目線 ★★★★☆

天野節子さん

目線 (幻冬舎文庫)

を読了しました。

 

評価は、星4つです。

 

天野作品は、

これまで、

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

氷の華 (幻冬舎文庫)

烙印 (幻冬舎文庫)

と読んできましたが、

 

おもしろさでいうと、

『氷の華』と肩を並べるくらい、

よく出来ていて、

展開が気になって仕方なかったです。

 

天野さんの作品は、

(有名どころは)これで一応すべて制覇したわけですが、

あえて順番をつけるとすると、

 

1.目線

2.氷の華

3.彷徨い人

4.烙印

 

──という感じになるかもしれません。

(なんと、1位?!)

 

そのくらい、

この作品は構成・展開がよく出来ていて、

とてもおもしろかったと思います。

 

正直、星5点でもいいかも。

 

最後まで読むと、

(タイトルにある)「目線」って、そういうことだったのね!

と納得。

 

おススメです。

 

▽内容:

建設会社社長の堂島新之助が、自身の誕生日にベランダから落ちて死亡する。宴の場に集っていた家族ら11人にアリバイがあり、警察は自殺として処理する。そして、初七日。哀しみに沈む堂島邸で、新たな犠牲者が。新之助の死は、本当に自殺だったのか?疑念を抱く3人の刑事は、独自の捜査を開始する。愛憎渦巻く一族の悲劇を描いた長編ミステリ。

 

こちらは、

60歳で小説家デビューした天野節子さんの第2作目となりますが、

 

実は、

以前に一度読んでいて、

何故か最初ちょろっと読んだだけで、

そのあと頓挫してしまったことがあります。

 

つかみがまったく面白くなかったというわけではなく、

本当にちょろっとしか読んでいないので、

面白いもつまらないもなく、

 

ただただ、

仕事やら何やら、

他のことに時間をとられてしまって、

読み続けることができなかっただけなんですが、

(おそらくこの小説でなくても読めなかった)

 

いま思うと、

結構、面白かったのに何故?!

という感じです。笑

 

まぁ過去はさておき、

再読できて(再読して)よかった!

──この一言に尽きます。

 

デビュー作『氷の華』が大ヒットして、

2008年にテレビ朝日でドラマ化もされていますが、

氷の華 (2008) EP 01 - YouTube

氷の華 (2008) EP 02 - YouTube

 

2作目の『目線』のほうも、

2010年にフジテレビでドラマ化されています。

金プレ特別企画「目線」

 

これ、見たかったなぁー。

(いまから動画みればいいんですが)

 

天野さんの作品は、

どれもすごくおもしろくて、

今年、すっかりハマってしまったのですが、

なかでもこの『目線』という作品については、

トリックが本当にうまくできていて、

結末にも納得がいきます。

 

冒頭で、

既刊4作品の勝手にランキングを発表しましたが、

どれも傑作だったのは間違いないものの、

それぞれ以下のようなマイナスポイントもありました。

 

4位→『烙印』:

犯人はあらかた想像がついていて、

犯行の経緯や動機をクリアにしていくのがメインだったため、

ドキドキ感に欠ける。

 

そして、

その経緯や動機も、

やや入り組んでいてゴチャゴチャしてたり、

変に曖昧にして行間を読ませたりで、

ハッキリしないところに不完全燃焼さを感じた。

 

3位→『彷徨い人』:

真相の解明(真実の断定)が粗い。

本当のところどうなのか?が最後まで曖昧で、

今ひとつパッとしない。

結末にもちょっと納得がいかない点があった。

 

2位→『氷の華』:

細かいところでのトリックや経緯が、

明確にされていない。

 

それまでの流れで、

きっとこういうトリックなんだろう…

という読み方はできるけれど、

 

こういうものは、

エビデンスを提示して、

ハッキリさせてほしかったし、

 

一部の経緯についても、

あまりに突拍子すぎるところがあって、

どうしてそんな経緯に至ったのかを、

もう少し肉付けしておいて欲しい感じがあった。

 

さて。

 

今回の作品については

どうだったかというと、

 

位→『目線』:

トリック・経緯&動機・結末ともに、

あまり矛盾を感じたところもなく納得。

 

ごくごく細かいところでの「ん??」(腑に落ちない点)はあったにせよ、

全体的に構成・結末ともによく出来ていて、

 

犯人はこいつだったのかー!

目線ってそういうことかー!

こいつはこういう役割を果たしてたのかー!

 

──などなど、

いろんな驚きがあって面白かったです。

 

以下、

登場人物とあらすじをざっと整理。

 

※※ネタバレ注意※※

 

・堂島新之助(65歳):

堂島建設の社長で、堂島家の一家のあるじ。

自身の誕生日に自宅で死亡。

当初は自殺として処理されたが、

他殺の疑いが残り捜査が続けられる。

 

その捜査の過程で、

生粋の良家の御曹司かと思いきや、

堂島家の婿養子だったことが明らかに。

(旧姓は、関谷)

 

・桐生苑子(35歳):

堂島新之助の第一子(長女)で、

大輔・喜和子・あかりの姉。

桐生直明と結婚し、

一児(弘樹)をもうける。

 

・桐生直明(41歳):

堂島建設の社長秘書として堂島家に出入りしているうちに、

苑子に見初められ結婚、

堂島家の女婿となる。

 

堂島建設の仕入部門部長。

 

・堂島大輔(30歳):

堂島新之助の第二子(長男)で、

喜和子・あかりの兄。

堂島建設の次期社長。

 

大学卒業後、一時は商社に入社したが、

その後、堂島建設に入社。

現在、コミュニティ部門に所属し、

堂島建設が請け負ったマンションの管理組合をサポートする仕事を担当し、

現場経験を修練していた。

 

水谷香苗と結婚することが決まっている。

 

・堂島喜和子(29歳):

堂島新之助の第三子(二女)。

 

音大を卒業後、

音楽教室の先生を生業としていた。

 

故・堂島新之助の初七日に、

絞殺されて死亡。

 

・堂島あかり(28歳):

堂島新之助の第四子(三女)で、

苑子・大輔・喜和子の妹。

 

本業はイラストレーターだが、

週に2~3日、

美術館で臨時職員として働き、

受付などの仕事に従事。

 

・加納拓真(30歳?):

堂島大輔の幼馴染。

大学で歴史を教える講師。

 

思慮深く落ち着きがある反面、

ユーモアもあって周りに溶け込みやすい性格。

 

堂島喜和子とかねてから男女の仲にあると思いきや、

実は違っていて、

平田小枝子とできていた。

 

・平田小枝子(28歳):

堂島あかりの友人で、職場の同僚。

美術館の正職員で、学芸員の資格を有しており、

資料の管理や展示会の企画・運営などに従事。

 

実は、加納拓真と付き合っていた。

 

・水谷香苗(?歳):

堂島大輔の婚約者。

 

家具デザイナーとして、

大手家具メーカーの企画デザイン課に勤務。

 

大輔とは、

仕事を通じて知り合う。

 

・堂島雪江:

堂島新之助の妻で、

堂島家の一人娘だった。

 

15年前に白血病で死去。

 

・桐生弘樹(5歳):

桐生直明と苑子の息子。

小学受験を控えているが、

能力にバラつきがあり、

プレゼンや創作が苦手な一方で、

抜群の記憶力を有する。

 

堂島家では、

あかりに一番なついている。

 

・野村清美(53歳):

堂島家で働く住み込みの家政婦。

13年間、堂島家に奉公。

 

宮本茂(65歳):

元々はホテルのレストランでシェフとして働いていたが、

引退後は、

堂島家に時折出入りして料理を振舞う。

 

堂島新之助が死去したのち、

初七日の法要の日に、

堂島家の池で死体として発見される。

 

死因は溺死だが、

後頭部に殴打痕があったため、

他殺と断定。

 

のちに、

松浦郁夫・堂島新之助とは同郷の友人で、

集団就職のため、

三人一緒に故郷の山形・赤湯から上京していたことが判明。

 

・松浦郁夫(65歳):

堂島新之助のお抱え運転手。

堂島家の斜め向いに住居を構える。

 

温厚・誠実な人柄で、

堂島家の一家の信頼も厚かったが、

 

故・堂島新之助の初七日に、

自宅から、

宮本茂・堂島喜和子殺人事件に関わったと思われる自筆の書が見つかり、

両事件の被告と断定。

 

山形・赤湯の出身で、

宮本・堂島新之助集団就職した際は、

自動車整備士として日暮里の自動車整備工場に勤めていたが、

その後、堂島建設(新之助)の運転手に。

 

・津由木哲夫(48歳):

田園調布東署の刑事係長。

 

嶋・田神とともに、

堂島家で起きた事件・事故を担当。

 

三人のなかでは最年長で、

先輩として捜査をリードしていく。

 

・嶋謙一(27歳):

田園調布東署の若手刑事。

津由木・田神とともに、

堂島家で起きた事件・事故を担当。

 

・田神修司(23歳):

田園調布東署の若手刑事で、

津由木・嶋と堂島家の事件・事故の捜査にあたる。

 

田園調布東署での仕事は腰かけに過ぎず、

本庁採用のキャリア組のため、

数ヶ月で本庁に戻ることになっている。

 

エリートにありがちな高慢さや過度な遠慮もなく、

人懐っこい性格の持ち主であることから、

津由木・嶋と打ち解け、

ともに捜査にあたり、

事件の解明に貢献。

 

・工藤恒彦/田中武治/渡辺:

いずれも田園調布東署に勤務。

 

工藤は副署長で、

宮本茂・堂島喜和子殺害事件の捜査を指揮。

 

田中は刑事課長で、

津由木や嶋の直属の上司。

 

渡辺は嶋より少し若い刑事。

 

・大滝勝(65歳):

山形・赤湯温泉にある旅館「大滝苑」の主人。

松浦・宮本・堂島新之助とは同級生で、

なかでも松浦とは親しくしていた。

 

・松浦啓子:

松浦郁夫の妻。

山形・米沢の出身。

(すでに亡くなっている)

 

・松浦美佐子:

松浦郁夫の妹。

子供をとりあげられて精神的におかしくなり、

26,27歳のときに、死去(自殺)。

 

・星野慶介:

松浦夫妻と妹の美佐子が暮らしていた、

日暮里の借家の家主。

 

 

さて。

 

登場人物は、

ざっとこれくらいでしょうか。

 

一見、

多いようにも見えますが、

 

実際は、

・堂島家の一族の7人

 →新之助・苑子・桐生直明・弘樹・大輔・喜和子・あかり)

・堂島家に出入りする関係者の6人

 →宮本・松浦・野村清美・水谷香苗・平田小枝子・加納拓真

・堂島家の事件・事故の解明にあたる刑事の3人

 →津由木・嶋・田神

 

計16人のあいだで、

このミステリーは繰り広げられます。

(それでもちょっと多いか)

 

解説(野崎六郎)を引用すると、

 

物語は、犯人もその一員である閉じられた小世界で進行していく。場所は田園調布、さる資産家の一族を襲う、惨劇の連続。

 

堂島新之助の65歳の誕生日を祝うその日に、

まず1つめの事件が起こります。

 

それは、

新之助自身の自殺。

 

自殺の方法は、

二階にある自室ベランダからの飛び降り。

 

折しも、その日は雨。

 

その雨の降り方と新之助の衣服の濡れ具合に違和感を感じた津由木刑事は、

新之助の「自殺」に疑問を呈します。

 

解説の言葉を借りると、

以下のとおりです。

 

彼が引っかかるのは、被害者の着衣が吸った水分だ。当日の朝、転落から発見までの時間を考え合わせてみると、服の濡れ具合がどうもおかしい。合理的に考えると、時間差が生じているのだ。

 

そして、

後輩刑事の嶋も、

そもそも自殺を考える人間が、

二階からの投身なんてするか?!

というところにひっかかっていました。

 

また、

同じく若手刑事の田神は、

別に犯人の目星をつけたわけではありませんが、

堂島新之助の運転手(松浦)が、

予定を一日切り上げて山形から戻ってきていたことに、

疑問を抱いていました。

 

そんななか、

今度は新之助の初七日を迎えた法要の日に、

第二・第三の事件が生じます。

 

1つは、

料理人として出入りしていた宮本茂が、

堂島家の庭で溺死。

 

もう1つは、

堂島家の次女・喜和子の絞殺死。

 

ふたりとも、

新之助の法要に出席しており、

その後、

何者かに殺されるわけです。

 

そして、

第二・第三の事件現場から発見された指紋や、

松浦家の机に残された置手紙から、

宮本・喜和子の殺害には、

松浦が関与したものとして指名手配されるのですが、

 

松浦はその後、

高尾山の山中で首を吊って自殺。

 

この第二・第三の事件においても、

何か違和感を拭いきれない刑事トリオは、

再び知恵を絞り合います。

 

ここで大きく貢献したのは、

キャリア組の若手エリート、

田神(通称・ガミくん)。

 

彼は、

松浦が一人でやったにしては、

宮本と喜和子の殺害にかけた時間が、

あまりにも慌ただしすぎることを、

「時間表」をつくって検証するのです。

 

宮本の殺害こそ、

松浦の仕業ということは間違いないのですが、

 

喜和子の殺害は、

本当に松浦の仕業といえるのか?

 

そして、

松浦が喜和子を殺していないとしたら、

松浦は逆に(時間的に)喜和子の殺害を知る由はないわけで、

 

津由木は、

このように提言するのです。

 

「松浦の書置きにあった、『全て私がしました』。これをどう解釈したらいいかな。前とは事情が変わってきた。捜査会議では『全て』を、宮本茂と堂島喜和子の殺害と判断したが、われわれは別の結論に達したわけだから、当然、『全て』の解釈が変わってくる。松浦は一人しか殺していない。それなのに、全てと書いた。これはおかしい。そうだろう?」

 

──となると、

 

ここでいう『全て』とは、

堂島新之助宮本茂の死亡を指すことになります。

 

ここで三人トリオは、

当初より疑わしかった新之助の「自殺」を、

あらためて「他殺」の方向でとらえなおすことに。

 

とはいえ、

新之助が亡くなった時間に、

松浦にはアリバイがある。

 

そうなると、

新之助の殺害に松浦は関わっていない。

 

でも、

誰がやったかは知っている。

 

実際、

松浦は、

その犯人を宮本から聞いています。

 

松浦は、

そのことを宮本に口止めするため、

衝動的に彼を殺してしまうのです。

 

でも、

なんのために?

 

津由木は言います、

 

「──大切な人を守るため」。

 

じゃあ、

松浦は誰を守ろうとしているんだ?

新之助は誰に殺されたんだ?

喜和子は誰が殺したんだ?

 

ここから、

三人トリオは、

新之助の事件も含め、

あらためて犯人を探し始めるのです。

 

疑わしきは、

苑子・桐生直明・大輔・あかり・加納拓真・平田小枝子・水谷香苗・野村清美の8人。

 

津由木:

「この中に、犯人がいる」

 

ここから、

彼らの捜査活動に拍車がかかり、

事件解決のヤマ場を迎えていくのです。

 

この物語でポイントとなるのは、

以下の2つだと私は思っています。

 

1つは、

「時間」。

 

先にも紹介していますが、

三人トリオの刑事たちは、

時間的な矛盾を突破口として事件を解明していくわけで、

 

最終的に、

その「時間的な矛盾」は全て明らかになっていくわけですが、

 

(例えば、

 松浦が予定を一日切り上げて戻ってきたのは、

 彼が胃癌を患っていて、

 単にその薬を持ってくるのを忘れたからだとか)

 

この「時間」こそ、

物語のトリックにおいて、

重要な役割を果たしていることがよくわかります。

 

2つめは、

「目線」

 

この本のタイトルにもなっている「目線」ですが、

自分は当初、

なんとなくですが、

この「目線」というのは、

 

事件の様子を誰かがどこかでじっと見ていて、

実はコイツが知っている的な、

そういう「目線」だと思っていました。

 

物陰やドアの隙間から、

こっそり見ているような「目線」です。

 

「目線」というより「視線」かな。

 

本書でタイトルにもなっている「目線」は、

「目の高さ」と「意識」をあらわしています。

 

そもそも、

「目線」という言葉には2つの意味があって、

 

「目線を落とす」とか「目線が合う」というように、

「位置」をあらわす場合と、

 

「自分目線」「オレ目線」などというように、

「意識」をあらわす場合がありますが、

 

本書で何より主題となるのが、

「位置」すなわち「目の高さ」としての「目線」です。

 

犯人は最後にこう言い残しています。

 

『どこに身を置いても同じなんです。どう足掻いても、私の目線はいつも地上100センチ。それが私に与えられた世界なんですから』

 

──と。

 

そう、

この物語(事件)は、

「地上100センチ」の「目線」で展開されているのです。

 

そしてそこには、

犯人がずっと抱えてきた哀しみが凝縮されてもいる。

 

下半身不随となり、

100センチ の高さにしか身を置けなくなって、

すべてが懐疑的になり、

「自分目線」でしか物事を見れなくなってしまったこと。

 

これはハッキリ言ってしまうと、

 

喜和子と拓真が恋仲にあって、

結婚するものとばかり思い、

 だから犯人は、

それを喜ぶ新之助や喜和子を殺した。

 

100センチでしか見えない(位置的な)世界が、

本人の(意識としての)世界観までもをかえてしまった。

 

この本のタイトルの「目線」には、

そんな悲哀がこめられているわけです。

 

解説でも、

次のように言及されていました。

 

動機は、「あの人を幸せにはさせない」と。これはやはり『氷の華』の作者ならではの世界だ。

 

そういわれると、

たしかにそうで、

『氷の華』と本作『目線』では、

共通している犯行動機と言えるでしょう。

 

過去にまつわる出来事から、

ずっと抱え込んできた嫉妬と憎悪。

 

天野さんは、

こういう人間のドロドロした感情を、

よくわかっているし、

そこはやはり女性作家としての強みでもあると思うのです。

 

さて、

解説では、

上記以外に本書を楽しむ「パズルのヒント」 として、

「凶器」が挙げられているのですが、

 

実は私はそこに、

ある種の意外性(ナルホドそういうことか!)は感じつつも、

トリックとしては納得感に欠けるものがあると思っています。

 

この「凶器」というのは、

ぶっちゃけ「こけし」を指しており、

 

堂島新之助が自殺した際に、

嶋刑事が感じた疑問は、

 

そもそも自殺を考える人間が、

二階からの投身なんてするか?!

 

この「こけし」という「凶器」の登場により、

うまく解消されるのです。

 

犯人は、

新之助を2階のベランダに誘き出し、

こけしで殴ってから、

その身体を持ち上げて突き落した。

 

これだと、

2階から落ちても確実に殺せる。

 

嶋:

新之助は二階から落下して死亡。これに間違いはないですよね」

 

津由木:

「それは間違いない。右半身全体に強い打撲痕があった。落下時の衝撃の痕だ」

 

でもね、

そんだけ殴っておいて、

死体から「こけし」の殴打痕が見つからないって、

ちょっとおかしくねーか?

 

いくらハナから自殺と決めつけたにせよ、

簡単な検死くらいはするだろうし、

そこで「こけし」の痕が見つからないなんて、

そんなことありえるか??

 

自分としては、

ここにはさすがに無理がある気がして、

納得がいきませんでした。

 

あと、

下半身不随の犯人が、

どうやって喜和子の遺体を運んだのか?

という点。

 

これも、

根拠が薄いです。

 

いくら車椅子や昇降機があったとはいえ、

そもそも、

そういう人間が、

重い遺体を持ち上げるのは無理があるのでは?

と思うわけです。

 

作者は、

こういう細かい点が詰めきれていない。

 

ほかにも、

クリアになっていない点があります。

 

たとえば、

犯行当時の松浦の行動。

 

堂島家の東建物の廊下の端、物置の入り口と向き合うドアに、

松浦の左掌の跡と指紋が付着していて、

その指先から、

宮本を殺害したときの血液が検出されたことで、

 

松浦が誰にも見られずに建物に入ることができて、

かつ喜和子を殺すことができたという、

警察が判断した最初の犯行経緯が導き出されたわけですが、

 

結局、

喜和子を殺したのは松浦ではないわけだから、

じゃあ何のために建物のドアにそんな物証が残っていたのか、

という疑問が残ります。

 

きっと、

彼が宮本を殺した時に、

たまたまついてしまったものだと思うのですが、

作者はそれについて何も言及していません。

 

疑わしい状況だけ臭わせておいて、

ケツをふかないのは、

ちょっとルール違反じゃ?

 

非難するわけではありませんが、

彼女の作品は、

なんかそういうところが目についてしまいます。

 

でも、

それも(他の作品のレビューでも書いたけれど)、

全体的にトリックがあまりに完璧すぎるから

 

自分のなかでは、

逆に細かい失点が目立ってしまうだけ。

 

その「細かい失点」でいうと、

もう1つあります。

 

池に浮かんだ黒いスーツの死体をみて、

犯人がなぜか、

(宮本ではなく)「松浦さんだ!」と言うシーンがあります。

 

津由木:

「なぜ、松浦さんと思ったんです?」

 

犯人:

「なぜだかよく分かりません」

「黒い色から喪服を思い浮かべたんだと思います。宮本さんもその日喪服を着ていましたが、宮本さんはとっくに帰ったことを知っていましたから」

 

作者はこれだけ書いて、

あとはこの不思議な点に何も触れていないのですが、

 

仮に、

犯人のこの証言をそのまま受け入れるとすると、

 

松浦も宮本も同じ時間に堂島家を出て帰っているわけだから、

宮本だけが「とっくに帰った」はずはなく、

犯人のこの証言は矛盾しているはずなのです。

 

──これについての「後始末」がない。

 

三人トリオの刑事が、

この矛盾点を突くでもなく、

犯人がそれを明らかにするでもなく、

はたまた第三者が触れるわけでもない。

 

スルーです、スルー。

 

読者には、

不思議に思わせておいて、

そしてあたかも、

その不思議な点はクリアになったように見せかけておきながら、

全然クリアにはなっていない。

 

作者がこれを意図してやっているのかどうかは不明ですが、

クリアにしたつもりでいるとしたら、

犯人のその証言には矛盾があるし

意図的にそうしたのであれば、

刑事か誰かをつかってきちんと「後始末」をして欲しい。

 

じゃないと、

ウヤムヤのままじゃん!

