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黒いスイス  ★★★★☆

福原直樹さん著

『黒いスイス』

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

スイスと言えば、

私は、

アルプスの少女ハイジや、

マッターホルンやアイガーといった山々を思い描くのですが、

 

この本は、

そんな牧歌的なスイスのイメージを、

見事に覆してくれました。

 

まさに、

黒いスイス!

 

スイスのダークなところにフォーカスし、

かつ新聞記者が書いているだけあって、

臨場感ある歯切れ良いルポタージュになっています。

 

そこまで詳細いらないかも…

っていう、

若干のグタグタさはありましたが、

結構おもしろかったです!

 

▽内容:

永世中立国で世界有数の治安のよさ。米国などを抜き、常に「住んでみたい国」の上位に名を連ねる国、スイス。しかしその実態は―。「優生学」的立場からロマ族を殲滅しようと画策、映画“サウンド・オブ・ミュージック”とは裏腹にユダヤ人難民をナチスに追い返していた過去、永世中立の名の下に核配備計画が進行、“銀行の国”でまかり通るマネーロンダリング…。独自の視点と取材で次々と驚くべき真相を明かす。

 

この本は、

2004年に発刊されたものなので、

いまから10年前のものになるわけですが、

当時は全然この本を知りませんでした。

 

今ごろになって、

キャッチ―なタイトルに目を奪われ、

手に取ってみた次第です。

 

とはいえ、

スイスについては、

100%清らかなイメージを持っていたわけではなくて、

マネーロンダリングでも有名ですし、

今冬に読んだ『日本人が知らない「怖いビジネス」』でも、

売春が合法化されている事実を知りました。

 

自然に囲まれた”清らかさ”だけでなく、

国際連合赤十字

永世中立国というキーワードからも推察されるように、

人道的な”清らかさ”も持っているような国に見えますが、

 

実は、

自国民の利益を第一とする保守的・排他的な面が多分にありますし、

「中立」とは彼らが自国の利益を守るための手段であって、

戦闘に巻き込まれないようにするカモフラでもある。

 

そのスタンスは、

世界的には称賛され美談化されているけれども、

この本を読むと、

彼らは決して、

他人(国際社会)のことを考えて「中立」を保っているわけではない、

ということがよくわかりました。

 

それは、

何よりも彼らが異民族に対して非常に排他的であったこと、

そしていまなお、

その「しこり」が残っていることからもうかがえます。

 

本書では、

歴史的にもスイスが、

ナチス政権下のユダヤ人に対して、

迫害から逃れてスイスに入国しようとする彼らを拒否し、

結果的にホロコーストに荷担してしまった事実や、

 

政府の支援のもと、

「ロマ族」と呼ばれるジプシーの子供たちを公に誘拐し、

彼らの移動生活を断絶させようとしたことを紹介しています。

 

また、

人種差別や人権侵害を禁ずるこの国で、

いまだに移民の受け入れでは、

肌の色や国籍で差別していること、

 

20世紀末に、

ユーゴスラビアで起こったコソボ紛争の際には、

アルバニアコソボ難民を追い出したり、

入国を受け入れないようにしていたことなども、

挙げていました。

 

「中立」「平和」を掲げ、

一人あたりのGDPも決して低くなく、

裕福で「理想の国」と言われるスイスですが、

 

どうもこの本を読むと、

スイスという国は、

自国民にとっては優しい国だけれども、

他国民にとっては、

必ずしもそうではないようです。

 

スイスに限らず、

ヨーロッパの国々は陸続きで、

国と国が隣接しているため、

日本なんかに比べると、

そもそも人や物資の行き来はずっと盛んなわけで、

 

自国民の労働市場を守るため、

時の施政者のもと、

移民の受入れを制限してきた国は、

スイス以外にもたくさんあります。

 

ちょっと前のイタリアでは、

あのベルルスコーニ首相のもと、

反移民政策と人種差別主義がとられ、

大量に流入してくるアフリカ系・中東系移民を厳しく制限していましたし、

 

(この本のなかでも少し触れられていましたが)

フランスでもいま、

マリーヌ・ルペン率いる極右政党(国民戦線)が議席数を伸ばしていて、

彼らは反移民・反EUを声高に唱えています。

 

ヨーロッパで極右勢力 台頭|NHKニュース 

 

そういったなかで、

スイスはあまり報道の舞台にあがることが少なく、

それゆえ私たちも実情を知る機会が少ないのですが、

 

いってみればスイスは、

ずっとこのイタリア・フランスの、

ともすれば極右的とも言えるような政策をとり続けてきたわけです。

 

