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椅子がこわい  ★★★★☆

夏樹静子さん著

『椅子がこわい』

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

金子哲雄さんの闘病記

僕の死に方』を読んだときもそうでしたが、

こういう闘病記とかって、

評価するということ自体が実はめちゃくちゃおこがましい。

 

闘病に良いも悪いもないですし、

そもそも誰かの闘病を、

他人である私がどうこういう筋合いはないわけで。

 

闘病だけではなく、

戦争なんかもそうですね。

 

ということで、

映画『カティンの森』のレビューでも

同じようなことを書きましたが、

 

・内容にどれだけ引き込まれたか

・読了後の印象の強さ・発見の多さ

・文体や構成など表現のわかりやすさ

 

という軸で、

評価させていただきました。

 

▽内容:

「私は、一九九三年一月から約三年間、原因不明の激しい腰痛と、それに伴う奇怪とさえ感じられるほどの異様な症状や障害に苦しまされた。(中略)私は心身共に苦しみ抜き、疲れ果て、淵の恐怖に脅かされて、時には死を頭に浮かべた」(「まえがき」より)。突然、腰痛に襲われ、三年間あらゆる治療を受けた末に完治した感動の闘病記。

 

夏樹静子(なつきしずこ)、

本名は出光静子(いでみつしずこ)さん。

 

苗字から想像がつくように、

旦那様は、出光石油の一族の方です。

(出光興産の創業者の甥っ子)

 

この本のなかでも、

旦那様が石油会社にお勤めであることが書かれていました。

 

因みに私の夫は福岡に本社のある石油販売会社の役員を務めている。

 

Wikiによると、

日本を代表する石油会社・出光興産は、

石油の精製・販売を行っており、

創業者は出光佐三氏。

百田尚樹さんの『海賊とよばれた男』のモチーフになっている方ですね。

 

で、

その兄にあたるのが出光弘氏。

 

彼は、

おもに九州地方でガソリンスタンドを経営する新出光の創業者です。

 

その息子さんで、

新出光の社長を務めたのが出光芳秀(いでみつ よしひで)さん。

彼こそが夏樹さんの夫にあたる方です。

 

ちなみに、

夏樹さんの旧姓は五十嵐で、

お兄さんは五十嵐均さん。

彼もまた小説家であり、

編集プロダクションなども経営していたようです。

 

なんともスゴいご経歴・家族関係ですが、

実は私は、

夏樹さんの小説は1つも読んだことがありませんでした。

 

よく、

山村美紗さんなみに、

”夏樹静子サスペンス劇場”チックなものは、

テレビでお見かけしていたので、

ミステリー作家なんだろうな…ということくらいは、

頭の中にありましたが。

 

なので、

彼女の本業に反して(?)、

この『椅子がこわい―私の腰痛放浪記』という作品が、

私にとって記念すべき第一作目になりました。

 

でもこれ、

腰痛に苦しんだご経験があったり、

いまも苦しまれていらっしゃれば、

私のように、

この本で夏樹さんを初めて読んだという方は、

意外と多いのではないでしょうか。

 

本書は、

いまから20年前のご自身の腰痛闘病記になりますが、

それはそれは壮絶です。

 

私も腰痛(というか坐骨神経痛?)もちですが、

彼女ほど壮絶ではないので、

世の中には自分より大変な人はいくらでもいるんだなー

と、

まずは思いました。

 

彼女ははじめ、

腰のだるさから始まって、

椅子にかけているのがつらいと感じるようになり、

次第に腰の鈍痛を感じるようになったそうです。

 

私も正体不明の坐骨神経痛に悩まされているのですが、

ある日、なんだかお尻が凝るなぁ~

という感覚から始まり、

次第に腰が重だるいなーと感じるようになったので、

夏樹さんの感覚はなんとなくわかります。

(椅子に腰掛けることの条件反射はありませんが)

 

ほとんどの人に共通するのは、「患ってはじめて、腰が身体の要だという、文字の意味を悟らされた」と述懐することだ

 

と彼女も書いていましたが、

まさにその通り。

 

自分がそうでした。

 

また、

夏樹さんの知人の方が、

カメラマン時代に経験した腰痛を振り返って呟いた一言も紹介されており、

これにも激しく同意。

 

「あの憂鬱は本当に経験した者でないとわからないよねぇ。毎日家中に当たり散らしていたなあ」

 

ほんと、そうなんです。

自分もこのカメラマンみたいでした。 

 

夏樹さんの鈍痛はそのうち、

激しい痛みにかわっていき、

日によって変動はあるものの、

その痛みは容赦なく襲ってきたと言います。

 

毎日毎日、ほとんどの時間、腰の痛みに苛まれている。

 

目覚めた直後から発生する痛みは、背中のあたりまでどんどん増幅して、どうしても寝ている状態に堪えられなくなってくる

 