って思いました。

 

以上の点をふまえ、

星5つのうち、

1つを減らしたわけですが、

 

あくまで上記は細かい点であり、

その他のトリックやそのための布石は本当にうまく配置されていて、

その技量には脱帽と言わざるを得ません。

 

これは本当です。

 

プロローグの(昔の)事件が、

最後にこうやってつながるのかとか、

 

冒頭にも述べましたが、

(タイトルにある)「目線」って、そういうことだったのね!

という驚き。

 

いやー、面白かった!!

 


■まとめ:

・裕福な一家の、屋敷内で次々と起こる惨劇を解明していくので、スケールとしては狭いながらも、ストーリー的には既刊4作品のなかで一番面白かった。

 ・ごくごく細かいところで、腑に落ちない点はあったにせよ、全体的に構成・結末ともによく出来ていて、犯人はこいつだったのかー!目線ってそういうことかー!こいつはこういう役割を果たしてたのかー!などなど、いろんな驚きがあった。強いて言うなら、他作品にもあるように、疑わしさ・不思議さだけ呈しておいて、きっちり後始末をしていないところがマイナスポイント。

 ・デビュー作『氷の華』同様、犯行動機である、「あの人を幸せにはさせない」というドロドロした感情がうまく描かれている。過去にまつわる出来事から、ずっと抱え込んできた嫉妬と憎悪。それが紐解かれていくさまや、トリックの布石には脱帽。

 


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆


▽ペーパー本は、こちら

目線 (幻冬舎文庫 あ 31-2)

目線 (幻冬舎文庫 あ 31-2)

 

 

Kindle本は、こちら

目線

目線

 

 

 

 

真田太平記(2) ★★★★★

池波正太郎さん

真田太平記(二)秘密 (新潮文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星5つです。

 

前巻に続き、

相変わらず面白かった!

 

▽内容:

天下統一を目前にした織田信長が本能寺に討たれたことから、諸雄は再びいろめきたつ。上・信二州に割拠する真田昌幸は、関東の北条、東海の徳川、越後の上杉と対峙しつつ、己れの命運を上田築城に賭けた。一方、昌幸の二人の子供、兄の源三郎信幸と弟の源二郎幸村、そして従兄弟の樋口角兵衛をめぐる真田家の複雑に入り組んだ血筋が、小国の行方に微妙な影を落としてゆく。

 

第二巻は、

本能寺の変(1582年6月)以後、

真田昌幸が家康に見切りをつけて、

旧敵・上杉景勝と停戦調停を結ぶ(1585年7月)ところまで。

 

主君として仕えていた武田家が滅亡したのち、

織田信長が天下統一に向けて着々と手を広げるなか、

真田昌幸もまた東にあって、

家康に取り入りつつ、

一方で信長に認めてもらおうと準備していましたが、

 

なんと、

本能寺の変で信長が討たれてしまいます。

 

ここで、

信長を頂点とするヒエラルキーはいっきに崩れ、

天下は秀吉vs家康の覇権争いに。

 

東国でも、

徳川・北条・上杉・そして真田のあいだで

再び凌ぎ合いが多発し、

 

真田昌幸は、

家康に取り入って同盟状態を継続させるも、

北条から家康へ横槍が入ったことによって、

真田家がおさえていた「沼田」をめぐり、

徳川・北条と対立することに。

 

そこで彼は、

武田時代からの敵でもあった上杉(景勝)に助けを請います。

「援軍は出さなくてもいいから、せめて何もせず見守っていてくれ」

──と。

 

相変わらず混乱を極める戦国時代のまっただ中にあって、

上州・信州における基盤を守らんと画策する真田家(昌幸)が、

一巻に続いて、

「忍びの者」を駆使して世の趨勢を見極め、

諸侯と渡り歩いていくさまが描かれています。

 

その中で、

長年の夢でもあった上田城を築城し、

真田家の財政基盤をより強化したり、

 

一方で、

昌幸の子供たち(源三郎信幸/源二郎信繁幸村や娘の於国/御菊、そして甥である樋口角兵衛)をめぐって、

彼らの血縁に関する秘密が明かされていきます。

 

天下の動向いかに?!というマクロな動きと、

真田家のなかでうごめくミクロな動き(秘密)がクロスし、

物語にいっそう厚みが増していくので、

もう目が離せません!

 

いやー、

おもしろいね。

 

以下、備忘録がてら、

登場人物とレビューのメモになります。

 

※第一巻のレビューはこちら

【登場人物】

・向井佐平次:
武田家側の一兵卒として仕えていたが、高遠城の落城で一命をとりとめ、その後、源二郎幸村に拾われ、主従関係に。真田の忍びの者の娘である「もよ」と結ばれ、佐助をもうける。

 

・もよ:
真田家に仕える草の者(赤井喜六)の娘。父の死後、岩櫃城に引き取られ、真田源二郎や家臣らの身の回りの世話にあたっていた。その後、砥石へ移る。向井佐平次と結婚し、佐助を産む。

 

・お徳:
真田家に仕えていた足軽(岡内喜六)の元妻だったが、その後、真田昌幸の側室となる。懐妊がわかってから、正室(山手殿)や樋口角兵衛らに命を狙われるが、真田源二郎幸村に見守られながら、名胡桃城の鈴木主水に預けられ、無事、娘(於菊)を産む。

 

清水宗治
信長存命時に、中国平定に遠征中の秀吉が落とさんと攻め続けていた毛利勢の一家臣で、高松の城主。信長が本能寺の変で討死するも、その情報を知らず、秀吉に城中の人間の命と引き換えに自らの切腹を申し出、死去。高松城は秀吉の手に落ち、秀吉は城中の遺臣らを毛利側に送り返して、休戦状態に持ち込む。同時に中国地方の一部を織田側に譲り渡すという条件をつけて講和が成立。

 

・明智日向守光秀:
信長の重臣だったが、謀叛を起こして本能寺で信長を討ち取る。天下再建に向けて諸侯や朝廷へ協力を呼びかけ、一時は安土城を占拠するも、協力が得られず、また秀吉のスピード帰還で猛攻にあい、山崎の合戦であえなく敗退。本拠の近江・坂本城へ落ちのびる途中、小栗栖の竹藪で土民らに殺された(と言われている)。

 

穴山梅雪斎:
武田勝頼の伯父で武田家の一員だったが、武田を裏切り、家康に取り入って、家康の甲州攻めの案内人を務める。家康とともに上京していたが、本能寺の変で明智勢の追撃を避けて逃避行していたところ、伊賀の山中で土民らによって殺害される(家康は命からがら逃げきることができた)。

 

細川藤孝・忠興:
明智光秀の親友。忠興は藤孝の子どもで、光秀の娘(玉子=のちの細川ガラシャ夫人)を正室に迎えている。本能寺の変以降、光秀に味方せず、これを見送る。

 

筒井順慶
大和郡山を領有する武将。明智光秀の友人で、光秀とは縁戚関係にもあり(光秀の妻の妹を正室に迎えている)、光秀の口利きで信長の後ろ盾を得られることになり、大和における所領を守ったが、山崎の合戦では再三の要請にもかかわらず光秀側に出兵することを最後まで見送る。山崎の合戦後は、秀吉側につき、臣従。

 

足利義昭
室町第15代将軍。一時は光秀を側近として仕えさせていたため、光秀の口利きで信長の庇護を受けるも、その後、信長によって京都から追放される。中国の毛利を頼り、信長打倒を画策。光秀は、この足利義昭の線を頼りに、毛利勢の加勢を当てにしていたが、これらを待たずして滅び去る。賤ヶ岳の戦いで、秀吉が織田譜代派(柴田勝家滝川一益)と対立するようになると、柴田勝家らに肩入れし、足利将軍家と毛利家の再興を狙って毛利輝元を動かそうとそそのかすが、毛利はこれに乗らず。

 

北条氏直
北条氏政の長男。小田原を拠点に関東の領地拡大に息巻く。本能寺の変のあと、上州へ進出、神流川の戦い滝川一益を追いやってこれを占拠。続いて、東信濃に入り上杉景勝と対立、真田昌幸はいったんここで北条側に与し、上杉軍を駆逐。昌幸の力量を買う一方で、脅威にも感じており、徳川家康と休戦・同盟を申し入れる。甲斐を家康に譲るかわりに、上州・沼田の領有を主張。真田家の上・信州における基盤拡大(上田城築城や沼田への定着)を阻止せんと図るも、真田昌幸は築城を強行。真田と対立するようになる。

 

・督姫:
徳川家康の娘。徳川・北条の同盟締結において、北条氏直に嫁ぐ。

 

滝川一益
織田信長傘下の武将。信長亡き後、上州から撤退し、本国の伊勢・長島に戻る。信長亡き後の清州会議では、柴田勝家に同盟し織田信孝を跡継ぎに据え、秀吉と対立。秀吉の天下横取りを阻止する織田譜代派の中で、作戦参謀としての役割を果たす。柴田勝家が冬の積雪で越前にこもっている間、秀吉軍に伊勢に攻め入られるが、柴田勝家の死後、秀吉に降伏。越前・大野へ引退し、三年後に死去。

 

真田昌幸
本能寺の変ののち、滝川一益から沼田城(城代は甥の滝川義太夫益重)を奪回し、再び矢沢頼綱(昌幸の叔父)を城代に置く。信長亡き後、領有する上・信州を、徳川/北条/上杉から守らんと奔走。一時は徳川・北条に与し、上杉と敵対するも、沼田をめぐって今度は徳川・北条と対立。上杉と停戦。第二巻では、念願の上田城を築き、彼の子供たちの出自に関わるヒミツが、次々と明らかになっていく。

 

村上義清
かつて武田信玄真田幸隆を悩ませた北信濃の武将。砥石城を築いた。真田幸隆の謀略で、村上の家臣の内応があり、砥石城は真田家に渡る。その子・村上影国は上杉景勝に従属し、(信長存命中に、この地を与えられた森長可を追い出して)信州:川中島海津城の城代をつとめる。

 

柴田勝家
織田信長の筆頭の老臣で、越前の国主。信長亡き後、清州会議では三男の信孝を跡継ぎとして主張、彼を支える。信長の妹で浅井長政の未亡人・お市の方を娶り、織田家との血縁を得る。秀吉より近江・長浜城をもらいうけ、養子の勝豊におさめさせるが、その後、すぐに長浜が秀吉の手に落ちる。また、上州より引き上げてきた滝川一益越中の佐々木成政を味方に引き入れ、信孝勢を強化。賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れ、越前に戻るも、最後は北の庄の城に火を放って自害。

 

・柴田勝豊:
柴田勝家の養子。勝家が秀吉から貰い受けた近江・長浜城に城代として入る。勝家が佐久間勝敏(勝家の甥)・佐久間盛政(勝敏の兄)を重宝したため、柴田家で冷遇されていたところを、秀吉がうまく利用。すぐに柴田家を離れ、秀吉側に寝返り、長浜城を明け渡す。1583年の柴田vs秀吉の戦闘には加わらず、京との東福寺で病没。

 

・佐久間盛政:
柴田勝家の甥。弟の佐久間勝敏は、勝家の養子に入る。近江・長浜城の城代として入城するはずだったが、秀吉によって柴田勝豊(同じく勝家の養子)が城代に据えられる。賤ヶ岳の戦いで、秀吉が戦線を離れ、岐阜入りした隙に秀吉軍に攻め入り、中川清秀を急襲、これを討ち取る。のちに秀吉に敗れ、処刑される。

 

織田信雄
織田信長の次男。信長亡き後は尾張を占有し、清州城主となる。異母弟の織田信孝と反目していたため、信孝&譜代派(柴田勝家滝川一益)に対抗して、一時は秀吉側に付くも、賤ヶ岳の合戦で秀吉と柴田勝家が対峙するあいだに秀吉から離反。信孝&柴田勝家らの死後、三法師をかついで信長の跡をつがんとする秀吉と対立し、家康を頼みとする。小牧山の戦いや長久手の戦いで秀吉軍に快勝したのち、本国を秀吉に攻撃され、伊勢に戻る。その後、(家康に相談もせず)秀吉の和議申し入れに応じる。

 

織田信孝
織田信長の三男。信長亡き後の清州会議では、柴田勝家の庇護のもと、織田家の跡継ぎに立候補し、秀吉と対立。美濃(岐阜城)を占有。信雄の異母弟にあたり、妾腹の子であったことから、昔から兄(信雄)とは不仲。柴田勝家の死後、一時は秀吉に降伏するも、信雄の命で岐阜城を明け渡し、割腹自殺。

 

・三法師:
織田信長の長男・信忠の遺子。信長の孫。信長が死んだとき、三歳。清州会議で、秀吉にかつがれ、織田家の跡継ぎに指名される。秀吉は、三法師をかつぐことで、自分がその替わりになって天下統一の役目を果たそうと企む。

 

丹羽長秀
織田信長の重臣。信長亡き後は、秀吉に味方。

 

お市
信長の妹で、政略結婚により浅井長政に嫁ぐも、浅井家が信長によって滅ぼされてからは、清州に戻る。その後、三男・信孝のはからいで柴田勝家と再婚。

 

羽柴秀勝
織田信長の四男。秀吉が養子に貰い受ける。信長亡き後は、丹波を譲り受け、領有。

 

羽柴秀長
秀吉の異父弟。賤ヶ岳の戦いに参加し、秀吉とともに柴田勝家に勝利。徳川vs秀吉の戦で、徳川側についた長宗我部元親を討つべく、四国平定の総司令官に任命される。

 

・岡田重孝/津川義冬/浅井長時/滝川三郎兵衛:
織田信雄の重臣。秀吉に懐柔され、秀吉と密かに通じていたことから、滝川三郎兵衛がこれを織田信雄に密告、他の三老臣は信雄によって討ち取られる。

 

森長可(ながよし)/堀秀政
森長可は美濃城、堀秀政彦根城の城主。いずれも故・織田信長の旗下にあった武将。家康&信雄vs秀吉の戦いでは、家康らの呼びかけに反し、秀吉につく。長久手の戦いで森長可は戦死、長可の三人の弟に長定(蘭丸)・長隆・長氏がいるが、いずれも本能寺の変で殉死している。

 

佐々成政/長宗我部元親
佐々成政は、柴田勝家の与力で、富山城主。長宗我部元親は、四国を領有する武将。家康&信雄の呼びかけに呼応し、秀吉に反旗を翻すも、織田信雄の勝手な和議調停により、出鼻をくじかれる。のちに、佐々成政は秀吉に降伏、その傘下におさまる。

 

池田恒興
故・信長の乳母の子で、信長の宿老四人(勝家・秀吉・長秀)の一人とされるが、思慮浅く、短絡的。秀吉の圧力に屈し、信雄ではなく秀吉について、信雄勢の配下にある犬山城を攻め落とす。小牧山に陣取る信雄・家康勢を尻目に、三河岡崎城)を急襲しようとしたところ、岩崎城で丹羽氏重にあおられ、岩崎城攻めに着手。ここで家康・信雄の追撃軍に襲われ、長久手の戦いで戦死。

 

池田輝政
池田恒興の二男。兄で長男の池田元助は、父・恒興とともに、長久手の戦いで戦死。輝政は脱出して生き永らえ、後年、秀吉から重用される。

 

榊原康政
徳川家康の家臣。小牧山に急行・陣取り、秀吉と対立。以後の戦局を大きくリード。家康が岡崎城に戻ったあとも小牧山の本陣を守る。

 

・丹羽氏次(兄)/氏重(弟):
徳川勢の武将。兄・氏次は小牧へ出陣、弟・氏重は三河の岩崎城を守る。岡崎に攻め入らんとする池田恒興ら羽柴勢をあおり、戦に持ち込むも、討死。

 

酒井忠次/本多忠勝
家康の重臣。家康・信雄にかわり、小牧山を守る。本多忠勝は、長久手の援護に駆け付けようとする秀吉の大軍をとどめようと、小勢で果敢に秀吉に挑む。のちに、忠勝の娘を真田源三郎信幸が妻に迎える。

 

・三好秀次:
秀吉の甥。父は三好吉房で母が秀吉の姉。池田恒興について三河に攻め入るも、家康&信雄の追撃軍に蹴散らされ、命からがら帰還。のちに子に恵まれない秀吉の嗣子となり、関白職に就く。

 

・富田知信/津田信勝:
秀吉の家臣。津田信勝は、織田家の一族だったが、故信長の怒りにふれて信長のもとを離れ、家康→秀吉の庇護を受ける。家康の戦略戦術を秀吉に教授していたと言われる。

 

上杉景勝
上杉謙信の養子。父・上杉政景は、上杉謙信の従兄にあたる。同じく北条家から迎えられた養子に上杉景虎がいるが、家督争いで景虎に勝ち、景勝が上杉家の当主となる。武田信玄織田信長亡き後、川中島へ出兵し、森長可を追い払って海津城を手に入れると、東信濃へ侵攻、同じく東信濃を狙う北条氏政・氏直父子と対立。いったん北条側についた真田昌幸とは、何度も小競り合いを続ける。徳川vs秀吉の戦では、秀吉側につく。

 

・羽尾源六郎:
丸岩城をおさめていた羽尾幸全(ゆきまさ)の遺子。しばらく真田家と同盟関係にあったが、上杉景勝の援助を受けて丸岩城に攻め入り、ここを奪回。上杉軍の先鋒として、中棚の戦いで真田家がおさめる岩櫃城に攻め入るも、源三郎信幸による見事な返り討ちにあって丸岩に退去。その後、兵の脱走や、上杉景勝の援助が追い付かず、完全に孤立するが、上杉景勝真田昌幸の停戦調停によって、景勝のもと(春日山)に戻ることが叶う。


・樋口角兵衛政輝:

樋口下総守鑑久と久野(真田昌幸の妻の妹)の一子。幼い頃から強力無双。実は、真田昌幸と久野の子。真田源三郎を信奉し、真田家で重宝される源二郎幸村を疎むように。また、懐妊したお徳を殺害しようと企むも、源二郎幸村に阻まれる。その後、失踪し、源二郎を襲うも、再び行方をくらます。

 

・矢沢但馬守頼康(三十郎):
真田昌幸の従弟で、岩櫃城の城代。真田昌幸上田城築城の許可を仰ぐべく、浜松(家康)に赴くも、築城の許可が下りず、岩櫃に戻る。

 

・矢沢薩摩守頼綱:
矢沢頼康の父。真田幸隆の実弟で、昌幸の叔父。沼津城の城代。

 

・真田源三郎信幸:
真田昌幸の山手殿との間の長男。第二巻では、母とともに岩櫃に居住。矢沢頼康が浜松にあって不在の際、羽尾源六郎との対立で、頼康にかわって岩櫃を守る。頼康帰着後は、中棚の砦の救済にあたり、羽尾勢を追い払う。

 

・真田源二郎信繁:
真田昌幸の次男。のちの真田幸村。源三郎より一つ年下とされるが、実は同い年(?)。妾腹の子とされる。真田家のなかでは、お徳の警護や角兵衛の拿捕に尽力。外では、小県の平定にあたり、丸子城(丸子三左衛門)攻めで初陣を果たす。第二巻では、ほとんど砥石に居住。

 

・於国(村松どの):
真田昌幸の長女で、源三郎・源二郎兄弟の姉。小山田壱岐守茂誠(しげまさ)に嫁ぐ。武田家滅亡の際に、真田家に送り返され、のちに同じく真田家に身を寄せた夫とともに、小県の村松にて余生を送る。

 

・小山田壱岐守茂誠(しげまさ):
武田家に仕えた小山田備中守昌辰の子。信州・内山城を守っていたが、主君・武田勝頼と生死を共にしようと甲斐入りしたが、勝頼自害と聞いて、真田昌幸のもとに身を寄せる。のちに、昌幸より小県郡の「村松」というところを領地として与えられたため、妻であり昌幸の長女である「御国」は、「村松どの」と呼ばれるように。

 

・池田長門守綱重:
砥石城の旧城代で、真田昌幸に仕える家臣の一人。

 

・山手殿:
真田昌幸の正室で、源三郎信幸の母。昌幸と山手殿の結婚は、武田信玄の主命によるものだったため、昌幸とは深く結ばれていない。気位が高く、嫉妬深いため、懐妊したお徳を密かに殺そうと企むも、失敗。

 

・久野:
山手殿の妹で、樋口角兵衛の母。真田昌幸と情を交わしており、角兵衛は実は昌幸と久野の子(?)。

 

・真田隠岐守信尹(のぶただ):
真田昌幸のすぐ下の弟。信玄存命時に、甲斐の名家・加津野氏をつぎ、加津野市右衛門(かづの いちうえもん)を名乗り、徳川家康と通じる。徳川勢の動きを密かに真田昌幸へ伝える。

 

