシコ人のおっさんが手掛けていますが、

 

Alfonso Cuarón

 

彼は、

大いなる遺産』とか『トゥモロー・ワールド』とかも手掛けた方です。

 

どっちも観たことがあるようなないような。

 

あっても覚えてないということは、

あんまり印象に残っていないわけで、

世間が評価するほど、

私にはスゴイ監督には思えないんだと思います。

 

もともとは”gravity”という原題だそうで、

邦題でゼロをつけたようですが、

直訳すると「無重力」となります。

 

宇宙空間でも無重力、

地球でも地に足がついていない人生を歩んできた彼女でしたが、

最後に生還した際、

大地をぎゅっと踏みしめます。

 

このラストシーンこそ、

いわゆるメタファーが”めっちゃ効いてる”部分だと思うのですが、

そのこと自体は否定しません。

 

問題は、

こんな着地ありえる?っていう…。

 

海中へ堕ちるところまではわかりますが、

こんな陸地に近いところに堕ちるものなのか?

 

そして、

そんななか自分で陸地まで泳いでたどり着けるのか?

 

最後はあまりにも上手く出来過ぎだろー?!と

またしても「ひねくれメガネ」で観てしまいました。

 

うーん、、、

一言で言うと、

ハラハラドキドキするけれど、

うそくさい感動に満ち溢れた映画でした。

 

■まとめ:

・ 全体的にはすごく臨場感もあって、観ているこちらをハラハラドキドキさせるが、うそくさい感動に満ち溢れた映画。

・極限状態における人間の泥臭い生存本能があまり描かれておらず、今までの人生観を省みて生きなおそう!とする姿ばかり先走った映画だったと思う。そういう心の動き(の描き方)は、リアリティに欠けていると思った。

・無理やり家族ネタを結びつけて、ヒューマンドラマっぽく仕立てあげており、下手に感動させようとしているかのような感がバレバレでいやらしかった。

 

■カテゴリー:

SFサスペンス

 

■評価:

★★☆☆☆

 

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