本書では、

オーストリアのハイダー(自由党)、

フランスのルペン(国民戦線)、

イタリアのボルゲジオ(北部同盟)などと並べて、

スイスのクリストフ・ブロハー氏(国民党)を取り上げ、

インタビューもおこなっています。

 

彼は、

スイスのとるべき道が反EU・反移民にあると主張しており、

その主張は、

スイスの若年層の支持を集めているそうです。

 

ここだけを読むと、

あのスイスでさえも「いま」、

極右的になってきている

と受けとることができるのですが、

 

本書全体を通してみれば、 

それは決して「いま」に始まったことではありません。

もうずっと前から、

その下地はできていたのです。

 

スイスはもともと地方分権が強く、

国民生活に関する法律の大部分は、

地方自治体が権限を握っているそうで、

国民投票によって政治が動く直接民主制がとられています。

 

いまでこそ参政率は低下してきているようですが、

一市民が政治に直接かかわっているその関与度は、

おそらく日本なんかよりもずっと深いでしょうし、

ある意味で都市化されすぎていない、

昔ながらの体制を維持しているともいえます。

 

そもそも地方自治が根強いところに、

オカミ(国)が立ち入る余地はありませんし、

ましてや大オカミ(EU)にコントロールされたくもない。

 

このように保守的で閉鎖的なスタンスをとり続けてきただけに、

実はスイスは、

非常に民族主義的な要素が強い国なのです。

 

その民族主義を守るため、

スイスで起こった歴史的な過ちが、

戦時中のユダヤ人の入国制限・入国拒否だったし、

戦後の「優生学」的思想に基づくロマ族の誘拐だったというわけです。

 

大戦中、

ドイツからスイスに流入するユダヤ系難民を制限するため、

スイスはドイツ全国民に対してビザの取得を義務付けたようですが、

これを不都合と感じたドイツは、

一般ドイツ人へのビザ導入を阻止すべく、

二国間で取引が行われます。

 

それが、

ユダヤ系と一般ドイツ人を判別するための旅券のスタンプです。

 

スイスはドイツに対して、

ユダヤ系ドイツ人には「J」のスタンプを刻印させ、

刻印のある彼らにはビザを義務付けることで、

スイスに大量に流入するユダヤ難民を食い止めようとしたわけです。

 

ところが、

もはやナチスの大量虐殺がそこかしこで繰り広げられるようになると、

ただビザ発給だけで入国を食い止めるだけでは、

もはや焼け石に水ということで、

条件を問わず、

ただユダヤ系というだけで、

すべて国境で追い返すようにしたそうです。

 

問題はこれが、

ナチスによる非人道的な大量虐殺の情報を得ていて、

(その状況下で)スイス政府が下した対応なのかどうか。

 

筆者は、

 

スイス政府の外交文書には、スイスがこの決定の半年以上にも前に、大量虐殺の詳しい情報を得ていたことを示す資料があったのである。

 

スイスは、ユダヤ人大量虐殺が進行中と知りながら、国境を閉ざしたのである。

 

として、

 

当時のスイスの対応を弾劾しています。

 

このスタンプによって家族を失い、

命を永らえたその子孫たちからすると、

旅券に押された「J」の刻印は、

「悪魔」のスタンプであり、

それを押すよう(ドイツ側に)要求したスイス人もまた「悪魔」だとして、

本書のなかでは紹介されていました。

 

公平で中立な民主主義国のスイスは、

ナチスの人種差別政策、

ナチス思想という「伝染病」に感染していたのだと。

 

その感染は、

戦後も続きます。

 

それがロマ族の誘拐です。

 

筆者は、

ロマ族の誘拐について、

その目的が、

 

学齢期を迎えるロマの子供たちを誘拐し、里子に出すなどして定職を持たせ、移動を続けるロマ族の「漂泊生活」をスイス社会から追放する

 

ということにあったと説明しています。

 

そして、

 

ロマ族の誘拐は、ロマの「生き方」を変えようとしたのであり、ユダヤ人の命を奪い、民族を消滅させようとしたナチスとは発想が違う。

 

と当局のコメントを紹介しながらも、

 

その背景には、

ナチスと同じような「優生学」があったことも否めないとしています。

 

誘拐の背景には、当時の優生学を反映した考え方もあった。優生学とは、断種や結婚制限などで「望ましくない」遺伝子を排除しようとする学問だ。いや、「学問」というより、一種の「思想」といった方がいいかもしれない。19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で提唱されたが、その性格からナチスがもてはやすなど、容易に人種差別と結びついた。そして「優生学」的な見地からは、ロマは「人種的に劣る」民族だった。

 

「劣等民族とされたロマ族の『悪』から、社会を守ることが目的だった。怠惰。犯罪者。ロマ族にはこんな烙印が押されていた」

 