・福場八郎左衛門:
真田の出城である中棚の砦を守っていた武将。上杉勢の羽尾源六郎の急襲に気づかず、警戒を怠った責任をとって自害。かわりに、真田源三郎のもとで兵を率いた高森藤兵衛が着任。

 

・お江(おこう):
真田の庄の草の者(忍者)の一人。第二巻では、京都における信長急死や、浜松に赴いて家康の動向を探る矢沢頼康の伝言などを、真田昌幸に知らせる。また、真田源二郎幸村を樋口角兵衛の急襲から守り、別所の湯で源二郎に初めて女性を教える。

 

・壺谷又五郎
真田家の草の者(忍び)。真田の草の者を統括する責任者。

 

・姉山甚八/奥村弥五兵衛:
いずれも又五郎の部下で、第二巻では大阪や浜松に入り、秀吉や家康の動向をスパイして真田家に報告。

 

・山田弥助:
真田の忍びの者の一人。お徳のそばに仕えると同時に、山手殿にも通じる。これが真田源二郎にバレ、切り捨てられる。

 

・平左:
下忍びと呼ばれる忍びの者の末端の一人。山田弥助のもとで、山手殿との伝達係をつとめる。

 

・鞍掛八郎:
砥石の居館に詰めている草の者の一人。真田源二郎とともに、懐妊中のお徳を、樋口角兵衛や山手殿の密命を受けた山田弥助から守る。その後、源二郎の密命で、失踪した角兵衛の追跡にあたる。

 

・才助:
鞍掛八郎に仕える下忍び。八郎の命で、樋口角兵衛の消息を追っていたが、角兵衛に撲殺される。

 

・間野兵介:
真田の忍びの者で、沼田に詰めている一人。沼田城代・矢沢頼綱の命を受け、砥石から名胡桃に向かうお徳一行を護衛。

 

・鈴木主水:
もともと沼田氏の家臣だったが、沼田家の内紛後、上杉謙信のもとで、名胡桃城の城代を務める。謙信の死後、旧沼田領を真田昌幸が奪うが、その後、沼田平八郎がこれを奪い返さんと攻め込む。名胡桃城をおさめていた鈴木主水は、このときの沼田氏の呼びかけには答えず、そのまま真田昌幸に従属したため、真田家との信頼を深める。

 

・鈴木小太郎忠重:
鈴木主水とその妻・栄子の愛息。他にも数人の子供がいたが、すべて早くして病死し、小太郎だけ生き残る。母・栄子の血を受けて、幼少時より病弱・色白だったが、85歳の長寿をまっとう。

 

・栄子:
鈴木主水の妻で、上州・中山城主:中山安芸守の娘。実家の中山城は北条家に奪われる。

 

・中山九兵衛実光:
栄子の実弟で、鈴木主水の義弟。中山城にいたが、北条家に攻め入られ、名胡桃城に身を寄せる。

 

・諸田頼母(たのも):
鈴木主水の重臣。

 

・依田康国:
依田信蕃(のぶしげ)の長男。武田家滅亡後の、信州・小諸城の城代。徳川家康の旗下。信長の死後、ここを与えられた滝川一益が兵をひきいて去ったため、一時北条軍の手におちるが、その後、徳川勢の依田信蕃が北条勢を追い払い、入城。

 

・長野業政:
上州・箕輪城の城主。上杉謙信旗下の武将として、武田勢と攻防を繰り返す。業政の病没後、箕輪城は武田軍の手におちるが、武田家滅亡後は、滝川一益がこれをおさめる。信長の死後、滝川一益の退去にともない、北条氏堯(うじたか)が箕輪城を落とす。

 

北条氏堯(うじたか):
北条氏康の六男、氏政の弟で、氏直の叔父。武田家滅亡後、箕輪城の城主となる。

 

・大滝伍平:
向井佐平次のように、真田源二郎に仕える側近の一人。

 

【印象に残ったこと】

・信長亡き後、すんなり秀吉がその後継者の地位についたのかと思っていたが、実際はすったもんだが繰り広げられていた。信長の二男・信雄、三男・信孝、孫(長子・信忠の遺子)三法師など。そして、存命中に秀吉と家康が実際に刃を交えていたのも知らなかった(長久手の戦い・小牧の戦い)。長久手の戦いでは、家康の鉄砲隊が大活躍。

 

信雄=家康

長久手の戦いで秀吉に勝ち、小牧の戦いで決着がつかず、秀吉と単独和睦(信雄のみ)

 

信孝=譜代派(柴田勝家滝川一益

賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れ、消滅

 

三法師=秀吉

長久手の戦いで家康に敗れ、小牧の戦いで決着がつかず、信雄と和睦(家康とは対立)

 

真田昌幸が嫡男の源三郎信幸を冷遇していたのは、そもそも正室で源三郎の母である山手殿に愛情を交えていなかったから(武田信玄の命で、しぶしぶ結婚したから)。昌幸は山手殿の殺害すら企んでいた。そして、昌幸は相当な”好き者”であり、長女で源三郎・源二郎の姉にあたる御国(村松どの)も正室以外の女性に産ませているし、源二郎や御菊(お徳の娘)もまた妾腹の子だった。源二郎は、真田昌幸の二男で、源三郎信幸の一つ年下の弟とされているが、実は同い年。

 

柴田勝家は老齢で、古くから信長に重用されていたため、秀吉の抜擢を快く思っていなかったため、信長の後継者を決める清州会議や、賤ヶ岳の戦いで、実際に秀吉と対立することになったが、身内(柴田勝豊=勝家の養子)の不満に気づくことができず、裏切りにあって、結局、秀吉に敗れた。

 

・信長の二男(信雄)と三男(信孝)は、もともと母親が異なり、それもあって仲が悪かった。

 

・信長の死後、真田昌幸は、滝川一益を沼田から追い出し、一時は北条と同盟して上杉を駆逐、家康にも取り入っていたが、家康vs秀吉の対立があらわになると、家康と手切れして徳川・北条を敵にまわす。その際、今度は上杉景勝に停戦調停を申し入れ、春日山に呼び出されたが、景勝の深い配慮で人質をとられることもなく調停が成立。とはいえ、その後、柴田勝家に味方して秀吉と戦った滝川一益については、(上州から追い払ったとはいえ)たびたび使者を送って引退後も懇意にしていた。

 

・昌幸は性格的には、(信長や家康より)秀吉とウマが一番あうと考えていた。

 

・信長の死後、秀吉が明智光秀を討って中央へ躍り出る一方、家康は東の席巻に注力。なかでも甲斐の地盤強化に傾注した。

 

家康は、旧武田の家臣たちを手厚く迎え入れ、これを原動力にして甲州調略に立ち向かい、大きな収穫を得たのであった。

 

また、そのために家康は、東の基盤を安定すべく、北条と真田に二枚舌を使っていた。北条には(真田の)沼田をあげるから同盟を続けよう・だから三河に攻め入ったりしないでね…、真田には上田築城を認めよう・だから北条を牽制しておいてね…というふうに。そういう意味では、真田昌幸は家康を狡猾な男とみていた。

 

・兵をめぐらす速さでは随一だった秀吉も、小牧・長久手における家康の布陣や戦法には舌を巻いた。結果として、家康に軍配があがる。そして、家康は、諜報網をうまく活用して先読みすることに長けていた長久手の戦い以降、秀吉が迂闊に家康に戦を仕掛けることができなくなったのは、家康の迅速果敢な動きや戦闘力を見直したから。

 

武田家がほろびたのち、その下につかえていた忍びたちの一部が、徳川家へ吸収されているらしい。考えて見れば、家康の庇護をうけている武田の遺臣も、すくなくないのだから、それも当然といえよう。

 

・家康は、背中(脊髄?)に腫瘍ができ、一時、死亡説が流れたが、ひそかに招かれた中国人によって息を吹き返した(という噂もある)。

 

・源三郎信幸は樋口角兵衛を大きく買い、また角兵衛も彼を慕っていたが、源二郎幸村はその怪力さと短絡的すぎる角兵衛の特徴を危惧、忌み嫌い、両者は互いに憎みあう。

真田昌幸上田城を築いた目的は、防衛上の理由もあるが、城下町をひらき財政基盤を一層強化するため。上田は「ひろびろとした台地に築かれた平城」で、温かく住みやすい。そうした地の利を利用して、経済発展を目論み、国防費を賄おうとした。

 

近年は〔鉄砲〕という火器が、戦闘には「欠くべかざるもの」となってきて、この最新兵器を購うためには莫大な費用がかかる。日本の戦争も政治も、中央へしぼられてきてスケールが大きくなり、中央のくわしい情報が、どうしても必要になってくる。真田昌幸が、故主・武田信玄を見ならい、草の者を中心とする情報網をととのえるための費用も、「一戦も二戦もできる…」ほどに大きいのだ。だから、どうしても財力がなくては、「生き残れぬ…」のである。城のまわりに町をひらき、商工業を発展させ、領内の耕地を増やして収穫をはかる。それでなくては、もはや大名・武将の存続はないといってよい。

 

・上記もその一例に該当するが、ところどころに作者の分析が入っていて、それがまた「ナルホドなぁ」と納得できるから面白い。

 

戦国の大名や武将たちは、その生国と、その領国の如何によって、おのれの力量を左右される。武田信玄上杉謙信ほどの英傑が、天下人たるべき器量と実力をそなえていながら、ついに、ちからつきて、若い織田信長の独走をゆるしたのは、日本の首都(京都)への最短距離に信長いたからであった。このように、風土は、国と人とに強い影響をあたえずにはおかぬ。

 

また、その場所を実際に歩いた作者の感想や幼少時の記憶などが作中に入るのも、この作品の特徴。そのときは、いっきに現代に時間が戻されるから、歴史小説として珍しいケースだと思う(でも決してイヤじゃない)。

 

 

■まとめ:

・第二巻は、本能寺の変(1582年6月)以後、真田昌幸が家康に見切りをつけて、旧敵・上杉景勝と停戦調停を結ぶ(1585年7月)ところまで。信長亡きあとも、混乱を極める戦国時代のまっただ中にあって、上・信州における基盤を守らんと画策する真田家(昌幸)が、一巻に続き、「忍びの者」を駆使して世の趨勢を見極め、諸侯と渡り歩いていくさまが描かれている。一方で、真田家の子供たちをめぐって、彼らの血縁に関する秘密が明かされていく。

・天下の動向いかに?!というマクロな動きと、真田家のなかでうごめくミクロな動き(秘密)がクロスし、物語にいっそう厚みが増していくため、目が離せない。

・作者独自の分析がいちいち納得で感心してしまったり、ところどころに、作者が実際にその町を歩いた感想や幼少時の思い出などが挿入されているので、突然、時間が元に戻されて(歴史小説としてはなんだかレアなケースで)面白い。


■カテゴリー:

歴史小説 

 

■評価:

★★★★★


▽ペーパー本は、こちら

真田太平記(二)秘密 (新潮文庫)

真田太平記(二)秘密 (新潮文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

真田太平記(二)秘密

真田太平記(二)秘密

 

 

真田太平記(1) ★★★★★

池波正太郎さん

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

を読了しました。

 

評価は、星5つです。


◇内容:

天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍によって戦国随一の精強さを誇った武田軍団が滅ぼされ、宿将真田昌幸は上・信二州に孤立、試練の時を迎えたところからこの長い物語は始まる。武勇と知謀に長けた昌幸は、天下の帰趨を探るべく手飼いの真田忍びたちを四方に飛ばせ、新しい時代の主・織田信長にいったんは臣従するのだが、その夏、またも驚天動地の事態が待ちうけていた。

 

本書は、

むかーしむかし、

一度だけ読みかけたことがあるのですが、

たしか途中で頓挫してしまって、

内容はもはやおぼえておりません。

 

全12巻ですから、

わりと大作です。

 

池波正太郎さんの著書をちゃんと読むのも、

おそらくこれが初めて。

 

12巻すべて完読したら、

そのときはまた、

まとめてレビューしたいと思いますが、

逆にまた頓挫してしまったら、

この単巻レビューは泡と消えるでしょう…(汗)。

 

でも、

最初の感想としては、

おもしろかった!!

──これに尽きます。

 

なんで以前、

途中でやめてしまったのか?

と不思議なくらい、

読みだしたら止まりません。

(たぶん幼すぎた…?)

 

いわゆる「忍者モノ」で、

戦国~江戸時代にかけて、

上・信州をおさめた真田一族のお話。

 

第一巻は、

武田家滅亡(1582年3月)~本能寺の変(同年6月)まで。

 

武田家に臣従していた真田家が、

武田家滅亡ののち、

一族の存続をかけて東奔西走するさまが描かれています。

 

ときの当主は、

三代目・真田昌幸

 

彼は父・真田幸隆と、

かつての主君である武田信玄の影響を受け、

「忍びの者」による間諜網を駆使することで、

真田家の危機を乗り越えようとする。

 

そこで登場するのが、

「お江」という「女忍び」や、

「壺谷又五郎」という伊那忍びたち。

 

彼らの諜報活動で、

どの権力者に、

どのように接していけばよいかを模索する昌幸。

 

南は北条氏政

西は徳川家康織田信長

 

様々なツテを頼り、

忍びの者を使って、

身の置き所を定めていくわけですが、

その試行錯誤がなかなか面白い!

 

歴史小説は好きですが、

「忍者モノ」は正直はじめてで、

彼らの活躍にドキドキしちゃいました。

 

真田幸村とか真田十勇士とか、

名前だけは聞いたことがあるけれど、

一体何者?!

っていう部分がこれからきっと明らかになっていくんだろうなと思うと、

余計にワクワク。

 

登場人物が多くて大変ですが、

信長が天下をとるまでのところや、

武田家の興亡、

信長と盟友・重臣たちの関係なんかもよくわかって面白かったです。

 

第二巻に続く→

 

以下は、

私的な備忘録です。

 

※ネタバレ含みますので、ご注意ください。

 

【登場人物】

・向井佐平次:
向井猪兵衛の息子。武田家側の一兵卒として、立木四郎左衛門の長柄組に仕えていたが、高遠城陥落によって主君らを失う。壺谷又五郎の命を受けたお江らに救われ、一命を取りとめる。別所の湯で湯治中に、真田源二郎信繁(のちの真田幸村)の目にとどまり、源二郎に仕えるようになる。

 

・向井猪兵衛:
向井佐平次の父。小山田備中守の長柄足軽として奉公。高遠城が落ちる三年前に病没。

 

・小山田備中守昌辰:
武田勝頼の重臣。高遠城で当主の仁科五郎にかわって総指揮をとり、戦死。息子に小山田壱岐守がおり、真田昌幸の長女・村松どのが嫁いでいる。

 

・立木四郎左衛門:
小山田家の長柄大将で、向井佐平次の直属の上司。高遠城で戦死。

 

・お江(おこう):
高遠城陥落の際に、向井佐平次を救い出した女性。真田家に仕える女忍び。甲賀忍びから武田家の伊那忍びに転籍した馬杉市蔵を父にもつ。壺谷又五郎の命で、向井佐平次の命を救うが、その後、父の仇をうちに、仇敵(猫田与助)を追って京都までたどり着く。そこで猫田らの忍びの宿を突き詰め、爆弾を投じるが、同時にまた、本能寺の変に遭遇。

 

・馬杉市蔵:
お江の父で、甲賀の豪族・山中大和守俊房のもとで甲賀忍び(=山中忍び)として仕えていたが、武田忍びの育成のために信玄がこれを雇い入れ、伊那へ赴く。その後、信長に傾く山中大和守の命で、武田から引き揚げるよう命じられたが、市蔵はこれを拒んで裏切ったため、殺される。

 

・猫田与助:
甲賀の山中忍びの一人。山中忍びから武田忍びに翻った馬杉市蔵を殺し、その氏族をも狙う忍びの者の一人。京都・室町でお江に跡をつけられ、忍びの宿に爆弾を投げ込まれる。

 

・新田庄左衛門:
甲賀の山中忍びの一人。猫田与助とともに、京都で忍びの宿に在留し、京の情勢をスパイ。

 

・壺谷又五郎
真田家の草の者(忍び)。もとは武田家の忍び(伊那の忍び)だったが、真田昌幸がもらいうけ、真田家に直属するように。お江の母とは縁戚があり、遠縁にあたる。

 

・堪五/姉山甚八/奥村弥五兵衛/小助:
いずれも武田忍びの者たち。いずれも又五郎の部下。堪五は、お江と佐平次が身を潜めていた権現山の忍びの小屋で負傷して息絶える。甚八は、又五郎とともに浜松の家康のもとにいる真田信尹(真田昌幸の弟)に、昌幸からの密書を届けに。その後、京都でお江と合流し、織田・徳川勢の動きを探る。弥五兵衛は、お江と佐平次の行方を探るために、甲斐に入り、お江より佐平次の身を託される。小助は、弥五兵衛より佐平次の身を預かり、別所の湯で湯治させる。

 

武田勝頼
武田信玄の四男。信玄亡き後の武田家の当主。織田信長の養女・由理姫を妻にしていたが、病死(息子に信勝がいる)。その後は、北条氏政実妹を妻として再婚。最後は織田信長に敗れ、天目山で信勝・北条夫人とともに自害(37歳)。

 

・松姫:
武田信玄の娘で、勝頼の妹。信玄存命時に、一度は織田信忠(信長の息子)と婚約するも、信玄亡き後、武田家と織田家が反目するようになってからは婚約破棄。その後、尼僧となり、勝頼に同伴したが、最後は逃げ切って<信松尼(しんしょうに)>と号し、生き永らえる。

 

・仁科五郎盛信:
武田信玄の五男、武田勝頼の異母弟。高遠城の城主。もともとは、信玄の弟(信廉)が城主だったが、信玄亡き後、叔父を嫌っていた勝頼によって、城主に据えられる。高遠城で織田信忠の軍に敗れ、討死。

 

・木曾義昌:
信濃の木曾谷を領有していた木曾氏の当主。木曾義仲以来、武田家の麾下にあったが、この義昌が織田信長に内応。武田勝頼の四女を妻にめとっていたため、勝頼の義弟になっていたが、反旗を翻したために、人質としてとられていた母や子を勝頼によって殺されている。武田家滅亡後の論功行賞で、信長から高く評価。


小山田信茂
武田勝頼の重臣。岩殿城(大月)の城主。新府城を後にする勝頼を岩殿城に招くも、急遽謀叛を起こし、勝頼を捕えようとする。のちにこれを知った信長の怒りを買い、殺される。

 

織田信忠
信長の長子。武田家征伐の際の、織田軍の総大将。高遠城→諏訪城→古府中(甲府)→新府城(韮崎)と、次々に武田家の拠点を攻略。生前に信長より家督を譲られるも、本能寺の変で自害(享年26歳)。父・信長と同様、首は見つかっていない。

 

・真田安房守昌幸:
真田幸隆の三男。兄は信綱・正輝。二人の兄を長篠の合戦(織田信長vs武田勝頼)で亡くし、真田家の当主に。沼津城・砥石城のほか、岩櫃城を居城とし、上州(群馬)を治める。祖父の代より、武田家に仕え、幼いころは人質として信玄のもとで奉公(幼名は源五郎、別名を武藤喜兵衛)。信玄亡き後は、勝頼に仕え、追いつめられた勝頼に岩櫃城への身寄せ・退去を勧めるも、(勝頼の重臣たちから織田・徳川に内通している嫌疑をかけられ)断られる。武田家滅亡後は、真田家の存亡をかけて、北条家(古くから交誼のある北条氏邦を頼って)・徳川家(弟の信尹を介して)・織田家(矢沢頼康を大使にして)との同盟に乗り出す。意には反するものの、信長に取り入るため、上州に下ってきた滝川一益に忠誠を尽くすべく、沼田城を開けわたす。父・幸隆のあとを継ぎ、真田家の間諜網の整備に注力。沼田城を攻略した際に、武田家が有する伊那の忍びを勝頼に請うてもらいうける。

 

真田幸隆
昌幸の父。武田信玄に仕え、信玄の意向で岩櫃城を攻め落とし、斎藤憲広(のりひろ)にかわって城主となる。斎藤憲広が上杉謙信を頼り、再び岩櫃城をとり戻したのち、度重なる連戦を重ね、争奪戦を繰り返した。信玄に敬服していたが、信玄の突然の病死にショックを受け、1週間食を断つ。信玄のあとを追うように、その翌年、病死(62歳)。信玄の影響を受け、真田家の間諜網を整備・拡張。

 

北条氏政
小田原を拠点として関東を席巻する北条家の当主。曽祖父に早雲、祖父は氏綱、父は氏康。北条家のなかでは最も才覚に欠ける人物。かつては、上杉謙信の関東進出を阻止すべく、実妹を勝頼の妻に入れて武田家と同盟していたが、信玄・謙信亡き後、徳川家康と同盟し、織田・徳川陣営につく。武田家征伐の際は、信長からの打診があったにもかかわらず、ギリギリまで出兵せず、大きな功績を残していない。長男は北条氏直、弟に北条氏邦真田昌幸とは古くから交誼あり)。

 

滝川一益
織田信長麾下の猛将で鉄砲の名手。武田家征伐において、織田信忠のもとで戦果をあげ、武田家滅亡後に、信長より上州一国と信州の一部(小県・佐久)を与えられる。小県は一部が真田家と重複するため、真田昌幸が麾下に入る。真田昌幸より沼田城を譲り受け、甥の滝川儀太夫益重を城代に置くが、岩櫃や砥石・真田などの旧領地については、そのまま真田昌幸に統治をまかせる。

 

・土屋惣蔵:
武田勝頼の最期(天目山)の家来。追跡してくる織田軍(滝川一益ら)と最後まで格闘し、討死。

 

・小畑亀之助:
土屋惣蔵同様、勝頼が最期を迎えるために、惣蔵とともに織田軍(滝川一益ら)と格闘。最後は勝頼らと自害。

 

・樋口下総守鑑久:
武田勝頼の侍臣で、勝頼とともに天目山で殉死。真田昌幸の妻(山手殿)の
妹(久野)を妻に迎えているため、真田昌幸義弟にあたる。

 

・樋口角兵衛政輝:
樋口下総守鑑久と久野(真田昌幸の妻の妹)の一子。幼い頃から強力無双。実は、真田昌幸と久野の子?