全身が異常に怠くて疲れる。とくに腰から背中にかけて、鉄の甲羅でも貼り付けられたような、あるいは全身が地に吸い寄せられるような、とでもいおうか。

 

もう一つの大きな障害は、椅子に掛けられないことである。(中略)苦肉の姿勢で頑張って三、四十分。それ以上は、腰が圧迫されるような痛みに加え、腰がなんともいえず嫌なつらい感じになって、腰掛けていられなくなる。

 

立っていればいいかと言えば、そうもいかない。何かにつかまずに立っていると、十分ほどでしゃがみこみたくなる。(中略)とにかく身体を縦にしていることが苦痛なのである。

 

彼女の場合、

鎮痛剤も効かなかったようで、

これはマジでつらいと思います。

 

どんな鎮痛剤、坐薬も注射も、私には効かない。ほんのいっとき痛みを忘れさせてくれる程度の効果さえない

 

こうして椅子に座ることができなくなった著者は、

正座をして脇息を使ってもたれかかったり、

移動は横座りやシートに横になる、

飛行機はスーパーシートか座席を2つ予約する、

執筆活動は腹這いや横になって書く…。

 

読んでいるだけで、

その大変さが思いやられました。

 

彼女は、

この腰痛地獄から脱出すべく、

治療の”放浪”を始めます。

 

地元では、

ご近所の福岡整形外科(徳永先生)をはじめ、

九大病院の整形外科(杉岡先生)・産婦人科(中野先生)・内科(村山先生)・神経内科(後藤先生)・精神科(田代先生)、

福岡市の光安整形外科(光安先生)、

遠藤周作さんの奥様の腰痛を治癒した気功(衛藤先生・中川先生)、

外科病院のホームドクター(良永先生)、

長崎精神科病院(能登原先生)、

大分県中津の精神科クリニック(向笠先生)、

同じく大分県中津の川嶌整形外科

…というふうに、

いくつもの病院・科をハシゴされています。

 

中津の川嶌整形外科病院では、

入院もされたようです。

 

そのほかにも、

自分で調べたり知人の勧めを受けたりして、

ありとあらゆる治療法を試されたとか。

 

低周波、サウナ、テープ療法、温熱療法、アース療法、漢方、硬膜外ブロック、ホルモン療法、ソセゴンの投与(モルヒネの10mgくらいに匹敵)、イオン・パンピング(電気療法)、サイマティック療法(音響療法)、枇杷の葉の温灸、風水など。

 

彼女自身も、

こんなふうに述べていました。

 

本当に数えきれないほどいろいろなことをやった。思い返してみると自分でも呆れるくらいで、本当に涙ぐましいというか、懲りもせずといおうか。

 

わかるなぁ。。。

 

私もここまでではないけれど、

原因不明の坐骨神経痛を解明すべく、

何軒もドクターショッピングをしましたし、

いろいろな治療法を試しもしました。

 

最後のほうは、ヤケクソです。

 

もしかしたら治るかも…とは到底思えなくなっていて、

当たればいいなぁくらいで通い、

しまいにはやっぱり治らないので行かなくなるという。

 

こういう人、

結構多いんじゃないかな…。

 

夏樹さんは、

 

根気よく続けないからいけないといわれるかもしれないが、鍼とか気功とかマッサージとか、その種の物理的(?)な治療は、効くものなら二、三回で何らかの反応が出るのではないかと私は思う。

 

と書かれていましたが、

私もそう思っていました。

 

たぶん彼女も私も、

せっかちで、合理的、完璧主義的なので、

こういう人は暗示にもかかりにくい。

 

いわゆる、

プラシーボとか催眠療法も、

効きづらいんじゃないかと思います。

 

逆に、

民間療法で治るような人は、

プラシーボが効きやすいのではないかと。

 

これは、

以前読んだ『腰痛は<怒り>である』という本にも、

似たようなことが書いてありました。

 

私も著者も、

原因がわからないからこそ、

常に最悪を想定して悪いほうに考えてしまったり、

合理主義的・完璧主義的だから、

なんとしてでも解明してやろうと躍起になってしまう。

 

それが結局、

ドクターショッピングや治療法の放浪ということにつながったのかと。

 

彼女の腰痛の放浪は、

地元だけには留まりません。

 

彼女は仕事でよく上京する機会があり、

お兄さんも目黒にお住まいになっていたことから、

東京でも”放浪”が続くわけです。

 

本書でも、

手翳し療法(高塚光氏)、

小平のカイロプラクティックと鍼の治療院(福原治療院)、

表参道のカイロプラクティック(及川先生)、

新宿の東京女子医大東洋医学研究所(代田先生)、

…などなどが挙げられていました。

 

福原治療院というところでは、

盲目の先生から、

霊が憑りついているといわれ、

(亡くなった方のお墓まで行って)