私が驚いたのは、

これがかつてのスイスの汚点にとどまらず、

いまなおスイスでは、

「ハンマースキン」と呼ばれるネオナチの若者グループが急増していて、

彼らはヒトラーを信奉し、

反共産・白人優越・ユダヤ人撲滅を掲げているのだとか。

 

スイスには、ドイツ同様、人種差別を禁ずる法律があり、ナチスや人種差別を公然と賞賛すると処罰される

 

…らしいのですが、

 

この集団は、

(アメリカで創設されたあと)スイスにも拠点をおき、

法律にギリギリ違反しない歌詞でロックを歌い、

武装化・組織化して、

若者を中心に欧州で仲間を増やしているんだそうです。

 

いまどうなっているかはわかりませんが、

今年4月にはこんな記事も出ていて、

 

欧州の若者がネオナチ思想に染まる要因は、移民の増加と不況 (週プレNEWS) - Yahoo!ニュース

 

ヨーロッパだけでなくロシアでも、

ネオナチの若者グループは増えているんだとか。

 

話は、

先のスイス民主主義に戻りますが、

この民主主義を守るために、

 

スイスにも、

秘密警察や公安のように、

P26」と呼ばれる軍の秘密組織があって、

極左・極右活動家、無政府主義者、スパイ・テロ組織のほか、

あらゆる反体制者を監視・盗聴していたということも驚きでした。

 

いまでこそ、

その監視活動や盗聴に対して、

かなり規制がかけられるようになっているようですが、

晩年、スイスに住んでいた喜劇俳優のチャップリンも、

共産主義者として盗聴の対象になっていたんだとか。

 

また、

スイスでは、

住民同士の「相互監視」社会が定着していて、

以下のようなことは日常茶飯事なんだとか。

 

子供のいたずら。夜中の騒音。違法駐車。ゴミ出し日の間違い。些細なことでも、住民がすぐに警察に通報する傾向がある。そして警察官も実際に出動してきて、「犯人」を探し出すのだ。

 

そのほか、

個人情報を集めた本が公然と売られていたり、

外国人がスイス国籍を取得する場合には、

顔写真や職業、生年月日、国籍などを記載したパンフレットが配られ、

その町に本籍をもつ住民たちの投票によって決められるそうです。

 

プライバシーの侵害ともいえるこうした風習は、

自分たちの権益を侵されまいと培ってきたバリア機能でもあり、

いかにスイスという国が、

他者に関して過敏で、

かつ閉鎖的であるかを物語っています。

 

スイスではまた、

麻薬の密売や中毒死を防ぐために、

麻薬中毒者たちに麻薬を合法的に配布するという、

「毒をもって毒を制す」ユニークな政策がとられているそうです。

 

これも驚き。

 

芸能人が覚せい剤をやっていると、

1週間くらい大騒ぎになってしまう日本では、

考えられない話です。笑

 

スイスのこの政策は、

ものすごい非常識にも、

ものすごいニュートラルなようにも見えますが、

 

筆者はここに、

民主主義国スイスの抱える「自由」と「義務」の問題がある

と指摘していました。

 

彼は、

 

民主主義といっても、個人の好き放題を許せば、他人の迷惑になってしまう。だからこそ民主主義は一定の義務を個々人に求め、義務を果たさない人間には、懲罰を科しているのだ。

(スイスの麻薬政策の場合)中毒者は、勝手に「麻薬」に手を出した人間、即ち市民としての「義務」を怠った人間だ。だが、スイスは、彼らに懲罰を科さないばかりか、むしろ彼らの人権を擁護している。

 

と述べており、

スイスの民主主義を非難しています。

 

スイスでは売春も合法ですが、

この国ではおそらく、

売春も麻薬も「社会的必要悪」として位置づけていて、

売春婦やジャンキーたちへ(人権や苦痛などの)配慮はするけれど、

そこに需要と供給がある限り、

そもそもの存在自体は取り締まらないんだと思います。

 

それは、

スイス国民自体がその「社会的必要悪」に、

多少なりとも恩恵を受けているからという部分もあるわけで、

マネーロンダリングもその1つなのではないでしょうか。

 

自分たちが恩恵を受けたい部分はルーズにして、

自分たちが被害を被りそうな部分は厳しく取り締まる。

それがスイスという国なのかな、と。 

 

本書の三分の二は、

スイスの民族主義とその排他性について 述べられていましたが、

残りの 三分の一は、

マネーロンダリングと核保有について書かれています。

 

マネーロンダリングについては、

もともとスイスは個人銀行が多く、

顧客の守秘義務が頑なに守られてきたことで、

諸外国の公金濫用や麻薬売買などで、

不正に得たカネが集まりやすかったそうですが、

 