 

・矢沢但馬守頼康:
真田昌幸の従弟で、岩櫃城の城代。若名は、三十郎。信長の傘下に入るべく、(源三郎の提案で)真田昌幸から馬一匹を贈呈する役を承る。

 

・矢沢薩摩守頼綱:
矢沢頼康の父。真田幸隆の実弟で、昌幸の叔父。沼津城の城代。昌幸が次男・源二郎を溺愛するばかり、強引に手元に引き取り、8歳から12歳まで養育。のちに源三郎も12歳から引き取る。

 

・真田源三郎信幸:
真田昌幸の長男。母・山手殿に似てスマートな顔立ち、寡黙で落ち着きある性格。

 

・真田源二郎信繁:
真田昌幸の次男。のちの真田幸村。父・昌幸に似て老け顔、豪快で気さくな性格。別所の湯で向井佐平次を看止め、自身の側近にする。生来、勘が鋭く、幼年のころから予言めいたことをもらしていた。

 

・山手殿/久野
真田昌幸の正室とその妹。ともに京都の天皇の側近・今出川晴季(いまでがわ はるすえ)を父とし、その妾腹からうまれた姉妹。姉は美女、久野はぽっちゃり系。山手殿は、嫉妬深く、気位が高いため、昌幸との夫婦仲は悪化。

 

・真田隠岐守信尹(のぶただ):
真田昌幸のすぐ下の弟。信玄存命時に、甲斐の名家・加津野氏をつぎ、加津野市右衛門(かづの いちうえもん)を名乗るも、武田家滅亡後は、真田姓に戻り、ひそかに徳川家康と通じる。武田家亡き後、真田家の身の振り方にあたって、昌幸を説得し、家康を通じて信長の傘下に入らしむよう仲介する。

 

・徳川三郎信康:
家康がもっとも信頼し、将来を嘱望していた長男。元妻・築山殿との間に産まれた子。信長の娘・徳姫を妻にめとるも、その徳姫が信長に対し、築山殿と武田勝頼が通じ、夫・信康を引き入れて謀叛を企んでいると密告したため、家康に責任をとらせ、信康を自害させる(築山殿は離縁ののち、殺害)。

 

・築山殿:
家康の妻で、信康の生母。今川家の生まれ。気位が高く、こころ乱れがちの女で、信康を生んでからは家康との夫婦仲も冷め、別居。長男(信康)の嫁で、信長の娘でもある徳姫により、武田家と通じていることを密告され、家康によって離縁・殺害される。

 

酒井忠次
家康の重臣。信長に呼ばれ、築山殿・信康と武田家の謀叛について証言したが、その背景に、信康と反目していたという噂も。

 

・沼田万鬼斎:
上州・沼田城をおさめていた沼田氏の十二代当主。正室の子(沼田弥七郎朝憲)を謀殺し、妾腹(ゆのみ)の子(平八郎景義)を世継ぎに立てるも、旧臣や正室の実家の反撃にあい、沼田を追われる。

 

・沼田平八郎景義:
沼田万鬼斎と愛妾ゆのみの子。両親の死後、織田信長傘下で上州は金山の城主・由良国繁のもとに身を寄せ、信長の意向を受けて、由良とともに武田家より沼田城奪回を図る。かねてより豪勇の名を轟かせており、前哨戦でも真田昌幸に勝利。昌幸と壺谷又五郎の作戦で、祖父・金子新左衛門と旧臣・山名弥惣に利用され、沼田城にてあえなく謀殺。これで完全に沼田家の血筋が途絶える。

 

・金子新左衛門:
沼田万鬼斎の愛妾ゆみのの実父で、平八郎の祖父。ゆみのと一緒に万鬼斎をそそのかし、沼田家を滅亡に追い込む。沼田家滅亡後は、巧妙に立ち回り、真田昌幸の沼田城入城後にも、取り入って臣従。沼田平八郎・由良国繁による沼田城奪回の際に、真田昌幸に利用され、孫・平八郎らが謀殺される。

 

上杉謙信
越後の武将で、かつての武田家のライバル。信玄亡き後、武田勝頼の代になって、織田・徳川が台頭してくると、勝頼の意向で武田と同盟を結ぶも、49歳で急死。謙信亡き後は、景勝・景虎の二人の養子が相続争いをはじめ、景虎は自殺、景勝が家督を継ぐも、すでに昔日の威勢を失う。

 

穴山梅雪斎:
武田信玄の姉婿で、勝頼の伯父。早くから武田の命運に見切りをつけ、進言を聞き入れない勝頼にも愛想をつかし、主家と主人を裏切って家康のもとに身を寄せ、家康の甲州攻めの案内人を務める。信長には嫌われていたが、家康の取り計らいで信長と引見を果たすが、その直後、家康と京都に向かう途中、本能寺の変に巻き込まれ、百姓らによる落ち武者狩りに遭遇して死去。

 

・お徳:
真田家の鉄砲足軽・岡内喜六の妻。沼田平八郎との戦で夫を亡くし、その後、真田昌幸の「隠し女」となる。石女(うまずめ)で骨格が太く、ぽっちゃり女。

 

・明智日向守光秀:
美濃国斎藤道三の傘下にあったが、内紛で美濃を去り、越前の朝倉義景のもとに身を寄せる。ここで将軍家・足利義昭と縁あって、これを信長に引き合わせたことで、信長に起用されるように。学者肌で頭脳明晰だったため、信長のもとで重宝されるも、のちに冷遇を受け、信長の命で中国出兵に向けて兵備を整えるも、急遽、本能寺で信長に反旗を翻す。

 


【印象に残ったこと】

・武田家vs織田家の命運が決まったのは、長篠の合戦。信長はここで鉄砲を三千挺も駆使し、武田勝頼は大敗を喫した。


・信玄が居城としていた古府中(甲府)には、「御くつろげ所」という居間があって、その隣に「看経の間」(仏間)、さらにその奥に信玄専用の厠があった。その厠は十二畳もの広さをもつ便所で、朝晩二回必ず彼はここにこもり、思案を巡らせた。この厠には畳も敷いてあり、おそらく脇息・机・筆記用具などがあったはず。その厠の床下には忍びの者がいて、信玄はここで隠密の指令などを発していた。

 

・間諜活動は、かつてはその土地(あるいは周辺)のみで、家来たちがおこなっていたが、群雄が割拠する戦国時代になると、どこが大勢をとっていくのか・どこについていくのがよいのかを見極めることが必要になり、正規の軍隊とは別に、別の専門的な間諜網が重要視されるようになり、活動場所も諸国に広く拡大されていった。

 

武田勝頼は、偉大な父・信玄の威風をそのまま自分のものにしようと野心に燃えすぎて、無理な戦争を続けてしまった。民衆を省みず、忍びの者もさほど重要視しなかったため、せっかく信玄が培ってきた民衆からの信頼や忍びの者たちからの信頼すら失い、最後は重臣らにそっぽをむかれ、自害を遂げざるを得なかった。

 

・「関東の盟主」を名乗る北条氏政は、北条家の四代に渡る当主のなかで、一番ダメ当主。優柔不断で君主としての才覚に欠け、織田信長vs武田勝頼の戦いでは、信長側につくも、最後まで出兵を拒み、信長に嫌われていた。

 

明智光秀は、信長より才覚を買われていたが、中国・四国攻めにあたって、司令官のポストからはずされる。これが、光秀のプライドを大きく傷つけた一因に。

 

・忍びの者のなかには、忍術・武術といった闘争の技術に長じていなくても、頭脳的な探索にたずさわる者もいた。彼らは町民・僧侶・漁師などになりきって、長年敵中に潜入し、種々の情報をキャッチ・送信していた。

 

・忍びの術は、甲賀・伊賀が二大聖地とされているが、その他に数々の流派がある。そのうち、武田信玄が築いたのが伊那忍び」

 

豊臣秀吉の才能は、図々しいまでの頭脳・あけっぴろげな性格・目の色ひとつで人を見極める洞察力が挙げられる。彼はこれらを駆使して、立ち回りがうまかった。

 

・向井佐平次の息子・佐助は「草の者」として活躍。猿飛佐助のモデルとなった人物。

 

・『真田太平記』はもともと三年くらいの連載を予定していたが、いざ週刊朝日で連載が始まると、おわるまでに8年以上続いた。

 

物語は豊臣秀吉徳川家康という二大勢力のあいだにあって、信州の小さな領国を守る真田家の命運を基調にして雄大に繰り広げられていく。敵と味方に分かれることになった源三郎信幸(後の信之)と源二郎信繁(後の幸村)の兄弟は大阪冬の陣のあと再会するが、幸村は夏の陣で戦死、信之は徳川秀忠によって上田から松代へ移っていく。

 

・池波さんは、「時代小説」について次のように書いている。

 

<昔も今も、人間のあり方というものが、それほど違っていないことに気がつくと同時に、一つだけ大変に違っていることも出てくる。それは「死」に対する考え方である。昔の人々は「死」を考えぬときがなかった。いつでも「死」を考えている。それほど、世の中はすさまじい圧力をもって、(中略)あらゆる人間たちの頭上を押さえつけていたのである。現代でもしかり。人間ほど確実に「死」へ向かって進んでいるものはない。しかし、現代は「死」をおそれ「生」を讃美する時代である。そして「死」があればこそ「生」があるのだということを忘れてしまっている時代なのである。戦国の世の人たちは天下統一の平和をめざし、絶えず「生」と「死」の両方を見つめて生きている。そこにテーマが生まれてくる。=『新年の二つの別れ』・朝日新聞社刊>

 

これは、黒岩さんの古代小説も同じ。『斑鳩宮始末記』の解説で、同じようなことが書かれていた気がする。

 

ただ、”人間ほど確実に「死」へ向かって進んでいるものはない”というのは、ちょっと語弊があると思う。生きとし生けるものはみな、死に向かって確実に進んでいる。重要なのは、それを自覚しているか・認知できているかどうか。そういう意味では、人間がおそらく唯一できているのだろうけれど、実は動物だって本能的に死を察知できているかもしれないよね。

 

・また、解説には次のような表現もあった。

 

この『真田太平記』には、さまざまな生と死が描かれ、そこには権謀、怨念、忍従、忠誠、功名、愛憎など、人間が持つ性と業、欲望と本能の裏表があますところなく表白されている。

 

これは本書に限らず、時代小説の面白いところはここにあるといってもいい。言い換えると、時代小説なのに、この「人間臭さ」が描かれていない・偏りがあって足りないものは、読んでいてつまらないと思う。

 

・池波さんといえば、時代小説だけでなく、紀行文やグルメエッセイでも有名だが、解説者(重金敦之=常磐大学教授)によると、彼のこうした「人生のゆとりが、作品の深みと奥行きを生み出している」んだとか。

 

これって、「人生のゆとり」によるものなのか?「ゆとり」がなくても、人間観察力があれば、登場人物やシチュエーションに生命力・リアリティをもたらすことは可能だと思うけど…。ちょっと上手くかこつけすぎと思った。

 

 

■まとめ:

池波正太郎の長編歴史小説。いわゆる「忍者モノ」で、戦国~江戸時代にかけて、上・信州をおさめた真田一族の話。

・第一巻は、武田家滅亡(1582年3月)~本能寺の変(同年6月)まで。武田家に臣従していた真田家が、武田家滅亡ののち、一族の存続をかけて東奔西走するさまが描かれている。

・様々なツテ・諜報網(忍びの者)を使って、身の置き所を定めていく試行錯誤が面白く、読みだしたら止まらない。登場人物が多くて大変だが、信長が天下をとるまでの経緯や、武田家の興亡、信長と盟友・重臣たちの関係なんかもよくわかって面白かった。


■カテゴリー:

時代小説

 

■評価:

★★★★★

 

▽ペーパー本は、こちら

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

真田太平記(一)天魔の夏 (新潮文庫)

 

 

 ▽Kindle本は、こちら

真田太平記(一)天魔の夏

真田太平記(一)天魔の夏

 

 

 

 

烙印 ★★★☆☆

天野節子さん

烙印 (幻冬舎文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星3つです。

(限りなく4に近いですが)

 

先に、

氷の華 (幻冬舎文庫)

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

を読んでいるのですが、

 

この2作に較べると、

ちょっと物足りなかったかなと思います。

 

※過去のブックレビューはこちら

氷の華 ★★★★☆ - pole_poleのブログ

彷徨い人 ★★★★☆ - pole_poleのブログ

 

それでもやっぱり、

天野さんのミステリーは面白い!

 

天野さんの小説は、

・先が気になって仕方ない

・ついページをめくりたくなる

といったグリップ力が非常に強いのですが、

 

今回もまた、

そんな”天野節”が効いていました。

 

 

▽内容:

東京の公園で男の死体が発見された。捜査に当たった戸田刑事は、その数日前に被害者の地元で白骨体が発掘されていたことを知る。発見場所も、殺害時期も異なる二つの遺体。事件の関連性を疑う戸田は、遺留品から一人の男に辿り着く。勘と足だけを頼りに真実に迫るベテラン刑事と頭脳明晰な若き犯人。二人の緊迫の攻防戦を描いた傑作ミステリ。

 

本書の解説には、

「時空を超えて絡まる”人間”ミステリー」

とあるのですが、

 

そのタイトルどおり、

本作品は、

・江戸時代と今

・兵庫と東京

──というふうに、

時と場(空)がシンクロしながら進んでいくミステリー小説になっています。

 

物語は、

1609年、

千葉の房総沖(御宿)で起きた「サン・フランシスコ号漂着事故」から始まります。

 

この事故は、

実際に日本で起きた外国船の座礁事故であり、

フィリピンからメキシコに向かっていたスペインの大型商船が、

台風で流され、

千葉の岩和田(いわわだ)海岸に座礁。

 

300人以上の乗組員が、

村民によって救助され、

翌年、

日本の使節団によってメキシコに帰還したという史実があるようで、

 

村民の一人であるミヅキが、

他の村民らと一緒に南蛮人の救助に奔走するところから、

この物語は幕を開けるのです。

 

一方、

時は2010年9月3日、

兵庫県養父市で、

成人男性の白骨化死体が発見されます。

 

すでにこの白骨体は、

死後25年~35年を経過しており、

身元の特定も難しい状態。

 

しかし、

後部の頭蓋骨に、

何者かに殴られたような陥没があることから、

他殺の線が強まります。

 

それから2カ月後の11月8日に、

今度は東京都豊島区の千早町にある公園で、

60代男性の縊死死体が見つかる。

 

こちらは自殺かと思いきや、

直前に散髪して整髪料をつけていること、

遺体から睡眠薬が検出されたことが決定打となって、

他殺と断定。

 

そして、

それぞれ別の場所で起きた個別の事件でありながら、

この東西の二つの遺体が、

物語が進むにつれ、

その関連性を顕してくるわけです。

 

同じく、

かつての座礁事件もまた、

ここに絡んでくるという。

 

解説で、

河村道子さんは、

本書について次のような表現をしています。

 

時代を行きつ、戻りつ、宿命と対峙する男を描いた本作『烙印』

 

”なぜここが?この時代が?”というのが、読者が本書で出会う、最初のミステリー 

 

登場人物をかえて、

それぞれの視点から交互に物語を描いていく手法もありますが、

こちらは、

時と場をかえて交互に手繰っていくパターン。

 

本作は、

天野さんの作品のなかでは、

第三作目にあたりますが、

デビュー作の『氷の華』が前者の手法による描き方だったのに対し、

本作『烙印』は後者に該当するというわけです。

 

どちらもそれぞれの成り行きを見せながら、

最後はきっちりつながり、

うまく収束させるという。

 

以前にも書きましたが、

このあたりの進行のさせ方やまとめ方は、

この作家は本当にうまいと思う。

 

展開が決してチンプンカンプンではないし、

かといってグダグダしすぎてもいない。

 

どんどんジグソーパズルが出来上がってきて、

最後は、

なんと!このピース来たか?!で終わる。

 

そこに驚きもあれば、

ちょっとがっかりすることもあるんですが、

いずれにしても、

パズルが出来上がっていく工程が面白くて、

ついつい先を読みたくなるというのが、

彼女の作品の醍醐味だと思います。

 

とはいえ、

一作目の『氷の華』や四作目の『彷徨い人』に較べると、

”先が気になる感”は少し弱かったかなと思います。

 

最初から犯人はほぼ決まっていて、

どちらかというと、

その動機や犯行の経緯を明らかにしていくのがメインだったので、

そうなるとちょっとグダグダしちゃって当然なんですが、

いつものようには、

なかなかページが進まなかったのが今回の作品でした。

(とはいえ、進みやすいんですけどね)

 

あと、

上記にも関係しますが、

細かいところでいうと、

 

・犯行時間のアリバイが入り組んでいて、誰の車を使って・どの駐車場に泊めたのか?の経緯が複雑だった。ここが事件解明の肝であることはわかるんだけど、逆にグチャグチャしすぎて、正直、もうどうでもいい…と思った。

 

・久保田(←東京の公園で遺体として見つかったオッサン)を殺した犯行動機が、イマイチよくわからなかった。きっかけは、共に殺害した養父市の白骨化死体で、それが見つかってしまったからなんだろうけれど、本来の動機は、自分の正体を見破られて強請られたことと、母を寝取られたこと。ここまではわかる。でも、ココこそ、ずっとこの物語で追いかけてきたことなんだから、たとえ、(おそらくは、言いがかりとして使われた?)きっかけの部分であっても、詳細を明らかにしてほしかった。

 

・犯行の協力者に女性がいることは最初からわかっていたが、この女性がコイツだったかーというオチには少し不満だった。それまでに、別の女性をにおわすようなシーンもあったし、何より、彼女自身、証言を偽っていたわけで、それが最後の最後になって突然覆されるとは…。まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込みがこっちにはあるから、その「まさか」が引っくりかえることなんて予想もしていないわけで、それだけに、なんだよー偽証だったのかよー!しかもここ(結末)でそれが判明するのはズルいと思った。

 

──といったところが不満で、

このあたりがマイナスポイントでした。

 

これは、

天野さんの作品の良いところでもあり、

悪いところでもあると思うのですが、

そこはハッキリしてよ!という部分が結構曖昧に描かれていて

 

たとえば、

今回の犯行動機(どんな言葉で久保田に強請られたのか?)もそうだし、

彷徨い人』においても、

真相の総括が粗かった点(共犯者がどこまで明確に犯行に協力していたのか?)も、

自分は不完全燃焼のマイナスポイントととらえています。

 

作者としては、書いたつもりだろうし、
そんなの読み取れよ!ってハナシだと思いますが、

 

曖昧さがあまり好きではない私からすると、
それがちょっと尻切れトンボみたいで残念でした。

 

彷徨い人 ★★★★☆ - pole_poleのブログ より)

 

今回もまさにこれで↑、

あえて濁して、

読者に読み取らせるというスタイルなのかもしれませんが、

 

自分としては、やっぱり、

どうやって(どういう言葉で)久保田に強請られたのか?

が気になるわけです。

 

だって、

ずっとその経緯を追ってきたのですから。

 

もちろん、

本当の動機は、

・犯人が自分の正体を見破られたこと

・その昔、母親を寝取られたのを見てしまったこと

──の2点のわけで(←ここはクリア)、

 

おそらくきっかけは、

昔、(久保田と犯人の二人が)殺した男の白骨化死体が見つかってしまったこと

であり、

 

自分に捜査の手が伸びてるからうまく処理したい、

最悪、自分がつかまってもお前の名前は言わないようにしたい、

でもその前に、

いま金に困っていて家族を養えないから、

とりあえず金を融通してくれ

──みたいなことを(言いがかりとして)

久保田は犯人に強請りをかけたんだろうなと

なんとなーく想像はできるのですが、

 

これはあくまでも想像であって、

はっきりしたところはわからないわけです。

 

なぜなら、

書いてないから。

 

作者としては、

そこは核心ではないから(←ただのキッカケに過ぎないから)、

そんなのはいちいちクリアにしておく必要はない、

むしろ想像の範囲でご自由にどうぞ!と

(厚意で)私たちを遊ばせてくれているのかもしれませんが、

 

犯行動機や具体的な犯行の流れにスペースを割いてきたのだから、

もう自分のなかでは、

このキッカケすら、

十分、核心に入ってしまっているのです。

 

だから、

曖昧にせず、

ハッキリ書いて欲しかったかな、と。

 

──しかし、

こうやってブックレビューをつけてみると、

自分って白黒つけないとイヤなヤツなんだな、

っていうことが痛いほどよくわかります。笑

 

わかりづらいのが嫌いで、

複雑なのがイラつく。

 

物事はシンプルに、

白黒ハッキリしていないとダメ。

 

だから、

行間とか余韻があまり好きじゃない。

 

日本の大河ドラマがダメで、

韓国の歴史ドラマは好きなのは、

きっと、

前者が行間を読ませるところが多いのに対し、

後者が単純でわかりやすいからだと思います。

 

人によっては、

行間を読ませるからこそ、

頭を使うからこそ、

だからこそおもしろいんだ!