お祓いもされたそうです。

 

これはちょっと怖かったなぁ。

 

心霊療法という意味では、

岐阜から女友達に来てもらって、

彼女にも除霊をしてもらったことも書かれていました。

 

こちらでは、

壇ノ浦で亡びた平家の公達の霊を弔ったんだとか。。。

 

でも、

これでも治らなかったということですから、

霊的なことはあまり関係なかったのかもしれません。

 

表参道の及川先生からは、

「私には治せないので、もっと名医へ行ってください」

と匙を投げられたそうですが、

このとき彼女は、

 

私はふと、この六十年の経験者は正しいことをいっているのかもしれないと感じた。

 

と述べています。

 

どこかで彼女自身、

”この腰痛には、何か目に見えない深い理由がある”

と自覚しはじめていたんだと思います。

 

かくいう私も、

はるばる金沢まで出向いて、

腰の疾患をなんとかしようとしたことがあります。

 

自分の場合、

夏樹さんのように顔が広いわけでもなんでもないので、

自分でネットで調べて、

たどりついたのがココでした。

 

脊椎外科医の戦場

 

金沢脳神経外科病院の院長である、

佐藤秀次先生という方が書かれているブログです。

 

このブログには、

無料の医療相談室があります。

 

自身の基本情報や症状・病歴などを記載して相談したところ、

MRIを送ってくれたら(無料で)診ます」

とおっしゃって下さいました。

 

早速、こっちの病院で画像を借り、

宅急便で送ったら、

メールできちんとお返事も頂きました。

 

あまりきちんと説明してくれない病院が多かったので、

佐藤先生の(無報酬にも関わらず)丁寧なご対応が印象に残り、

藁にもすがる思いで飛行機で金沢まで赴いたというわけです。

 

こういうわけで、

夏樹さんの”放浪”については、

痛いほどよくわかるのです。

 

彼女が、

もう治らないのではないか?

一生このままで廃人になるんじゃないか?

と、

 

どうしようもなく不安になり、

 

もう二度と元に戻れないのならー死んだほうがいい

 

と思って、

 

吹き抜けの中庭の手すりだか出窓だかに首を吊ったらと考えたり、

睡眠薬を400錠いっきに飲んだらと思ったり、

そうやって自殺を考えるまで追い込まれたのも、

なんとなくわかりました。

 

夏樹さんの場合、

本当に痛みが壮絶だったので、

まずはその痛みから解放されたいのが、

死を考えることになった大きな理由かと思いますが、

このままでは日常生活が送れない、

ひいては社会的地位を失ってしまうという不安を常に抱え、

そういうプレッシャーからも解放されたかったんだと思います。

 

自分も(彼女ほどではありませんが)、

もう死んじゃいたいなと思ったことは何度もありましたし、

それは、

痛みから解放されたかったのと、

何より、

生きていても仕方ないと思ったからに他なりません。

 

この「生きていても仕方ない」というのは、

裏を返せば、

”以前のように元気で快活で、

遊びも仕事もバリバリこなす自分でないといけない!”

というこだわりがあって、

 

ある意味そのこだわりは、

いままでずっと、

自分自身にプレッシャーを与え続けていたと思うのです。

 

そんなプレッシャーが自分にあったんだなと気づいたのは、

身体に異変が現れてからです。

 

いや、

もっと厳密に言うと、

最近になってからかもしれません。

 

当初は、

こんなんじゃ生きていてもあんまり意味ねーなと落ち込み、

もがいてあがいてジタバタしていましたが、

最近になって、

ようやく自分の容体を落ち着いて整理できるようになると、

案外わたしは、

自分自身で勝手につくりあげていた理想にこだわりすぎていて、

実は無意識にそれがプレッシャーになっていたんだな、

身体がおかしくなって余計にそのプレッシャーは増幅し、

ついに自分で意識するまでに至ったんだな、

…と。

 

痛みは、

実は無意識のプレッシャーだったのかもしれない。

 

この本も含めていくつか本を読み、

最近になって、

ようやく少しそう思えるようになりました。

 

結局、

発症から二年半くらい経って、

夏樹さんはようやく心身症と判断されたわけですが、

 

のちに、

彼女の心身症の治療にあたった主治医(平木先生)が、

このように言っています。

 

「あなたにはよほど思い切った決断をしなければ治癒は望めないように思われる。結論からいって、それは夏樹という存在を葬ることです。夏樹静子のお葬式を出すのですよ」

 

夏樹静子であることにこだわり続けたから、

彼女も心身症を発症し、

治らないこと・日常生活が送れないことで、

夏樹として創り上げてきた社会的地位を失ってしまうと焦って、

自殺をも考えたんだと思います。

 