次第に、

こうした温床が国際的批判を受けるようになり、

マネーロンダリング防止法などの法整備が進められたそうです。

 

いまは、

不正資金とわかって関与した銀行や金融機関には、

厳しい罰則が科せられており、

不正資金の疑いがあれば、

わりとすぐに当局の捜査が入るようにもなっているそうで、

かつての「ロンダリング天国」というイメージから、

実態はだいぶかわってきているようです。

 

とはいえスイスでは、

あからさまな虚偽申告は別として、

うっかりミスの脱税は違法ではないという認識が定着しており、

不正資金を脱税で得たカネということにすれば、

当局の捜査が入りにくいんだそうで。

 

なぜなら、違法ではないから。

 

また、

いくら銀行や金融機関に罰則を科しても、

長年、顧客の情報をクローズすることで莫大な預金を得て、

それでサラリーが決まっていたスイスの銀行マンにとっては、

法なんてあってないようなもの。

 

スイスはいままで、

こうした諸外国からの資金で潤ってきましたし、

この国際的な既得権益をそう簡単に手放すわけがないのです。

 

スイスがEUに加盟しない理由の一つはこれで、

単にEUの全体主義的な政治介入を疎んじるばかりでなく、

スイスの金づるでもある金融機関に対して、

情報公開を迫られるのが目に見えているからです。

 

政界と銀行が癒着していることは、

言うまでもありません。

 

2001年3月。スイスはEU加盟の是非を問う国民投票で、77%という高率で加盟を拒否した。そして、この投票の背後で、スイスの銀行が動いたのは間違いなかった、という。(中略)EU加盟の是非を問うこの投票で、銀行側はパンフなどを使い、国民に強く「加盟反対」を訴えたというのだ。加盟すれば、EUの主張どおり、銀行は税金逃れを行う顧客の名前を公表しなければならなくなるからだ。

 

核兵器については、

広島・長崎の原爆投下と、

その後の冷戦において核武装が現実的になってきた際、

 

中立を宣言するスイスといえども、

水面下では、

密かに核計画が進められていたそうです。

 

本書では、

島型原爆の6倍以上クラスの核兵器を何百個もつくり、

地下実験をおこなう計画が取り決められていたそうで、

同じ中立国であるスウェーデンと共同開発の道を探っていたこと、

技術的にもいつでも実装できるほどの研究成果をだしていたことなども

触れられていました。

 

不平等条約として各国から批判が多かった核拡散防止条約に、

スイスも批准しておきながら、

裏では核研究を続けていたそうです。

 

それはスイスが、

たとえ条約を批准したとしても、

「潜在的核保有国」というスタンスを保持していたからであり、

現在のように完全に核開発を捨て去ったのは、

冷戦が終結したからのことで、

 

それまでの戦後43年間、

永世中立国スイスは核開発計画を極秘裏に進めていたわけです。

 

ちなみに、

潜在的核保有国とは、

 

情勢の変化があれば、すぐに核を配備する姿勢と能力を持った国

 

という定義で、

当時のインドやパキスタンもこれに該当する国でした。

 

スイスは、

自由をものすごく追求する国。

だから、

自由が奪われそうになることには、

ものすごく嫌がる国。

 

外敵や他者に対して過敏になるし、

トラブルはできるだけ効率的に、

丸くおさめてしまいたい。

 

そのためには、

表の顔と裏の顔を使い分けること。

 

核開発もそうだし、

マネーロンダリングもそう。

売春の合法化や麻薬政策もそう。

 

中立とはすなわち、

自分の国のことを誰にも決められたくないということでもあるわけで。

 

自由に、

おいしいトコどりで、

うまくやっていきたいんだろうなぁ、

スイスの人たちは。笑

 

この本を読んで私が感じたスイスは、

以上のような感じでした。

 

黒いぜ、スイス!

 

■まとめ:

・スイスのダークなところにフォーカスし、かつ新聞記者が書いているだけあって、臨場感ある歯切れ良いルポタージュになっている。

・本書の3分の2は、閉鎖的・保守的・排他的なスイスの民族主義について述べられており、残りの3分の1は、噂のマネーロンダリングと、極秘裏に進められていた核計画について書かれている。

・若干グタグタ感があったが、スイスの裏の顔が見れて面白かった。長年、周辺国との関係に緊張しながら、時に脅威をおぼえ、時に美味しいところも知って国を潤してきただけに、自由を謳歌するのに貪欲で、自由を脅かされることにはものすごくセンシティブ。外敵や他者には過敏だが、自分達には甘い。それがスイスだなと思う。

 

■カテゴリー:

政治

国際

 

■評価:

★★★★☆

 

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