っていうタイプも多いと思いますが、

自分はそれがダメ。

 

トリックもわかりやすいほうがいい。

 

でも、

わかりやすすぎると、

先が読めてしまってつまらないから、

多少、入り組んでいたほうがいいんだけど、

最終的にはそれがちゃんとクリアになっていないと、

どうにもこうにも腑に落ちなかったりする。

 

──そう思うと、

短気でつまんねーな自分!

って思わざるを得ませんが。

 

ま、仕方ないですね。

これが自分なので。

 

きっとこれからも、

こういう作品でないと、

自分は文句を垂れるんだろうな。

 

ということで、

ちょっとレビューから逸れてしまいましたが、

以下は登場人物メモです。

 

※※ネタバレも含まれているので注意※※

 

・戸田刑事(戸田克己):

事件解決にあたる本庁の警部。

妻・頼子のほか、

娘が二人いる(美由紀・奈津紀)。

 

・河合刑事(河合信二):

目白警察署の若手デカ。

久保田殺害事件の所轄担当で、

戸田と一緒に捜査にあたる。

 

・近藤刑事(近藤雅彦):

養父署に勤務する刑事。

白骨化死体の捜査にあたる。

 

小島武則:

警視庁本庁に勤める若い鑑識官。

戸田の依頼で、久保田殺害の捜査にあたる。

千葉出身。

養父市の白骨化死体と江戸時代のスペイン船遭難事故、

そして東京の縊死事件の関連性を、

鑑識の立場から科学的に解明。

 

・久保田和夫:

養父市出身で東京・豊島の公園で縊死死体で見つかる。

睡眠薬を飲まされ絞殺。

昔から怠け者で女性関係も派手。

不動産業を営んでいたがうまくいかず、

ギャンブルに明け暮れ、借金を抱えていた。

 

・久保田郁子:

久保田和夫の妻。

農業に勤しみ、夫にかわって一家の家計を支えていた。

 

・鈴木太郎:

本名は掃部昌樹(に扮していた)。

スタジオA&Aに所属する新鋭カメラマン。

その後、正体は秋津直哉であったことが判明。

 

・牧田志保:

草原プロダクションに所属するファッションモデル。

雑誌『麗麗』に載っていた人物。

 

・堀由布子:

インテリア関係のスタイリスト。

中野在住。

のちに鈴木太郎の恋人であることが判明、

鈴木が久保田殺害事件に関わっていることがわかっていたため、

ニセの証言やアリバイ工作に協力。

 

・清水慶介/溝口幸平:

鈴木とともに、スタジオA&Aを経営するカメラマン。

清水は鈴木とともに個展を開催。

いずれも30代後半。

 

・井上悟:

A&Aに勤めるカメラマン助手。

鈴木太郎に付き添い、また彼を慕っている好青年。

 

宮川典子

A&Aに勤める女性事務員。

 

・横山牧夫/菊枝/誠一:

白骨化死体が見つかったところの土地の持ち主。

牧夫は一家の当主だが、脳梗塞に倒れ、入院。

菊枝は牧夫の嫁で誠一の母。

弟の久保田和夫が東京の公園で遺体となって見つかる。

誠一は横山夫妻の息子で、百貨店勤務。

 

・佐々木洋介:

横山家が昔建てたアパート(たちばな荘)に住んでいた住人。

戸田たちに、吉田を紹介。

 

・吉田照子:

佐々木と同じく、たちばな荘のかつての住人。

一時期たちばな荘に住んでいたという秋津夫妻のことを知っており、

また、その夫妻に産まれた子が金髪碧眼だったことを証言した人。

 

・野村正枝:

白骨化死体が見つかった畑の近くに住む老婦人。

その昔、横山家が建てたアパート(たちばな荘)が

付近にあったことを証言した人。

 

・秋津省吾・佳代子:

たちばな荘に住んでいた圏外から来た夫婦。

夫・省吾は30年前に行方不明に。

のちに白骨化死体は秋津省吾と判明。

妻・佳代子は5年後にうつ病から胃癌になって病死。

妻の祖先はオランダ人。

夫妻の間に産まれた子供(直哉)の外見が欧米系だったことから、

夫婦仲が悪化、夫が暴力を振るい始める。

 

・秋津直哉:

秋津省吾と佳代子のあいだに産まれた子。

生まれながらにして金髪碧眼で隔世遺伝だったが、

その出生が疑われていた。

両親を亡くしたあとは、施設(たんぽぽの家)に引き取られ、

高卒までそこで過ごす。

その後、大阪に出るも、消息は不明。

のちに、秋津直哉=鈴木太郎であることが発覚。

 

・掃部昌樹:

秋津直哉と同じ施設で育った友人。

中学のときに養子縁組が整い、掃部家に引き取られる。

当初、鈴木太郎の本名とされていたが、

阪神淡路大震災で死亡。

秋津直哉がこれを利用して掃部になりすます。

 

・有馬静雄:

久保田和夫の高校時代の友人。

朝来(あさご)市でコンビニを経営。

かつて、久保田と秋津佳代子に関係があったことを証言。

 

・西尾登紀子・木村佐知子:

両親を亡くした秋津直哉が引き取られていた施設(たんぽぽの家)の学院長。

木村は前学院長で、直哉が慕っていた当時の先生。

 

・ミヅキ:

岩和田村の村民。

村ではよそ者で、赤ん坊のときに祖父母と岩和田村に移住。

海女の手伝いをしていた。

ニックと結ばれ、丈太を産む。

その後、岩和田村の村民(平助)と結婚、一男(孝太)をもうける。

祖父は久兵衛、祖母はサヨ。

 

・ニック:

座礁したフランシスコ号の船員。

ミヅキに助けられ、

岩和田村に滞在中、彼女と結ばれる。

 

・丈太:

ミヅキとニックの子供。

生まれながらにして金髪碧眼だったため、長崎へ留学。

オランダ人と結婚し、長崎で海産物商(久兵衛)を営む。

 

・ナナ:

岩和田村の海女。

太助の嫁。

 

・太助:

岩和田村の漁師。

ナナの夫で、平助の兄(ミヅキの義兄)。

 

・篠塚貞夫/大木速雄:

篠塚は、戸田と知己のある監察医

大木は、篠塚が戸田に紹介した遺伝学者で、

東南大学遺伝医療学部の教授。

戸田に隔世遺伝について指南。

 

・高野みどり:

鳥取砂丘のホテル(ダイヤモンドホテル)のレストランに勤める従業員。

鈴木太郎のファンで、

たまたま葬儀で同じホテルに泊まっていた久保田に、

鈴木のことを聞かれ、

個人情報のかわりに『麗麗』を教える。

 

他にも何人か出てくるんですが、

こうしてみると、

氷の華』や『彷徨い人』のときと違って、

登場人物が非常に多い!

 

これらの作品と違って、

本作が複雑でちょっとグダグダしているように感じたのは、

この登場人物の多さも一因としてあるのかもしれません。

 

もちろん、

主な登場人物は限られています。

 

『氷の華』でも活躍した戸田刑事

後作の『彷徨い人』でも暗躍する小島鑑識官

そして犯人である鈴木太郎

 

主要メンバーはこの3人なんですが、

とにかく取り巻く人物が多い!

 

そして、

先のマイナスポイントでも触れましたが(以下再掲)、

 

・犯行の協力者に女性がいることは最初からわかっていたが、この女性がコイツだったかーというオチには少し不満だった。それまでに、別の女性をにおわすようなシーンもあったし、何より、彼女自身、証言を偽っていたわけで、それが最後の最後になって突然覆されるとは…。まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込みがこっちにはあるから、その「まさか」が引っくりかえることなんて予想もしていないわけで、それだけに、なんだよー偽証だったのかよー!しかもここ(結末)でそれが判明するのはズルいと思った。

 

結局、

この「協力者」とは、

堀由布子のことで、

「別の女性をにおわす」という「別の女性」とは、

牧田志保や宮川典子を指すわけですが、

 

要は、

牧田志保(モデル)や宮川典子(事務員)を

協力者のようににおわせておいて、

実は堀由布子(スタイリスト)が

犯人(鈴木太郎)の恋人であり、

犯行の協力者でもあったということです。

 

戸田たちがA&Aを訪れたとき、

 

心なしか、鈴木を見る牧田志保の目が熱を帯びているように見える

 

と(我々に)印象づけたシーンや、

 

その後、

堀由布子の祖父母の実家に電話をかけて、

彼女のアリバイがとれたときの、

 

戸田の頭の中で、牧田志保と宮川典子の顔が点滅した

 

という記述。

 

これらがまさに、

”(犯行の)協力者が、堀由布子であるはずはない”

というイメージを私たちに植え付けました。

 

そして、

最後までかく乱させる。

 

堀由布子は何度か戸田から職質を受けていて、

鈴木太郎や自身のアリバイを証言しているのですが、

最後の最後に、

彼女の証言に偽りがあったことが判明します。

 

(かく乱されていたせいで)

この結末こそ、

どんでん返しのポイントになるのですが、

自分にとっては、

そんなこと(偽証)あっていいのか?!

──というちょっとした怒り?にもつながりました。

 

その理由は、

ひとつには先述のとおり、

「まさか警察相手に偽証はしないだろうという勝手な思い込み」があったからなんですが、

 

もうひとつは、

(堀由布子にアリバイがあるとすると)

残りは牧田志保か宮川典子しかいない!

──みたいな書き方をしておいて、

結局、そのあとは、

なぜか牧田志保か堀由布子かという流れになっていること。

 

つまり、

宮川典子については何にも突っ込まれていない。

 

もちろん、

読者だって、

なんとなくの雰囲気で、

コイツ(=宮川典子)じゃねーな…

っていうことはわかっているんですが、

 

それにしたって、

ちょっとここはあまりにスルーしすぎなんじゃないか?

と思う次第なのです。

 

まさかの偽証なんてちょっと荒業だよな、

まぁこっちの勝手な思い込みだから仕方ないけど、

それでも最後の最後に偽証ってわかるところがズルいよな、

しかも、

それまでは牧田か宮川かってかく乱させながら、

宮川についてのアリバイは全然突っ込んでいないし!

──みたいな。

 

この、

犯行の「協力者」といい、

久保田を眠らせて公園の木に吊るすまでの

時間や車・駐車場云々のところといい、

鈴木がアリバイづくりに利用した

ホテルの監視カメラといい、

 

全体的に、

今回はわりと右往左往し、

かく乱させられた気がします。

 

いや、

実際の捜査なんてほんと、

右往左往してばっか、

かく乱されまくりなんでしょうけれど、

 

せっかちな自分にはそれがじれったくて、

最後にこういうことだったんなら、

下手にかく乱させてほしくなかった的な、

そんな後味を感じずにいられなかった次第です。

 

あーわがまま!笑

 

最後に、

鈴木太郎の正体が、

実は秋津直哉で、

掃部昌樹の戸籍をつかって別人になりすましていた、

というところは、

この物語の核心のひとつかなと思うのですが、

 

そのことには、

なんとなくそうだろうなーと途中から気づくんですが、

私は松本清張の『砂の器』と重なりました。

 

あの話もたしか、

犯人である和賀英良(本浦秀夫)が、

空襲で亡くなった人物の戸籍を乗っ取り、

ずっと自身の身分を偽って生きてきて、

 

ようやく成功を手に入れよう!というときになって、

彼の正体を知る人物(三木謙一)が現れ、

和賀は三木を蒲田操車場で殺してしまう。

 

和賀の場合は音楽家、

鈴木の場合はカメラマン、

砂の器』で殺された三木は善人でしたが、

『烙印』で殺された久保田は悪人。

 

そういう違いはあるものの、

さあついに成功をつかむぞ!というときに

正体を暴かれそうになったことがきっかけで、

和賀も鈴木も人を殺してしまうのです。

 

二人に共通しているのは、

暗い過去。

 

和賀はハンセン病で村を追われた父と、

その父と決別した過去をもち、

鈴木は隔世遺伝で出生を疑われ、

父親を殺した過去をもつ。

 

さらに共通するのは、

そんな彼らを慕う女性がいたということ。

 

和賀には成瀬理恵子、

鈴木には堀由布子、

──というふうに。

 

彼女たちは、

彼らが何か犯行をおかしたことを知っていて、

成瀬理恵子は返り血を浴びた衣服を切り刻んで処理し(←有名な紙吹雪のシーン)、

堀由布子は犯行に使われた車のキーを肌身離さず持っていたと偽ります。

 

天野さんが『氷の華』でデビューしたとき、

”女性版・松本清張

と騒がれたそうですが、

自分が実際に『氷の華』を読んだときは、

どこが松本清張なのかあまりよくわかりませんでした。

 

でも、

この作品を読んだとき、

まさに清張じゃん!

と実感しました。

 

砂の器』を一度でも読んだことがある方は、

是非、読んでみてください。

 

よく似てます。

 


■まとめ:

・天野節子さんの3作目にあたるミステリー小説。時と場を交錯させて、それぞれの場所・時代から交互に物語を進めていき、最後にすべてがつながるという展開は、相変わらずアッパレ。話としては、松本清張の『砂の器』によく似ている。


・ただ、他の作品(『氷の華』や『彷徨い人』)と較べると、”先が気になって仕方ない感”は薄く、そこまでぐいぐいと引き込まれなかった。それでも読みやすく、相変わらず面白いほうには違いないが。

 

・登場人物が多く、あらかじめ犯人はわかっていて、犯人の犯行動機や具体的な経緯、協力者の解明のほうに焦点があてられていたので、ちょっとグダグダ感があった。全体的に、右往左往し、かく乱されてしまう部分が多かった。


■カテゴリー:

ミステリ-

 

■評価:

★★★☆☆

 


▽ペーパー本は、こちら

烙印 (幻冬舎文庫)

烙印 (幻冬舎文庫)

 

 

 ▽Kindle本は、こちら

烙印

烙印

 

 

 

斑鳩宮始末記 ★★★☆☆

黒岩重吾さん

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

を読了しました。

 

評価は、星3つです。

 

久しぶりに黒岩重吾さんの作品を読みました。

 

黒岩さんの作品は、

これで4作目(かな?)です。

 

聖徳太子 日と影の王子 ★★★★☆

斑鳩王の慟哭 ★★★★☆

落日の王子 ★★★★☆

 

──というふうに、

ここまでわりと高得点が続いていたのですが、

本作は少し読み応えに欠ける面がありました。

 

それもそのはず、

こちらは短編集になっているからです。

 

上記はいずれも長編になっていて、

とくに『聖徳太子~』なんて、

全4巻からなる結構ながーいお話です。

 

『落日の王子』のほうも、

こちらは蘇我馬子の孫にあたる、

蘇我入鹿の盛衰を描いたもので、

上下巻に分かれています。

 

それだけに、

山あり谷ありのドラマチックな要素がふんだんに詰められており、

観客としては非常に見応えがある。

 

一方、本作のほうは、

1997年~1999年にかけて、

雑誌向けに書かれた作品をとりまとめたもので、

黒岩さんの古代小説のなかでは、

だいたい中盤くらいに刊行されたものになるでしょうかね。

(時期的には、『斑鳩王の慟哭』と同じくらい)

 

各短編には、

著者自身によって、

必要最低限の解説が施されているので、

前知識のない方が読んでも、

わりとさくっと読めると思いますが、

 

先に黒岩さんの他の長編などで、

古代史を少しかじっておくと、

より話が入ってきやすいとは思います。

 

ただ、そうなると、

既述のとおり、

どうしても長編のほうと比較してしまうため、

やけにあっさりしてるなーとか、

起伏に富んだ人間ドラマとしてはどうかなー的な、

読み応え感には欠けてしまうわけです。

 

歴史小説(時代小説)って、

少なくともひとりの人間の歴史を語るわけだから、

やっぱり長編のほうが適しているのかなー

──なんていうふうに感じました。

 

 

▽内容:

調首子麻呂は百済からの渡来系調氏の子孫。文武に優れ、十八歳で廏戸皇太子(聖徳太子)の舎人になった。完成間近の奈良・斑鳩宮に遷った廏戸皇太子に、都を騒がす輩や謀叛人を取り締まるよう命じられた子麻呂は、秦造河勝や魚足らとともに早速仕事に取りかかるが、その矢先、何者かが子麻呂の命を狙う。

 

上記のとおり、

本作は短編といえども、

主人公が固定されていて、

それが「調首 子麻呂」(つぎのおびと ねまろ)という人物になります。

 

言いにくいねー読みにくいねー。

 

自分なんかは、

何作かすでに黒岩さんの作品を読んでいるので、

ああまたコイツかぁ的な印象はあるんですが、

 

最初のほうはずっと、

「調子麻呂」(ちょうしまろ)と読んでいました。

勝手に、ね。

 

「調」が「つぎ(の)」で、

「首」が「おびと」で、

「子麻呂」が「ねまろ」。

 

「ちょうしまろ」だと、

「首(おびと)」どこいったんだよ?!

って感じですけども、

人がわかればそれでいいわけで、

大して名前は気にしていませんが。

 

とはいえ、

この時代の人の名前ってのは、

みんな読みづらい。。

 

たとえば、

厩戸皇子(=聖徳太子)の側近で、

渡来系の氏族である、

「秦造 河勝(はたのみやつこ かわかつ)」なんていうのも、

スーパー読みづらいし、

 

厩戸皇子の側室である、

「菩岐岐美郎女(ほききみのいらつめ)」なんてのも、

一度ルビを振ってくれるだけでは、

絶対にそのあと読むことができません。

 

なので、

内容はさておき、

ロシア文学と同じくらい、

自分にとっては登場人物がおぼえにくい。

 

ならばいっそ、

正確な名前なんてもうどうでもいいかな、と。

 

登場人物名で挫折する小説って結構ありますが、

それだけで挫折するのってちょっと勿体ない。

だったら適当にニックネームでもつけて、

自分のアタマに入ってきやすい呼称にしちゃって、

話に入っていったほうが効率的だと思いました。

 

時代小説は、

人物名だけじゃなくて、

地名やら道具名やら、

独特な名称がたくさん登場してきますので、

結構それで苦手になってしまう人もいると思うんですが、

 

別に学校の授業じゃあるまいし、

読み手側で勝手に省略するなり名前を変えるなりして、

適当に扱う対応ができるようになれば、

結構おもしろいドラマが待っているかと思います。

 

つい余談が長くなりましたが、

本作は、

そんな読みづらい「子麻呂(ねまろ)」が主人公の、

警察小説みたいな感じです。

 

江戸時代の「捕物帖(とりものちょう)」の、

飛鳥時代バージョン的な、ね。

 

この調首子麻呂(つぎのおびと ねまろ)という人物は、

もともと厩戸皇子の舎人(親衛隊長)で、

そのへんは『聖徳太子―日と影の王子』などを読むとよくわかるんですが、

 

厩戸皇子斑鳩宮を建てて執政にあたるようになると、

身辺警護のほかに、

日々の犯罪捜査にも携わるようになったようです。

(あくまでこの小説を読む限りですが)

 

そんな調首子麻呂を取り巻く

おもな登場人物は以下のとおり。

 

・秦造河勝(はたのみやつこ かわかつ):

渡来系氏族で厩戸皇子に重用された側近。

調首子麻呂の直属の上司で、刑犯罪を裁く奉行的役割を担う。

ニュートラルな考えの持ち主で正義感も強く、

厩戸皇子を心から敬い、彼に忠誠を誓う。

 

厩戸皇子(うまやどのおうじ):

聖徳太子のこと。河勝や子麻呂の主君。

父親は用明天皇

推古天皇は用明の妹で、厩戸皇子の叔母にあたる。

仏教に心酔し、人間平等主義の考えが強く、

当時にしては、まわりから異端視されるほどの、

リベラルなマインドの持ち主で、

推古天皇の摂政となってからは次々と政治改革に着手。

 

・難波吉士魚足(なにわのきし うおたり):

子麻呂の部下で補佐役。

子麻呂と一緒に、犯罪事件の捜査にあたる。

難波吉士もまた、渡来系支族。

のちに冠位をさずかり、秦部に改姓。

 

・縫郎女(ぬいのいつらめ):

子麻呂の正室。

渡来系の書(ふみ)氏の出。

息子(百舌)と娘(イト)を遺し、病死。

 

あとは、

各ストーリーでそれぞれいろんな人物が出てきますが、

全体的には、

子麻呂とその部下・魚足が、

斑鳩宮周辺で起こる様々な事件を解決していくというもの。

 

捜査の壁にぶち当たったときは、

上司の秦造河勝(はたのみやつこ かわかつ)にアドバイスを求めたり、

あるいは中間報告がてらヒントをもらったりして、

事件の解明にあたっていくわけです。

 

また、

子麻呂が捜査にのぞむ心構えや人を裁くときの態度として、

厩戸皇子の助言や訓示がちょこちょこ出てくるのですが、

そこにはやはり、

厩戸皇子の人格者としての考え方が盛り込まれています。

 

以下は、

各ストーリーのあらすじと感想です。

 

※※ネタバレ注意※※

 

子麻呂道(ねまろどう)

子麻呂の自宅から、斑鳩宮まで続く道を、

「子麻呂道」(ねまろどう)という。

 

ある日、子麻呂が通勤途中に、

この子麻呂道で何者かに襲われる。

 

当時、子麻呂は、

農家に押し入り15歳の娘を犯して殺し、

一家三人を斬殺した事件を捜査していた。

 

捜査線上に浮かびあがったのは、

中級官吏である難波吉士高雄(なにわのきし たかお)。

 

彼は、

奴婢に対してSM的なハードプレイを強要している疑いが出ていた。

 

直接、子麻呂が取り調べをおこなったところ、

農家の斬殺事件に高雄は関与していなかったものの、

奴婢への暴行の事実が明らかになる。

 

ここから、

子麻呂を襲った張本人は高雄であることも判明。

 

事の次第が子麻呂によって明るみにでて、

斑鳩宮へ報告されることを恐れた高雄は、

殺し屋を雇って子麻呂殺害をくわだてた。

 

それが裏目にでてしまい、

結局、高雄は、

奴婢SMプレイの暴行罪で打ち首となる。

 

──という話なんですが、

えっ、こんな時代にSM?!