この平木先生は、

出光興産役員から紹介してもらった心療内科のご専門の方だったそうで、

いまでこそ心療内科メンタルクリニックはカジュアルになっていますが、

当時は病院も少なく、

心身症という病気はあまり知られていなかったようです。

 

彼女の場合、

腰痛の前にも心身症のような兆候はすでに発現していて、

耳鳴り、頭痛、腸閉塞、眼精疲労などで苦しんでいたとか。

 

本書のなかで、

曾野綾子さんのエッセイが紹介されていましたが、

彼女もまた、眼と腰を悪くしたことがあって、

眼の手術をしたら腰まで良くなったそうです。

 

私も実は、腰痛がどれほど恐ろしいものであるかを知っている。(中略)眼がよくなったら、腰痛も完全に治っていた!だから私は、素人がたった一例自分の体験だけでものを言うことの無謀をよく承知しながら、腰痛の原因は途方もなく遠く深い所にある、ような気がしている。多分、腰が痛い時に、腰を直そうとしてもだめなのだ。腰痛を直すには、なぜか、内臓とか、脊椎とか、歯とか、聴力とか、脚とか、自律神経とかの異常を、つまり何かそういった遠い病変を直さなければだめなのではないかと思う。(曾野綾子「散歩するお化け」)

 

このあたりは、

前出『腰痛は〈怒り〉である』でも、

同じことが述べられていました。

 

腰痛や肩こりのような筋骨格系疾患に苦しむ患者の多くは、胸やけ、胃酸過多、食道裂孔ヘルニア、胃十二指腸潰瘍、大腸炎などといった消化器系疾患も患っているのだとか。 (自身のレビューより)

 

腰痛は<怒り>である』にも本書にも書かれていましたが、

結局、

腰痛は心身症の一つということです。

 

主治医の平木先生も、

彼女に対して次のようにアドバイスしています。

 

心身症は)どこに出てもおかしくないのです。原因は同じなんです。たまたまそれが胃潰瘍になったか腰痛になったか、心臓へ来たかというだけのことです。

 

彼女は当初、

何も器質的な疾患が発見されず、

腰がだるい・支えていられないという自覚症状から、

長期の運動不足による筋力低下と思いこんでいました。

 

事実、

九大病院の整形外科では、

"マッスル・ウィークネス"と指摘も受けていますし、

光安整形外科でも、

座ってばかりの生活で、

(腰の)筋肉の預金残高が底をついてしまった

と診断されています。

 

ここから彼女は、

水泳に取り組んで腰の筋肉を鍛えるわけですが、

さりとて腰痛はいっこうによくならない。

むしろ、ひどくなる一方です。

 

なかなか良くならない状態に、

わりとはやい段階から、

整形や内科の先生方も心身症を疑っていたようです。

 

光安先生

自律神経失調も原因の一つになっている
「骨や筋肉の問題ではない。原因はメンタルなところにあるんじゃないですかね」

 

良永先生

「あなたがいつまでもいつまでも第一線で仕事をしたいと望む、その心の執着が痛みを生んでいるのだ」
「作家だけが人生じゃないでしょう。目を開いてみれば、いろんな幸せがあるんだよ。何事も固執するのがいちばんいけない」

「あなたの腰痛にはモルヒネも効かないだろう」と良永先生がいわれた。

「末梢神経ではなく、脳が痛がっているんですよ」

 

村山先生

自分は心因ではないかと考える

 

向笠先生

あなたは心の中では本当は仕事をしたくないんじゃないか。しかし、その口実が見当たらないので、病気をつくっている。つまり病気に逃げこんでいるのではないか
あなたは案外鬱病なんじゃないか

 

川嶌先生

典型的なストレス性(の腰痛)
「これからは退却戦を戦うようなつもりで、暢気にファジーにやってください。そうすれば腰痛なんて自然に治りますよ」

 

徳永先生

「あなたは器質的にはどこも悪いところはないと思うんですよ。(中略)ひとまず今までの仕事は忘れて、ただの主婦として生活してみてはどうですか」

 

ここまで言われているのに、

当の本人は、全く聞く耳を持たないというか、

ハナから心因については相手にもしていなかったようで、

 

専門家(平木先生)と出会って、

明確に断定され、

しかも何度も何度も説得をされて、

ようやく心因を疑うようになったんだとか。

 

翻ってみれば、これまでお世話になった何人もの整形外科の先生方は、誰一人私の身体に器質的疾患を見出しておられない。そして時がたつにつれて「心因性」の見方に集約されてくるようだ。 

 

しかし、素人の、だが誰より自分のことは自分でわかるはずの私としては、どうしても心因性には肯んじられない。本能と直感が「NO」と叫ぶ。原因が見当たらない上、漠然たる心因でこれほど激甚な症状が発生するとはとうてい信じられないのだ。

 

いやもっと正直にいえば、先生方は私の腰痛の治しようがなくて、仕方がないから「心因」という摑みどころのないものに責任を転嫁して逃げてしまっているような気がした。

 

このあたりのくだりも、

私は”わかるわかる”と頷かずにはいられませんでした。

 

いまはネットもあるし、

私のように医療関係者ではなくても、

情報という情報を調べ、

自分なりに整理し、

何かしらの病理の可能性を探ることもできるわけで、

 

これだけ完璧に調べ、

まだこれとこれが除外されているとは言い難いのに、

なぜ医者は調べようとしないのか、

とよく思ったものですし、

 

あるいは、

なにか見つけにくい難病が隠れているのではないか、

と疑ったものです。

 

何もしていないわけではなく、

自分なりにきちんと調べ、

知識を取得し整理したうえで、

判断しているわけなので、

それなりに自信もある。

 

逆に言うと、

医者を信じていないというか、

納得できないことは信じられないという感じで、

この”納得”に漕ぎつくまでが本当に大変で。

 

なかなか”納得”という境地には至らない。

 

そのくせ、

早く解決したがる。

 

もちろん、

痛いからなんですけど、

考えられる元凶は早めに摘んでおきたい的な、

予防線みたいなものが働いて、

ひたすら検索しまくっていました。

 

何かせずにはいられない。

原因を究明しないことには不安で仕方ない。

 

本書で描かれている夏樹さんは、

まるでそんな自分を見ているかのようでした。

 

たぶん私は、ジッと待つことや耐えることが苦手で、短気で見栄っ張りだった。

 

そして、

そんな夏樹さんに対し、

主治医が下記のようにコメントしていたのも、

非常に印象に残りました。

 

しだいに判ってきたことは、思い込みが非常に強いということ。「筋肉の弱化」「難病奇病」という思い込み。(とにかく)非常に強く自己流の考え、解釈に凝りかたまっていられるようだった

 

ご自身が頭の中で考えて、合理的に納得できる病因がなかなか見つからないために「不幸な例外的ケースで、現代医学ではまだ解明できていない神経筋肉系の病気ではないのか?」という不安が生じていると考えられます。不安は限りなく無限に大きく拡がり、ついにはこの世のものとは思われぬような恐怖や不安を現出します。この第三者から見ればいささかオーバーと思われるような感覚、感情こそ心因性の特徴なのです。

 

これこそ、

まさに自分にぴったりと当てはまる!

 

ああ、

私の腰痛(坐骨神経痛)も、

これはもう心因だったんだろうな、

と思わずにはいられないシーンでした。

 

どうもこの「思いこみの強さ」「ネガティブ思考」に加え、

先にも述べた、

このせっかちで、合理的、完璧主義的な性格こそ、

痛みそのものや痛みを悪化させる元凶だったようなのです。

 

「心因だからこそ、どんな激しい症状でも出るのですよ。そして神経質な人ほど、自分ほど苦しいものはないと思いこんでいるんですね」

 

「日々よくなっていかないと焦るという心のあり方が、かえって回復の足を引っ張っているのですよ」

 

私は、発症以来の自分の心の持ち方がいっそう状態を悪化させていたのかもしれないとは思う。大体私の悪い傾向は、物事が順調な時はいよいよ張りきって「それ行けどんどん」で猛進する代り、一つうまくいかなくなると何もかも悪い方へ考えてたちまち落ち込んでしまう。そうした心の弱さが自分で自分を悪いほう、悪いほうへと押しやってきたのかもしれない。

 

そして、

納得できないことは納得できない!とこだわり、

是が非でも解明しようとする強い探究心・対抗心もまた、

痛みを増幅させるんだとか。

 

「 エネルギーの強い人ほど痛みに敏感だし、怒りと痛みには密接な関係があります」

 

ふむふむ、なるほどー。

 

ここからは、

夏樹さんがご経験した原因→解決策→具体的な治療法を、

自身の備忘録も兼ねて、

要約がてら残しておこうと思います。

 

平木先生は、

 

「人間の意識の下には、その何十倍もの潜在意識が潜んでいるのです」

 

と言って、

夏樹さんの腰痛の原因を

以下のように特定していました。

 

「あなたの意識している心は本当に仕事をしたがっているのかもしれない。しかし、あなたの気がつかない潜在意識が、疲れきって悲鳴をあげているのです。そこで病気になれば休めると考えて、幻のような病気をつくり出して逃避しているのです。それがあなたの発症のカラクリなのです」

 

これを「疾病逃避」と言うそうです。

 

要は、

ネガティブなことから逃避するために、

身体が病気になる反応です。

 

よく子供が学校に行きたくなくて熱を出したり、

大人でも重要なプレゼンの前に下痢を起こしたり、

いわゆる「神経性なんちゃら」的な症状は、

疾病逃避のひとつなんだとか。

 