びびってしまい、

 

(古代にもSMはあったのかもしれないけれど)

時代に合っている気がしなくて、

嘘くさすぎる…というのが正直な感想でした。

 

あと、

結局、農家斬殺事件は未解決じゃん!

というところがしっくりいきませんでした。

 

川岸の遺体

ある日、

鋭い刃物で首を斬られた男の死体が川岸で見つかります。

 

川岸近くの小屋に住む男(フト)や、

村長の角先(ツノサキ)に聞いても、

なかなか真相が浮かび上がってこない。

 

子麻呂が河勝に、

事件の発端や捜査の経過を報告すると、

男の死体は河勝の弟に仕えていた武人であることが判明。

 

ただこの男、

河勝の弟の娘(河勝の姪)に手を出してしまい、

秦家を出禁になる。

 

クビになった男は、

流浪人となって村で盗みやレイプを繰り返していた。

 

捜査を続けるうちに、

フトには義理の娘が何人かいたが、

この娘(トネ)が、

川岸のフトの小屋の近くで、

自分の姉(ササ)がレイプされたことに怒り、

鎌でとびかかって男を斬殺したことが判明。

 

また、

男には他にも余罪が多々あったが、

保身のために、

村長(ツノサキ)が村での暴行事件を村民に口止めしていたことも明らかになる。

 

村長はその後、

島流しの刑に、

娘(トネ)は身分を剥奪され奴婢となる。

 

──チャンチャン。

 

これも、

ミステリーではあるんですが、

なんだよ、またレイプかよ!

という印象。

 

レイプ多すぎる。。。

 

子麻呂(ねまろ)の恋

一夫多妻制が許されていたこの時代、

子麻呂は妻をひとりしか娶らず、

律儀な男のようにもみえるのですが、

そんな子麻呂も恋をします。

 

相手は、

物部の残党の娘で、奴婢となったアヤメ。

 

アヤメは、

当時、子麻呂が捜査・調停にあたっていた、

とある集落どうしの水争いで、

奴婢として交渉材料にされていました。

 

村長は、

ヨソオ vs オヌヒ。

 

最初は、

ヨソオのもとで夜の奴隷として囲われていたアヤメですが、

逃げ出して隣の集落のオヌヒのもとへ。

 

年寄のオヌヒだったら大丈夫かと思いきや、

これが執拗なまでのエロジジイだった。

 

水争い自体は、

オヌヒ側に言い分を子麻呂が認め、

彼らの村落が勝訴したが、

ヨソオ側は判決をのむかわりにアヤメを返せと主張。

 

どっちにもいたくないアヤメは、

子麻呂からわずかな食糧をもらい、

村から武器を盗んで逃亡。

 

それからしばらくして、

二人の村長の斬殺死体が見つかる。

 

犯人としてアヤメの名があがったが、

結局、アヤメは見つからず、

捜査は打ち切りとなる。

 

これには、

公人の立場にありながら、

アヤメに肩入れした子麻呂も罪を逃れることができたが、

 

その後、

アヤメが彼らを斬殺したのにはもう1つ理由があって、

それは蘇我・物部の戦のときに、

彼らがアヤメの父親を裏切って死なせたことがわかった。

 

アヤメの目に宿る憎悪が

二人の男に弄ばれたことからくるものだと信じていた子麻呂だったが、

 

それでも、

自分だけには抱かれてもいいと言っていた

彼女の一言はいつまでも信じたい。

 

──そんな子麻呂のひと夏の(?)恋でした。

 

うーん、せつないですね~!

 

…って

そんなことあるわけねーだろ。(爆)

 

いや、ここまでくると、

もうこの本は、

ちょっとしたエロ小説なんじゃないかと思えてなりません。

 

実際、

子麻呂とアヤメのスカトロプレイ的なシーンも出てきますし、

なんじゃこれは?的な感想です。

 

黒岩さんも好き者だなぁ。

 

まぁこれが、

(その時代の)野性の恋だと言われたら、

そうなんですねーとしか言いようがないんですね。

 

 

『信』の疑惑

ある晩、

魚足がタッションしていたところ、

つまづいて転んだら、

そこには男の死体が。

 

そして、

死体のそばには、

「信」の文字が記された木簡が見つかる。

 

斑鳩宮で記録係として勤務していた、

西漢直鳥(かわちのあやのあたいのとり)だった。

 

鳥は喉と腹部を刺されていたが、

死体の股間の、

竿の部分に真珠の玉を2つ嵌め込んでいた。

 

子麻呂たちが調べていくと、

仕事にはシビアな鳥ではあったが、

プライベートは好色でかなりの好き者、

真珠の玉は、

1つは女性を悦ばせるため、

もう1つは自らのイチモツの不老長寿を願って

はめこんだものだということがわかりました。

 

より捜査をすすめるべく、

子麻呂はかつて舎人仲間で、

いまは鳥と同じく記録係をしている田辺史鷹(たなべの ふひと たか)にも

話を聞くことに。

 

ところが、

鷹の家から帰る途中、

子麻呂は何者かに命を狙われます。

 

負傷しながらも一命をとりとめた子麻呂ですが、

相手は自分と同じくらい腕のたつ武人。

思い当たるのは昔の舎人仲間くらいしかいません。

 

負傷にめげず、

子麻呂はしぶとく鳥殺害事件の捜査を続け、

鳥の正室のもとを訪れます。

 

そこで正室から、

鳥が、

同僚(民直内人)の新妻に懸想していたことを聞き出します。

 

そして、

民直内人を直撃。

 

すると、

民が罪を認め、

鳥を妻に呼び出させて殺したことを自白。

(民はそのあと自害)

 

事件はこれで解決かというところで、

自分を襲った相手に心当たりがある子麻呂は、

かつての舎人仲間でいまは船着場で記録係をしている

書首学(ふみのおびと がく)のもとを訪れます。

 

そして、学に、

なぜ自分を襲ったのかと問いただします。

 

学は、

同じ舎人として厩戸皇子に仕えておきながら、

子麻呂だけが優遇されて今のポジションを得ており、

自分や鷹は文人にされて冷遇されていることを愚痴ります。

 

要するに、

子麻呂に嫉妬し、

ちょうど子麻呂が鳥の殺害事件の捜査の一環で、

鷹のもとを訪れることを知った学は、

鷹と一緒に子麻呂殺害を企てたというわけです。

 

当時、

ちょうど厩戸皇子が冠位十二階の制定に着手していたときで、

いくら公正明大な冠位制と言われていても、

どうせ子麻呂みたいなコネのある人間が優遇されるんだろ

という諦めもあり、

事件を起こしたというもの。

 

──ここには「冠位十二階」という、

当時の社会改革をあらわすキーワードが登場し、

 

子麻呂の殺傷事件も、鳥の殺害事件も、

時代を反映した事件の1つとして描かれています。

 

鳥の死体のそばには、

「信」の字が記された木簡が添えられていたわけですが、

これは、

冠位十二階のもととなった、

中国の儒教における五常思想(仁・義・礼・智・信)のなかの

1項目を指しています。

 

「信」とは、

「信頼」とか「信用」とかいうように、

相手を信じること・だまさないことが、

人として正しく重要な姿であり、

人間関係の基本である、

──みたいな感じですかね。

 

鳥は、

その「信」に反したことを犯していた。

 

農民から賄賂がわりに娘を差し出させたり、

同僚の新妻に手を出したり。

 

だから、

同僚・民直内人(たみのあたい うちびと)は、

鳥を殺し、

ダイイング・メッセージとして「信」の書を添えた。

 

これが、

この物語の全容かと思います。

 

自分のイチモツをデコレーションするとか、

賄賂として女を差し出させるとか、

げー、またそっちの話かよ?!

正直、辟易した部分もありましたが、

 

話としては、

これが一番面白かったかなー。

 

冠位十二階という時代をあらわすキーワードと

話がリンクしていたのがよかったし、

それがまた、

ちょっとした謎かけになっていた点もうまかった。

 

でも、

鷹と学が子麻呂に嫉妬し、

こっちもまた冠位制と関係してくる部分は、

正直、必要なかったかなと思います。

 

しつこくて、

無理やり感があります。

 

天罰

厩戸皇子の船を管理し、

外交方面でも活躍する、

高官の難波吉士海亀(なにわのきし うみがめ)には三人の妻がいたが、

そのうちの一人・小糸が殺された。

 

その惨殺死体が川で見つかり、

子麻呂と魚足は捜査に乗り出す。

 

はじめは、

海亀や正室・忍郎女(おしのいつらめ)の関与も疑ったが、

それらしい証拠はなく、

海亀においては、

愛妻を亡くし、

本当に嘆いている模様だった。

 

小糸に仕えていた待女のハナにも聞いてみたが、

思わしい収穫もない。

 

困った子麻呂は、

河勝を訪ねると、

そこには厩戸皇子も。

 

厩戸皇子が子麻呂に、

小糸の郷里に行くようにアドバイスする。

 

郷里には、

娘を亡くしたショックで憔悴しきった実父の

民首火弓(たみのおびと ひゆみ)と、

小糸の待女として随伴したサチが戻ってきていた。

 

ただ、

サチは何かに憑りつかれたかのように精神を病み、

いまは山にこもっているとのこと。

 

山を訪れた子麻呂は、

そこでサチに襲われそうになる。

 

ここから、

小糸を惨殺したのはサチであることが判明。

サチも犯行を自白する。

 

山からおりてきた子麻呂が、

再度、火弓に事情を問いただすと、

小糸に随伴して斑鳩宮に上京したサチは、

海亀の息子(繁郎)と恋仲に。

 

(身分的に)不相応の関係に、

怒った海亀と正妻(忍郎女)は、

火弓にいってサチを郷里に戻させる。

(サチは火弓の養女でもあった)

 

小糸が正妻の嫉妬の末に、

別宅に居を移されてから、

再びサチが待女として呼び戻されたが、

そのとき、

繁郎の婚姻が決まったこと、

繁郎との関係を海亀らに密告したのが小糸であったこと、

小糸もまた繁郎と深い関係にあったこと

…などを知る。

 

その後、サチは、

(精神を病み)巫女として郷里に戻ってきたが、

小糸への深い恨みを抱いていた。

 

途中でひろった犬を飼いならし、

小糸の寝巻をかがせるなどして、

暗闇でも小糸の別宅に迫ることができるよう仕向け、

復讐のため惨殺にいたる。

 

自分が(お金のために)小糸を嫁がせたり、

サチを待女に出さなければ、

このようなことにはならなかったと、

責任を感じた火弓は自害。

 

小糸は火炙りの刑(と見せかけ島流し)となる。

 

──以上で事件は一件落着となりますが、

今度はレイプものじゃなくてよかった…

というのが正直な感想です。

 

結局、犯人は「サチ」ということでしたが、

そもそもの張本人は、

自らの欲と権力にまかせ、

二人の(そしてその父の)人生をかき乱した「難波吉士海亀」だぜ

…的な示唆が、

最後の一節に含まれていました。

 

皇太子は、難波吉士海亀については何も口にしなかった。犯罪を犯していない。ひょっとすると冠位に関係してくるのではないか、と子麻呂は思った。ただそれは事件の真相を知った後に沸いた海亀に対する生理的な嫌悪感のせいかもしれなかった。

 

海亀は、

本件に関しては全くの無罪であるものの、

 

ときはちょうど、

冠位十二階の人事改編をおこなうところだったで、

厩戸皇子(=皇太子)としては、

安易に事前に詳細を述べるようなことはしなかった。

 

でも、

海亀について全く何も言わないというのは、

逆に、彼の自分勝手な態度を、

人事考課のマイナス点として与しようとしていたのではないか。

 

──と、

子麻呂は勝手に想像したようですが、

 

それというのも、

結局、この事件の発端は、

すべて海亀の欲望と権力の濫用にあるからじゃねーの?

と(子麻呂が)考えたからです。

 

事件の全貌を知る子麻呂だからこそ、

そういうふうに思う、

という面を付け加えた点においては、

リアリティーがあったよかったと思います。

 

憲法の涙

ある日、

子麻呂のただ一人の妻、

縫(ヌイ)が病に倒れる。

 

縫の実家は、

百済系の渡来氏族・書(フミ)氏であり、

斑鳩宮の高官・書直雄鳥(フミノアタイ オトリ)や、

書首小弓(フミノオビト コユミ)は、

彼女の親族にあたる。

 

彼らは縫の病に際し、

見舞いに来たものの、

縫は会おうともしない。

 

その数日後、

書首小弓(フミノオビト コユミ)の死体が発見される。

背後から何者かに刺され、

川に捨てられていた。

 

小弓の身辺を洗ううち、

子麻呂たちは、

彼が異常性欲者であることがわかってくる。

 

ロリコンで、

童女をとっかえひっかえ犯し、

飽きたら豪農に売り渡す。

 

それを知っていた縫は、

自らの親戚の過ちのせいで、

(子麻呂)家門に悪影響を及ぼすと懸念し、

一人で悩み、どんどん具合を悪化させていた。

 

捜査の途中で、

子麻呂は縫からの告白を受け、

その事実を確信する。

 

とはいえ、

そもそも農民からとっかえひっかえ娘を買うという

小弓の金の出所がわからない。

そこまでの稼ぎが小弓にあるとも思えない。

 

捜査線上にあがったのは、

小弓に娘を紹介したり、

犯され捨てられた娘を別の農家に売り渡すブローカーの存在。

 

彼の名は、クマといい、

交易人をやっていた。

 

捜査をすすめていくと、

クマが、

書直雄鳥(フミノアタイ オトリ)の家にも

出入りしていたことが判明。

雄鳥の逮捕に至る。

 

ここから、

雄鳥がクマと共犯して帳簿をごまかして、

年貢をピンハネしていたこと、

それに気付いた小弓が雄鳥を強請り、

小弓もまた財を得るようになったこと、

小弓の性癖からいつか捜査の手が自分に及ぶことをおそれ、

クマに小弓を殺害させたこと、

──などが明らかになります。

 

雄鳥は死罪、

クマは行方をくらます。

 

そして、

縫は病状をだいぶ回復し、

事件は落着します。

 

この話は、

短いながらも、

わりと起伏に富んでいて、

え、そういうつながりだったの?!的な驚きもありました。

 

が、やっぱりここでも、

性癖ネタかよ!っていう、ね。

 

しかも今度はロリコン。。。

 

うーん。。。

 

この事件がおきたとき、

ちょうど聖徳太子が十七条憲法を制定したところだったようで、

最後もまた憲法と絡めて、

人間の欲と憲法のつながりを示唆するシーンが出てきたりするのですが、

 

そこはうまいなぁと感嘆しつつも、

また性欲か…と幻滅。

 

暗殺者

(その後、縫が病死し)

妻を亡くし独り身となった子麻呂。

 

一方で、  

魚足は二人目の妻をめとる。

 

その婚姻の宴の帰り道、

子麻呂は何者かに襲われる。

 

押収物は、

幹に刺さった鉄の剣(の刃先)だけ。

 

ここから、

当時、日本では鉄の剣は使われておらず、

朝鮮で使われていたことから、

犯人は朝鮮人の疑いが出てくる。

 

ちょうどそのころ、

朝鮮半島の情勢は不安定で、

(朝鮮へ介入してくる)隋への対決と、

その隋とタッグを組んで

朝鮮統一に乗り出そうとしていた新羅へ対抗すべく、

日本も朝鮮への進出を計画していたが、

 

ときの政権内では、

富国強兵・対外進出派の蘇我馬子と、

平和安定・国内充実派の厩戸皇子で意見が対立していた。

 

自身が暗殺されそうになったことを河勝に報告すると、

河勝は他言無用を徹底したほか、

自宅の警護を厳重に。

 

子麻呂の知らない何かを、

河勝は何か知っているようだった。

 

数日後、

河勝を訪れた子麻呂は、

暗殺者は高句麗人だったこと、

(詳しくは言えないが)彼らはもう帰国したから、

もはや子麻呂の身に危険は及ばないこと、

──などを聞かされる。

 

子麻呂自身、

スッキリしないまま帰途につくが、

その帰り道、

またあの曲者と遭遇。

 

子麻呂も負傷するが、

無事、暗殺者を仕留める。

 

そして、

河勝に介抱され、

曲者が船に乗らず子麻呂暗殺のため、

日本に留まっていたことや、

子麻呂の暗殺に、

蘇我馬子がかかわっていたことを告げられる。

 

蘇我馬子は、

朝鮮遠征の派兵に反対する河勝をも脅しており、

その矛先を子麻呂に向けたようだった。

 

この話には、

当時の政権をめぐる蘇我氏vs聖徳太子という一面や、

朝鮮をめぐる東アジア情勢といったマクロな面が背景にあるのですが、

 

そういった紐づけ方が、

やっぱり黒岩さんのうまいところだと思います。

 

以下は、解説で、

毎日新聞記者の重里徹也さんが寄稿している評です。

(長いですが、そのまま引用)

 

時代はちょうど皇太子が冠位十二階や十七条憲法の制定を進めようとしている時だった。能力主義による人材登用や豪族・官吏の道徳律を定めようとするもので、世は改革の時代といっていい。これらの改革がきしみを生み、動揺を呼んでいるのも、人々の生活実感を逸して描かれている。

中国や朝鮮半島の動きも、登場人物たちの生活に直接かかわっている。隋とどのように関係を持つのか。高句麗百済新羅とは、どのように付き合えばよいのか。国際政治の動きが手に取るように伝わってくる。

裸の人間たちのこすれ合いを楽しみ、幅広い視野で権力闘争を味わいながら、遥か昔の日々に思いをはせ、この民族について考えること。この連作集は、黒岩さんの古代史小説の面白さを知るのにも、格好の一冊になっている。

 

そうそう。

 

その通り。

 

うまくマクロとミクロを組み合わせて、

古代史なんて全く何も知らない読者でも、

当時の一般人の暮らし方とか、

権力者の腹黒い野心や闘争、

それらを両方兼ね備えているから、

わりと自分もそこにいるような感じで読めたりする。

 

これが黒岩さんの小説の凄いところだと思います。

 

解説者がべた褒めする、

 

私たちが黒岩作品を読み始めてすぐに感じる、ある種の懐かしさのようなもの、居心地のいい解放感のようなもの

 

とか

 

生も死も一体になったような雰囲気を作品の中に漂わせる。生者も死者も有機的に結びついているような濃密な空気

 

というのは、

はっきりいって自分にはわからないんだけれども、

 

黒岩さんの小説に描かれる世界には、

なんとなく引き込まれることが多く、

大昔の話なのに、

なぜか納得してしまうところがあります。

 

それは彼が、

人間を描くのが上手だからだと思うのです。

 

人間が誰しももつ、

薄汚い欲とか野望、嫉妬。

 

あるいは、

生存本能から思わず悪事に手を染めてしまったり、

逆に理性がそれを押しとどめたり、

とどめきれずに反省したり。

 

こういうのって、

いつの時代でもどこでも、

おそらく

万民に共通する心の動きで、

 

それを黒岩さんは、

その時代の出来事や独特の風潮とリンクさせて見せてくれるから、

 

自分には全く関係ない、

無知の・大昔の人なのに、

活き活きしたリアリティと同時に、

いるいる、こういう人

あるある、こういう気持ち

──みたいな変な納得感が得られるのかな、と。

 

にしても。

 

今回の「好き者ネタ」は、

そこまで共感は得られなかったけど、ね。(汗)

 

こちらの続編で、

子麻呂が奔る (文春文庫)

という短編集が2004年に出されているようですので、

興味がある方は読んでみたらよいかと思います。

 

自分は、うーん、、、

ヒマなときに読もうかな。

(そこまで惹かれない)


■まとめ:

聖徳太子の舎人(親衛隊帳)だった調首子麻呂(つぎのおびと ねまろ)が、(太子が政治を執る)斑鳩宮周辺でおこる大小の犯罪捜査にあたり、事件を解決していく話。全7話からなる短編集。
・短編なだけあって、読み応えに欠ける。あっさりしていて、さくっと読めるが、起伏に富むドラマ性は薄い。また、内容的にも、どの話もエロ(しかもレイプ・ロリ・SM)が多くて、すこし辟易した。

・ただ、当時の人々の暮らしっぷりが些細に描かれ、リアリティーがありながらも、どの時代でもどこの国でも通用するような、人間として誰もがもつ薄汚い欲やそれをとどめさせようとする理性なんかも、包み隠さず描かれていて、(大昔の人なのに)隣人かのような親近感?が得られる。それをまた、その時代特有の出来事や風潮とうまくリンクさせてくるので、歴史の知識がなくてもわかりやすく読める。


■カテゴリー:

歴史小説

 

■評価:

★★★☆☆

 

 ▽ペーパー本は、こちら

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

斑鳩宮始末記 (文春文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

斑鳩宮始末記

斑鳩宮始末記

 

 

氷の華 ★★★★☆

天野節子さん

氷の華 (幻冬舎文庫)

を読みました。

 

評価は、星4つです。

 

この本を読むのは2回目。

 

数年前に一度読んでいて、

すごくおもしろかったなーという記憶はあるのですが、

内容はさっぱり記憶にありません。

 

つい最近、

彼女の最新作?である『彷徨い人 (幻冬舎文庫)』を読み、

実におもしろかったので、

こちらを再読しようと思った次第です。

 

※『彷徨い人』のレビューはこちら

 

結果は、

ニジュウマル。

 

相変わらず面白かった!