この「神経性~」の部分は、

”学校に行きたくない”・”プレゼンをやりたくない”というふうに

ある程度、意識が顕在化しているものもあれば、

(気付いていないけど)”仕事をしたくない”というふうに

意識が潜在化しているものもあって、

夏樹さんの場合は後者にあたるようでした。

 

彼は、

治療にあたって、

夏樹静子のお葬式を出すように切り出すわけですが、

その背景や詳細を次のように述べていました。

 

「仕事の量ではなく、夏樹の存在を支えるのことに疲れているのです。あなたの腰や背中が自分を支えられないという、それは実にシンボリックな症状ですね。繰返しいえば、夏樹静子として生きてくことが問題なのです。そのことを放棄するのです」

 

「あなたの今までの生き方をずっと聴いてみると、典型的なワーカーホリック(仕事中毒)ですね。一般的にそういう人たちは”倒れてのち病む”といわれる。どうしようもなくなってようやく、病んでいたことに気づくのです。あなたもそのケースかもしれません」

 

「作家生活への拘りや執着があなたの重しになっているのです。執着があっても実際には書けない。その軋みがますますあなたを攻め苛む。作家、作家といったって、書いてナンボのものでしょう。名前や肩書だけに振り回されて苦しむより、見事に手放してごらんなさい」

 

「あなたの人格の七、八十パーセントを占めていた夏樹静子をすてたあと、ポッカリと穴があくと思いますよ。それをどうやって埋めるかをいっしょに考えましょう。まず、百パーセント出光静子として生きていく覚悟を決めて下さい。心底からそれができたとき、あなたは重荷をおろし、本当の安らぎが訪れるのです。」

 

通常、

心身症というものは、

最初は、

①心因→②心因に対する反応→③症状発現

という図式をとるようですが、

 

これが長期化してくると、

以下のような状況になるんだとか。

 

①②の部分がふっとんでしまって、症状のみが出現しているように見えてきます。

朝目覚めると同時に、その時の悩みとかイヤなこととか、いわゆる心因のあるなしにかかわらず、痛みという症状があたかも条件反射的に生じてくるのです。自分の意思とか感情とかを無視したところで、勝手に症状のみが出現するわけです。

一方頭の中はたえず神経をとがらせ、身体中をチェックしていますから、わずかな異常感にも敏感に反応し「ああ、やっぱり今日もダメだ」という気持とあいまって、身体の不調は憎悪し、憎悪することによってますます絶望的になり、悪循環の輪がつくられ、(これは一瞬のうちに出来上がります)本当に痛くてたまらないという身体症状が形成されるのです。

 

疾病逃避による症状として、腰や背中の痛みや異常、倦怠感などが発生した。それに対する適切な治療ができないまま、症状は遷延し、条件付けられ、固定し、自動化していったのです。心の底に〈坐れない〉〈痛くなる〉などの悪いメッセージが植えつけられ、そのために椅子に坐ると条件反射のように症状が出現するのです。

 

上述の①~③のステップについては、

『腰痛は〈怒り〉である』に述べられていたところの、

 

ストレッサ―(刺激)

 ↓

(刺激を受けて)自律神経が反応

 ↓

血流障害・痛みの発現

 

ということだと思いますが、

 

慢性化してくると、

この刺激の有無・刺激の受容にかかわらず、

自律神経が正常に働かなくなって痛みが生じるわけです。

 

「条件付け」や「条件反射」については、

『腰痛は〈怒り〉~』でも言及されており、

 

一度「条件づけ」ができあがってしまうと、本人の意思にかかわらず反射的に「条件反応」(腰痛)が現れるので、それを「消去」するにはそれなりの時間がかかってしまいます。

 

と指摘されていました。

 

では、

どうすればいいのか?

 

まず、

「悪循環」を断つ必要があるわけで、

そのためには、

心因であることを理解し、

痛みをありのままに受け止めることから始めなさいと、

平木先生はアドバイスされています。

 

「治癒への第一歩は病気のカラクリをよく理解することです。病気の本態は筋肉弱化ではなく、疾病逃避であること。その解決には夏樹静子との別離が必要であること。そして出光静子として有意義に生きること。」

 

「痛みから逃れようとせず、正面から対面してください。ねじ伏せなくてもいい、ただジッと受けとめるのです。痛みが強くなっても恐れずうろたえず、どこまで痛くなるか見きわめてやろう、といった気持でいて下さい。そして、必ず治る、生まれ変わるのだと自分に言い聞かせるのです」

 

「痛みが来たら、ジーッと熱いお湯に浸っているみたいに、痛いなあと思いながらジーッと耐えて下さい。受け止めて逃がさないのです。こうやって必ず治るのだと自分に言い聞かせて下さい。あなたの頭の中には、私はもう元の元気な身体にはなれないのではないか、という誤った情報がしっかりインプットされている。それを塗り替えるのです」

 

『腰痛は〈怒り〉~』のほうでは、

”原因が身体ではなく心にある”ということを理解するのは一致しているのですが、

痛みをありのままに受け止める”というよりは、

 

むしろ、

その痛みを叱ったり、

活動して「条件付け」「条件反射」の呪いを解くべしとありました。

 

具体的には、自分自身に対して、「何が起きているのかは知っているし、その痛みが無知なのも、怒りから注意をそらすトリックなのも知っている」と告げ、「もう注意を向けたり怖がったりはしない」と宣言するのです。

 

さて、

実際の治療法について、

夏樹さんは、

自律訓練法という自律神経失調症の心理療法のほか、

「絶食療法」を受けています。

 

心身症の治療方法にも、

いろいろなアプローチがあるようですが、

彼女が受けた「絶食療法」は、

文字通り、

12日間の絶食と外部との一切の遮断が指導されました。

 

絶食療法は、

短期間に体に急激なストレスを負荷することで、

身体の自然治癒力が一気に高まり、

脳内代謝が変化して、

自律神経や内分泌機能の働きもよくするそうです。

 

絶食中は点滴で栄養素を補給するそうですが、

糖質だけは除かれていたんだとか。

 

なんでも、

 

糖分を供給しないと、脳は代わりに脂肪を燃やすようになり、(中略)素直で柔軟な脳に変わる

 

ということらしく、

これが固定観念や痛みの除去にもつながるんだとか。

 

へぇー。

 

このへんは私はまったくの無知なので、

↓このあたりの文献なども読んでみたいと思っています。

 

・生田哲さん

砂糖をやめればうつにならない

食べ物を変えれば脳が変わる

 

・笠井奈津子さん

甘い物は脳に悪い

 

・溝口徹さん

脳から「うつ」が消える食事

「うつ」は食べ物が原因だった! 

 

 この絶食療法には副作用もあって、

一時的に「主訴の激化」や発熱などもあるそうです。

 

事実、

夏樹さんも、

治療中に何度もひどい痛みに襲われたと言っています。

 

それに対して平木先生は、

次のように助言を徹底しています。

 

「三年余の苦しみがこの絶食期間中に凝縮されて再現してくるのです。痛みと同じで、バタバタせず、静かに受けとめて下さい」

 

「夏樹静子との別れは大変な作業なのです。その存在が大きければ大きいほど、それを断ち切るのには大きなエネルギーが必要なのです。身を切られる思い、引き裂かれるつらさが痛みとなって現れるのです」

 

「受け止めろ」って言われても、

正直きついよなー。

 

こればっかりは、

痛みの先に解放があると思わなければやっていけないよなーと思いますが、

 

果たして、

同じ状況に置かれたら、

自分はそんな希望を抱いて闘えるのか疑問です。

 

夏樹さんも、 

結局、最後まで疑心暗鬼のまま、

12日間に及ぶ絶食療法を終えるのですが、

絶食を終えて5日目に、

自分がいつもより長い間、

(ベッドに横たわらず)正座することができたことに気づきます。

 

そして、

そのことに気づいていた主治医と、

「夏樹静子のお葬式」をどうするのかという会話が交わされます。

 

私はここが一番印象的でした。

感動というか、何というか。 

 

「葬式と入院、どっちがいいですか」

「それは入院のほうが…入院ならまた会えますから」

「では、入院でやってみましょうか」

「はい!」

「夏樹静子を入院させたまま、あなたは出光静子として退院する。入院期間はとりあえず一年。ただしその間は外出外泊いっさい禁止、厳重な鍵をかけた部屋にあずかりますよ。夏樹としてのすべての活動を停止するのです。出光静子としてしっかりと生きる姿勢を固めて下さい」

「わかりました。必ず」

彼が退出したあと、私は大きく息をついて枕に顔を沈めた。「罪一等を減ず」といったことばが頭に浮かんだ。命拾いしたと感じた。本当に、私の分身であった小さな生きものが今にも息を止めかけて、危うくも死の淵からわが手に帰ってきたような、安堵としかいいようのない温かい感情が胸にあふれて、私はとめどなく涙を流し続けた。

 

金輪際、

夏樹を一切葬る処置から、

一時的に夏樹から離れる処置に緩和されたというわけです。


この時点で、

まだ彼女は「夏樹静子」にこだわりがあったし、

捨てきれていない・捨てようとしていないことがわかりますが、

 

この「入院」措置により、

夏樹静子に(無意識に)執着することからは、

心理的にも物理的にも遠ざかることになります。


結果的には一年間の休筆になりましたが、

突破口としては、

夏樹と完全に離別するくらいのつもりで臨めということだったんでしょう。

 

こうして徐々に彼女は痛みを忘れ、

三年におよぶ腰痛から解放されたとのことでした。

 