 

登場人物とか、

物語の中身とか、

見事に忘れていて、

まるで初めてかのように読めましたが、

 

真犯人が実はコイツだった的なところは、

なんとなく記憶がありつつも、

少なからず驚きがあって、

見事にやられました。

 

そして、

終盤も見ものでした。

 

一見、これでおしまいか?と思いきや、

ページはまだタップリ残っているわけで、

これで終わるはずがありません。

 

物語はふたたび再燃し、

真実があばかれていきます。

 

ここは、

おっとー?!どうなっちゃうの?

というドキドキ感がつきまといます。

 

そして、

ラストは、

あちゃーそうなっちゃったかー

という驚きもある反面、

あーやっぱりなー

という納得も。

 

ここまでのストーリーの運び方がとても上手で、

われわれ読者を、

さあ、どうなる?

えーそれで終わっていいの?

いいわけないだろ、ほら!

じゃあ、どうなる?!

なんと、そうきたか!

ついに!でも納得!

──というふうに次々といざなうところは、

さすが天野さん!

っていう感じでした。

 

一気読みは間違いナシ!

 

▽内容:

専業主婦の恭子は、夫の子供を身篭ったという不倫相手を毒殺する。だが、何日過ぎても被害者が妊娠していたという事実は報道されない。殺したのは本当に夫の愛人だったのか。嵌められたのではないかと疑心暗鬼になる恭子は、自らが殺めた女の正体を探り始める。そして、彼女を執拗に追うベテラン刑事・戸田との壮絶な闘いが始まる。長編ミステリ。

 

前回の『彷徨い人』でも触れましたが、

本作品は、

作者にとって第一作目となるデビュー作です。

 

作家の天野節子さんは、

1946年生まれ。

今年で70歳です。

 

この『氷の華』を書いたとき、

彼女は60歳。

 

そして、

4作目となる『彷徨い人』を書いたのが67歳。

 

『彷徨い人』もそうでしたが、

本作も、

言わなければ決して60代の方が書いた作品とは思えないくらい、

時代感覚に冴えています。

 

作者の年齢をにおわせるような、

古臭い、時代錯誤的な描写が全くないのです。

 

すごいなぁと思う。

 

自分なんて年をとったら、

それ相当に、

言うことも書くこともジジくさくなるんだろうに、

 

この人のような感覚でもって、

時代についていける自信はさらさらない。

 

そして、

60歳でもこんなに巧みなミステリーを書けるのかという、

その手腕にも驚きです。

 

それくらい、

よく出来ている。

 

『彷徨い人』もそうですが、

読者に、

ついページをめくらせるという手管は、

本当にお見事。

 

展開が気になって仕方なかったです。

 

こちらも1週間くらいかけて読む予定でしたが、

見事に4日で読み終えてしまいました。

 

以下は、

本作の登場人物についてのおさらいです。

 

・瀬野恭子:

35歳の専業主婦。

瀬野隆之の妻で、(株)東陽事務機の故重役の姪。

資産家で悠々自適の生活を送るも、

子供に恵まれず、不妊治療の経験も。

頭が切れ、プライド高く、人に弱みを見せない。

 

・瀬野隆之:

恭子の夫。36歳。

(株)東陽事務機の営業部長。

大学時代に恭子と出会い、就職に苦労していたところ、

恭子の口添えで(株)東陽事務機に就職。

 

・関口真弓:

(株)東陽事務機の経理課の事務員。

子持ちのバツイチだが、

子供は別れた夫の実家に引き取られる。

独り暮らしの自宅で毒殺される。

 

・戸田刑事:

警視庁捜査一課の警部補。

関口真弓毒殺事件の担当。

 

 ・大塚刑事:

練馬西署の若手刑事。

関口真弓毒殺事件の所轄署の担当で、

戸田と捜査に当たる。

 

・高橋康子:

恭子の友人。

滝口好美とはW大時代の友人で、

同じ演劇サークルに所属。

卒業後は一度就職するも、渡米。

帰国後、出版社に勤める。

 

・滝口好美:

恭子の友人で、康子のW大時代の同期。

卒業後も大学時代からやっていた演劇を続け、

劇団に所属。

 

・杉野妙子:

 瀬野家の家政婦。

 

以上のとおり、

登場人物はさほど多くありません。

 

この中でもメインになるのは、

瀬野恭子・瀬野隆之・戸田刑事・高橋康子の4人。

 

そして、

関口真弓の毒殺事件と、

序章の老人(加賀作次郎)のひき逃げ事件

瀬野孝之と高橋康子の心中事件

という三つの事件が、

複雑に絡んでいきます。

 

このあたりの、

複数の登場人物と複数の事件を絡ませて

ひとつのストーリーを築き上げていく手腕は、

実に精巧で、

 

その秀逸さは、

のちの作品にも引き継がれており、

最新?の『彷徨い人』を読んでも、

そのスゴさがよくわかります。

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

※※ここから先は、ネタバレ注意※※

 

電話を受けたのは恭子。

その日、夫の隆之は海外出張で不在、

家政婦も休暇をとっており、

瀬野家の豪邸には恭子一人。

 

電話をかけてきたのは関口真弓と名乗る女性。

彼女は自分が瀬野隆之と不倫関係にあることを宣言し、

妊娠していることまで告げます。

 

家の郵便受けには、

隆之自筆の署名が入った母子手帳も。

 

激しい動揺と怒りに燃える恭子。

 

夫の書斎から見慣れぬキーを取り出し、

関口真弓の家に侵入し、

冷蔵庫の飲みかけのオレンジジュースに、

瀬野家の土蔵に保管していた農薬を混入。

 

恭子は犯行がバレないよう、

指紋や痕跡などの物証には細心の注意を払い、

犯行時刻のアリバイ作りに奔走。

 

部屋には、

隆之と真弓らしき女性の2ショット写真が飾られていましたが、

恭子は怒りを抑えて、

写真はそのままにして現場を後にします。

 

同日夕方には、

何食わぬ顔で友人の高橋康子と会って、

食事をして帰宅。

 

後日、

関口真弓の死体が発見され、

農薬による毒殺と判明。

 

ここから、

警視庁本庁の戸田刑事と、

所轄の大塚刑事が、

事件の解明に挑みます。

 

彼らの綿密な捜査から、

恭子が用意していた数々のアリバイは崩れ、

恭子の犯行が明らかに。

 

ところが、

捜査の過程で不可解な点が多く、

その真実はなかなか明かされません。

 

・真弓が妊娠していた事実がまったく触れられず、母子手帳が見つからない

 

・警察がもっていた二人の写真は、あくまで隆之の所持していた写真のコピーであり、真弓の部屋にあった写真がない

 

・あるべきはずのない自分の毛髪が、真弓の部屋に残されていた

 

・真弓の口座に定期的に多額の振込があったが、結局、その出所は不明(隆之ではないっぽい)

 

──などなど。

 

これらから、

恭子は次第に、

真弓は決して妊娠しておらず、

自分は何者かに嵌められ、

彼女を殺害してしまったのではないかと疑いはじめます。

 

では、

誰が自分を嵌めたのか。

 

夫・隆之が関わっているのは間違いなく、

彼には真の愛人という共犯がいるはず。

 

恭子の知らないところで、恐ろしい何かが進行している。それは、恭子を陥れる陰謀。

 

そして自分に恨みを持つ人間を

記憶からあぶりだそうとする。

 

そこに、

14年前の出来事が思い浮かぶ。

 

隆之は、恭子がモノにする直前まで、

和歌子という女性と婚約までしていた。

 

それを恭子が破談にし、

就職先という人参をぶらさげて、

さらには結婚にまで至る。

 

これは和歌子の復讐かもしれないと、

疑い始める。

 

一方で、

自分が犯してしまった過ちや、

罠に嵌められてしまったという虚脱感から、

もはや生きる気力を失っていた彼女は、

 

こうなった以上、

夫と共にふたりで心中することが、

夫や真の愛人に対する復讐でもあり、

我が身の誇り高き身の納めかたでもあると決意。

 

場所は、

軽井沢の別荘。

結婚記念日が近いため、

毎年、別荘で祝っていることに乗じて、

夫を誘い出す。

 

書斎の書類から、

夫の筆跡をなぞらえて、

遺書もつくる。

 

そして、

板金業を営む友人宅から、

青酸カリを盗み、

夫の指紋のついたビニール袋に入れて持ち帰る。

 

さあ、これで準備はOK!

 

──というところまできたとき、

和歌子による復讐の疑惑が

再び恭子の頭をよぎる。

 

思い余って、

旧友(渡辺のぞみ)に電話をする恭子。

 

恭子:

「そういえば、あなた、和歌子という名前の人知らない?」

 

のぞみ:

「和歌子?姓は?」

 

恭子:

「それはわからないの」

 

のぞみ

「和歌子…和歌子…」

「わかるかもしれない!一度、電話を切るわ」

 

そして再び、

のぞみからの回答を得る。

 

のぞみ:

「この人じゃないかしら。姓は谷、谷和歌子といって学生の頃の舞台名よ。和歌子という字をどこかで見たことがあると思ったら、やっぱり昔のパンフレットに出ていたわ。この前、引っ越しの整理をしながら、久しぶりに開いてみたのよ。W大学の、演劇部の卒業公演なんだけど、私の友達も端役で出ていたので観にいったの」

 

この、

のぞみからの回答の、

「舞台名」という言葉にひっかかった恭子は、

その「舞台名」の本名を問いただします。

 

すると、

それは恭子のよく知っている名前だった──

 

ここで恭子は、

和歌子の正体をつかみ、

夫と自分の心中計画から、

夫と和歌子の心中を装った殺害に切り替えます。

 

別荘に向かった恭子は、

青酸カリを入れたグラスを凍らせる。

 

そして、

持ってきたワインを棚にいれ、

その下に偽造した遺書を置く。

 

あとは二人を別荘におびきだすだけ。

 

ところが、

ここにきて戸田刑事たちが恭子のアリバイを崩し、

恭子は言い逃れできない状態に。

 

別荘から帰ってきたところにすぐ、

戸田刑事たちがあらわれ、

恭子に事情を説明します。

 

任意同行の前に、

恭子は最悪の状況(=逮捕・起訴)に備え、

一本だけ電話をしたいと言い、

刑事たちの前で電話をかける。

 

相手は、高橋康子。

 

公演で九州にいる友人(滝口好美)に、

公演から戻ってきたら、

恭子のベンツを別荘に運んでほしいと、

電話で康子に伝言を託します。

 

そして、

署へしょっぴかれた恭子は、

ついに犯行を認める。

 

ところがその後、

関口真弓の机の引き出しから、

関口真弓がとある事件を目撃したことで、

彼女が瀬野隆之をゆすり、

その口止め料として、

多額の現金を受け取っていたことを告白するUSBメモリーが見つかる。

 

それと同時に、

瀬野隆之と高橋康子が軽井沢で心中するという事件が発生。

 

この心中事件こそ、

恭子が仕向けたものであり、

彼女が先に正体をつきとめた「和歌子」とは、

高橋康子だったのです。

 

見つかったUSBメモリーから判明した事件とは、

何だったのか。

 

それは、

以前、

瀬野と康子が隠密旅行に行った際、

一人の老人を引き逃げしてしまい、

それを法事で帰郷していた関口真弓が偶然目撃。

 

彼女は、

そのひき逃げ事件を口実に瀬野を強請り、

多額の口止め料を受け取っていて、

生き別れた子供と再び一緒に生活できるよう、

マンションの購入資金を貯めていたわけです。

 

この強請りから逃れるべく、

瀬野と康子は恭子を利用して真弓を殺害。

 

晴れて往年の恋が実った瀬野と康子は、

「愛の完結」として軽井沢で心中し、

罪の責任を果たす。

 

ここで恭子は一発逆転、

無罪となり、

晴れてシャバに復帰。

 

隆之とは離婚、

旧姓(吉岡)に戻って、

新たにマンションに引っ越す。

 

これで物語は終わるのかと思いきや、

そうは問屋が卸さない。

 

そもそも、

数々の不審な点に、

納得がいっていなかったのは恭子だけでなく、

戸田刑事も同じ。

 

彼は判決後も、

仕事の合間をぬって、

コツコツと真相究明を続けます。

 

こんな形で、

瀬野と康子が心中するわけがない。

 

ましてや、

積年の恨みの矛先である、

恭子の別荘なんかで死ぬわけがない。

 

それらも含め、

戸田は不審な点を洗い出し、

ひとつずつ潰しにかかります。

 

すると、

青酸カリを所有する友人に

恭子がツテがあったことがわかり、

戸田の中で恭子犯人説が出来上がってくる。

 

そんな戸田を後押ししたのが、

警視庁に届いた一通のエアメール。

 

それは、

米国に引っ越した渡辺のぞみからのものでした。

 

彼女は、

ジャーナリストの兄から

恭子や隆之・康子に関するニュースを知り、

そのちょっと前に、

恭子に「和歌子=康子」であることを伝えたことがひっかかったため、

そのいきさつを告発。

 

ここから、

戸田のなかで恭子犯人説は、

疑惑から確信にかわります。

 

とどめを刺したのは、

家政婦だった杉野妙子。

 

彼女は心中事件前に、

恭子が隆之の書斎から、

小さなビニール袋(←青酸カリを入れる袋)を盗み、

隆之の字体を真似て遺書をつくったことを、

部屋の痕跡から知っていました。

 

瀬野家が売り出され、

家政婦の仕事がクビになった妙子は、

その後、夫が借金を抱え、

サラ金に手を出してしまったがために、

金策に苦しみます。

 

迷ったあげく、

恭子の新しいマンションを訪れ、

恭子の犯行疑惑をネタに、

恭子からお金を引き出そうとしますが、

恭子はその手には乗るまいと拒否。

 

凍ったグラス、ビニール袋、遺書。問題はこの三点だが、いずれも、恭子が偽装したという証拠など、発見できるはずがないのだ。不安に思うことは何もない。

 

そういって自分を励ましみたものの、

内心は衝撃と焦りでオタオタ…。

 

人間、

こういうときほど疑心暗鬼になるもので、

大丈夫、他にないよな…

なんて思っていると、

意外なことに気づいてしまったりもする。

 

恭子もまさにそれ。

別荘にもっていったワインには、

隆之らの指紋はなくて、

(彼らはビールを飲む段取りになっていたから)

恭子の指紋だけが残っていることに気づく。

 

やばい。

 

あわてて別荘に向かい、

証拠隠滅をはかるも、

同じく事件の再捜査にあたっていた戸田刑事が

一足先に別荘で張り込みしていた。

 

そこですべてが明らかになり、

ジ・エンド。

 

最後は、

戸田が家政婦を再調査したことや、

彼女から遺書の偽造や青酸カリのビニール袋のことを聞き出したこと、

よく調べたら筆圧が違っていたことなどを明かし、

ふたたび恭子を追い詰めます。

 

今度こそ、

言い逃れはできない恭子。

 

逮捕前に、

今度は電話ではなく、

手洗いにいって化粧直ししたいと言います。

 

そして、

所持していた青酸カリを服飲し、

その場で自殺してしまう。

 

──ちょっと長くなってしまいましたが、

以上が本作のあらすじです。

(もはや、あらすじではないね)

 

記憶を思い出しつつ、

そして記憶が定かでないところは、

再び本を開きつつ、

このあらすじを書いたわけですが、

 

こうやってまとめてみると、

あらためて、

この作者はスゴイと思いました。

 

あーそういう順番(時系列)になっていたのね!

とか、

このときからすでにこうだったのね!

とか、

とにかく伏線がうまく散りばめられている

 

話の構成が、

実に精巧なのです。

 

解説者(野崎六郎氏)も、

次のようにべた褒め。

 

本書『氷の華』は作者のデビュー作となります。伏線の張り方のうまさ、先へ先へと読ませていく手管では、すでに完成の域にあるといえます。

 

そう、

これがデビュー作、

しかも60歳とは思えない精緻さ!

 

先に私は、

 

物語は、

瀬野家にかかってきた一本の電話から始まります。

 

と既述していますが、

 

厳密には、

「プロローグ」が用意されていて、

そこでは、

一人の老人(加賀作次郎)が、

パチンコ帰りに雨の中、

交通事故にあったっぽい

──といった話から始まっています。

 

そのあとに、

関口真弓殺害のきっかけとなる

瀬野家への電話。

 

小説の中盤くらいまでは、

関口真弓事件をめぐっての

すったもんだが繰り返されるので、

序章にあったジイさんの交通事故なんて、

とっくにどっかいっちゃってます。

 

それが中盤をすぎて、

恭子が真弓殺害の犯行を認めた直後、

真弓のUSBメモリーから

突如、ジイさんの話が舞い戻ってくる。

 

よくあるパターンではあるけれど、

ここで一部の読者は、

なるほどねーそうつながったか!

と一種の感動を得ることになると思います。

(自分は、まんまと得たタイプ)

 

あとは冒頭に記載したとおりで、

これで終わるのか?終わるわけないよね?と思わせながら、

心中事件の真相が次々と暴かれていくところとか、

とどめの上にさらにとどめが来て、

最後は恭子自決という衝撃。

 

冒頭でも触れたとおり、

そもそもこの小説においては、

3つの事件と4人の主要人物が複雑に絡んでいるわけですが、

それぞれの事件に対して、

それぞれの人物を整理すると、

次のようになります。

 

①関口真弓の毒殺事件:

─ 恭子 vs 関口真弓

 

②加賀作次郎のひき逃げ事件:

─ 隆之&康子 vs 関口真弓

 

③軽井沢の心中事件:

─ 恭子 vs 隆之&康子

 

このように、

それぞれの事件に

それぞれの人物の対立軸があって、

①の水面下には②が隠れていて、

それが明らになると今度は③が起こる

──というロジックが、

物語が進むにつれて次第にわかってくるわけです。

 

そして、

この①~③すべてにおいて、

恭子 vs 戸田刑事

という対立軸が併行していきます。

 

もはやゲームです。

私たちは観客です。

どちらがこのゲーム勝つのか。

さっきの試合には勝ったけど今度の試合はどうか。

息を飲んで見守ります。

 

ドキドキ・ハラハラしながら。

 

そして、

衝撃のラストを迎える。

 

一方で、

衝撃ではあるんだけれど、

恭子の性格上、

自殺という終わり方は、

どこか納得もしてしまう。

 

そのための伏線は、

その前の事件(関口真弓殺害事件)でも敷かれていたし。

 

さて、

恭子は勝ったのか負けたのか。

 

隆之と瀬野には勝ったでしょう。

真弓とは結局、勝負になっていなかった。

じゃあ戸田には?

 

真相を暴かれたという意味では、

戸田に軍配があがりますが、

一番の真相というか、

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分については、

結局、戸田はつかんでいません。

(少し情報は得ていますが、確信はしていない)

 

そして、

それを明らかにされるくらいなら、

いっそ、

自ら死んでやるというのが恭子の選択。

 

ここには、

解説者の言う、

 

氷の、華やかな、哀れみとはほど遠い<悪女>のドラマ

 

があると思います。

 

でも、

「哀れみとはほど遠い」かな?

と思う。

 

私は、

哀れみを感じてしまったほうです。

 

前述の、

 

なぜ恭子が(誤ったとはいえ)真弓を殺害したのかという、

究極の動機の部分

 

とは、

 

要は、

恭子にとっての一番の弱み、

すなわち、

子供ができない体であること(不妊であり、

 

彼女は、

それを弱みとして自覚したくなかった。

 

でも、

再捜査で取り調べが進めば、

おのずとその部分にメスが入るのは明らかで、

自分でも認めたくない部分を、

他人にズケズケと入り込まれてたまるか!

というのが彼女の本心であり、

絶対に譲れないプライドだったはずです。

 

頭もキレて、外見も美しく、

お金にも困っていない。

 

両親を事故で亡くしていることは痛手かもしれませんが、

だからといってその後の人生を

めちゃくちゃ苦労したようでもなく、

叔父に大事に育てられ、

生活は華やかそのもの。

 

でも、

本当はわかりませんけどね。

 

突然の両親の死で、

絶対的な愛情をうしなってしまった彼女は、

強がることもおぼえてしまったはずです。

強くないと生きていけないので。

 

幸いにも、

生活には困らないだけの身寄りはありましたし、

お金でなんとでもなる生活ができていた。

 

そんな自分だけれど、

お金をかけても唯一なんともならないことがあった。

 

それが、

不妊というつらい現実。

 

でも、

華やかで誇り高き恭子は、

まさか自分が不妊だとは自分で認めたくもないし、

不妊であることを知られたくもない。

 

それを忘れるかのように、

趣味や食事、

隆之との華やかな生活で紛らわしていたわけです。

 

それが関口真弓に扮した康子によって、

大きく傷つけられた。

 

それだけでなく、

単なる火遊びだと思っていた夫の浮気は、

14年前の本物の恋愛感情に回帰したものだったことを知り、

夫の愛情も失っていることに気づいたのです。

 

何でも持っているはずの、

持ってきたはずの自分が、

子供と夫という、

一番自分に近いところにいるべき人間を、

持てないというつらさ。

 

そして、

それを本当につらいと認めたくないつらさ

 

そう考えると、

自分には、

恭子はたしかに悪女ではあるけれど、

哀しい・可哀想な人でもあると、

普通に思っちゃいました。

 

最後に、

これだけおもしろかったにもかかわらず、

星5つをつけなかったのは、

以下2点の理由からです。

 

①隆之はどうやって口止め料を用意したのか?