私は、

夏樹さんご本人はもちろんですが、

この平木先生もすごいなと思いました。

 

原因を言い当てた医者はたくさんいましたが、

実際に治した方は、

この平木先生お一人なわけで。

 

彼は、

治療法についてよく知っているし、

治療そのものには、

それなりに時間も思いやりも根気も要ります。

 

こういう人がプロなんだなーと思いました。

 

最近の病院やお医者さんは、

どうも「原因」を突き止めることに傾倒しすぎていて、

対処療法一辺倒。


「治療」を施すという点では、

なんだか大差ない気がします。

 

これからの病院経営で大事なのは、

「根治」という面ではないでしょうか。

 

原因は何か?ということを突き止めるのは、

医者なら当たり前で、

本当に治すにはどうすればいいのか?を探究すること。

単なる対処療法で終わらせるのではなく、

根治させる「切り札」と「成功事例」をいくつももっていること。

 

こういったことが、

病院の差別化につながっていくんじゃないかと思いました。

 

それにしても、

夏樹さんをはじめ、

文壇の世界にも腰痛に悩まされている人がいかに多いことか。

 

本書の中だけでも、

遠藤周作さんの奥さん、開高健さん、高樹のぶ子さん、森村誠一さんといった方々が、

いずれも腰痛に苦しみ、

格闘していることが書かれていました。

 

腰痛=ストレスによるものだとすると、

現代社会にこれほど腰痛が蔓延していることには頷けますが、

意識レベルのストレス・不満はいつの時代もあって、

そんなに変わらないと思うのです。


重要なのは、

無意識レベルのストレス・不満は現代のほうが多くて、

それこそが腰痛天国となっている要因なのかもしれないということ。

 

いまのほうが、

イデオロギーというか絶対的価値観みたいなものが薄れていて、

いろんな選択肢があります。


何が正しくて何が間違っているかは、

うやむやというか、

個人の自由だったりもする。


それでも、

売れている作家はすごいとか、

肩書きのある人は偉いとか、

年収一千万円稼いだほうが上だとか、

世の中の物差しはあるわけで、

常に私たちはそれに振り回されています。


本当はいろんな選択肢があるし、

その選択肢を選んでも死ぬわけでもなく、

それは自由だとわかっているのに、

世の中の物差しで計ってしまう。


そこには、

自分では気付いていない抑圧やジレンマがあって、

それが無意識レベルのストレスや不満になっているんじゃないかと思うわけです。


何でもアリじゃなかったら、

保守的で制約の多い世の中だったら、

たしかに自由にはならないというジレンマはあったと思いますが、

その意識はわりと顕在化したもので、

無意識にグチグチ考えこんでいたり、

多様な価値観のなかでああでもないこうでもないと、

神経を使うことも少なかったのではないかと思うのです。


選択肢が多いほど迷うし悩むし、

葛藤も増える。


葛藤のなかで定めた方向性に、

こだわる人はとことんこだわる。


本当は別の選択肢もあるのに、

自分はその選択肢を振り切ってまで選んだ道なんだから、

そうやって生きるのこそ自分なんだと言い聞かせている。


それが、

プライドと呼ばれるものだったり、

執着という心の在り方だったりするわけで。


葛藤とその果ての執着。


痛みや身体の不調はそこから生まれます。


葛藤と執着にかけるエネルギー(追求心)や、

短時間で答えを得ようとするせっかちさが、

完璧主義・合理主義的思考とあいまって、

強い思い込みをつくりあげ、

痛みや不調がどんどん強くなる。


痛みや不調から解放されるには、

考え方をかえないといけないし、

そのためには、

まず原因が心や考え方にあることを理解し、

ストレスを受ける場所から心理的にも物理的にも離れること。


これが、

この本から得た私なりの見解です。


何事も、こだわりすぎちゃいけない。

脳を柔らかくしなきゃダメなんですね。

 

■まとめ:

・壮絶な腰痛との闘いにビビるが、他人事とは思えないほど、共通点が多く、自身の腰痛(坐骨神経痛)にも通ずるところがある。

・痛みの根本的な要因は、無意識レベルでの執着と葛藤。これに完璧主義・合理主義・思い込み・せっかち・ネガティブ思考があいまって、痛みから抜け出せなかったり、痛みの増幅を引き起こしたりする。この悪循環を断ち切るためには、病気のカラクリが心因にあることを理解し、心的ストレスを取り除くことと、考え方を変えること。二つのアプローチが必要。

・本人もさることながら、治療にあたった主治医に感服。対処療法で終わらせず、根治に取り組んだ気服も技術は、プロとしか言いようがない。日本にこういう医者や病院が増えることを望む。

 

■カテゴリー:

闘病記

 

■評価:

★★★★☆

 

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椅子がこわい―私の腰痛放浪記 (文春文庫)

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