 

このあたりは、

戸田刑事が

真弓と隆之の勤務先である

職場の経理課長(水野)を問いただしたり、

税務署の人に話を聞いたりするシーンがあって、

 

おそらく、

会社の資金を横流し?した感じは

なんとなくわかるんですが、

 

結局、

詳細についての言及はないままでした。

 

完璧なロジックが散りばめられていたぶん、

ここが曖昧のままに終わってしまっているのが、

自分としては残念でした。

 

②なぜ恭子は、渡辺のぞみに聞けば和歌子についての情報が得られると思ったのか?そして、その渡辺のぞみは、なぜ和歌子=康子を知っていたのか?

 

①はまだ許せるんですが、

こっちは結構、許せなかったです。

 

恭子は、

関口真弓(正体は康子)から電話がかかってきたその日、

同窓会の予定があったので、

同窓会に出席しているわけですが、

 

そこで、

いまは石垣島に戻っている医者の娘、

渡辺のぞみの存在を思い出します。

 

そして恭子は、

夫・隆之との心中を決める一方、

和歌子による復讐も拭いきれなくなって、

ふと彼女に電話をかけます。

 

そして和歌子の正体をつかむ。

 

その流れ(の一部)は、

先にもご紹介したとおりですが、

 

ここって結構大事なところなのに、

あまりにも突拍子すぎる。

 

なぜ同じ大学でもない和歌子を、

のぞみは知っているのか?

 

そして、のぞみに聞けば、

和歌子の正体がわかるんじゃないかと

恭子が思った理由はなんなのか?

 

もし、

渡辺のぞみが演劇にすごく興味があって、

康子や好美とは大学は違うけれど、

別の大学で演劇サークルにはいっていたとか、

あるいは見る専門のほうの演劇好きで、

それこそ高校時代から

演劇という演劇は片っ端から見ていたとか、

何かそういう経緯があれば、

 

のぞみと和歌子(康子)のつながりも、

恭子とのぞみのつながりも、

すんなりいくんだけれど、

 

残念なことに、

ここについての描写が一切ありませんでした。

 

渡辺のぞみは、

恭子と同じT女子大学の付属高に通っていて、

大学は別だったとか、

石垣島で父親が医院をかまえているから、

石垣に戻っていて、

このたび婿入りした夫の米国留学が決まり、

渡米が決まったとか、

 

──そんなのばっかりで、

どこに和歌子(康子)との接点があるわけ?!

とツッコミたくなりました。

 

この渡辺のぞみという女性は、

終盤、再び登場し、

家政婦の杉野妙子とならんで、

最後の最後に恭子を追い詰めることになります。

 

そのくらい(脇役だけど)重要な人物なんだから、

天野さん、手を抜いちゃだめでしょーが!

と言いたくなりました。

 

でも、

ほかが完璧だったからこそ、

逆に目立ってしまったのかもしれないです。

 

解説には、

作者がこの作品を世に出すまで、

草稿には膨大な<書きつぶし>の量が費やされ、

死にもの狂いで彼女が推敲に推敲を重ねたようなことが

紹介されています。

 

そして、

作者が古典ミステリに相当通じていて、

ものすごく勉強された様子があることも

触れられていました。

 

私は、

ミステリー小説の、

構成上のプロットや種類については、

まったく知見がないのですが、

 

解説者の専門的な分析で、

たしかにそのとおりだな

と思った点があります。

 

恭子と戸田。追いつめられる者と追いつめる者。『氷の華』は二人を軸にして、いわば二元中継の語りのスタイルによって進行します。

しかし二元中継スタイルは現代ミステリにあって独創的な方法とはいえません。むしろ、お手軽なツールとして酷使されているというのが実状。凡庸な書き手がこれをやると、二元中継の進行が同じ方向になって、ただ視点人物を取り替えて語りに変化をつけるだけの結果に終わったりする。二元に分けた意図を生かせないのです。

本書は違います。二つのドラマの側面は並行のままで、別方向に伸び、交わりそうで交わらない。

 

「二元中継法」かぁ、

なるほどなー。

 

たしかに、

ただ人物をかえて物語を進行させても、

解説者のいうとおりになってしまい、

きっとつまらないはず。

(くどいだけ)

 

そういわれると、

この作家さんは、

やっぱりプロなんだなと言わざるを得ません。

 

だからこそ、

失点が目立ってしまい、

残念に思う。

 

でもそれは、

言い換えると

作家への大きな期待でもあるかと思うわけです。

 

ということで、

またお目にかかりたいです、天野さん。

 

次は、

目線』『烙印』でお会いしましょう。

 

アディオース!

 

■まとめ:

・60歳で作家デビューした天野節子の処女作。年齢を感じさせない技巧や力量感に圧倒される。それくらい、うまくできている。

・本作を読んだのは2回目だったけれど、(内容をすっかり忘れていたせいか)終始、展開が気になって仕方なかった。いったん、終わったと思っても、まだ来るかー!まだ来るかー!の連発。途中、わりと大事なところでの経緯説明がないのが非常に残念だったが、完璧すぎて逆に失点が目立っただけかもしれない。

・『氷の華』というタイトルが主人公のヒロイン(瀬野恭子)を指していることは明らか。華やかだけれど、氷のように冷酷で、そして哀しい人だなと思った。誇り高き女性のもつ哀しい現実(不妊)がテーマ。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★★


▽ペーパー本は、こちら

氷の華 (幻冬舎文庫)

氷の華 (幻冬舎文庫)

 

 

Kindle本は、こちら

氷の華 (幻冬舎文庫)

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彷徨い人 ★★★★☆

天野節子さん

彷徨い人 (幻冬舎文庫)

を読み終えました。

 

評価は、星4つです。

 

これはおもしろかった!!

 

天野節子さんといえば、

何年か前に『氷の華』で作家デビューし、

自分も読んでいますが、

これが結構おもしろくて(でも内容はスッカリ忘れた)、

この作家さんイケるなー!と感心したものです。

 

本作は、

その作家さんによる4作目。

 

プロローグとエピローグを除くと、

全11章で構成されており、

最初は1日1章ペースで読んでいましたが、

つい展開が気になって、

1週間くらいで読んでしまいました。

 

その気になれば、

2~3日で読めちゃうと思います。

 

そのくらい展開が気になり、

読者を先へ先へといざなう面白さがありました。

 

おススメ!

 

▽内容:

優秀な営業マンの宗太は、理解ある夫、愛情深い父親として幸せな毎日を過ごしていた。だが、母親の介護を発端に夫婦に亀裂が入る。そして、たった一度の過ちが、順風満帆だった彼の人生から全てを奪っていく。誠実に生きてきた。懸命に生きている。それでも、人は「彷徨い」、時に道を外す。平凡な幸せが脆くも壊れていく様を描いた衝撃のミステリー。

 

本書の解説でも触れられていましたが、

こちらの作家さん(天野節子氏)は、

60歳で作家デビューを果たしています。

 

前述のとおり、

氷の華』という作品がそのデビュー作なんですが、

これによって、

天野節子というミステリー作家としての名前が

世の中に知れ渡ることになります。

 

このデビュー作、

最初は自費出版だったようで、

 

それが幻冬舎の目にとまり、翌年、ハードカバー本で本格デビューという幸運を運んだ

 

──とのことです(解説より)。

 

本作にいたっては、

2012年に上梓していますから、

67歳という御歳で書かれていることになります。

 

還暦過ぎた年寄りが、

こんな小説書けるんだ?!

と驚いてしまうくらい、

本作もまた、

その流暢な内容・構成の面白さに舌を巻きました。

 

ここでいう「流暢な内容」というのは、

60代のおばあさんが言うようなことなんて、

時代遅れというか、

古臭いにおいがするんだろうなー

──なんていう先入観が

どうしても働いてしまうんですが、

彼女の作品にはそれが全くない。

 

それこそ、

スマホSNSといった、

いかにも「いまふう」なものは描かれていないけれども、

だからとって、

作品の文体やシチュエーションに、

時代錯誤を感じさせるようなものもないのです。

 

普通に、しっくりくる。

 

本書のなかにも、

携帯の「履歴」や「(発信・着信)データ」、

「ストラップ」なんていうものが出てきますが、

スマホがこれだけ浸透しているいま、

若干の古臭さがないわけでもありませんが、

昨今はガラケーへの逆流現象すらあるわけですから、

大した時代錯誤ではないわけで、

とくに違和感は感じませんでした。

 

警察の仕事や捜査方法などについては、

ミステリー作家であれば、

年齢を問わずある程度の知識が蓄えられていると思いますが、

 

細かい舞台設定・状況描写のなかにも、

彼女がいかに、

現代人としての感覚を保とうとしているかがうかがえます。

 

だからといって

ヘンに無理しているような、

背伸びしている感もない。

 

なんの情報ももたないまま、

彼女の作品を読むと、

絶対に60後半の方が書いた小説だなんて思わないと思います。

 

そのくらい、

時代に沿った内容設定・描写になっています。

 

年齢的にビハインドを感じた部分を強いてあげるなら、

ちょっとデジタルに弱いかも?

という点です。

 

これについては、

追って説明したいと思います。

 

さて、

本作の登場人物は、

ざっと以下のとおり。

 

・折原宗太:

外資系アパレル企業に勤める36歳の優秀営業マン。

そのかたわら、認知症の母親を介護する親思いの息子。

 

・折原淳子:

宗太の嫁で、片岡葉子の実の姉。

宗太とは職場結婚したのち、一女をもうけて専業主婦に。

姑(幸子)との折り合いが悪く、

幸子が認知症で施設へ入居してからは、

介護にはノータッチ。

 

・折原幸子

宗太の母。

はやくに娘(宗太の妹)と夫(宗太の父)をなくし、

女手一つで宗太を育て上げる。

元小学校教師だったが、定年退職後、図書館に勤務。

その後、認知症を患い、施設に入居。

 

・片岡葉子:

折原淳子の妹で、片岡亮平の嫁。

友人3人との日光旅行の帰りに、家出人となり、失踪。

 

・片岡亮平:

葉子の夫。

 

・田嶋千里:

葉子の同郷の幼馴染。

葉子とともに日光旅行に出かけた友人のひとり。

その少し前、中野のひき逃げ事件で夫(田嶋清一)を亡くしている。

 

・日野美香子:

一流企業の工務店に勤める一級建築士&インテリアコーディネーター。

片岡葉子の勤める歯科に通い、

片岡葉子と同じ硬筆習字のカルチャースクールに通う。

それがきっかけとなり、

葉子から日光旅行に誘われ同行。

 

小島武則:

警視庁の鑑識官。

日野美香子の飲み友達。

通称「大仏さま」

 

・清水刑事:

警視庁石神井台署の刑事。

中野区野方で起きた田嶋清一ひき逃げ事件を担当。

 

・斉藤刑事:

警視庁本郷南署の刑事。

石神井台署勤務で、清水の同僚。

片岡葉子失踪事件を担当。

 

この10人がおもな登場人物ですが、

なかでも中心となるのは、

折原宗太・日野美香子・清水刑事の3人になります。

 

物語は、

片岡葉子の失踪事件から始まります。

 

友人との日光旅行の帰りに彼女は失踪。

とはいえ、

夫や姉に宛ててメールの連絡が続いていたため、

失踪というより不倫による家出の疑いが強まる。

 

一方で、

日光旅行に同行し、

夫や姉から事情を聴かれた日野美香子は、

認知症の母を介護する顧客(山口夫人)と仕事でかかわるうちに、

ひょんなことから、

葉子が日光で買ったお土産のストラップやその包装紙に接触。

 

失踪した葉子と介護施設のつながりを発見し、

飲み友達の警視庁鑑識員の小島の協力を介して、

失踪事件の真相に迫っていく。

 

中野の石神井台署に勤める清水刑事は、

昔の同僚(斉藤)を訪ね、

本郷南署に出向いたところ、

ちょうど葉子の失踪事件で、

警察に届け出をしていた3人とすれ違う。

 

そのなかに、

自分の管轄する署で起きた、

ひき逃げ事件の被害者の妻(田嶋千里)を発見。

 

たった数ヶ月の間に、

一人の女性(千里)が

失踪事件とひき逃げ事件の二つの事件にかかわっていることに

因縁めいたものを感じた彼は、

ひき逃げ事件の解決に乗り出します。

 

そして、

物語は終盤、

2つの事件は見事に交錯します。

 

以下は、

自身の備忘録を兼ねたネタバレです。

(※※閲覧の際は、注意※※)

 

田嶋千里は折原宗太と不倫関係にあり、

それが夫(田嶋清一)にばれたため、

二人は清一を殺害したのち、

ひき逃げ事件を偽装。

 

後日、田嶋家を見舞った片岡葉子が、

田嶋家に置いてあった携帯の履歴から、

義兄(宗太)と千里の関係に気づく。

 

ここから、

(ひき逃げの)事件の真相発覚を恐れた二人は、

片岡葉子の殺害を計画。

 

家出という失踪を装い、

彼女を抹殺する。

 

そして、

葉子の携帯をつかって夫や姉にメールを送り、

生きていると見せかける。

 

以上が、

物語のおおまかなあらすじですが、

 

物語の全貌があらわれるまでに、

大きく2つの切り口が用意されています。

 

ひとつは、

片岡葉子の失踪事件と田嶋清一ひき逃げ事件という

別々の事件という切り口

 

そしてもうひとつは、

友人である日野美香子と捜査にあたる清水刑事という

登場人物からの切り口

 

失踪事件は、

おもに美香子(目線)から、

ひき逃げ事件は、

清水刑事(目線)から、

 

──というふうに、

ふたつの事件は、

それぞれ別々にアプローチがなされるわけですが、

 

これらの人物と事件が巧みにシンクロしながら、

やがて、

ふたりの追っていた真相が明らかになり、

ふたつの事件がひとつにつながる

 

──そんな感じです。

 

このあたりは、

解説(服部宏)で、

的確な表現がなされているかと思います。

 

ミステリー小説の要諦は、語り口と人物造形にある。天野ミステリーは、そのいずれも巧みだ。多彩な人物が交錯するが、事件の核心になかなか近づけない。といって、ストーリーが停滞しているわけではない。じわじわと、網を絞る。このあたりの呼吸、語り口がファンを魅了する。

 

そうそう、その通り!

 

じわじわと核心に迫っていく(ように見えるので)、

読者としては、

なかなか目が離せないわけです。

 

やたら先が気になる。

 

かくいう自分は、

彼女の「呼吸」や「語り口」にすっかり魅了された

ファンの一人といってもよいでしょう。

 

そして先述のとおり、

彼女のそれは、

とうてい60代とは思えないような、

時代感覚をもちえたものでした。

 

ただ、

一点、「ん?」と思ったのは、

片岡葉子が生きているように見せかけ、

彼女になりすまして(宗太が)メールを送るをところ。

 

これははっきりいって、

携帯のGPS機能をたどれば、

どこからメールが送られているかがわかるはず。

 

それさえ解明すれば、

メールの送り主は宗太だとすぐバレる。

 

作者がこの点を知っていたかどうかはわかりませんが、

こういう細かい点での説明不足は、

ある意味仕方ないのかもしれませんが、

 

私から言わせると、

たぶんそこまで知らなかったんじゃないかと思っていて、

そこが唯一、

作者に年を感じてしまったところです。

 

とはいえ、

全体的には、

内容にも構成にも大満足!です。

 

そんな私が、

星を1つ減らしたのには理由があって、

それは先のGPSのような細かい点では決してなく、

結末部分にあります。

 

まず、

真相の総括が少し粗かったという点。

 

物語の終盤、

(全11章のうち)第10章・11章にあたる、

「湖水」と「遺書」で、

真相はほぼ総括されるのですが、

 

そこでのやりとりが、

端折りすぎだな

という印象を持ちました。

 

もちろんそれまでに、

先の通り、

日野美香子目線と斉藤刑事目線を通じて、

事件の経緯はあらかたわかっているのですが、

 

最後まで、

真実についての断定がない。

 

たとえば、

 

千里は

最後に宗太親子が心中することをわかっていたのか?

 

とか、

 

片岡葉子の殺害・遺棄に、

どれくらい千里が関わっていたのか?

 

とか、

 

そのへんが結構曖昧で。

 

なんとなく

(心中は)わかっていたんだろうよ、

(殺害・遺棄にも)関わっていたんだろうよ、

っぽいところは多々あるのですが、

詳細の真相は最後まで書いていない。

 

作者としては、

書いたつもりだろうし、

そんなの読み取れよ!ってハナシだと思いますが、

 

曖昧さがあまり好きではない私からすると、

それがちょっと尻切れトンボみたいで残念でした。

 

あと、

 

最後に、

宗太と母・幸子が心中する必要はあったのか?

また、

なぜ千里だけ生き残る必要があるのか?

 

という点にも、

ちょっと納得のいかない、

歯切れの悪さを感じました。

 

よくよく考えると、

前者はわからなくもない。

 

認知症を患った母と、

犯罪を犯してしまった息子。

 

自分がオナワになった以上、

誰が母の面倒を見るのか。

 

──妻(淳子)?

 

まさか。

彼女にそんなこと出来るわけもない。

 

そしたらもう、

我が身と共に消えてしまうのが一番。

 

だから宗太は、

中禅寺湖に入水し、

母親と無理心中した。

 

そんな宗太の身の振り方には、

一理あると思います。

 

──が、しかし、

千里は生き残っている。

 

結局、

嶋清一を殺し、

ひき逃げを装ったのは宗太で、

片岡葉子を殺し、

家出(失踪)を装ったのも宗太。

(…ということになっている)

 

ひき逃げ事件に関しては、

千里もひき逃げの偽装に加担はしたものの、

すべて宗太の指示によるものだったし、

葉子の殺害については、

千里は何も知らなかった。

 

──これはまあ、

ふたりの主張でしかないわけですけれど、

 

結末としては、

千里は罪を逃れ、

新しく人生をやり直すことになった。

 

宗太が罪をかぶり、

その宗太は自殺。

 

一方で、

罪を逃れた千里は生き残り、

人生をやり直す。

 

これがどうにもこうにも納得がいかない。

 

本当に二人が愛し合っていたのならば、

千里だけが生き残るのは、

なんだか拍子抜けしてしまうのです。

 

母親(幸子)の反対で、

一度は別れ、

別々の人生を歩むことになった二人ですが、

片岡葉子の結婚式で、

偶然再会してしまう。

 

そんな運命的な再会を果たしたのにもかかわらず、

一方は死に、一方は生きる道を選ぶなんて、

なんか脈絡に沿わないな、と。

 

そして、

仮にも千里を生き延びさせるのならば、

宗太だって、

何も死ぬことはなくて、

身寄りのない母については、

千里に頼めばよかったじゃないかと思うわけです。

 

いくら反対されたからといったって、

もはや認知症におかされているわけですし、

途中の母親の日記で、

二人を別れさせたことを後悔している記述もあるわけで、

(そして宗太はそれを読んでいるわけですから)

 

そうなるとなおさら、

宗太は死んで千里が生き残る意味がわからない

 

話の流れとしては、

千里がそんな母親の世話をしていくことに、

新しい人生の生き甲斐を見出していくような終わり方のほうが、

よっぽど綺麗だなと思いました。

 

まあでも、

それはそれでありきたりすぎる気もしますし、

現実的・心情的に、

そんな気持ちになれるのかっていう疑問はつきまといますが。

 

とはいえ、

最後に二人が決別するというところが、

どうにもこうにも腑に落ちなかったのが

正直な感想です。

 

解説では、

本作品における起承転結において、

全体の構成もさることながら、

「承」の部分が素晴らしい!

──的な評価をほどこしていましたが、

それについて反対する気は自分もありません。

 

たしかに、

構成上の伏線や、

あとにつながることになる「承」について、

作者は上手にスペースを割いていると思います。

 

ただ、

「結」はどうかな?

という点において、

自分は不完全燃焼感が残ってしまったので、

星1つマイナスとさせていただきました。

 

それ以外は、

本当に素晴らしく、

どっぷりはまりこんでしまいました。

 

うーん、

こうなると、

氷の華』を再読したくなってきます。

 

決まった、

次はこれだな。

 

あと、

一度頓挫してしまった『目線』と、

三作目で未読の『烙印』も、

是非読んでみたいと思います。

 

 

■まとめ:

・内容や構成もさることながら、60代後半のご高齢の方が書いたものとは思えないくらい、シチュエーション設定・情景描写がよくできていて、とても読みやすい。
・二つの事件が二人の目線を通して巧みに交差し、ついに一つになって、真相が明らかになっていく様子に、目が離せず、どんどん引き込まれていった。
・全体的な構成はすばらしいが、最後の結末部分、真相の総括がちょっと粗かったのと、エッそういう終わり方(身の納めかた)?!という点に、不完全燃焼感が残り、納得がいかなかった。


■カテゴリー:

ミステリー

 

■評価:

★★★★☆

 

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